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生成AIを用いたVRゲームを通じて,VRとAIリテラシーについて学ぶ。「ソード・ビストロVR」を使った小学校への出張授業をレポート
埼玉県川越市にある名細小学校には,598名の生徒が通っている。今回のテーマとなる「ソード・ビストロVR」は,Steamでアーリーアクセス版が配信されているPC用ゲームだ。
プレイヤーはVR空間で勇者となり,剣をふるって猫が投げる食材を切りまくると,生成AIが料理をイラスト付きで作ってくれる。完成する料理は切った食材で変わるのに加え,同じ料理が出ることはない。
今回授業を受けたのは同校に通う5年生と6年生たち,6学級の189名だ。まずは生徒たちに「生成AIに触れたことがあるか」など,ゲーム事情やAIに触れた経験を問う質問が投げかけられた。
「家にゲーム機が2台以上ある人」は参加者のほぼ全員が手を挙げ,「AIを使ったことがある人」は(筆者の目算で)7割ほどだった。また数は非常に少ないながらも,ゲーム用PCの所持者や自宅にVR環境がある生徒もおり,ITの浸透に改めて驚かされた。
講師を務めたVR IMAGINATORS代表の金 春根氏は,建築のシミュレーション,理科の実験や歴史の授業といった教育,複雑な人体構造を学んで手術を練習できる医療など,ゲーム以外のVR技術の活用事例を挙げた。VRは娯楽から教育まで,さまざまな用途に展開でき,将来性と公共性を持つ技術であるというわけだ。
生徒からは「育成(のシミュレーション。動植物の観察など)にもVRが使えるのか」といった質問もあり,熱心に聞いていることが伺えた。
もう1つのテーマであるAIについて金氏は,便利ではあるものの,「AIが出した結果を過信しないこと」「AIが言うことは本当に正しいか聞いてみること」の2つが重要であると指摘する。
AIは人間を超えた膨大な知識を持つが,誤ることもある。AIが提示した答えをそのまま鵜呑みにするのではなく,AI自身に事実確認させるなどの手段で情報を精査していくことが大事だと語る。また情報の精査はAIに限らず,インターネット上に溢れる情報全般に言えることであると,金氏は情報リテラシーの大切さを強調した。
AIはゲーム作りにも活用できるものだが,その際には国語や英語,数学といった基礎教養も重要になる。AIは絵やプログラムといったさまざまな要素を作れるが,ゲームのルールは人間が決めなければならないからだ。
AIを活用している「ソード・ビストロVR」でも,なぜ剣で食材を切るのか(→気持ちがいいから),どのように切ると気持ちがいいのか(→一振りで複数の食材をスッパリ切れると気持ちいい)といった,コンセプトやゲームの骨格は開発者である人間が考えている。その際に国語力がないと,しっかりとした設計ができないと子供たちに伝えていた。
そして,「正しく伝えないとAIはいうことを聞かない」と金氏は指摘する。実演として,生徒が挙げた好きなおかず「鶏の唐揚げ」の画像をAIに生成させてみたところ,リアル調の画像が欲しかったところに,アニメチックな唐揚げの絵が出てきた。
そこで「リアル調の唐揚げをレモン抜きで出せ」と改めて指示したところ,今度はリアル調にはなったものの,余計なレモンが添えられていた。3度目は改めて,レモンを除くように指示をしたら,次はレモンの代わりにオレンジが添えられていた。AIに描いてほしい絵を正確に伝えるという難しさを生徒たちも感じていた様子だ。
座学の後は実践ということで,生徒たちが「ソード・ビストロVR」を実際にプレイすることに。HMDを使った試遊台には長蛇の列ができ,授業の時間内には希望者全員が体験できないほどの大盛況となった。
ファンタジーRPGに出てくるような剣を振り,マッチョな猫が投げる食材を切るという分かりやすい内容がウケており,生徒たちの食いつきがものすごい。中には猫が躍るダンスを真似する生徒たちもいて,会場となった体育館は実に楽しげな雰囲気に包まれていた。
そして生徒たちには「『ソード・ビストロVR』にマッチした,ファンタジー世界にありそうな食材を考える」という宿題が課せられた。優秀なものについては「ソード・ビストロVR」の本編に実装されるかもしれないとのことだ。
体験者を代表して5年生の金子侑生くんに「ソード・ビストロVR」の感想を聞いてみたところ,没入感があり,効果音が気持ちよかったとのこと。いろいろな食べ物が出てくるのが面白く,オリジナルの食材として「ユニコーンの馬刺し」が欲しいとの要望も述べていた。
出張授業という形ではあるが,VRの魅力と面白さは生徒たちにしっかりと伝わったようだ。情報リテラシー教育を組みわせるというアイデアも面白く,個人的には色々な可能性が感じられた取り組みだった。
授業終了後,金氏にこの取り組みの狙いやAIリテラシー,「ソード・ビストロVR」の今後などについて,気になるところを聞いた。
――出張授業を終えた感想を聞かせてください。
金 春根氏(以下,金氏):
ゲームは普及しているだろうと予想していましたが,AIを触ったことのあるお子さんがすごく多かったという印象です。
今回の出張授業を終えて,VRの普及はもちろん,AIの正しい使い方を広めていくのも重要だと感じられました。AIへのリテラシーを上げていきたいですし,AIを使うのに躊躇する方に「AIはそんなに怖いものではないですよ」ということをゲームを通じて分かってもらいたいですね。
――便利であると同時に,しっかり注意しながら使わなければならないわけですね。
金氏:
そうです。使い方を間違えると,致命的なミスになりかねません。例えば契約書を確認する際,「この契約書で私にデメリットがある項目は何ですか」と「この契約書で注意しなければならない部分はどこですか」という聞き方をしたとします。
人間にはどちらも同じ質問に見えますが,AIだと結果が全然違ってくるんです。ですから,今のAIには補助役としてアラートをもらうような使い方が理想的だと思います。
――「ソード・ビストロVR」の体験では生徒たちの食いつきがすごかったですが,子供向けに作られたタイトルなのでしょうか。
金氏:
どちらかというと全年齢向けに作った感じです。食事や料理という万国共通のテーマを中心に据えた,幅広い層に向けたコンテンツとして作っています。9月には東京ゲームショウ2024に出展したんですが,普段ゲームを全然遊ばない方にも楽しんでいただけいました。
――今後もこういった取り組みをしていく予定ですか。
金氏:
できれば続けたいです。「ソード・ビストロVR」をお祭りに使ってもらうなど,地域活性化のお手伝いをしつつ,社会全体のAIリテラシーの向上を図りたいです。ゲームの中に地域の特産物を入れてもいいかもしれないですね。AIが生成した絵を出しつつ,「ここに行けば本物を買えます」とリンクを出してコラボできないかと思っていますし,お土産屋に置いてもらうのもいいですね。
――生成AIといえば,倫理的に問題があるなど「意図しない出力」が問題になることも多いです。特に「ソード・ビストロVR」は食品がテーマなので,AIの調整も大変だったのではないでしょうか。
金氏:
食材として動物が指定されると,AIがこれを材料とした料理を想像できないという状況は起こってしまうことがあります。
命令文の中に「動物の絵をそのまま使わない」といった指定をすることで,意図しない出力の発生率を1/10くらいに下げられますが,ゼロにするにはAIのさらなる発展が必要だと思われます。
ただ,指定を入れると入れないでは全然違うので,しっかりした調整が必要なのは確かです。細かい点ですが,出てくる料理の種類もAIの設定で偏りが起こります。一つ前のバージョンでは煮物が多くなっていました。
――今後「ソード・ビストロVR」ではどんなアップデートをしていきたいですか。
金氏:
審査員の好みに応じた料理を作る「審査員レビューモード」的なものを追加したいです。審査員はそれぞれ「スイーツが好き」とか「焼肉が大好き」といった属性を持っているので,前者ならフルーツとミルクとヨーグルト,後者ならとにかく肉というように食材を選んで切っていくわけです。
スコアも出るので,配信者の方々にリザルト画面を共有して疑似対戦をしていただくのも面白そうですね。
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ソード・ビストロVR
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