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[GDC 2011]「Maniac Mansion」の制作者が語る,LucasArtsが手探り状態でヒット作を作るまで
Game Developers Conference 2011で行われたレクチャー,「Classic Game Postmortem Maniac Mansion」は,同作の開発の経緯を,開発者自身が紹介するというもの。講演を行ったのは,Maniac Mansionの開発者であり,また「Monkey Island」シリーズなどでも知られるゲームデザイナー,Ron Gilbert氏だ。北米ではいまだに熱烈なファンが多い本作だけに,この講演もかなりの注目を集めていた。
Gilbert氏によれば,アイデアソースとなったのは当時流行していた「Creepshow」(1982年)や「Little Shop of Horrors」(1986年)などのコミカルなB級ホラー映画で,同僚のGary Winnick氏と共に,そんな雰囲気の幽霊屋敷もののゲームを作ろうと考えた。
舞台となる屋敷は,LucasFilm本社のあるSkywalker Ranchの建物をモデルにしており,内部も実際にある部屋や調度をスケッチしたという。その段階では,どのようなゲームにするかは決まっていなかったものの,Winnick氏の手でいくつかのラフスケッチが描かれた。それを見ると当初,主人公は少年少女だったことが分かる。
とはいえ,映画などと違ってゲームにはバッドエンドがあり,しかもテーマはホラー。さらに,ゲームに大人っぽい雰囲気も盛り込みたかったため,制作を進めるにつれ,キャラクターの年齢は次第に上っていったという。
アドベンチャーゲームにしようと決めたのは,Gilbert氏の8歳のいとこがプレイしていたRPG「King's Quest」を見たことがきっかけだ。三人称視点で背景の中のキャラクターを移動させるという手法を採用して人気を得たKing's Questシリーズだが,操作や画面の見せ方にこなれていない部分があり,そこを直せばもっと面白いものになるのではないかと思ったのだ。またもともとGilbert氏もWinnick氏もアドベンチャーゲームファンだったという理由もある。
実際にプログラムを組み始めてみると,いろいろな問題が発生した。とくに,キャラクターが複数いて,プレイヤーがそこから自由に2人を選べ,選んだキャラクターによってエンディングが異なるというマルチエンディングが採用されていたため,さまざまな組み合わせを考慮したストーリーを書かなければならなかった点が大問題。しかも,それぞれが特技を持っているので,それを活かした物語を展開させる必要がある。それなのにプログラミングと物語のライティングを並行して行ったため,混乱にさらに拍車がかかったという。
グラフィックス的にも部屋,つまり背景のグラフィックスがかなりたくさんあり,それぞれの部屋と部屋がどうつながっているのかを決めなければならなかったが,物語が完成していない以上それも難しい。しかも,そんな複雑なゲームを,メインターゲットマシンとしたCommodore 64の64KBのメモリに収めなければならないのだ。スケジュールも遅れていた。
そこで開発されたのが,有名なスクリプト言語,SCUMM(Script Creation Utility Maniac Mansion)だ。LucasArtsの協力を得て開発されたSCUMMは,C言語に似た記述が可能で,これまで使用していたアセンブラ言語よりもはるかに柔軟であり,さまざまな変更が容易になった。SCUMMの開発により,ストーリー部分には光明が見えてみたが,当時のゲームがたいていそうだったように,少ないメモリでグラフィックスを処理することもまた問題だった。
Maniac Mansionでは,画面がスクロールしたり,おそらく業界初となる「カットシーン」が登場したりと,LucasArtsのタイトルらしく,グラフィックス面にこだわりがある。もちろん,現在の視点で見ればドットが大きすぎたり色数が少なすぎたりと,お粗末に感じる部分もある雰囲気なのだが,今から20年以上も前の話なのだ。メモリ節約のため,Gilbert氏はグラフィックスの似た部分を共通化するプログラムを作成したり,キャラクターサイズを小さくしたりといった努力を重ね,なんとか満足できる状況になったという。
1985年にManiac Mansionの開発がスタートしてから,ここまで来るのに約1年かかっており,もはやスケジュールはのっぴきならない状況。Gilbert氏とWinnick氏,そして以前Gilbert氏と一緒に仕事をし,今回も途中からGilbert氏の要請で参加したDavid Fox氏を中心とした開発スタッフは,週7日,1日24時間のペースで仕事をすることになった。こうした強いストレスにさらされたせいか,Fox氏はちょっとした隠し要素をSCUMMを使って記述している。
それは,台所の引き出しで飼われているハムスターを,電子レンジに入れてスイッチを押すと……というもので,「あまり趣味が良くないが気持ちは分かる」とGilbert氏。
ところで,Maniac Mansionの開発で最も驚くべきことは,デバッガがほとんどいないというか,1人しかいなかったことだろう。Maniac Mansionは,フォーカスグループを使った事前の評価テストもなく,α/βテストもなく,隣の部屋にいた青年がプレイをし,おかしなところがあったら報告してくるだけという体制だったのだ。
これでうまくいったのは驚異,とGilbert氏も認めるところだが,アドベンチャーゲームに初挑戦したGilbert氏の試みは成功し,Maniac Mansionは無事に発売される運びとなった。ちなみにその青年は「ティムっていったかな。下の名前は覚えていない」(Gilbert氏)とのことで,ちょっとかわいそうだ。
ところが数日後,Maniac MansionはToys“R”Usの店頭から一斉に姿を消す。教育上よくないというクレームがついたためだ。もしかして例のハムスターの一件がバレたのか,あるいは,ゲーム中で相手をバカにするときのセリフ“Tuna Head”(制作開始当初は,もっと下品な言葉だったが,妥協の末に「ツナ頭」が選ばれたという経緯がある)がひっかかったのかと驚いたGilbert氏だったが,そのいずれでもなく,実はパッケージに書かれていた“Lust”(性欲)という単語が問題になっただけだった。あわててパッケージを作り直して,事なきを得たという。
こうした愉快なエピソードを披露したあと,Maniac Mansionからは実にさまざまなことを学んだとGilbert氏は語る。具体的にはプレイヤーが詰まったときにどうすればいいのか,巧みなパズルとはどういうものなのか,そして面白いマップ構造とはどういうものなのか,などといった点だ。また,SCUMMは,いろいろな拡張や書き直しが施されつつ,1998年に使用が中止されるまで,数多くのタイトルで利用されることになった。
Gilbert氏は,「アドベンチャーゲームはニッチ市場」だという。けしてメインストリームではないが,それだけにファンの質が高く,冒険しても評価してもらえることが多い」とする。そして,ゲーム開発の現場では,ときには何も考えずに死にものぐるいで働く必要があり,そうすれば結果は必ずついてくると,今回のレクチャーを締めくくった。
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