業界動向
NCSOFT本社に行ってみたら,保育園から病院,図書館,食堂,結婚式場(?)までなんでも揃ってる巨大オフィスビルだった
G-STARの,ツメツメ4日間の取材日程を終えたあとで釜山からソウルまで移動して,NCSOFT本社にお邪魔して「スローン・アンド・リバティ」(PC / PS5 / Xbox Series X|S)のインタビューをしたのは,こちらの記事にあるとおり。
このときはまだ11月だったので,気温21度のあったか釜山だったのだが,ほんの1時間飛んだら気温−3度の,突如真冬になったソウル。砂漠なのかと思うくらい温度差がすごい。
実はあのインタビューは午後開始だったのだが,集合時間に設定されたのはなぜか10:00AM過ぎ。なにかいろいろ注意事項でもあるのかな……と思っていたら,本社の広報チームの人達が3人も出てきて,オフィスツアーをしてくれるとのこと。
※日本人的にはつい「いたばし」と読みそうになるが「パンギョ」。ソンナム(城南)市にある街で,ソウル中心部からはちょっと外れてはいるものの,富裕層の街というだけでなく,IT関連の会社の拠点として急成長を続けている。ゲーム関連も例外ではなく,NCSOFT,NEXON,NEOWIZ,NHN,Wemade,Smilegate,Kakao Games,XL Games,Webzenなどがこの1か所に集まっており,蒼々たる顔ぶれだ。
出迎えてくれたのは,NCSOFTのGlobal Communication Divisionの室長であるKim Changhyeon(キム・チャンヒョン)氏,PR Team2のKim Dongchan(キム・ドンチャン)氏,そしてTL CampチームのKim Jihye(キム・ジヘ)氏の3名。なんでも,日本のメディアがG-STARの帰りにソウルまで足を伸ばすと聞いて,社内を軽く案内してくれることにしたらしい。ありがとうございます。この巨大なNC本社の中まで案内してもらえるとは。
本当は記事にする予定ではなかったのだが(たぶんNCSOFT側もそのつもりではなかった),結構ちゃんと見せてもらえたし,素直に設備をすごいと思ったし,数年後には移転予定だとのことで,記念に記録に残しておこう。
1997年に,三成洞(サムソンドン)の小さな事務所で,わずか12人から始まったNCSOFTは,いまでは5000人以上になっている。
1997年といえば,筆者はまだソフトバンクでDOS/Vmagazineをせっせと作っているころで,4Gamerは存在しない。しかし4GamerとNCSOFTは,意外なところでお付き合いが長い。
NCSOFT設立から少しあとの2001年から,ソフトバンクで「Yahoo!BB」サービスが始まった。2000年設立の4Gamerは,サイト開設から間もないタイミングで数名しかおらず,ソフトバンク社内の片隅でのんびりと過ごしていたころだ。
覚えている人もいると思うが,Yahoo!BBは当時「パラソル部隊」と呼ばれるチームが,モデム無料配布キャンペーンを行っており,そのモデムには,当時まだ物珍しかった「パソコンで遊べるオンラインゲーム」が入ったCD-ROMが付いていた。
「そんな無茶な」とあのときは思ったが,まぁ当時NC Japanは社員1名しかおらず,ドタバタなのも仕方ない。
余談だが,そのときのパラソル部隊を率いていたボスも,「5日でよろしく」と無茶振りしてきた人も,徹夜で一緒にマニュアルを作ったスタッフも(そして筆者も),それぞれ大小あれど皆会社の社長になっている。あの時代のハードでカオスな環境を生き抜いた人達は,一様に何かおかしな強靱さを持ってるのかもしれない。
さて,そこから25年近くが経った現在のNCSOFTは,オフィスが複数に分かれており,今回筆者が訪れた板橋の社屋は開発チームのみが入っている。開発チームのみと言っても,全部合わせて2800人余りがいるわけだが……。敷地面積は1万1531平方メートル※で,延べ床面積は8万8486平方メートルだ。
非常に大きい建物で,現地に行ったら広角カメラでも全体像が写らなかったので,公式の写真ももらっておいた。この,地上12階/地下5階の,計17フロアある建物を,一棟丸々NCSOFTの開発チームが使っている。
なお向かって左が「Nタワー」,左が「Cタワー」という名称で,合わせてNC。「実は上から見たら,NとCの形だったりしないんですか」と聞いてみたが「いやさすがにそれは(笑)」と失笑されてしまった。なおこれは「愛称」ではなくて正式名称なので,ちゃんと社内の案内にもそのように書かれている。
「従業員の,健康的でバランスの取れた生活を支援する,働きやすい空間,夢を実現していく空間」を標榜するNCSOFTは,社内にどんな設備があるんだろうか。
早速このお三方に,オフィス内の特徴的なところを案内してもらおう。
保育園
オフィスツアーの最初は,待ち合わせ場所だったフロントエントランスで,いきなり気になったこの部屋だ。
これなんだろう?
これ,保育園である。
「会社で子供預かってくれるのはいいですね」と思ったのだが,よくよくちゃんと話を聞いてみると「会社で子供を預かってくれる」とかいうレベルではなかった。
そもそも最初に保育園がNC社内に出来たのは2008年。今の板橋に移転してから「笑うピーナッツ」という名前に改名した(名前が可愛い)。2022年には,違う社屋にも「笑うピーナッツ」を開設し,最大300人の子供達が快適に生活できるようになっている。
韓国の少子化も半端ない状況なので,いくらNCが巨大とはいっても300人分の枠があれば,ほとんどの対象者が恩恵にあずかれる気がする。
しかも単に「預かってくれる」だけではない。
視角や聴覚,空間認識感覚を刺激するようなフィーチャーが広大な園内に適切に配置されており,2階建て構造の園内は,1Fが1〜2歳,2Fが3〜5歳までと区切られている。園児一人あたりの占有面積は法定基準の2倍あるらしく,広々とした空間でゆったりと過ごせるとのこと。
もちろん,幼児教育を専攻したプロの保育士,看護師,栄養管理士,調理師が,大勢そこで働いている。
「笑うピーナッツ」は,韓国政府が推進する保育所評価制度で,最も高いグレードの「A」の認定を受けているとのこと。これは,施設・教育・栄養・安全などの様々な評価指標を基にして評価結果を公開する制度で,2015年に初めて評価を受けたときも,最高点である100点を獲得して世間の話題になったようだ(民間の保育園ではなくて社内の福利厚生施設なのに!)。
説明を受けている間にも,社員と思われる夫婦が入れ替わり立ち替わり子供を預けていて,これは共働きの人も安心だろうなぁ,と素直に思わされる。
コンベンションホール
小中学校の体育館くらいの広さを感じたが,主に株主総会や,会社が社員に何か伝えるときのための意思疎通の場として使っているとのこと。過去には,ユーザー懇親会なども開催したこともあるらしい。
ホールには最大300人程度が入れるのだが,このホールの本当に重要な部分はたぶん,「社員が無料で使える」ということ。
社員が使って何をするんだろうと思って聞いてみたら「結婚式です」という答え。予め申請しておけば,社員が結婚式会場として使えるらしい。しかも無料で!
食堂
筆者は,まだ規模がそんなに大きくなくて数百人くらいしかいない「イケイケベンチャー」だったころのソフトバンク出身で,その後自分の会社を立ち上げることになってしまったので,恥ずかしながら大きい会社の「社食」をちゃんと体験したことがない。取材で行ったときに「ここが社食です〜」と軽く案内されるくらいだ。
NCは巨大な会社なので,社内食堂もそれに応じた規模なのだろうと思っていたが,その想像を超えてきた。
まず,「食事スペース」だけでも756坪ある。「坪」で言われてもピンと来ないかもしれないが(正式な資料をもらったときに「坪」で書いてあった)ほぼ2500平方メートル。一辺50mの正方形だ。
と言われてもよく分からないだろうから身近な例で言うと,コンビニの売り場面積は大体100平方メートル程度であることが多い。ので,とても乱暴に言うと「コンビニ25店舗分くらいの広さ」ということだ。
そのコンビニ25店舗分の広さの食堂には754席があり,従業員のために昼食と夕食を無料で提供している(朝食は従業員負担とのことだが,微々たる額だった)。
韓国料理を始め,洋食や和食,健康食など様々な種類のメニューがあり,フードコート形式の合計7コーナー(Rice&Soupが2コーナー,Grill&Fry,Noodle Bar,Burger&Pizza,Fresh Bowl,Takeout)で,毎日日替わりで新しいメニューが提供されているとのこと。それらとは別にサラダバーもあったし,なんならヴィーガンメニューもあった。
実際ご馳走になったのだが,ちょっと筆者には量が多すぎるほどで,これが毎日タダで食べられるのかと思うとなかなかすごい。そんなフードコートは,NタワーとCタワーの中央に位置していて,LEDではない自然光がふんだんに入ってくる環境。これは食事も進むというものだ。
カフェ
1Fにあるのが「NCカフェ1」で,2020年にリニューアルオープンしたとのこと。最新のコーヒートレンドを反映した作りになっているようで,コーヒーマシンやブリューイングマシン,焙煎機など,最新かつ最高水準の設備で,社内のコーヒー愛好家達に大変評判がよいらしい。韓国の人達ってびっくりするくらいずっとコーヒーを飲んでる※ので,これは皆さん嬉しいかもしれない。
※韓国に詳しい人ならご存じのように,本当に彼らはずーーーーーーっとコーヒーを飲んでいる。しかも,冬の極寒のソウルでも,皆迷わずアイスコーヒーを飲む。なんで? アイスコーヒーが大変に苦手な筆者は,韓国の方のご厚意を,いかに失礼のないようにそらしてホットコーヒーをいただくかについて,いつも細心の注意を払っている。
筆者が連れていってもらったのは,2Fにある「NCカフェ2」。こちらはいわゆる「カフェ」という感じで,コーヒーに限らず「いろんな種類のドリンクを手頃な価格で飲むことができます」(広報さん談)とのこと。
なるほど,こちらはお金を取るのか。手頃な価格っていくらくらいなんだろう?と思ってメニューを見たら,
「NCカフェ1」ほどのこだわりではないとしても,設備は普通の「店舗のカフェ」とまったく変わらないので,緑のアイコンのあのお店で500円くらいするカプチーノが(韓国はSサイズといっても結構大きい)が170円。1日中ずっとここに通って,いろんなもの飲んでみたい。
メディカルセンター
従業員が,自らの健康のためにいつでも利用できる「社内病院」としての役割を持っており,会社に所属する専門医が常駐している。
PCの前に長時間座ることの多いこの業界の人の特徴としてよく発生する,神経系,筋骨格系疾患の治療だけでなく,内科や皮膚科,小児科などまで,各種疾患の診断と治療を受けることができる。
設備も一通り揃っている。エコーやレントゲンなどはもちろん,脊椎牽引治療機やレーザー治療器など,最新の医療機器と理学療法機器があり,さすがにMRIとかはなさそうだが,ある程度であれば専門的な検査や治療もできるとのこと。
もうこれ,外の病院に行く必要あまりないのでは……?
ユニバーシティ
オフィスの3Fに位置するこの「NCユニバーシティ」は,セミナーホールや講義室,ディスカッションルーム,PC講義室,ラウンジなどで構成されていて,毎年300以上の学習コースが,オンラインとオフラインで開設されているとのこと。300!
さすがにゲーム会社らしく,企画の立て方,プログラミング,アート制作などがコース全体の半分以上を占めるとのこと。新人の適応を支援するオンボーディングプログラムや,役職者対象のリーダーシッププログラム,部署全体で参加するチームプログラムなどもあって,どれも活発に活用されているようだ。
ゲーム会社らしい実務内容が「半分以上を占める」と書いたように,そうでないものもかなり多い。クラシックコンサート,音楽ライブ,アートのクラス,著名作家の講演など,文化・芸術体験を提供するカルチャークラスも多く,社員の創造力の手助けをしているとのことだ。
図書館
冒頭の保育園のときにも,社員食堂でも,メディカルセンターも,筆者の貧困な想像力を超えた規模だったわけだが,この図書館も例外ではなかった。「社内のライブラリー」と聞いて想像したものは,正直に言ってもうちょっと小さいものだったのだ。
このライブラリー,NタワーとCタワーをつなぐ,12Fにある連絡通路部分を丸々使ったオープン型図書館だ。ほぼ全面から自然光が入るだけでなく中心部には屋外庭園もあり,いろんな形で読書や調べ物を楽しむことができる。そんなライブラリーのフロアに足を踏み入れてみると,そこはホントに「図書館」だった。
2005年に,従業員の開発業務をサポートするという目的で始まったライブラリーは,いまでは業務関連書籍だけでなく,旅行やインテリア,趣味など,ありとあらゆる分野の書籍を貪欲に飲み込んできて,業務支援だけではない福利厚生の意味合いも持った施設になった。
いまでは蔵書が4万3000冊以上になり(DVDなどのマルチメディアコンテンツも含む),「Concept Art Zone」(ゲームやアニメ,映画の設定集など),Life&Kids Zone,Game Zone,Multimedia Zone,新刊図書ゾーン,推薦図書ゾーンなどに分かれている。とくに開発者が使いそうな「写真資料集ゾーン」には,戦時の兵器や軍服,平時の衣装,民族衣装,世界各地の背景や動植物などの,ありとあらゆる写真とイラストの資料がある。
e-Libraryと呼ばれる電子書籍も提供されていて(現在8000冊ほどとのことで,合わせると5万冊を超える),オンライン/オフライン問わずさまざまな資料を無料で閲覧することができるというありがたい施設だ。
なおこのライブラリーに所蔵されていない資料は「資料希望」として申請すると,ちょっとだけ時間はかかるが必ず入手してくれるとのこと。開発者の一人は「自分じゃ高くてとても買えないような重要な資料も,確実に会社に揃えてもらえるので,本当に助かります」と感謝していた。
ところでライブラリー見学途中で「ちょっとこの窓から外を見てもらえますか」と言われたのが,この景色。
あれなんですか? と聞いたら「新オフィス予定地です」とのこと。え,またオフィス作るの? 巨大化してオフィスが数か所に分かれてしまって効率が悪いので,一つにまとめる予定らしい。しかしこの規模の会社を1か所にまとめるのは相当巨大なビルが必要なのではと思ったら「地上14階,地下8階※の建物なので,たぶん収まるはずです(笑)」とのこと。
板橋は,近くに軍が使う空港があるため,建物をあまり上へ上へと伸ばせないので,地下へと伸ばした結果そうなったらしい。にしても規模が大きい。総フロアが22もある。
※韓国は地震がないせいもあり,どこでも地下へ地下へと伸ばしていく。ソウルや釜山などの都市部のビルも,テナントが多く入っている雑居ビルも,人々が住むマンションも,地下3階,地下4階くらいはザラだ。大型施設だと普通に地下5階くらいまで使われている。そのほとんどの用途は駐車場だが(駐車場たくさんあって羨ましい),どんな小さく見えるビルでも地下3階とか地下4階があって,はじめて見たときはちょっとギョッとした。
フィットネス,スパ,体育館
フィットネスセンターは,最大250人が同時に利用できる専用フィットネススペースだ。最高レベルの運動器具があるだけでなく専門の運動トレーナーもおり,民間のフィットネスクラブのようなサービスを受けることができるらしい。
それだけでなく,最近のトレンドや従業員のニーズを反映させて,様々なGX(Group Exercise)プログラムや,個人およびグループでのPT(Personal Training),ピラティスや室内ゴルフ練習プログラムなども運営しているとのことだ。
スパは,個室のシャワーブースとお風呂だけでなく,同時に約40人以上が使えるサウナも用意されているそうで,至れり尽くせり。
この体育館,曜日と時間で使える用途が決まっているとのことで,案内板を見せてもらったのだが,見ると「卓球」や「テニス」も入っている。用途はなかなか広そう。そして朝7:00から夜9:45まで使えるという利便性の高さがいい。開発者の皆さんが朝9時〜夕方5時の仕事をしているとは思えないし,そういう意味でも使いやすそうだ。
……このあとそのまま1Fに戻って「スローン・アンド・リバティー」の絵が掲げられた部屋に連れられてインタビュー開始となったわけだが,なるほどやはりNCSOFTというのは,大きくてちゃんとした会社なのだなぁ,という当たり前のことを再認識させられた。
韓国ではプロ野球チームのオーナーでもあるNCSOFTだが※,実はここ最近の会社の成績はあまりよくない。NCSOFTから見ると4Gamerは「外国のメディア」なので,広報さんも聞かれない限りはわざわざ言わないだろうが,社内は絶賛「構造調整中」(≒リストラ)だ。5000人近くいる社員が3500人になるという噂もあるので,もしそれが本当なら30%がリストラされてしまうということになる。
確かにここ最近,ちょっとパッとしない雰囲気が続いていたし,「Project M」や「Miniverse」「Doguri」などの作品も開発中止になったと言われている。
※韓国プロ野球9番目の球団である「NC DINOS」だ。チームと会社の業績がリンクしてしまっているのか,3年前に優勝したが,最近は下位をうろうろしているとのこと。新人を育てるモードになって頑張っているようだ。
数字ベースで見ても,2023年度の実績が前年比で51%減というかなりのマイナスで,年度を超えた2024年の1Qも,前年同期比で68%減少だ。まだ赤字に転落しているわけではないが,それまでの実績に比べると,比較にならないくらいの低調さであることは否定できない。
不調のNCSOFT,多岐にわたる経営効率化と新作ラッシュで業績改善を目指す
韓国オンラインゲームメーカーの雄NCSOFTが,なかなか大変な時期にある。2023年度は,前年比で純利益が50%以上減っており,2024年第1四半期になってもなお,前年同期比70%ほどの減少になっている。ここから彼らが打つ手は,どんなものだろうか。
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- ライター:GAMEVU編集部
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韓国ゲーム業界の巨人は,もう立ち上がれないのだろうかと思われていたが,2023年末から新しい動きを見せた。
創業以来初の共同代表制へと転換し,パク・ビョンムVIG Partners代表を共同代表へと迎え入れた。言うならば企業経営の専門家である。創業以来続いたキム・テグジン(TJ Kim)氏のワントップ体制は変化を迎え,ずっと会社を引っ張ってきたTJ Kim氏は,これからの本筋であるグローバルゲーム競争力の強化に集中する構えだ。
「スローン・アンド・リバティー」はグローバルでスマッシュヒットしているし,「Journey of Monarch - 君主の道」(PC / iOS / Android)の立ち上がりも悪くなさそうだ。このあとNCSOFTが復活して,存在感のある「韓国の巨人」へと再び返り咲いてくれることに期待したい。
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