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ゲーム世界の現実への浸食を描くライトノベル「デモンズ・クレスト」(ゲーマーのためのブックガイド:第18回)
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印刷2024/08/08 12:00

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ゲーム世界の現実への浸食を描くライトノベル「デモンズ・クレスト」(ゲーマーのためのブックガイド:第18回)

画像集 No.001のサムネイル画像 / ゲーム世界の現実への浸食を描くライトノベル「デモンズ・クレスト」(ゲーマーのためのブックガイド:第18回)

 「ゲーマーのためのブックガイド」は,ゲーマーが興味を持ちそうな内容の本や,ゲームのモチーフとなっているものの理解につながるような書籍を,ジャンルを問わず幅広く紹介する隔週連載だ。気軽に本を手に取ってもらえるような紹介記事から,とことん深く濃厚に掘り下げるものまで,多彩な執筆陣による記事をさまざまなスタイルでお届けしていく。

 近年は,ビデオゲームを題材にした小説が珍しくなくなってきた。中でも有名なのが,川原 礫氏の「ソードアート・オンライン」シリーズ(電撃文庫)だろう。アニメやゲームなどとのメディアミックスも盛んな同作は,国内外に多くのファンを持つメジャー作品と言える。
 今回紹介するのは,その川原氏による新シリーズである「デモンズ・クレスト」だ。本作には「ソードアート・オンライン」シリーズと同様に,VRMMORPGと呼ばれる仮想現実ゲームが登場する。

画像集 No.002のサムネイル画像 / ゲーム世界の現実への浸食を描くライトノベル「デモンズ・クレスト」(ゲーマーのためのブックガイド:第18回)
デモンズ・クレスト1 現実∽浸食

著者:川原 礫
イラスト:堀口悠紀子
版元:KADOKAWA(電撃文庫)
発行:2022年11月10日
価格:726円
ISBN:9784049146776

購入ページ:
Honya Club.com
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電撃文庫「デモンズ・クレスト1 現実∽侵食」紹介ページ


 「デモンズ・クレスト」の主な登場人物は,雪花小学校6年1組の生徒達だ。彼らは大規模アミューズメントパーク施設「アルテア」に設置された,「アクチュアル・マジック」と呼ばれるVRMMORPGのオープンイベントに招待された。
 初めて体験するVRMMORPGを楽しんだ彼らは,ゲーム世界から現実世界へと帰還し,これまでと変わらない日常へと戻っていくはずだった。しかし待っていたのは,恐るべき怪物達だった。彼らが戻って来たのは慣れ親しんだ現実などではなく,ゲームとリアルが融合した異世界,MR(複合現実)の世界に迷い込んでしまったのである。

 モンスターの徘徊するアルテア施設内に閉じ込められた主人公達は,自分達の才覚のみに頼ったサバイバル生活を迫られることに。いわゆる閉鎖空間における“デスゲームもの”の展開だが,やがて主人公達は,現実では使えないはずのゲーム内スキルが使用できることに気付いていく。
 現実とゲーム,決して交わらないはずだった二つの世界。それが融合した不思議な世界観は,読者の想像力を大いにかき立てるだろう。


人々の想像力を満たす舞台として生み出された「ゲームの世界」


 本作の著者は,「ゲームの世界」を小説で描くことに長けた作家だ。冒頭にも述べたように,ビデオゲームを題材にした小説は近年珍しくなくなったが,その理由はどんなところにあるのだろうか。
 半世紀ほど前まで,人類は現実の世界のことがまだよく分かっていなかった。故にこの頃は,秘境を探検する冒険小説などが人気だった。しかし調査研究が進むと,世界から未知の地域は失われ,冒険小説は下火になっていく。科学が進歩し,身近な現実世界から謎が失われていったとき,人々が冒険の舞台として見出したのがファンタジーの世界だった。現実とはまったく違う世界を想定すれば,いくらでも未知の浪漫を生み出せる。

 日本には「指輪物語」(J・R・R・トールキン)などによってファンタジーの世界観が持ち込まれ,1980年代に急速に定着していった。もちろん,その流行はビデオゲームにも大きな影響を与えた。ファンタジーはゲームの世界観として多く採用され,ゲームと共に多くの人々に認知されるに至ったわけだ。“体験する”ことで世界観に触れられるゲームは,むしろほかのメディアよりもファンタジーとの相性が良かったかもしれない。

 そうして発展するビデオゲームの影響を受けながら,小説もまた,新しいジャンルを生み出していく。ゲームに慣れ親しんだ世代の作家達は,共通体験としての「ゲームの世界」をベースに,新たな作品を書くようになった。皆が求める「未知の浪漫あふれる世界」は,今やゲームの中にこそあるのかもしれない。

画像集 No.004のサムネイル画像 / ゲーム世界の現実への浸食を描くライトノベル「デモンズ・クレスト」(ゲーマーのためのブックガイド:第18回)
デモンズ・クレスト2 異界∽顕現

著者:川原 礫
イラスト:堀口悠紀子
版元:KADOKAWA(電撃文庫)
発行:2023年7月7日
価格:726円
ISBN:9784049151510

購入ページ:
Honya Club.com
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※Amazonアソシエイト

 本作の舞台は,現実世界(アルテア施設内)とゲーム世界がリンクした,複合現実の世界だ。例えばゲーム内で自身のキャラクターを成長させれば,そこで得られた能力はゲームから戻った後にも反映される。またアイテムをゲーム内で入手し,それを元の世界に持ち込むことも可能だ。
 ゲーム世界の浸食は,登場人物達にも及んでいる。クラスメイトが怪物に変化したり,何者かに憑依されたりするのである。別世界のルールによって人間が変容する様は,ゲーム小説というよりもホラー,SF寄りのテイストだ。

 このような「ゲームの世界が現実に干渉する」という設定は,川原氏のシリーズ作品にはしばしば見られる。例えば「ソードアート・オンライン」のアインクラッド編では,ゲーム中での死が現実の死に結び付いていた。また「アクセル・ワールド」シリーズでは,ゲームをプレイすることで,現実で特別な能力を発揮できた。
 川原氏の諸作品では,現実世界とゲーム世界はほぼ等価値なものとして描かれる。そのうえで,この二つの世界の関係性を描くことをテーマとしている。
 例えば,これがゲームに似た世界に転生する話であれば事情は異なるだろう。ゲームに似ていたとしても,それは主人公にとっては紛れもない現実であり,ただ一つの世界を描いているに過ぎない。現実とゲームの二つの世界を対比させるには,ゲーム世界の価値を現実と並び立つところまで引き上げなくてはならない。そのために必要だったのが,VRMMORPGという舞台装置だったのだろう。

 本来,現実とゲームの世界は切り離されていて,干渉し合うことはほとんどない。多くのゲームを遊んできたゲーマーほど,現実とゲームの切り分けはしっかりできているものだ。しかしゲーマーにとってゲームは生活の一部であり,身近な存在でもある。このような複雑な感情を持っている人にこそ,「ゲーム世界が現実に干渉する」というテーマが刺さるのだ。
 川原氏の作品において,ゲーム世界は現実と干渉することで,よりリアルな存在となって読者の前に立ち現れる。そこに描かれるのは,当たり前だと思っていた現実が崩壊する悪夢であり,また未知のゲーム世界に挑む,ゲーマーならではの浪漫である。この悪夢と浪漫が混然一体となった作風が,氏の持ち味だろう。

 本作「デモンズ・クレスト」は,そんな川原氏ならではの魅力が詰まった作品だ。このような世界観は,多くの読者が「現実」と「ゲームの世界」という,二つの世界を俯瞰して見られるようになったからこそ,受け入れられたのだろう。
 ゲームを題材にした小説が盛んに発表され,当たり前に楽しめるようになった昨今。それは読者の「世界の見方」が変わったからであり,時代の変化を象徴している。その時代の最先端を走る本作を,ぜひ楽しんでほしいと思う。

電撃文庫「デモンズ・クレスト1 現実∽侵食」紹介ページ


■■石井ぜんじ(ライター)■■
ゲーム系を中心としたライター,ビデオゲーム研究者。1999年に休刊したアーケードゲーム専門誌「ゲーメスト」の元・編集長としても知られ,現在もゲームの魅力を広く啓蒙する活動を続けている。2023年2月にはビデオゲーム研究書「グレート・セブン・ゲームズ」を上梓。ゲームの本質に迫る一冊なので,気になった人はぜひご一読を。
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