インタビュー
「デスクリムゾン」発売から22年を経て新録サウンドトラック発売――そのワケは? せっかくだから俺は作曲家の渡辺邦孝氏にインタビューするぜ!
デスクリムゾンは,エコールソフトウェアが1996年8月9日に発売したガンシューティングゲームで,あまりにもすさまじい出来のため半ば伝説となっているタイトルだ。スキップできないホラーテイストなメーカーロゴ,音声のステレオ/モノラル切り替えしかないオプション,勝手にずれていく照準,当時としては珍しい実写のオープニングムービーに重なる「上から来るぞ! 気を付けろ!」などの唐突なセリフ――ゲームとしての評価は読者の皆さんもご存知だと思うが,その理不尽さが逆にカルト的な人気を博し,今なお本作を「デス様」と慕うファンも多い。
4Gamer:
よろしくお願いします。まずは自己紹介と,これまでのキャリアについて教えてください。
渡辺邦孝氏(以下,渡辺氏):
私は4歳から22歳までクラシックピアノを学んで,それと並行して10代の頃に「山水館」というロックバンドをやっていました。メジャーデビュー寸前の勢いだったのですが,親の反対があってバンドを脱退して,その後はヤマハ音楽教室や大阪芸大の講師などをしつつ,作曲の仕事をしてきました。
4Gamer:
「デスクリムゾン」に関わることになった経緯を教えてください。
渡辺氏:
加入していた日本音楽家ユニオンから,「大阪のゲーム会社が音楽家を探している」という連絡を受けたのがきっかけです。まだ子供が小さいなか,1995年の阪神淡路大震災で家が半壊してしまい,心機一転して仕事に精を出そうとしていたタイミングでした。勢いのあるゲーム業界の案件なら生活を巻き返せるかも,と意気込んでいましたね。
4Gamer:
それで,エコールからの依頼を承諾したということですね。もともとゲームは遊ばれていたのでしょうか。
渡辺氏:
いえ。私自身はゲーム機を持っていませんし,一切やらないんですよ。人生がリスキーで不安定なので,それがゲームみたいだな……と思って満足しています。ですから,デスクリムゾンは私にとって,ゲーム音楽に触れた最初の案件でした。ゲーム音楽に触れた最後の案件でもありますが。
4Gamer:
ちなみに,制作期間や制作スタイルはどのような形だったのですか。
渡辺氏:
制作期間は1996年5月半ばから7月半ばまでの約2か月です。エコールの真鍋(賢行)社長から直接オーダーを受けて,楽曲を制作していました。当時はYAMAHA QY300(※1)を使っていたので,フロッピーディスクにMIDIデータ,カセットテープに演奏音源を入れて,エコールに持っていきました。真鍋社長からは「バトルの曲」だとか「アンコールワットの遺跡で戦っているような曲」,「地底から襲ってくるデスビスノス(※2)」のような指示を頂いて,イメージに沿うように楽曲制作に取り組みました。
※1 音源内蔵型の小型シーケンサー。ハードウェア単体で音楽制作が完結できた。
※2 デスクリムゾンのラスボスであり,機械が進化した究極の生物。
4Gamer:
制作にあたって,なにか資料は提示されましたか。
渡辺氏:
コンバット越前のイメージスケッチはいただいていました。ただ,焼きビーフンが好きとかの設定は全然聞いていなかったです。これが1面ボス,これがラスボスと,口で説明されるだけ。曲数も決まっていなかったような気がします。
4Gamer:
なるほど,その状態でわずか2か月の制作期間というとなかなかシビアな案件だと思いますが,進行はスムーズに行ったのでしょうか。
渡辺氏:
それが,リテイクの連続で非常に大変でした。こちらとしては最高のプライドを持って一生懸命に良いものを作っているつもりでしたが,なかなかうまくいかなくて。当時はヤマハの仕事も忙しく,デスクリムゾンの作曲は子供を抱っこしながら夜中に行っていました。そういった個人的な事情と,度重なるリテイクがあり,夏の段階で制作したMIDIファイルを買い取りという形にしてもらって,開発から身を引きました。
4Gamer:
夏というと,デスクリムゾンの発売は8月だったので,その後すぐにリリースとなったわけですね。本作は今でこそカルト的な人気を誇りますが,1996年当時は悪評のレビューも多かったと思います。ショックを受けるようなこともあったのでしょうか。
渡辺氏:
そうですね……こんなに頑張ったのにコケたのか,という悲しい想いはありました。ただ,今にして思えば,オーダーと制作物のちぐはぐさが,デスクリムゾンという不思議な作品が生まれる原動力のひとつになっていたのかもしれません。
「山水館」復活によるプログレへの帰還
4Gamer:
それから20年以上を経て,今回セルフカバー盤である「Death Crimson Soundtracks」をリリースされたわけですが,これ自体はどういった経緯で制作されたのでしょうか。
渡辺氏:
これ以前にも,2001年に「Death Crimson -History-」というCDが発売されていたんです。ただ,これが納得できるクオリティではなく,エコールからの連絡もなかったので,少し怒っていました。その後,ゲームの発売から10年ほど経ったある日,真鍋社長がスタジオに訪ねてきました。
4Gamer:
唐突に,直接来られたと。
渡辺氏:
はい。デスクルーズというイベントのお誘いだったようです。そのとき「Death Crimson -History-」について言及したら,本人は真摯に謝ってくれて。ついでに「渡辺さんもサントラを出してみたらどうですか?」と言ってくれたんです。
4Gamer:
「Death Crimson -History-」もファンには人気のアルバムですが,具体的にどう納得がいかなかったのでしょうか。
渡辺氏:
無茶苦茶な内容でしたから。例えばストリングスがパーカッションの音色で鳴っていたり,スネアがパーン!と鳴るところがリムショットだったりして……。それが非常にショックだったんです。どの曲も本気で取り組んだ音楽たちで,自信もあったのですが,これで本当に黒歴史になってしまったなあ,と思ってしまって。
今回の「Death Crimson Soundtracks」に「音が変わってしまった」と言う人もいますが,実はこちらが正しい音なんです。
渡辺氏:
話は変わるのですが,私は関西ではアコーディオン奏者として知られています。それはそれでずっとそうありたいと思っているのですが,最近になってハードな音楽をやりたいという気持ちも出てきました。それは,山水館というバンドを再始動させてから湧き上がってきた感情です。もともとプログレが大好きで,キーボーディストとしてハードな音楽をずっとやってきた身です。そんな中でも,デスクリムゾンは私の代表作と言ってもいいほどプログレへの想いを込めた作品だったんです。
4Gamer:
今回のセルフカバーの内容について詳しく教えて下さい。新録とのことですが,アコーディオンなどの生収録は行ったのですか?
渡辺氏:
いいえ,今回は「当時の打ち込みデータを使う」というコンセプトで制作しています。あのころの私が想定した鳴らし方を,今現在の音源で再構築しているんです。制作はSteinberg CUBASEで,音源は全てHALion Sonicで再生しています。
4Gamer:
HALion SonicというとCUBASEのプリインストール音源ですが,どうしてこれを使おうと思ったのでしょうか。すでにハード・ソフトを問わず,たくさんのシンセサイザーをお持ちだと思いますが。
渡辺氏:
私は講師としてDTMを教える立場です。生徒のためにも高級なものは使わず,ハードルを下げて,「誰もが持てる音源をプロはどう使うのか」というところを見せたいと思いました。と言っても,音色のエディットには非常にこだわっていて,当時のデータを完全に鳴らしきれていると思っています。
4Gamer:
曲順はゲームの展開などとは違うようですが,これはどういった意図によるものなのでしょう。
渡辺氏:
収録順はテンポやキーから考えて構成しています。ゲーム音楽はループを前提にすることが多いそうですが,当時はそれが分からず,ある程度“一曲”として作っていたこともあり,プログレッシブ・ロックファンにも聴いていただけるような音楽的なアルバムにしたかったというのが理由です。それに,実際のところゲームをプレイした人はかなり少ないので,無理にゲームに合わせなくてもいいかなと。
まとめに入った人生と,ブラジルでの爆発的人気
4Gamer:
渡辺さんが現在取り組まれている音楽活動や,今後の目標などがあれば教えて下さい。
渡辺氏:
私はアコーディオン奏者としての姿がパブリックイメージです。その一方でハードな音楽をやりたい気持ちも強いのですが,山水館はバンドなのでメンバーが揃わないと活動できませんし,メンバーによっては所属事務所もあって自由には動きにくい。ただ,デスクリムゾンに関しては何の制約もないんです。
この前,山水館のライブでデスクリムゾンの曲をソロで演奏しました。突然のデスクリムゾンなので,お客さんは凍りついてしまいましたが……でも,こういった活動はやって行きたいと思っています。60歳を過ぎたので,いつ死んでもいいように人生のまとめに入っているのですが,来年以降はそういった自分にしか出来ないことを,もっとやっていくつもりです。
4Gamer:
ちなみに,そのライブではどの曲を演奏したのですか?
渡辺氏:
「Moula」(Stege 2 ボス戦BGM)です。あの曲は,実はEmerson, Lake & Palmer(※)の「Tarkus」を自分なりに解釈して制作した楽曲でした。私自身,ELPに憧れてキーボーディストとしてメシを食って行こうと思ったくらいなので,思い入れが強かったんです。当時,ヤマハで教本を作っていたのですが,それにもデスクリムゾンをもとにした楽曲を入れました。教本の「AVANT-GARDE TUNE」はMoulaのリフを使っていて,同じく「ETHNO MUSIC」は「Death Mask」(メーカーロゴBGM)がモチーフになっています。それくらい,自分にとっては誇りとなる楽曲だったんです。
※1970年代を代表するロックバンドのひとつ。アルバム「展覧会の絵」などで知られる。ELPは略称。
では,ヤマハ音楽教室でキーボードを習っている人は,それと知らずにデスクリムゾンのリフを弾いているかも知れないんですね……。
そういえば,パロディについてはどう思われておりますか? 少し前に「ポプテピピック」というアニメが話題になりましたが。
渡辺氏:
それは生徒に教えてもらって知りました。個人的には,どんどんやってくれればと思っています。関西人なので,面白いことが好きなんですよ。音楽には真摯に向き合っていますが,基本的には「皆を楽しませたい!」と思っています。
渡辺氏:
最近,自分のYouTubeチャンネルに動画をたくさん上げているのですが,3年ほど前から8ballsというブラジルのFacebookコミュニティから注目を集めています。そこの人達が「こんな面白い日本人がいるよ」と向こうで紹介してくれた結果,サンパウロやリオでは私自身がピコ太郎さん的な人気者になって,ブラジルでは私の人形が2500円くらいで売られていたり,動画がテレビで紹介されたりしているらしいんです。家に私の銅像が送られて来たこともありました。
4Gamer:
いろいろと事前調査をしたのですが,それは初めて知りました。海外,それもブラジルでの人気が高いんですね。
渡辺氏:
はい,ちょうど地球の裏側ですね。あちらはHip-hopカルチャーが中心ですが,実はハードロックやプログレのファンも多いんです。FacebookやYouTubeを通じて,世界の人々に自分の音楽を発信できていることに喜びを感じています。
4Gamer:
最後の質問ですが,今後またゲームの曲は作られたりしないのでしょうか?
渡辺氏:
オーダーの内容次第ですが,たぶんデスクリムゾンを超えるものは作れないですね。ほのぼの系だったり,別の方向性ならいいのですが,ハードなプログレ路線はあそこで燃え尽きてしまったかもしれません。それだけ本気で取り組んでいたんです。今はたくさんの人に色々な音楽を提供していきたいので,お洒落なヨーロピアンテイストの音楽もやりながら,ハード路線もやっているといった感覚です。「日々違うことをしたい」ということかもしれません。
4Gamer:
ありがとうございました。
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