連載
レトロンバーガー Order 53:Atariの新ハード「Atari VCS」に,「見た目はデスメタル系だけどJ-POPをカバーしてるバンドみたい」とか言う編
いやあ,昨年末は非常に盛り上がりましたね。最高でした,RTA in Japan 2020!
マッチョマンから握り寿司まで大爆走して,安心と信頼のカプコン製ヘリから最強の尖兵まで爆発四散。ホットプレートが白熱し,RTAちゃんが魔改造され,納期のテーマが奏でられ,霧の街に「恋にドロップドロップ☆」が響き,シザーマンやマザーマンが襲来し,各作品でファイナルソードが定義され……おもしろポイントを挙げていったらキリがありません。
優れたオーディオプレイヤーが楽曲の深い魅力を再生し,優れたスポーツプレイヤーが白熱の試合を繰り広げ,優れた楽器プレイヤーが感動的なパフォーマンスを披露するように,優れたゲームプレイヤーは開発者によって想定された以上の「ゲームの面白さ」を引き出すことができます(まあ,ゲーム自体が面白いかどうかは別ですが)。さらに,チャリティイベントだから,グッズ購入やTwitchサブスクライブなどを通して,COVID-19対策で活動している国境なき医師団に寄付ができる! ゲームの攻略を観覧して,現実的社会問題も攻略!
また,RTA in Japanは「心霊呪殺師 太郎丸」「カイザーナックル」「ジ・ウーズ」といった,20年以上前の大人気ゲームも取り上げられるステキなイベントであり,スピードラン特化の異様なプレイを観られたり,ド肝を抜くようなグリッチが披露されたりするので,レトロゲーマー諸氏はサブスクったり(TwitchとAmazon Primeを連携すれば追加料金無しで可能),YouTubeアーカイブの再生数を回したり,走者になって出場を目指したりすると良いのではないでしょうか。
そして年始も大きな出来事がありましたァ! 昨年11月にPS5とXbox Series Xが発売されて,2か月ちょっとが過ぎたわけですが,未だに両方とも品不足が続いています。それというのも,これまたCOVID-19の感染拡大で世界的に製造業の稼働率が低下しているため。半導体業界では味の素グループが製造している半導体用絶縁材・Ajinomoto Build-up Filmがとくに不足していて,ゲーム機のほか,スマートフォンや自動車の市場も多大な影響を受けているそうです。味の素とゲームと言えば,「味の素マヨネーズ」の懸賞で配布されたスーパーファミコン用ソフト「もと子ちゃんのワンダーキッチン」ですね。連想しただけで別に意味はありませんけど。
筆者はOrder 51において「Xbox Series Sは買ったけど,PS5が買えていない」と述べました。ですが年始! ヨドバシカメラの秋葉原店や新宿店などでPS5のゲリラ販売が行われたことは,Webのニュース媒体などを通してご存知の人も多いでしょう。
そんなわけで,あの最新ゲームハードがついに我が家にやって来ました! いま遊んじゃえ,俺達未来派!(それは1987年)
今回は,2020年末に北米で出荷がスタートされ,日本のIndiegogoサポーターには2021年1月10日前後に届けられた「Atari VCS」でやっていきましょう。PS5とか見たこと無いっすね。都市伝説じゃないんすか? 真冬の風が突き刺す今日このごろ,一体全体この東京で俺は何を見ていたんだろう?(未来の生命体)
照らしてけカリフォルニア
Atari VCSは,1993年の「Atari Jaguar」以来,約27年ぶりにリリースされた,Atariの名を冠するゲーム機です。
まあ,細かいことを言えばAtGames開発・Atari販売のPnPゲーム機「Atari Flashback」シリーズなんかもありますけど。Atariの偉い人が言うには「Atari VCSの基本コンセプトはあくまでも,『テレビ向けのコンピュータシステム』だ」ということだそうですけど。あと「27年ぶりのAtariと言っても法人格的には……」みたいな話は超ややこしいので割愛しますけど。
「Ataribox」という名称のAMDプロセッサを搭載したLinuxマシンを開発中であることが発表されたのが2017年10月。2018年3月のGDC 2018で「Atari VCS」と改められた製品名とモックが正式発表となり,2018年5月にIndiegogoでクラウドファンディングがスタート。10万ドルのゴールを1分未満で達成し,最終的には目標額の3000%オーバー(305万8123ドル)まで到達しました。筆者も出資者でありながら何ですが,これだけのAtariユーザーがどこから湧いてきたのか不思議でたまりません。湧いて出てきた古参兵をジオン残党に見立てるネットミームがありますが,こんなにジオン残党が出てきたらトリントンどころかジャブローやラサも更地になります。
ただ,Indiegogoでサクセスしてからが受難続きでした。当初は2019年春の出荷予定だったものの,2018年5月の一般予約開始と共に出荷時期を2019年7月と訂正。しかし2019年3月の最終デザイン公表にあわせて2019年下半期の出荷と訂正,さらに2019年6月のE3 2019におけるハードウェア仕様の公表などとあわせてIndiegogoサポーター向けは2019年末,一般向けは2020年3月に出荷と訂正。そして2020年に入ると冒頭でも触れた半導体不足の影響か,出荷時期未定での延期。同年7月には秋に出荷と発表されたものの,その秋も静かに過ぎていきました。
単に開発が遅れただけではありません。システム設計を担当していたRob Wyatt氏(初代XboxやPS3のグラフィックアーキテクチャの開発に携わった人物)が「給与が未払いである」とAtariを告訴したり(Wyatt氏は未払いを理由として辞任済み),Order 40でも述べたように“Atari VCS版「Tempest 4000」”をめぐってLlamasoftがAtariを批難したりと,けっこうキナ臭さが立ち込めたりもしていたものです。
そんなわけで,Indiegogoのサポーター向けメールアドレスから,「This is the last chance to change your order and add any add-ons」(注文を変更してアドオンを追加する最後のチャンスです)と記されたテキストのみの簡素なメールが届いたときも,筆者は「か〜ら〜の〜?」ぐらいに思っていました。
うとうとしてけ火の勇気
Atari VCSのハードウェア構成はPCベース……と言うか,PS5やXbox Series Xを「PCベース」と呼ぶなら,Atari VCSは「普通のPC」です。なにせ,標準で搭載されている「Atari OS」は,Linuxベース(Debianディストリビューション)の設計。ただ,Atari OSはUI機能に特化していて,デスクトップやターミナルなどは使えません。また,日本語などの2バイト文字全般に非対応なのは難アリです。
「Linuxベースのゲーム向け小型PC」という意味ではSteam OSを搭載していたSteam Machineと似ていますが,Steam Machineが「ホームストリーミングを前提とした,ゲームに特化したスペックのマシン」だったのに対し,Atari VCSは「オンラインストリーミングを前提とした,低価格帯ノートPC程度のマシン」なので,設計思想がだいぶ違います(ストリーミングに関しての詳細は後述)。発売時期に約7年の差があるので単純比較はできませんが,Steam MachineのエントリーモデルとされていたSyber「Steam Machine I」ですら499ドルなのに,「Atari VCS 800 Black Walnut All-In Bundle」は389.99ドルなので,価格的にも結構な差があります。
ハードウェアは一枚基板で,搭載されているCPU(APU)は2コア/4スレッド・最大3.5GHzのAMD Ryzen Embedded R1606G(with Radeon Vega 3 Graphics)。基本的にはデジタルサイネージやシンクライアント向けのプロセッサだそうですが,Atari VCSのほかASRockの小型ベアボーンキットに採用されたりもしています。
「レトロハードを模したワンボードPC」という意味では,HAL研究所のPasocomMiniシリーズと似ていますね。ただ,PasocomMiniに採用されたハードウェアはホビー/小規模開発向けのRaspberry Piでしたが,Atari VCSはフルサイズのWindows 10にすら対応できるハードウェアを採用しています。とはいえAtari VCSの内部ストレージは外部OSのインストールに対応していないので,筐体を分解して基板の空きポートにM.2 SATA SSDを増設するか,USBポートにストレージを挿す必要があります。
現在のWindows 10はリムーバブルメディアへのインストールに対応していませんが,筆者はエレコムのUSB接続式SSD「ESD-EMN0250GBK」にHasleo「WinToUSB」でWindows 10を書き込むことで,Atari VCSでのWindows 10起動に成功しました。強引な方式で実装したためか,強めの負荷をかけると簡単にフリーズするきらいはある(ドライバ周りが怪しいので手を入れれば安定するかも?)ものの,ぬるく使う分には問題無さそうです。
搭載RAMは,上位モデルの「Atari VCS 800」が8GB,下位モデルの「Atari VCS 400 Onyx」が4GB。これもまた分解が必要ですが,最大32GBまでのアップグレードが可能だそうです。
筐体は,1977年に発売されたAtari 2600をオマージュした(もともと“Atari VCS”はAtari 2600の別名でした)平べったいデザインです。天面/底面サイズはB5判よりちょっと大きく,A4判よりちょっと小さいくらい。
純正コントローラは「Wireless Modern Controller」と「Wireless Classic Joystick」の2種類で,これらの製造を担当しているのは低価格帯のゲームコントローラや「MOGA」ブランドで知られるPowerA。「Wireless Modern Controller」はスタンダードなXbox系ボタン配置で,質感は若干チープな感じです。PowerA製のXbox OneやNintendo Switch向けのゲームパッドと見比べると,ボタン配置が似ているうえショルダーボタンは「ほぼそのまま」なので,基板はおおよそ同じ設計でしょう。ちなみにPCにつないでも利用できます。
からっぽにしてけ水
ハードに続いてソフトウェア周りを見ていきましょう。
最初にユーザーアカウントを作成します。使えるアイコンは「Ninja Golf」の忍者など,やべーやつが揃い踏み |
ログイン時にはカラーバー演出が |
メニューUIは1画面3×3のタイル配置で,10個目以上のタイルはスクロール範囲が右に伸びていきます。ジャンル別に,よく使うアプリが並ぶ「HOME」,ゲーム系アプリが並ぶ「GAMES」,ChromeやTwitchなど一般アプリが並ぶ「APPS」,新たなアプリを購入・ダウンロードするための「STORE」,メニュー周りの「SYSTEM」という5つのタブが存在します。
プリインストールされているゲームは「Atari VCS Vault」で,これはSteamなどで販売されている「Atari Vault」のUIを軽量化したバージョンといったところです。本品がウリとしている要素の1つに「Includes 100+ Atari classics!」というのがあるのですが,それを実現する方法が既存のAtariタイトル100本入りソフトを(ほぼ)そのまま投入というのは,ちょっと「物は言いようだな」感がありますね。ちなみに「Atari Vault」にはタイトル追加DLC「Atari Vault - 50 Game Add-On Pack」がありますが,Atari VCSでは専用オンラインストアで販売されている「Atari VCS Vault VOL.2」が同等のものとなっています。
リーダーボードやオンラインマルチプレイはオミットされているものの,ほぼほぼ「Atari Vault」まんまの「Atari VCS Vault」 |
専用オンラインストアの品揃えは,実質的なSteam下位互換といった印象 |
専用オンラインストアでは,「Missile Command: Recharged」や「Balder Dash Deluxe」といった本連載で触れてる系のタイトルなどが配信されているほか,カジュアルゲームを楽しめる「AirConsole」や,レトロゲームを楽しめる「Antstream Arcade」といったクラウドゲームサービスのクライアントも配信されています。「カスタムLinuxから専用ストアにアクセスさせる」というやり方では提供可能なタイトル数が限られるので,ストリーミング系のサービスを取り入れているようです。
一般アプリも動画ストリーミングを中心にいろいろ揃っていますが,いずれも基本的に北米版。NetflixのIDはグローバル型なので筆者のアカウントでもログインできましたが,HuluのIDはローカル型なので日本の登録情報ではログインできませんでした。また,前述した日本語非対応の都合上,ログインできてもAmazon Prime Videoなどの利用は難ありです。
Chromeが使えるので,「ブラウザゲームはイケるのでは?」とDMM GAMESにアクセスしてみたところ,「艦隊これくしょん -艦これ-」「マジカミ」「御城プロジェクト:RE 〜CASTLE DEFENSE〜」「オトギフロンティア」などが動作しました。DMM GAMESのゲーム画面は端末のOSに依存しないため,日本語もちゃんと表示されます。ただ,「神姫PROJECT」「あやかしランブル!」など一部タイトルは非動作。これらは,筆者宅に転がっていたUbuntuマシンからFirefoxでアクセスしてみても非動作だったので,Linux系エージェント自体を弾いているのでしょう。
WindowsやAndroidなどでも利用できるようなアプリやサービスが揃っていますが,「ストリーミング系コンテンツのランチャ」として考えると,使用感はまずまず便利と言ったところです。それに,軽い作業や動画再生などに使うサブPCとしては,十分役に立ちます。
APPSにカテゴライズされている中で,ちょっと特殊なのが「PC MODE」という項目。これはアプリではなく,Atari OS以外のOSを使うためにリブートする機能です。ブート順は外付けUSBドライブが最優先にされているので,ブート可能なUSBドライブを接続して再起動させるだけでOS切り替えが可能。YouTuberのKevin Kenson氏が検証したところでは,描画は厳しめなものの「サイバーパンク2077」をプレイすることも可能だとか。言うまでもないことですが,要求スペックが「サイバーパンク2077」未満のゲームならば,もっと楽に動かせるはずです。「ちょっとカスタムすればギリギリ『サイバーパンク2077』が動作するAtari 2600みたいな形をした389.99ドルで特殊なOSとコントローラも付属する小型PC」と考えると,お得感すら沸いてきます。
あいまいとしてけ荒野
昨今,「昔のゲーム機を模したPnPゲーム機」が流行っていることもあり,筆者は「Atari VCSも,その流れに乗ったPnPゲーム機だろう」と思っていました。ですが,実際に触ってみた感触は,PnPゲーム機とはまったく異なるもの。NVIDIA「SHIELD」やMad Catz「M.O.J.O.」などの一昔前に少しだけ流行ったAndroid搭載ゲーム機にも似ていますが,それにしてもOSの切り替えまで想定されているとなると話は少し違ってきます。
何というか……本当,“普通”にPCなんだよな! 筐体や独自OS以外は普通だからネタとしてイジりにくい! プリインストールのゲームも実質的に既存のものだし! WindowsやらUbuntuやらを動かしてみたとしても,最初から想定されている行為だからハックとも言えないし! 例えるならば「メイクやコスチュームはバリバリのデスメタル系だけど,普通にJ-POPをカバーするバンド」くらいの妙な雰囲気を持ったマシンです。見た目はSlipknotなのにプリプリとかスピッツとか歌うんだ,みたいな。
さて近年のAtariは,仮想通貨「ATARI Token」の発行計画を始めていたり,ATARI Tokenを使えるオンラインカジノを構想していたり,eスポーツ大会やVR/ARアクティビティに対応した宿泊施設「Atari Hotels」の展開を予定していたりと,いささか欲張って手を広げ過ぎな感が否めません。事業展開が失敗したら大損害は免れないでしょう。ですが逆に成功したならば,かつて覇者としてゲーム市場に名を馳せたAtariが,金融や体験型コンテンツのプラットフォーマーという切り口から復権を果たすはずです。
Atari VCSも,これまでのAtariに無かったビジネスなので,“新たなAtari”の始まりを象徴するマイルストーン的なマシンであると言えます。このマイルストーンは,記念碑になるかもしれませんし,墓標となるかもしれません。COVID-19などの影響で揺れ動く現代,老兵・Atariは目指す場所へ辿り着けるでしょうか?
「Atari VCS」公式サイト
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Atari VCS
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