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日本のe-Sportsに危機を感じる。プロライセンスやオリンピックについて語られた,DeToNator江尻氏のトークイベントをレポート
同イベントは,メディアコンテンツ研究家の黒川文雄氏が司会進行を担当し,ゲストに世界を舞台に活躍する日本のプロゲーマーチーム「DeToNator」を運営する江尻 勝氏を迎え,日本e-Sportsの統括団体「日本プロeスポーツ連合」の設立や,プロライセンス発行などで注目を集める最新のe-Sports事情について語られた。本稿ではその内容をお伝えする。
日本でプロゲーマーライセンスの発行がスタート。日本e-Sportsチームの代表・江尻氏はどう考える
2018年2月1日,これまで複数存在していた国内のe-Sports推進団体が統合され「日本eスポーツ連合」が誕生した。これに合わせて「プロゲーマー」の定義付けや「プロライセンス」の発行がスタートしたが,対象となっているゲームタイトルや,なぜ連合団体がプロゲーマーを認定できるのかなど,賛否両論さまざまな意見が飛び交っているのが現状だ。
この件について,世界を舞台にチームを展開する江尻氏が実情を語った。プロゲーマーライセンスは過去に韓国でも発行されていたが,現在は世界的にライセンス制度というものは存在しておらず,韓国・フィリピン・台湾・ヨーロッパで活動を行なっているDeToNatorがプロライセンスの保有について確認されたことは一度もないという。
メディアコンテンツ研究家 黒川文雄氏 |
DeToNator 代表 江尻 勝氏 |
加えて,これまで「日本プロeスポーツ連合」の関係者からプロライセンスについての意見を求められることもなかったとのこと。ライセンス制度がなくても世界のe-Sportsシーンが目覚ましい発展を遂げているのはなぜか。その理由を学び,より選手が輝ける場所,長く活動できるようにするための施策を,e-Sportsに関わる人々が協力してやっていく必要があるのではないかと,江尻氏は続ける。
とはいえ,ライセンス制度によって高額賞金の提供が可能となったり,ゲーマーの地位向上につながったりという仕組みが用意されたこともまた事実で,今後は選手がそれを活かせるかどうかにかかっているという。
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「e-Sportsの主役は選手であり,選手の質が伴わなければ成功はない」というのが江尻氏の持論だ。せっかくプロライセンス制度ができても,選手がゲーム内やTwitter上で暴言を吐いて炎上しているというのでは話にならないし,チームもそれを管理すらできないようであれば存在意義がない。「プロゲーマー(笑)」とならないよう,選手やチームはかなりの自覚と覚悟をもって取り組む必要があるだろうと指摘した。
オリンピックに「e-Sports」採用の可能性。課題は種目となるゲームタイトル
e-Sportsは,2022年にアジアオリンピック評議会が中国・杭州で主催する「アジア競技大会」の公式メダル種目に採用が決定しており,将来的には「オリンピック」での採用が期待されている。これらの大会に日本の代表選手が出場にするには,各種目の統括団体が「日本オリンピック委員会」に加盟している必要があるが,これまでは複数のe-Sports団体が存在しており,加盟が叶わなかった。
今回,統括団体となる「日本eスポーツ連合」が発足した理由の1つが,この課題をクリアするためとされており,将来的に日本代表チームが出場する可能性が出てきたというのが現状だ。
江尻氏は「オリンピック」と「e-Sports」における課題は,種目となる「ゲームタイトル」になると感じているという。
ゲームは基本的に,企業が営利目的のために開発しているもので,例え基本プレイ無料のゲームであったとしても,オリンピックに採用されるとなれば,そのゲームを展開する会社が受ける恩恵は計り知れない。そういった中で選手にとって公平性があり,e-Sportsとして相応しいタイトルが選ばれるかが重要な点になる。
さらに,「オリンピック」に採用されるからには,そのタイトルが長期にわたって存続していることが求められる。e-Sportsとして競われるゲームには息の長いものもあれば,あっという間にプレイヤーがいなくなるものもあり,選択を誤ればオリンピックが始まる頃には人気がまったくないタイトルになっている可能性もあると,江尻氏は懸念しているようだ。
ほかにも課題があると江尻氏は続ける。オリンピックに出るからには,ほかのスポーツ競技のように有望な選手を「強化選手」として指定し支援するなど,国をあげて世界一を目指して取り組む必要があるという。日本を代表して世界を舞台に戦う場合,とにかく強くないとそっぽを向かれてしまうのだとか。
これは実際に,自分達のチームが台湾で開催されたアジアプロリーグに参戦した時に実感したものだそうだ。最初は日本チームを応援してくれるが,成績が伴わないと次第に相手にされなくなるという。
それはファンだけでなく大会主催側も同じで,大会主催者は視聴者を増やすために素晴らしい試合を必要としており,それには強く魅力的なチームであることが求められる。せっかくオリンピックにe-Sportsが採用されたとしても,日本代表が結果を残せなければ,e-Sportsの日本での発展につなげるのは難しい。
江尻氏はほかにも,「オリンピック」というワードの影響力を痛感しているという。自チームの所属選手に,「オリンピックにe-Sportsが採用されると聞いたので,学校を辞めて取り組もうと考えている。親にもそう話した」という相談を受けたそうだ。江尻氏は,現状何も決まっていない状況であるとして止めたそうだが,「オリンピック」という強力な言葉を前にして,冷静な判断ができなくなってしまうケースがほかにも出てくるだろうと懸念していた。
日本よりも海外展開に注力するDeToNator。その理由は?
トークの話題は,e-Sportsに取り組むDeToNatorにも及んだ。DeToNatorは,オンラインFPS「Alliance of Valiant Arms」のチームとして2009年に発足し,その後プロチームとなる。以降,さまざまなゲームタイトルで活動を行ない,2016年には台湾にゲーミングハウスと呼ばれる選手宿舎や練習場を設け,プロリーグに参戦するなどの海外展開を本格化させた。
現在は,日本で「Alliance of Valiant Arms」と「Overwatch」,韓国で「PLAYERUNKNOWN'S BATTLEGROUNDS」と「Overwatch」,ヨーロッパで「Counter-Strike: Global Offensive」,フィリピンで「Dota 2」と,世界中で活動している。江尻氏は,チームを運営していく中で,日本だけで展開していてもそのうち限界に達することに気付き,そこで世界に目を向けたそうだ。
世界のe-Sportsに挑むカギとなるのは「情報」と「人材」
まず江尻氏は,海外に打って出る準備として世界のさまざまなe-Sports大会を視察し,世界のe-Sportsを自分の経験で語れるようにするところからスタートした。「海外では賞金が数億円で,数年後に競技人口が何億人になる」というようなリサーチ会社による情報ではなく,実際に自分が見て経験したものを語ることで,パートナーとなる企業の信頼を得て,共に海外のe-Sportsにチャレンジする基盤を作り上げたのだ。
ただ,海外に挑戦する資金を用意しただけでは,世界に展開するのは非常に難しい。江尻氏は,海外視察や大会出場などを繰り返すことで「DeToNator」の名前をグローバルに売り続けたのだという。その結果,海外の有名チーム運営者やキーパーソンと人脈が構築され,最先端のe-Sports情報が集まるようになったそうだ。
また活動実績も伴い,日本といえば「DeToNator」という認識が広まり始め,海外の大会運営団体から出場のオファーを受けたり,優秀な選手・人材の登用について問い合わせが集まるようになった。
その結果,DeToNatorは日本のチームながらも海外の優秀な選手やスタッフと契約し,海外展開が可能となった。結果的にそのようなスタッフと縁ができたのは運とも言えるが,自ら海外に行くという決断をしなかったら,こうはならなかったと江尻氏は振り返る。
そうして,DeToNatorが「情報」「人材」を得て海外展開を始めてから,決定のスピード,プロ意識,最先端のシーンの常識に日本と大きな違いを感じたそうだ。
コーチという存在についても日本はまだ遅れており,現在DeToNatorが契約している外国人コーチが取り組んでいる内容を日本人のコーチ希望者に話すと,レベルの違いに言葉を失うほどなのだとか。
また,海外のファンは非常に暖かく,何事も応援するという文化があるそうで,歩いていると声をかけられたり,次の試合も応援に行くからがんばってと励まされたりする。台湾に渡って数か月のプロリーグに挑んだDeToNatorの日本人選手の多くが「ずっとここでプレイしたい」と言うほど,e-Sportsに取り組む人を前向きに応援してくれるシーンができあがっているという。
チーム自らがコンテンツ・メディアとなりファンを獲得していく
DeToNatorは自分達をコンテンツとしたメディアとして一次情報を積極的に発信することにも注力しているという。このような考え方になったのは,「AVA」で日本一になっても,チーム公式サイトのアクセス数がまったく伸びなかったからだという。
「プロチームだから強いことは大切だが,強いだけではダメだ」と実感し,海外の有名チームFnaticでChief Gaming Officerを務めるPatrik "cArn" Sättermon氏に「ゲーミングチームは自らがメディアになっていくべきだ」というアドバイスを受け,それを活かしてプロチームとしてのメディア展開というものを考え直したそうだ。
その後は,選手にフォーカスしたコンテンツや,公式サイトでしか読めない一次情報を数多く発信するようにしたほか,英語や中国語での情報発信,各選手の積極的なストリーミング配信,SNSやYouTubeの活用も開始し,今では300万アクセスを超えるほど注目を集めるサイトになったという。
また江尻氏は,自分たちの活動を国内のメディアでほとんど取り上げてもらえなかったことにも触れた。先日,DeToNatorが『台湾国際eスポーツ協会(TIeSA)』と提携したことを発表すると,台湾ではそれがYahoo!の記事に掲載されるほどの話題になり,日本メディアとの大きな違いを感じたという。自国のチームの価値を高めるという視点でも,ぜひメディアでの掲載を考えてみてほしいと,思いのたけを語った。
DeToNatorは2017年12月に東海テレビとメディアパートナー契約を締結し,東海テレビ主催で2018年3月に名古屋でイベントを開催するほか,チームの活動を紹介する番組などを制作中で,新たな形でチームやe-Sportsを広めていく活動を計画しているそうだ。(関連記事)
江尻氏は最後に「日本のチームなので,今もやっているが日本を元気にする施策も考えている。日本と世界の両方をしっかり見て,今まで自分が培ったものをまた日本に還元したいと思っているので,これからもぜひDeToNatorを応援してほしい」とコメントした。
講演を通じて江尻氏は「現状に非常に危機感をもっている」ということを何度も口にしていた。その危機感が,自らを突き動かす原動力の1つにもなっているという。江尻氏は海外での活動を通じて,グローバルシーンにおけるe-Sportsのスピード感や成長の勢いを目の当たりにしており,日本だけを見て展開していると完全に世界から取り残されてしまうことを危惧しているようだ。
日本のe-Sportsは「プロライセンスの仕組みが整い,高額賞金が出せる」「めざせオリンピック」という流れになってきているが,DeToNatorの活動タイトルと日本e-Sports連合が公認するタイトルはまったく異なる。そういった状況ではあるが,江尻氏は共感できる志を持つ選手がいれば,ライセンス制度に関係なく共に取り組んでいきたいそうだ。
氏はチームを「世界を目指し活動するチーム」と表現することがあるが,これは各e-Sportsタイトルの本場で通用するチームになることを意味しているとのこと。
今のe-Sports人気を作り上げ,ゲームファンの注目を集めるゲームタイトルを「オリンピック」の規範に照らし合わせると,暴力性を含む表現等がネックとなり,採用される可能性は低いだろう。e-Sportsという言葉が今後も注目を集めていくことは間違いないが,既存ファンが求めていたのとはまったく違う方向に向かっていく可能性も高そうだ。トップチームを運営する江尻氏は「e-Sportsは選手が主役」と語っていたが,現役プロ選手の意見もぜひ聞いてみたいところである。
「DeToNator」公式サイト
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