インタビュー
黒川文雄氏が日本版「ATARI GAME OVER」を製作するに至ったキッカケとは。アタリショックと「E.T.」の都市伝説にも迫ったインタビューを掲載
その日本版を製作したのが,エンターテイメントをテーマにした,クリエイター向けのトークイベント「黒川塾」の主催で知られる,ゲームジャーナリスト/プロデューサーの黒川文雄氏。DVDはドキュメンタリー本編が日本語字幕付きとなるのもさることながら,黒川氏が現地取材を行った日本版オリジナルとなる特典映像が同梱されるのがポイントとなっている。
その内容は,ATARI創業者であり「ビデオゲームの父」と呼ばれるノーラン・ブッシュネル氏(※)や,本編の制作プロデューサーへのインタビューなど盛りだくさんだ。
※ノーラン・ブッシュネル氏
ATARIの創業者。世界初のアーケードゲーム「コンピュータースペース」を作った功績などから「ビデオゲームの父」とも呼ばれる
今回4Gamerでは,このドキュメンタリー映像を日本にもたらした黒川氏に,日本版を出すことになったキッカケや取材時の裏話など,気になるところを聞いてみた。
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ATARIの栄枯盛衰を内側から見ていた日本人がいた。木村ひろ氏へのインタビュー
ファミコン以前のゲーム市場を縮小させた「アタリショック」伝説
さて,読者の中には,そもそも「アタリショック」という言葉を聞いたことはあるが,実際に何があったのかは知らないという人もいるだろう。なにせ,30年以上前の出来事だ。そこで,インタビューに入る前にまず,ドキュメンタリー映像「ATARI GAME OVER」の重要なテーマとなっている「アタリショック」について復習しておこう。
アタリショックとは,1983年以降,アメリカのビデオゲーム市場が急激な冷え込みを見せた現象のことだ。ちなみに“アタリショック”という名称は日本で付けられた呼び名であり,本場では「Video game crash of 1983(1983年のビデオゲーム市場崩壊)」と呼ばれている。
当時のアメリカは空前のビデオゲームブームに沸いており,サードパーティへの門戸を開放したATARIの家庭用ビデオゲーム機「ATARI2600(ATARI VCS)」が売れに売れ,1982年当時のビデオゲームの売上規模は,当時の日本円で約7500億円(約32億ドル)にまで成長。ハードウェアの販売台数は,約1000万台に達していた。
そんなイケイケだったビデオゲーム業界に大打撃を与えたのが,いわゆるアタリショックだ。ゲームソフトが売れなくなったことで市場は急激に縮小し,1985年の売上は約200億円にまで減少してしまう。計算上,たった3年でビデオゲーム市場が約36分の1にまで縮小したことになるわけで,その恐ろしさが分かるだろう。
あまりに劇的な現象だっただけに,「1982年に発売された,スピルバーグの同名映画を原作とした『E.T.』こそがアタリショックを引き起こした戦犯」「『E.T.』は史上最悪のクソゲー」「数百万本の不良在庫がニューメキシコの砂漠に無断で埋められた」など,半ば都市伝説化したエピソードが真偽不明のまま伝わっているのも,アタリショックの特徴だろう。
しかし,こうしたアタリショック観は本当に正しいものなのだろうか? ビデオゲーム史としても重要なこのテーマに,映画「アベンジャーズ」の脚本家であるザック・ペン氏が監督として挑んだドキュメンタリー映像が「ATARI GAME OVER」だ。氏は埋められたとされる「E.T.」のゲームカセットを発掘するプロジェクトを指揮すると同時に,同作のプログラマーをはじめとした人々の証言を集め,ATARIが辿った運命を検証していったのだ。
SNSでつながった縁が実現させた日本版DVDの製作
4Gamer:
本日はよろしくお願いします。まずは日本版「ATARI GAME OVER」をリリースすることになった経緯をお教えください。
私は「徳川幕府が隠した埋蔵金を掘り出す」という徳川埋蔵金伝説のテレビドキュメンタリーを見て育った世代で,もともと土の中から何かを探し出すということに,すごく興味を惹かれちゃうんですよ(笑)。
4Gamer:
埋蔵金……懐かしいですね(笑)。
黒川氏:
そこにFuel IndustriesとXbox Entertainment Studiosが共同で「ニューメキシコの核実験処理場跡に埋められたゲームを掘り出す」というドキュメンタリー映像「ATARI GAME OVER」を撮るという話を聞きました。自分自身が関わっているゲーム業界のことでもあるし,そのことが何より面白く感じられたんですよ。
4Gamer:
発掘のロマンと,ゲーム業界人としての興味が重なって,この“アメリカ版埋蔵金伝説”に関わりたいと思われたわけですか。
黒川氏:
そうですね。都市伝説になっていたものが,本当に埋まっていたなら,それは見てみたいですよね。それにいちゲームファン,ゲーム関係者としても何らかの形で関わりたいと思っていたんです。そんな思いでFacebookやTwitterで発掘プロジェクトの話をしていたら,日活で映画を制作している友人が「『ATARI GAME OVER』が権利元の販売カタログに載っている」と教えてくれ,そこからコンタクトを取ったんですよ。
4Gamer:
そんな経緯が……。友人との縁が始まりだったわけですか。
黒川氏:
人との縁ありきというのは痛感していますね。実は,日本版製作の過程で,ATARIゲームのパッケージアートを描いていたイラストレーターが日本人だったということが分かったんです。
4Gamer:
え,日本人だったんですか?
黒川氏:
ええ。Facebookで「ATARI GAME OVER」の情報を積極的に発信していたら,そのイラストレーターの甥にあたる方からご連絡をいただいて。ATARI版「E.T.」のパッケージイラストを描いていたのが日本のイラストレーターだと分かったんです。
4Gamer:
なんと……それは,掛け値なしですごい話じゃないですか。パッケージアートといえばゲームの顔ですが,それを当時のATARIで日本人が手がけていたというのは驚きです。
黒川氏:
1980年代のアメリカ,しかもエンターテイメント企業の第一線で日本人が働いていたというのは私にとっても大きな驚きでした。そのイラストレーターさん――木村ひろさんという方なのですが,ニューヨーク在住の木村さんにはSkypeでインタビューに応じてもらっています。
4Gamer:
どんな人物なのか興味深いです。そのインタビューも公開される予定なんですよね?
黒川氏:
はい。いま,どこで露出するのかというを考えていまして(※)。
※元ATARIのイラストレーター木村ひろ氏のインタビューは,後日4Gamerで掲載することが決まった。お楽しみに
■ATARIの栄枯盛衰を内側から見ていた日本人がいた。日本版「ATARI GAME OVER」プロデューサー黒川氏による,木村ひろ氏へのインタビューを掲載
4Gamer:
どのような内容なのか楽しみです。それにしても,すごい展開ですね。
黒川氏:
そうですね(笑)。TwitterやFacebook,SNSの情報発信をキッカケに,情報や縁がどんどん広がっていくというのは,いかにも現代的ですよね。ほかにも,日本版を作っていく過程で,「ATARI GAME OVER」に登場する,ハワード・スコット・ウォーショウ氏(※)ともつながりができたんですよ。
※ATARI版「E.T.」のゲーム開発者であり,「Yars' Revenge」や「Raiders of the Lost Ark」と立て続けにヒットを飛ばしたプログラマー
■「Yars' Revenge」
「E.T.」と同じ1982年に発売されたシューティングゲーム。自機である宇宙ハエ“Yar”を操り,敵要塞“Qotile”と対決する
■「Raiders of the Lost Ark」
1981年に発売されたアクションゲームで,映画「レイダース 失われた聖櫃」をゲーム化したもの。プレイヤーは映画の主人公“インディ・ジョーンズ”を操作し,聖櫃(アーク)を探し出す
4Gamer:
それもまたすごい。
黒川氏:
ハワード氏からは,「『ATARI GAME OVER』の日本版が出るのはとても嬉しい」と喜びのメッセージをいただけました。
4Gamer:
特典映像では,「ビデオゲームの父」と呼ばれるブッシュネル氏にインタビューされていますが,これもSNSでつながりができたのでしょうか。
黒川氏:
ええ。ブッシュネル氏へのインタビューもSNSを通してアポイントを取りました。しかし,アポ取りに4か月も要してしまいました(笑)。
4Gamer:
4か月ですか。
黒川氏:
でも,それだけの価値がある取材になりました。最初はFacebookでメッセージを送ったのですが返事がない。会社宛てに送っても返事がない。あっという間に何か月かの時間が過ぎてしまい困っていたときに,アメリカの知り合いから「LinkedInでメッセージを送るといいみたいだ」と連絡があったんですよ。そのとおりにしてみると,返事がきて……「LinkedIn凄いな!」と(笑)。インタビューの日程が正式に決まったのが5月の前半でしたから,もしE3 2015に合わせて取材をするのなら,ギリギリというタイミングでした。
4Gamer:
ちょうど1か月前ですし,飛行機のチケットや宿泊場所の確保を考えると,本当にギリギリですね(笑)。
黒川氏:
はい。いろいろとトラブルはありましたが,良い取材ができました。ブッシュネル氏の現在のオフィスはサンタモニカの中心地,日本で言えば銀座や渋谷といった一等地にあって,いまは10人くらいの少人数で教育用のソフトを作っていました。
「BrainRush」ブッシュネル氏の現在の会社
4Gamer:
現役なんですね。
黒川氏:
ええ。「家にずっといたら奥さんに嫌がられるし,仕事をしている人とそうでない人を比べると,仕事をしている人の方が7年ほど長生きするという調査結果もあるから,僕は最後まで仕事を続けるよ」とおっしゃっていました。
北米ゲーマーのATARI愛
4Gamer:
今回のアメリカ取材時には,現地のゲームショップも回られたとお聞きしましたが,いまもATARIを取り扱っている店はあるんですか?
現地では古くからある7つのゲームショップを巡ったのですが,ATARIの中古を取り扱っているのは4店舗だけでしたね。
4Gamer:
それでも4店舗あるんですね。
黒川氏:
ええ。古いゲームであっても需要があればキチンと売っているあたりは奥深い市場です。あと,さすがに売り物ではありませんでしたが,マグナボックスのOdyssey(※)や,フェアチャイルドのFairchild Channel F(※)が置かれている店もありました。
※マグナボックスのOdyssey
1972年に発売された,世界初の家庭用ゲーム機
※フェアチャイルドのFairchild Channel F
1976年に発売された家庭用ゲーム機
4Gamer:
それはすごいですね! よく残っていたというか,アメリカのゲームショップ恐るべし……。
黒川氏:
ATARI2600にしても,中古で入荷されたものはちゃんと稼働する状態にして売っていましたし,やはりアメリカの人はATARIが好きなんでしょうね。取材中に60歳くらいのATARIマニアの方にお会いしたんですが,その方は今でもATARI2600でたまに遊ぶそうです。「あの頃のゲームはプリミティブ(素朴,原始的)だが味があっていい。またATARIがゲームを出してくれないかな」と(笑)。
4Gamer:
それはもう直撃世代の愛ですね(笑)。
黒川氏:
E3 2015の会場にも行きましたが,レトロゲームコーナーが印象的でした。アメリカ人の郷愁を誘うのか,ATARIのゲームがすごく多くて。ノベルティ,チラシ,取説,箱……そしてアーケード筐体といった品々が,大型パブリッシャ並みの面積を持つブースに展示してあるんですよ。
4Gamer:
相当な面積ですよね。
黒川氏:
そこに,ARARI2600をはじめとするビンテージなゲーム機がプレイアブルな状態で置かれていました。カートリッジもむき出しの状態でテーブルに転がっていて,来場者が自由に差し替えて好きなゲームを遊べるんですよ。
4Gamer:
レトロゲームの展示というと,展示ケースの中にゲーム機が鎮座しているようなものを連想してしまいますが,かなり雰囲気が違いますね。
黒川氏:
「盗まれないのかな?」と心配してしまいますが,とくに監視員もいなくて。もっとも,E3はバイヤーやメディア関係者のイベントですから……「ゲーム好きには悪いヤツはいない」くらいの気持ちで展示しているのかも知れません(笑)。
4Gamer:
海外のインディーズ系タイトルでも,「Niddhog」などATARI時代風のドット絵スタイルをリスペクトしているものがありますし。やはり北米プレイヤーの心の故郷なのかもしれません。
黒川氏:
プリミティブな中に,面白さがあった気がするんですよ。どんなにグラフィックスが凄くなっても,ビデオゲームの面白さのエッセンスは変わらないと思います。そうしたプリミティブなエッセンスが詰まったゲームは,今でも十分通用するのだと。
ドキュメンタリーで発掘されたゲームカートリッジとクリエイターの人生
4Gamer:
ここからは,「ATARI GAME OVER」についてお聞きしたいと思います。
黒川氏:
はい。「ATARI GAME OVER」はATARI「E.T.」の発掘ドキュメンタリーであると同時に,作者である天才クリエイター,ハワード・スコット・ウォーショウ氏の30年の記録でもあると思っています。映画制作プロデューサーは,アカデミー賞の長編ドキュメンタリー映画賞を取った「シュガーマン 奇跡に愛された男」を手がけた方でもありますから,質は高いですよ。
4Gamer:
今回の主役と言ってもいい「E.T.」のゲームソフトですが,かなり開発期間が短いですよね。
黒川氏:
たしか5週間ですね。
4Gamer:
どんな経緯で,そんな短期間になったんでしょうか……。
黒川氏:
ゲーム版「E.T.」は,当時の親会社ワーナーコミュニケーションズの社長であるスティーブ・ロス氏が,スティーヴン・スピルバーグ氏を囲い込みたくて作らせたゲームだそうで,ATARIのヒットメーカーだったハワード氏に「一か月半くらいで『E.T.』のゲームを作れないか」と打診があったそうです。考えてみれば無茶な要求ですが,ハワード氏も若かったのでYESと答えてしまったと……。
余裕がない中ですが,「新しいものを作りたい」と考えた氏はゲームデザインにも工夫を凝らしました。しかし,結果として,たった5週間でゲームを作り,ロクにデバッグもされない状態で世に出すことになってしまったんです。
4Gamer:
どう考えても無茶ですよね。
黒川氏:
映画が6月に公開され,7月に契約を結び,12月に発売する前提の契約だったそうです。ROMカセットを生産するための期間などを考えると,本当に余裕のないスケジュールだったんだと思いますね。
4Gamer:
そして,ついに「E.T.」が発売されてしまった。
黒川氏:
500万本を出荷した「E.T.」ですが,100万本ほどしか売れず,残りは返品されたり廃棄されてしまいました。結果としてATARIのキャッシュフローが悪くなり,その後,日本で言うところのアタリショック,Video game crash of 1983が起こります。結局ハワード氏は,この責任を一人で負わされることになり,ビデオゲーム業界を追われたのです。
4Gamer:
そういった経緯は,ATARIの歴史として知られるところですね。
黒川氏:
その後,ハワード氏はいろいろな職を転々としたそうですが,「ATARI(にいた時)と同じくらい,自分の心を満足させてくれる仕事はなかった」と述懐しています。
4Gamer:
ちなみに,いまはどんな職に就かれているのでしょうか。
黒川氏:
シリコンバレーで,クリエイター達を対象にした心理療法士,カウンセラーをしています。
4Gamer:
かつて自分がいた業界を,今はカウンセラーとして見ているわけですか。
黒川氏:
そうです。オタクの気持ちが分かる心理療法士です。
4Gamer:
厳しい経験をしてきただけに,アドバイスできることも多くあるということかもしれませんね。
黒川氏:
ええ。彼自身,「心理療法士になって初めて,ATARIにいたときの自分に恥じない気持ちになれた」と話していました。そして自分が作った「E.T.」の発掘プロジェクトが組まれたことを知り「失われた人生を取り戻したような気がする」と語っています。こういった話を聞いて,これは単にゴミの中からゲームカートリッジを掘り出すだけではなく,「E.T.」に関わった人々の人生も発掘するドキュメンタリーだと気付いたんです。
4Gamer:
人生を発掘する……ですか。たしかに,このプロジェクトがなければ,ハワード氏の状況もそうですが,先ほどの木村さんの話も出てこなかったかもしれませんし,いろいろな方の人生を掘り出したような気はしますね。
特典映像では,原盤の制作スタッフにもインタビューされていますが,日本版が出ることについてはどんな反応がありましたか?
黒川氏:
「本当に出すの?」という感じでしたね(笑)。そもそもアメリカではXbox 360とNetflixでのデジタル配信でしたし,パッケージ化されるのはいまのところ日本だけなんです。「(DVD化は)勇気がある」「チャレンジャーだ」と言われています。
4Gamer:
(笑)。パッケージ化が日本だけだというのは少し意外ですね。
黒川氏:
ええ。そもそも,FacebookやTwitterで日本版の情報を発信していると,「YouTubeなら無料で見られる」とコメントされる方もいます。ただ,原盤ではATARIの当時の状況をスラングで語っているようなこともあって,ネイティブの方でないと映像に込められた真意がちゃんと伝わらないと思ったんです。ですから,ぜひ日本語字幕で見てほしいと思って製作しました。
4Gamer:
当時のゲーム業界の事情やゲームについてのスラングを理解できる翻訳者が必要になるわけですが,探すのに苦労されませんでしたか?
黒川氏:
いや,そこは苦労しましたね。字幕に関しては私も監修しているのですが,ゲームの知識がない一般の方が見ても分かり易いように,できるだけ専門用語を使わない内容にしています。当時の記録映像も多いので,いま見たら新鮮だと思いますよ。さっきお話ししたように,単にゲームソフトを掘り出すだけでなく,当時ゲームに関わっていた人々の気持ちが伝わってくる,人生ドラマ的な内容になっていますから。
スケープゴートにされた「E.T.」とヒットメーカーのハワード氏
4Gamer:
我々がアタリショックと呼ぶVideo game crash of 1983ですが,実際に「E.T.」が原因だったのでしょうか。一般的には,低品質のゲームが粗製濫造されたことが要因だとも言われていますよね。
“「E.T.」が戦犯である”というのは,「ATARI GAME OVER」のナレーションにもあるのですが,アメリカのビデオゲーム雑誌NEWMEDIA(ニューメディアマガジン)に「『E.T.』によってゲーム業界が崩壊した」というような記事が掲載されたことで,そういう話が広まったらしいですね。また,Video game crash of 1983 とは“ATARIが「E.T.」を含めた特損を出し,ニューヨーク証券取引所においてワーナーコミュニケーションズの株価が暴落した現象の総称である”という説もあります。
4Gamer:
いずれにしても,「E.T.」が当時のATARIに大きな負の影響を与えたのは間違いないですよね。なぜ,あれだけの在庫を残す結果になったのか……。
黒川氏:
当時,ATARI2600は1000万台以上売れており,アメリカのビデオゲーム市場の80%以上を占めていました。しかし,「E.T.」が出た当時にはすでに発売から5年以上経った古いマシンで,コレコやマテルといったメーカーが新機種を出し始めていました。
4Gamer:
世代交代で伸びしろも少ない状況だったと。
黒川氏:
ええ。そのうえ,両社はATARI2600向けにも質の低いゲームソフトを発売していましたし,ATARI自身が出していたゲームソフトの質も低く,そんなゲームソフトの多さでビデオゲーム市場が飽和し始めていた時期だったんだと思います。
4Gamer:
そんな中で「E.T.」を500万本出荷して,大量に在庫を抱えることに……。そもそもゲーム市場という意味では,「E.T.」の発売以前から衰退の兆候があったわけですね。
黒川氏:
そうですね。ATARI一社があらゆる責任を負っていたわけでも,「E.T.」一本がすべての原因だったわけでもなく,時代のさまざまな要因が総合して市場が崩壊していったということだと私は理解しています。
4Gamer:
そこで,「E.T.」やハワード氏が分かり易いスケープゴートにされた感じですか。
黒川氏:
そうだったのではないかと思います。だから,いまはハワード氏を評価する声もあるんですよ。マイクロソフトのシーマス・ブラックレイ氏が言うには“ハワードはファースト・ペンギンだった”と。つまり,最初に海に飛び込んで餌を探したペンギンはアザラシやトドに喰われてしまうかもしれません。しかし,誰かが冒さなければならなかったリスクだったというわけです。
4Gamer:
必要なリスクを冒したのが,ハワード氏だったと。
黒川氏:
ハワード氏は果敢にチャレンジして,結果として失敗することになりましたが,彼がいなければビデオゲーム業界は今のような広がりを見せていなかっただろうという評価ですよね。
4Gamer:
確かにアタリショックの後にファミコンでビデオゲーム業界に参入した任天堂は,ゲームソフトに対して,かなり厳しいクオリティチェックを行っていたそうですし。
黒川氏:
ATARI2600のことがあってのことかもしれませんね。ともあれ,この出来事がなければ,今のビデオゲーム業界は今とはまた少し変わった形になっていたのではないでしょうか。
「E.T.」は本当にクソゲーだったのか?
黒川氏:
「E.T.」の内容にしても,聞きかじったことにどんどん尾ひれが付いてしまったんじゃないかと思えるんですね。「『E.T.』はクソゲーだ」というけれど,実際に遊んだことがない人も多いはずですし。今回の取材でも,関係者を除くと実際に「E.T.」をプレイしたことがあると答えてくれた人は一人だけでしたから。
4Gamer:
ネット上でも,ルールを理解した上でプレイすると普通に遊べるという意見はありますね。黒川さんは実際にプレイしてどう思われましたか?
黒川氏:
当時の日本語版マニュアルを読んだ上でプレイしたんですが,世間で言われるほど,ひどいものではなかったですね。「通信機のパーツを集めてクリアする」という基本ルールもそうですが,当時のゲームとしてはオーソドックスなものだったのではないかと。ただ,落とし穴と「E.T.」の接触(当たり)判定がかなり分かりづらくて,すぐ穴に落ちてしまいますけど(笑)。
4Gamer:
「E.T.」の評価は,伝聞が一人歩きしたところもありそうですね。
黒川氏:
かなり一人歩きしているように思えますね。本編にも収録されているのですが,現地アメリカのプレイヤーも,マニュアルをまったく読まずにプレイして「こりゃひどい」とか「クソゲー」と言っていたりします。もちろん,マニュアルなしでプレイしても,面白いと思えるものでなければならないというのも分かるのですが。
4Gamer:
ハワード氏は,映画の「逃げるE.T.と,追う人間たち」というエッセンスを使い,一種のアクションアドベンチャー的なものを作り上げたんですよね。しかも,5週間ほどの納期で。
黒川氏:
当時としても,かなりチャレンジャブルなプロジェクトだったと思います。結果,ハワード氏はビデオゲーム業界を追われ,その後30年のプログラマー人生をふいにしてしまった。しかし,時を経て「E.T.」が再評価され,スミソニアン博物館(※)にまで寄贈されたわけですからね。
※アメリカを代表する科学,産業,技術,芸術,自然史など,さまざまな分野の収集物が展示された博物館群
4Gamer:
長い人生,何が起こるか分かりません。
黒川氏:
本当にそうですよ。だからこそ,生きるべきだと思います。
4Gamer:
何やら結論が重くなりましたね(笑)。
「2メートルずれていたら失敗していた」緊迫の発掘劇
黒川氏:
これは「E.T.」と一緒にニューメキシコのゴミ捨て場から発掘されたカートリッジです。制作会社の方が私のインタビューを評価してくれて,特別にプレゼントしてくれたんですよ。
4Gamer:
ナンバリングされたプレートが付けられていますね。
黒川氏:
ゴミ捨て場を管理するアラモゴード市の財産であることを表したプレートです。もともと正式な手続きを経て捨てられたものですから,所有権は市のものになっているんです。このとき掘り出されたカートリッジは,e-bayでオークションにかけられていますね。「E.T.」だと落札価格は1本3万円くらいで,収益はアラモゴード市に入っています。
4Gamer:
伝説のゲームが市の財政を潤すというわけですね。なんともたくましい。
黒川氏:
ちょっと臭いを嗅いでみてください。
4Gamer:
あー,確かにゴミ捨て場の臭いというか,生ゴミ的な臭いがしますね。
黒川氏:
地下25メートルくらいのところに,「E.T.」のカートリッジやら不良品のATARI2600やら,ケーブルやらジョイスティックやら,いろいろなものが埋められていたんです。その上にコンクリートでフタをして,さらに日常のゴミをどんどん積み重ねていったということです。
4Gamer:
都市伝説にある,“「E.T.」だけを何百万本も捨てた”わけではないんですね。
黒川氏:
そもそも不法投棄ではなくて,当時のアラモゴード市には,ATARIの不良品の返品を受け付ける工場があり,そこに集まった不良品と返品されてきた数十万本をまとめて捨てたというのが真相ですね。
4Gamer:
それでも,数十万本というのはすごい数字ですけど。
ええ。でも,今回の発掘で掘り当てたのはそのうちの数千本だけなんです。原盤の映像製作スタッフも“埋まっていた場所があと2メートルずれていたら探し出せなかっただろう”という位にシビアな発掘だったそうです。
発掘当日は1日ですべてを終わらせなければならないうえ,世界中からゲームファンとメディアが詰めかけてきていたので,スタッフはかなり緊張したらしいです。何しろ,地面を掘り返しても何も出てこない可能性があるわけですから。このあたりも徳川埋蔵金に似ているかもしれません。
4Gamer:
地下25メートルで,2メートルずれていたらアウトだというのはすごいですね。よくもそこまでの精度で探し出せたというか。
黒川氏:
当時の記録があってこそですね。ゴミ捨て場で働いていた方の記録と,当時の新聞記事の写真を突き合わせて,埋蔵場所を特定していたんですよ。
4Gamer:
「E.T.」の廃棄は新聞報道されていたんですね。
黒川氏:
先ほども言いましたが,不法投棄じゃなかったんです。正規の手続きを踏み,許可を取った上での投棄です。「エル・パソ・タイムズ」という新聞に記事が掲載されていますので,秘密裏にやったことでもないようです。
4Gamer:
こうしてお話を伺っていると,都市伝説と真実とではだいぶ隔たりがありますね。ネットのつながりが「ATARI GAME OVER」の日本版を作るのに役立つような例がある一方で,アタリショックのように伝聞に尾ひれを付けて広めてしまう側面もありますね。
ということで,いろいろお聞きしてきましたが,最後に読者にメッセージをお願いします。
黒川氏:
「ATARI GAME OVER」のポイントは3つあります。1つは,ゲームに詳しくない方でも観ていただけるということです。ATARIというゲームメーカーがどういう会社なのか。そして,当時のアメリカで何が起こったのかを分かっていただけます。
2つめは,もの作りをしている人には共感していただけるだろうということです。ハワード氏の人生とATARIが辿った運命を通し,何かを作るための勇気をもらえるドキュメンタリーになっています。
3つめは,私自身がアメリカで撮影してきた特典映像です。ブッシュネル氏,そして制作会社のプロデューサー達にお話を聞いたインタビュー,そしてロサンゼルスのゲームショップでの取材映像など貴重な内容になっていて,これはほかでは観られない日本版オリジナルのものになります。
ゲームが題材ではありますが,人の気持ちに訴えかけるドキュメンタリーになっているので,できる限り多くの人に観ていただきたいです。
4Gamer:
本日はありがとうございました。
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