連載
“裏切り者”フーゴが新たな敵に挑むッ! 「放課後ライトノベル」第63回は『恥知らずのパープルヘイズ』でパッショーネの負の遺産を清算せよッ!
ライトノベルの主な読者層である男子中高生に大人気の漫画雑誌といえば,毎週金曜日発売の「週刊漫画ゴラク」である。その中に連載されていた大人気漫画『どげせん』が先週号をもって突然の終了を迎えてしまった……。『どげせん』を読んだことがない人のために念のため説明をしておくと,本作は高校教師・瀬戸発(せとはじめ)が,ヤクザからの恫喝,校長からのクビ宣告,生徒たちのいじめや不登校などのさまざまなトラブルを,土下座一つで打破していくという斬新な作品だ。
編集部側からの説明によると,この人気漫画が急に終わった原因は「以前から板垣先生、RIN先生が抱えておりました作品に対する姿勢の違い、土下座に対する考え方の違いが、連載を重ねる毎に大きくなっていき、同じ作品内で意見のすり合わせが困難を極めていきました」というもの。音楽性の違いで解散するバンドは多数見てきたが,土下座観の違いで解散する漫画家とか初めて見たよ!
二人はこれからも,それぞれ別の形で個別に土下座漫画を描いていくらしいが,この作品が終わってしまうのは非常に残念である。板垣恵介とRINという別種の才能が調和することで生み出された『どげせん』は,例えるならサイモンとガーファンクルのデュエット! ウッチャンに対するナンチャン! 高森朝雄の原作に対するちばてつやの『あしたのジョー』! といった感じだったのに……。
そして,ライトノベルでも先日そのような奇跡的なハーモニーの作品が発表された。ウルトラジャンプで連載中の『ジョジョリオン』も絶好調な超人気漫画『ジョジョの奇妙な冒険』。今年でシリーズ開始から25周年を迎え,それを記念して新たに生み出された企画,“VS JOJO”シリーズがスタートしたのだ。
人気小説家たちにジョジョのノベライズを手掛けてもらうという,この記念すべき企画でトップバッターを務めるのは,ジョジョの大ファンでもあり,「ブギーポップ」シリーズでライトノベル史に名を刻む上遠野浩平。「ジョジョ」と「上遠野浩平」ッ! この世にこれほど相性のいいものがあるだろうかッ!? これは歴史的な事件であり,レビューせずにはいられないッ!
そういうわけで,今回の「放課後ライトノベル」では,「ジョジョ」第5部のその後を描く『恥知らずのパープルヘイズ』を紹介しよう!
『恥知らずのパープルヘイズ −ジョジョの奇妙な冒険より−』 著者:上遠野浩平 原作・イラスト:荒木飛呂彦 出版社:集英社 価格:1365円(税込) ISBN:978-4-08-780616-8 →この書籍をAmazon.co.jpで購入する |
●情け容赦ないギャングの死闘! そして一際危険なパープルヘイズ
本作の話に入る前に,まず原作となる『ジョジョの奇妙な冒険』第5部の内容をおさらいしておこう。
物語の舞台となるのは,2001年のイタリア。ギャングスターを目指す少年,ジョルノ・ジョバァーナが主人公だ。ギャングを目指しているといっても彼は決して邪悪な男ではない。それどころかギャングが街に麻薬を流すことを嫌悪し,自らが組織を乗っ取ることで街を浄化しようとする正義感の持ち主だ。そしてジョルノはギャング組織「パッショーネ」に入団し,仲間たちと共に組織内部の血で血を洗う抗争に足を踏み入れていく。
第5部の特徴は何と言っても,苛烈な戦闘描写にある。それまでのシリーズは戦闘中もどこかユーモアがあり,戦いで負けても「再起不能」で済まされることが多かった。だが,第5部は敵も味方も全員ギャング。敗北=死亡という,これまで以上にハードな戦闘描写が展開された。
その第5部をある意味代表するとも言えるスタンドが,本作のタイトルにもなっているパープルヘイズだ。パープルヘイズの能力は,殺人ウィルスを撒き散らし,感染者を30秒以内に腐らせて殺すという超凶悪なもの。敵を殺傷する以外に一切使い道がないこの能力は,まさに第5部ならではのものだろう。そしてそのスタンドの持ち主が,本作の主人公パンナコッタ・フーゴだ。
当初は仲間としてジョルノたちと行動を共にしていたフーゴだが,物語中盤で大きな転機が彼に訪れる。ジョルノたちのチームのリーダーであるブチャラティが,ボスの邪悪さを目の当たりにし,ボスに反旗を翻すことを決意したのだ。
その時,組織を裏切ることに対して,ブチャラティはこのようなセリフを放つ。
「オレは『正しい』と思ったからやったんだ。後悔はない……こんな世界とはいえ、オレは自分の『信じられる道』を歩いていたい!」
彼の言葉に共感し,一人,また一人と共に行こうとする仲間たち。そんな中,ブチャラティたちに一人だけついていけなかった男……それがフーゴだ。
チームから離脱した当初は,「あとでピンチになった時にカッコよく助けにきてくれるに違いない!」「いや,強力な敵キャラとしてジョルノたちの前に立ちふさがるんだ!」などといろいろ言われていたが,その後,回想シーンを除いてフーゴが再登場することはなかった……現実は非情である。
当初はボスのスパイとして再登場させる予定だったが,物語が暗くなりすぎるため自粛したと言われている。しかし,実際はどうあれ,フーゴというキャラクターが原作で深く掘り下げられなかったのは事実。そして,そのフーゴに光を当てたのが,今回のノベライズだ。
●失意から半年,フーゴの新たな戦いが始まる!
第5部の物語が終了してから,約半年。ミラノにあるサッカー競技場の中心で,フーゴはかつての仲間,グイード・ミスタから拳銃を突きつけられていた。半年前まではお互いただのチンピラにすぎなかった二人だが,今では一方は組織のNo. 3。そして一方は仲間を裏切ったお尋ね者。二人の間には歴然たる格差が生じてしまった。
ミスタはフーゴに向かって命令を告げる。
「オレたちの敵ではないということを証明するために、おまえはオレたちの敵を殺して来い――それができなかったら、あらためてオレがおまえを殺す」
かくして,生き残るため,そして裏切り者の汚名を雪ぐために,フーゴは新たな仲間と共に,パッショーネの負の遺産・麻薬チームの討伐へと向かう。
この作品でまず注目したいのは,第5部の戦いのその後が描かれていることだ。ボスとの死闘に勝利したジョルノはどのように組織を変えていったのか,そして16歳の少年にすぎない彼がどのような形で組織に君臨しているのかがしっかり描写されている。父親譲りのカリスマ性を存分に発揮している,ボスとしてのジョルノの姿は必見だ。
そして,新たに登場するフーゴの仲間たちと,敵である麻薬チームにも要注目。当然,彼らは全員スタンド能力を持っているが,そのすべてがオリジナルなのだ。
スタンドは元々,超能力を目に見える形で表現したもの。どちらかといえば漫画やゲームなど,絵や映像があるメディア向きの能力であり,文章でそれを表現するのは至難の業だ。だが,そこは「ブギーポップ」シリーズでさまざまな能力を描いてきた上遠野浩平。敵の精神に変化をもたらすスタンドや,自分が受けたダメージを敵に転化するスタンドなど,直接的な戦闘タイプではなく,論理的な能力を持つスタンドを登場させることで,小説ならではのスタンドバトルを描くことに成功している。
また,各キャラクターの性格がスタンドの能力に反映されているというのも,上遠野浩平らしい。そして,スタンドに荒木飛呂彦の描き下ろしイラストがついているのも嬉しいところ。ちなみに第4部以降に登場するスタンドは,洋楽の曲名やバンド名を元ネタにしているのだが,今回の小説で新たに登場するスタンドは,パープルヘイズと同じ,ジミ・ヘンドリックスの曲名が元ネタになっている。ジミヘンのアルバムを聴きながら読むのも一興だろう。
●全編に溢れるジョジョへのリスペクト。究極の調和を目撃せよ!
ノベライズの難しいところは,原作と執筆者のバランスにある。原作を忠実に再現しようとすればするほど,執筆する作者の持ち味は薄れてしまい,逆に執筆者の個性を前面に押し出すと,原作らしさが損なわれてしまう。どちらの形が正しいか,一概には言えないのだが,この小説に限ってはそのことに悩む必要はない。なぜならこの小説は,ジョジョの世界を忠実に再現していながら,確実に上遠野浩平らしさも失われていないのだ。
それは何故か? その秘密は本作の主人公であるフーゴというキャラクターにある。仲間たちが勇気と覚悟を持って前進する中,ただ一人彼らの姿を見送ることしかできなかったフーゴ。そのことは彼にとって大きな悔恨となっている。そして,悩みやトラウマを持った人々が事件に巻き込まれ,進むべき道を見つけ出すというのは,上遠野浩平が「ブギーポップ」シリーズでもよく見せる展開だ。パープルヘイズという危険な力を持ちながらも前進できずにいたフーゴは,上遠野浩平が最も描くのを得意とするタイプの人物だったのだ。
加えて,作者がかねてよりジョジョから影響を受けたと公言しているだけあって,ジョジョの雰囲気を壊さないように細心の注意が払われていることも見逃せない。キャラクターの台詞にも,荒木節と言うべき独特の言い回しがうまく再現されている。中でも新キャラ・ムーロロの理屈っぽく小者っぽい台詞は,原作に登場しても違和感がなさそうだ。
さらに冒頭からスピードワゴン財団の存在が描かれているのを始め,第5部以外からもさまざま小ネタが仕込まれている。新キャラクターと第4部に登場するあの人が意外なところで関係していたり,第1部と第2部で登場したあのアイテムが姿を見せるなど,ファンならニヤリとしてしまう仕掛けが多数ある。また,「ジョルノって結局××って呼ばれなかったよね」「根掘り葉掘りって結局日本語としてどうなの?」という第5部に関する細かい部分に対するフォローも完璧であり,この作品によって,フーゴというキャラクター,そしてジョジョの第5部は完成したといっても過言ではないだろう。
ジョジョファンにはもちろん読んでもらいたいが,ジョジョを知らない上遠野浩平ファンにもぜひ読んでもらいたい一作である。さらに今後は,ジョジョのノベライズ企画の第2弾,第3弾が控えている。上遠野と同じく,ジョジョの大ファンを公言している,「化物語」や「戯言」シリーズでお馴染みの西尾維新。そして,途切れることのない疾走感バツグンの文体と,物語を破壊して再構築させる作風が魅力の舞城王太郎。果たして,彼らが書くジョジョが一体どうなっていくのか。“VS JOJO”シリーズからはまだまだ目が離せそうにない。
■スタンド使いじゃなくても分かる,上遠野浩平作品
上遠野浩平は,1997年に『ブギーポップは笑わない』で第4回電撃ゲーム小説大賞を受賞し,1998年に同作で電撃文庫からデビュー。同作はアニメ化や映画化もされる大ヒット作品となった。学園を舞台とし,複数の人物の視点から死神と噂されるブギーポップの存在を描いたこの作品は,現在のライトノベルの流れを作り出したと言ってもいいだろう。西尾維新や入間人間など,本作に影響を受けたという作家も数多い。
『ヴァルプルギスの後悔〈Fire1.〉』(著者:上遠野浩平,イラスト:緒方剛志/電撃文庫)
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「ブギーポップ」シリーズは現在も継続中で,世界観や登場人物を同じくする『ビートのディシプリン』や,「ブギーポップ」シリーズの人気キャラクター“炎の魔女”霧間凪が主人公を務める『ヴァルプルギスの後悔』などスピンオフ作品も存在する。ちなみに『ヴァルプルギスの後悔』は今月の電撃文庫MAGAZINEに最終話が掲載されたので,読み直すなら今がチャンスだ。「ブギーポップ」シリーズだけでなく,今より遥か未来を舞台にした「ナイトウォッチ三部作」(徳間書店)や,ファンタジーとミステリーが融合した「事件」シリーズ(講談社),怪盗ペイパーカットをめぐる人々を描いた「ソウルドロップ」シリーズ(祥伝社)など,ライトノベル以外でも多くの作品を手掛けている。
上遠野浩平作品の大きな特徴として挙げられるのは,どの作品もほかの作品と水面下でリンクしているということだ。一見すると全然接点がなさそうな作品同士が,意外な形でつながっている。シリーズとは関係ない個別の作品も意外なところでつながっていたりするので,そういった点を細かくチェックしてみるとシリーズ全体をさらに楽しめるだろう。
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