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[GDC 2023]海外における乙女ゲームのシナリオ制作技法とは。SurviosのRobertson氏による圧倒的な熱量を持った講演をレポート
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印刷2023/03/23 12:02

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[GDC 2023]海外における乙女ゲームのシナリオ制作技法とは。SurviosのRobertson氏による圧倒的な熱量を持った講演をレポート

 ゲーム開発者向けのイベントである「Game Developers Conference 2023」(GDC 2023)が,サンフランシスコで北米時間の2023年3月20日から開催されている。

 GDCといえば,コンピューターサイエンスや数学に基づく高度な技術講演や,経済学や統計学に基づくマーケットレポート,哲学や社会学に基づく新たな倫理規範の模索などが中心で,全体的にカンファレンスの内容は“お堅い”といったイメージがあるだろう。

 しかし実際には,すべての講演が小難しいトークで埋め尽くされているわけではない。なかには,圧倒的な情熱がほとばしる,ユーモアと愛にあふれたものもある。本稿では,GDC 2023初日において最も(筆者調べ)熱いと感じられた講演の模様をレポートする。

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 このセッションのタイトルは,「RESPECTING PLAYER FANTASIES IN DATING SIMS」(デートシミュレーターにおける,プレイヤーの抱くファンタジーへの敬意)だ。登壇したのは,「Raw Data」や「Sprint Vector」などのVRタイトルで知られるSurviosで,Senior Narrative Designerを務めるBetty Robertson氏だ。

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SurviosのSenior Narrative Designer,Betty Robertson氏


GDCで語られる,恋愛ゲームのシナリオ制作技法


 Robertson氏は,ユービーアイソフトの「アサシン クリード オデッセイ」PC / PS4 / Xbox One / Switch)や「アサシン クリード ヴァルハラ」PC / PS5 / Xbox Series X|S / PS4 / Xbox One),Blackbird Interactiveの「Hardspace: Shipbreaker」関連記事)などに携わったことがある人物である。

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 そんなRobertson氏が,GDC 2023のNarrative Summitに持ち込んだテーマは,「デートシミュレーター(≒恋愛ゲー,成人向けを含む)において優れた物語とキャラクターを作る手法」だ。
 なお本講演は,PCやコンシューマ向けだけでなはく,スマートフォンでプレイされる運営型のデートシミュレーターも視野に入れたもの。スマホアプリの恋愛ゲームは,日本が本場と思うかもしれないが,海外でもこのジャンルは大きな人気があり,独自の市場を構築しているのである。

 まず初めにRobertson氏は,本講演における4つの要点を発表した。

  1. 開発の初めに対象とするユーザー層を決定し,彼らに敬意を払う。狙うユーザー層は,途中で変更できないと考えるべきである
  2. プレイヤーが望むファンタジーを見定めて,ゲームのキャラクターを作っていく
  3. 運用型ゲームの場合,売上が落ち込んだらどう対処すべきか
  4. ときに何もかもが二番煎じに思えてしまうこのジャンルにおいて,オリジナリティをどう発揮するか

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 続いて,議論をわかりやすく説明するため,架空のゲーム「架空の恋人」(Hypothetical Lover)の開発を例に講演を進めていった。
 公開されたスライドを見ると,日本人としてはいろいろ思うところがあるが,あくまで架空のゲームである。深くは問うまい……。

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スライドには,「私たちの終わらない夏のロマンス」「永遠にキスして」「おめでとう、あなたは日本語を話します」の文字が。over 16 endings! とあるので,エディングは16種類以上あるようだ

 「架空の恋人」のメインターゲットは,18歳から32歳くらいまでの異性愛者である女性だ。そして第2のターゲットにはバイセクシャルの女性とゲイの男性が想定されている。なお,攻略対象は男性のみのようなので,いわゆる乙女ゲームとも言えるものであるはずだが,文化の違いもあってか雰囲気は大きく異なる。

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ターゲット層が期待するものとして,いくつかの画像が例に挙げられたが,そのほとんどは半裸のマッチョの体であった。(※同人誌の表紙などが使用されているため,ぼかしを入れてあります)

 ターゲットとターゲットが望むものがはっきりしたら,デートシムの核となる存在,つまり攻略対象について考えていく。
 「ターゲットはカウボーイ・ファンタジーを望んでいる」(Robertson氏)という仮説に基づき,講演で示されたのは,以下のようなキャラクターとなった。

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お,おう……


キャラクターという「ナラティブの種」を育てる


 攻略対象のイメージが見えてきたら,次に行うべきは「リサーチ」だ。リサーチに活用できるものは無数にあるが,カウボーイのようにメジャーなテーマであれば,既存の書籍類も大いに参考になる。
 また,ネット上でカウボーイとのロマンスにおける一般的なイメージを調べるのも効果的だ。検索サイトやTwitter,Wikipediaなどから得られる情報も多い。

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スライドでは既存の書籍を紹介していたが,記事では掲載できないものばかり。各々で調べてみてほしい(※そのままの形で掲載できないため,ぼかしを入れてあります)

 ここで重要になるのは,リサーチを通じて「カウボーイとのロマンス」に対する“通俗的な物語構造”を把握すること。いわゆるマーケットリサーチである。
 そして最も一般的な物語構造を理解したところで,今度はキャラクターのイメージを詰めていく。ビジュアルや性格などを固めつつ,さらに「そのキャラクターが(プレイヤーと一緒に)活躍するシーン」を具体的に考えていくわけだ。そして同時に,そういったシーンを成立させるにふさわしい設定を作り込んでいく。

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 Robertson氏は,この過程のことを「ナラティブの種を育てていく」ことだと定義した。
 ここで最も注目すべきは,“ナラティブの種”が攻略対象となるキャラクターだということだろう。キャラクターが物語より先にあるという構造は,恋愛ゲームでは特に重要になる。

 また同氏は,書き手の感情移入も重視しているそうだ。この物語の中で,書き手が何に最も揺さぶられるか(萌えるのか)を見定め,それをしっかりと読み手に伝える手段を考えねばならない,という理由からである。

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 リサーチの結果だけでなく,作り手側がキャラクターに萌えて,妄想をたくましくしていくうちに,キャラクターの設定の細部も決まっていく。
 「架空の恋人」の攻略対象であるRandyの場合は,「文章が苦手」「動物と話をするが,人間相手には無口」などと,なるほど感が強い。
 ちなみに「焼いたものやミュージカルが好き」なのは,“彼がオクラホマのカウボーイだから”だそうだ。

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「若い頃に両親を失った」ことの背景には石油企業との対立があったらしい。清々しいまでにベタな設定である


KPIとの戦い


 運用型ゲームの場合,ストーリーが進むに連れて急に売上(ないし各種KPI)が落ちることがある。Robertson氏は,このような事態が発生する原因について「プレイヤーが望まない展開が発生したから」であると断じた。

 ではプレイヤーは何を嫌うのか? 同氏の仮説は以下の通りだ。

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(1)キャラクターがプレイヤーにあらゆる問題の解決を求める
(2)キャラクターがプレイヤーに対して十分な注意を払わない
(3)プレイヤーの同意していない,相手キャラクターとの性的なシーン
(4)設定の矛盾
(5)プレイヤーが関わらない,あるいは同意のない三角関係
(6)期待が裏切られる

 どれも比較的わかりやすいが,(3)はやや厄介な問題になる。というのも,とくにモバイルで運用される恋愛ゲームの場合,プレイヤーがたまたま「性交渉シーンが始まっては困る」状況(親や子供が隣りにいる,など)でゲームを遊んでいる可能性があるからだ。
 このため,たとえ攻略相手との理想的な展開であったとしても,「いまはちょっと」と断る選択肢は必要になると指摘する。

 (5)については,三角関係になるキャラクター全員がプレイヤーのお気に入りキャラになるなら,それを描くことに問題はない。だがプレイヤーが気に入らないキャラクターが,攻略対象を交えた三角関係を展開し始めた場合,プレイヤーはその「嫌なキャラクター」と長期にわたって付き合わなければならなくなる。
 また(6)もなかなか厄介で,講演では「カウボーイロマンスの物語に,突如として吸血鬼が絡んでくる」ようなパターンが指摘されている。

 その上でより具体的に問われるのは,「その問題をどう解決するのか」。そして「その問題を解決すべきなのか」である。
 これについては,関連するキャラクターにどれくらい人気があるのか,また,修正にどれくらいの工数が必要になるのかが,ひとつの指標となると話していた。ゲームの人気を支えるような中心的キャラクター(本作の場合はRandy)に関する問題は,それ以外のより人気のないキャラクターの問題より,解決すべき優先順位が高くなる。

 なお,プレイヤーコミュニティが「これは問題だ」と言っていることが,本当に理にかなっているかどうかを判断することも重要である。
 恋愛ゲームのプレイヤーはときに極めて情熱的であり,開発側はその情熱をリスペクトすべき必要もある。しかし,その情熱の昂(たかぶ)りがゆえに「キャラクターが穿いているボクサーパンツの色が,なんだかこれじゃない!」というような激烈な反応を示すこともあるので,注意が必要なのだ。

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「愛の物語を,愛情を持って真摯に語る」こと


 恋愛ゲームの書き手には,大きな悩みが付きまといがちだ。それは冒頭でRobertson氏が指摘しているように,「何をやっても二番煎じにしか思えない」「書き手のオリジナリティを発揮しにくい」という点である。
 さらに,迂闊なところでオリジナリティを発揮しても,作品に対する害にしかならないことも多い。

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マーケティングリサーチに基づけば,恐竜は幅広い層に人気がある。またアニメ「エヴァンゲリオン」も人気がある。なのでエヴァが好きな恐竜男を攻略対象としたゲームは間違いなくウケる……ことは,なかなか考えにくい。しかし,ある日突然世界がエヴァ好き恐竜男を求め始めたりすることがあるのもまた,難しいところだ

 とはいえ,世界にはオリジナリティにあふれた恋愛ゲームが存在するのも事実だ。そういったゲームがなぜうまくやれているかという問いに対しRobertson氏は,「それらのゲームは,そのゲームならではの特徴を,あらかじめユーザーにはっきりと示している」と説明した。

 例えば,鳥専門の恋愛シミュレーションゲーム「はーとふる彼氏」であれば,誰の目にも明らかなように,鳥が描かれている。これによってプレイヤーは,このゲームに何が期待できるのかを,ある程度まで把握できる。
 もし「架空の恋人」に,鳥とキスするシーンが出現したら,作品の評価はあまり芳しくないことになるだろう。

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 さらに同氏は,「なんだかんだ言ってもベタな設定は強いし,テンプレに沿ったものは一番人気が出る」ことを認めつつ,「素晴らしい物語を提供することは,非テンプレキャラにスポットライトがあたる可能性を最も高める」とも話していた。
 「少し変わったキャラクターに思えるかもしれないけれど,とにかくストーリーが良いから遊んでみて」という口コミは,現代においては非常に強い力を持ち得る。自分の作品とキャラクターに対し,愛情を持って真摯に向き合うことが,あらゆる局面において最も重要なのである。

 Robertson氏の講演は,具体的かつ実践的な技法を示すと同時に,書き手が守るべき理想も示す優れた講演で,会場は大きく沸いていた。そして,日本のオタクネタが大量に含まれていたのも印象的であった。

 ただし,日本で同ジャンルを手掛けている人たちからは,「何を今更」と感じることも多々ありそうで,男性向けと女性向けの恋愛ゲームをひとまとめにして「dating simulator」とするのにも,市場性を鑑みるといささか違和感があったのも正直なところ。
 しかし,その“今更な話”が,GDCという場で高い熱量を持って行われ,聴衆もその熱に大いに動かされたことの意味は,軽く捉えられることではないように思う。

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