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ゲーム開発的思考で生んだUI/UXで新市場開拓。元ゲームプログラマーが作った大ヒット教育アプリ「ロイロノート」の発想[CEDEC 2024]
同セッションでは,LoiLo CEOの杉山浩二氏がゲーム開発で培ったスキルや経験を生かし,同社の教育用アプリ「ロイロノート・スクール」がどのように開発され,運営に至ったのかの経緯が紹介された。
教員と児童・生徒を双方向につなぐ「ロイロノート」
LoiLoが展開する「ロイロノート・スクール」(以下,ロイロノート)は,現在日本に存在する学校の約40%に導入されているという教育アプリである。2024年7月にはデイリーアクティブユーザー(DAU)が260万人に達するなど,教育界ではトレンドの渦中にあるようだ。
ロイロノートが注目を集めたきっかけは,杉山氏によると,文部科学省が2019年に提唱した「GIGAスクール構想」にあったという。
この構想は,全国の児童・生徒1人あたりに1台のPC(などの)端末と高速ネットワークを整備するという取り組みで,2019年以降,国内の学校には児童・生徒が授業で使う端末が順次導入されてきた。
それに合わせて,ロイロノートも2020年から2021年にかけてDAUが急増し,今もなお数字を伸ばし続けているとのことである。
ロイロノートはネットワークを介し,児童・生徒が課題を提出したり,回収した課題を教員が添削して返却したりといった双方向性のやり取りができる。ほかにも,教員が動画やPDF化した資料を配布したり,児童・生徒同士で協力して回答したりといったこともでき,さらには写真や動画,音声などの編集といったクリエイティブな使い方もできる。
しかし杉山氏によると,用途の大半は「単に教員が児童・生徒から宿題を回収して,添削・返却するツール」として使われるケースがほとんどで,これに関しては社内でも大きな課題になっているという。
ロイロノート開発に至るまでの経緯
杉山氏は大学生時代,映像学科を専攻していた兄と一緒に趣味で動画作りをしていたそうだ。こちらは2000年代前半のことで,当時は現行機とは比べものにならない低スペックなPCで作業していたという。現在でもそれなりに高スペックなPCが求められる動画編集なだけに,感想としても「動作が遅いし重いしで,やりたくなかった」と述べていた。
あるとき杉山氏は,ゲームも動画編集とほとんど同じ処理で動いていることに思い至った。同じ処理のはずなのに,なぜゲームはリアルタイムで動き,動画編集だけあんなにも重いのか。それはゲームがGPUベースで動作しているのに対し,動画編集はほぼCPUベースで動いていたからだ。そこで杉山氏は「GPUベースの動画編集ソフトをつくれば,リアルタイムで動画を編集できるのではないか」と考えたらしい。
試しにGPUベースの動画編集ソフトを自作したところ,狙いどおりのものが生まれた。リアルタイムで動画編集できる,つまり誰でも動画が作れるようになると考えた杉山氏は,兄と共同で「一億総放送局化を実現するノンレンダリング映像ソフト“回向”開発」というテーマで,2006年に未踏ソフトウェア創造事業(当時)に応募し,見事採択された。
未踏ソフトウェア創造事業に採択された杉山氏らは,そこで新しい動画編集ソフトを作ることとなった。だがリアルタイムで動画編集できるといっても,UIが既存のPremierと同じだったら誰もが使えるほどのハードルにまでは下がらない。どんなUIにすればいいのか悩んだ杉山氏だったが,ヒントは当時プレイしていたRTSにあった。
そのRTSでは,ユニットにカメラをズームインすると3Dモデルが表示され,ズームアウトすると2Dアイコンが表示されたという。
それを目にした杉山氏は,動画を始めとするデータは非常に抽象的な概念であり,一般の人たちにはよく分からないものなので,「データをゲームのキャラクターのように具体性を持つものとして見せたら,もっと理解しやすくなるのでは」と考えたとのこと。
そしてロイロノートの前身となるUIの開発がスタートし,2008年には「Super LoiLoScope」がリリースされる運びとなった。当時はGPUを汎用処理に使う事例はあまりなく,またUIもゲームをヒントにしたことから,「かなりゲームから着想を得たソフト」と話した。
Super LoiLoScopeの開発当時,メンターから「ソフトウェアは経験商材だから,経験を積んだユーザーはほかに乗り換えない」「競合製品との互換性をもっとも重視しないといけない」と指摘されたエピソードも語られた。つまるところ,既存のソフトと互換性のあるUIにしないと,そもそも使ってもらえないと言われたわけだ。
杉山氏は「実際,その言葉は正しい」と咀嚼しつつも「ただ,それはPremierやFinalCut Proを使いこせる人にしか当てはまらない」と指摘する。そして,これら既存のソフトを使いこなせる人は意外と少ない。したがって,動画編集をやりたいと思ってもソフトを使いこなせなかった人にもっと注目を向けるべきだ,という見解を導き出した。
実際,一般の人たちが持つPCのリテラシーは,PCを日常的に使っている人が想像するよりもかなり低いと言われる。
杉山氏も,OECDが2011年に実施した国際成人力調査で,レベル3(最大レベル)の「ITによる問題解決スキル」を持つ人が,日本人の8%(OECD加盟国平均では5%)しかいなかったことを指摘し,「PCを使える人は実はすごく少ない」と語った。なお,同スキルのレベル3の内容は「メールにきた申し込みを,Excelの表に転記できる」とのことだ。
このように,PCに興味はあっても,ツールが使いづらくてこぼれ落ちた人はたくさんいるわけだが,そこをうまく取り込んだのが「スマートフォン」であったと杉山氏は語る。実際,PCは使えずともスマホやタブレットを使えるという人は,高齢者を除けば珍しくない。
スマホがここまで一般に普及した理由のなかで,もっとも大きいのは「直感性」だったと杉山氏が論を述べる。
一例として,杉山氏のお子さんは1歳5か月のとき,すでにタブレットを操作してYouTubeの動画を視聴できていたという。スマホのタッチUIはそれくらい誰にでも使える直感的なものだという証明だ。
一方で,現在4歳になったお子さんは,まだPCのマウスやゲーム機のコントローラは使えないそうだ。杉山氏は「道具は使っているうちに自分の身体の延長のようになることもあるが,そうなるまでには修練が必要。結果として,扱いが難しいものなっている」と話す。
ロイロノートにしろ,教員から「やっとPCの操作を覚えたのに,また新しいことを覚えなければならないのか」と言われることがあるそうだ。
けれど,同アプリはPCとは異なる視点で,異なる使い方をするツールとして提案していた。杉山氏も実際に触った人から「使いやすい」と言ってもらえる想定で分析していたとしている。
ここまでの考え方は,元バンダイナムコ研究所の“コヤ所長”こと小山順一朗氏のマーケティング論などに影響を受けていると説明された。
杉山氏は,小山氏から学んだ「ヒット商品=新市場開拓商品」という概念に当てはまるものとして,スマートフォンやロイロノートを挙げ,「新しいUIやUXを提案し,今までのユーザーではない人にうまくマッチしてヒットした」と解説していく。
ゲーム開発では,気持ちよくプレイできる操作やUIを追求するが,一般的なソフト開発ではあまり重視されないことにも言及された。
たとえばOfficeにしてもPhotoshopにしても,新機能はどんどん追加されるのに,決して使いやすくはならないと述べられる。これに関しては誰しも,ツールを問わず思い当たることが多そうである。
また,そうした状況は前述の「ソフトウェアは経験商材である」ということとも関連する。つまり,ソフトを使いこなせる人にとっては一度覚えた操作が最も使いやすく,新たに覚えなければならない操作はどうやっても使いづらいというわけだ。
杉山氏も,ロイロノートが小さくないヒットを飛ばしてしまったがゆえに,今後はUIに変更を加えることが難しくなると語っていた。
セッションの終盤,杉山氏はゲーム開発では直感的で気持ちいいUI/UX作りが当たり前であることにあらためて言及した。
その一方で,GAFAMを含む既存の企業は機能重視で,かつ既存ユーザーの存在に縛られるため新市場開拓は苦手であるとし,「新しいUI/UXは,これまで取り残されてきた多くの人に新しい提案ができる。そのとき,ゲーム開発の経験が生きる」とまとめ,講演を締めた。
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