連載
マフィア梶田のSAN値の行方や如何に。TRPG連載「クトゥルフ神話TRPGで遊ぼう」,第2回は冒涜的な物語がいよいよ幕を開ける「新宿生前葬」
第四章「再び,沼田邸へ」
「ひどい目にあった」
そう愚痴りながら,一同は沼田阿吽の家へと戻ってきた。温厚な女編集者の瀬尾すら,「先生には文句の一つも言ってやらなきゃ」と,息巻いている。
「先生の家に行って,もらうものをもらわないと」と,マフィア梶田は頷いた。
「この本は私がもらうぞ」と,岡和田は魔道書を抱きしめた。「愛しい,愛しい」
「蜂蜜酒がもっと欲しいなあ」などと,田中は瓶を振って残りを測っている。「美味しかったなあ」
家はずいぶんと静かであった。
深夜とはいえ,都庁から500mと離れていない西新宿の路地の中に過ぎないのに,そこだけ重苦しい沈黙に包まれている。家主同様,時代を経た平屋の日本家屋がずいぶんと傾いているようにも感じられた。
「こんなに古臭い家だったかしら?」
そう言いながら,中に入り口の扉を開けると,上がり端に喪服姿の桜木 虚が三つ指をついて座って待っていた。
「おかえりなさいませ」と,お辞儀をする。「ご無事のお帰り,おめでとうございます」
「無事じゃないよ」と梶田。
「何が起こるか,分かっていたのですか?」と瀬尾は詰め寄る。
「何か,起こりました?」
桜木は微かに微笑み返す。その微笑に一同は,何かに飲み込まれたように言葉を失う。
一瞬の間の後。やっと,瀬尾が口にした。
「先生に会わせてください」
それを聞いた桜木 虚は,再び,頭を下げてから,答えた。
「沼田阿吽は,先程,身罷りました」
老作家は,すでにこの世から去っていたのだ。
一同は再び,言葉を飲み込んだ。
「先生より,今回の生前葬の御礼にこれを預かっております」
差し出された大型の封筒の中には,1枚の色紙があった。書かれていたのは,ただの一言。
「これでおしまい 阿吽」
人を食った色紙の文字に言葉を失う一同に向かい,桜木は冷静に言葉を続ける。
「先生とのお約束通り。皆様がお好きな物をお持ち帰りください。この屋敷も3日以内にはなくなる予定です」
桜木 虚は微笑んで,もう一度,頭を下げた。
新宿中央公園から戻ってみると,ことの始まりであった沼田阿吽は,すでに死んでいた。プレイヤー達は,どういうことかと詰めよるも,桜木 虚は「何も知らない」とはぐらかすばかり。
彼女は,儀式の謝礼として,一同がそれぞれ好きな物を持ち帰るのを見届けるよう,沼田に命じられていたという。
桜木の話によれば,沼田の家は三日と経たずなくなってしまう。明日にも,その後始末にとりかからなければならないのだそうだ。すでに生前葬が済んでいるし,沼田の身寄りも彼女だけなので,葬儀は明日,形だけの密葬を行うこととなった。
瀬尾:未発表の原稿などがあれば持っていきます。編集部に持ち込んでやる。
桜木(キーパー):「それなら確か,書斎の文箱に……」
瀬尾:それだ!
キーパー:見ると,手書きの原稿の束が入ってる。題名は「弁天池縄崩し」という題名だね。
瀬尾:未発表のものですか?
キーパー:タイトルから見て未発表だね。それも,おそらく長編の。沼田阿吽の遺作となれば,ヒットは間違いないだろう。
瀬尾:よし,紙袋に詰め込んで持って帰ろう。
岡和田:私ももちろん,稀覯書を持てるだけ持っていきますよ!
田中:オレは酒をもらおう。蜂蜜酒とか。酒なら飲んでしまえば,後腐れないからね。
マフィア梶田:自分は刀剣類に目がないので,珍しい武器とか欲しいですね。
桜木(キーパー):「色々ありますよ。アフリカ投げナイフとか,十字架のついた刃物とか。あと,古代エジプトの黒いファラオがライオン狩りに使っていた投げ棍棒とか。」
岡和田:く,黒いファラオ。それはまずい(ガクガク)。※編注:黒いファラオは,クトゥルフ神話において,邪神の信奉者として知られている。
キーパー:虚さんは「こちらをどうぞ」と,刃物が納められた棚を指さす。
マフィア梶田:ん? 待てよ……。
梶田は出発前,沼田阿吽と交わしたやりとりを思い出していた。
――お弟子さんはどうするんですか?
――あいつは何とかするさ。それとも,てめえが引き取るか?
あのとき微笑みを返した桜木の瞳を,梶田は今も鮮明に思い出すことができる。そして,今また目を向けた先には,それと同じ瞳があった。それはすべてを見透かすように潤み,梶田の視線を捉えて離さない。
「あなたの望むものをすべて……お持ち帰りください。」
かくして,それぞれはそれぞれの獲物を手に,新宿駅へ向かう帰路を急いだ。翌日の再会を約束して。多くは徒歩だったが,梶田だけは手に入れた刃物が多く,警察に職質を受けかねないという理由から,タクシーを呼ぶことにした。そして,喪服の桜木とともに,沼田阿吽の家を出たのだった。
第五章「それぞれの夜」
「女は匂い。」
瀬尾の持ち帰った沼田阿吽の未発表原稿「弁天池縄崩し」は,そんな印象的な一文から始まっていた。このデジタル全盛期に,手書きの原稿である。万年筆で書き殴り,しばしば,訂正や書き潰しさえある。
(だが,それがいい)
瀬尾は思った。面白いのだ。
久しぶりに文字を追って時間を忘れた。
舞台は昭和30年代。家の借金を肩代わりするために,財閥の当主である老人に身売りした女子大生が,老人に責め苦を受けるというものだった。
「あゝ,と女の朱唇から吐息がもれる。縄目は腰に回され,逃れようとするほどに,弱々しく足が踊る。やがて喪服の裾から,白魚のような膝が姿を現した」
傑作だ。瀬尾はぐいぐいと引き込まれていった。やがて,物語は目眩にも似た呪術の様相を呈してきた。
「内藤新宿の,弁天池に近いあたりを,角筈(つのはず)と呼ぶ。紀州熊野から流れてきた修験者の謂だ。そう言えば,弁天池には白蛇が住んでいると言う」
いつ読み終え,いつ寝てしまったのだろう。
瀬尾は夢を見た。
遠い海の夢を。
沼田阿吽の家を出て解散した一行は,それぞれの家に戻って手に入れた戦利品の検分を行うことにした。キーパーは,そのシーンをプレイヤーと1対1で,一人ずつ解決していくことにする。一人になった探索者が,深夜に体験する恐怖の出来事。ホラー物の定番である。
まずは,沼田阿吽の未発表原稿を持ち帰った瀬尾が,家でそれを読み始めた。
瀬尾:あの事件の後では読みたくないけれど,読まないと持ち込みのための企画書が書けないし,うーん,うーん。
キーパー:しかし読み始めると,さすがベテラン作家。乱筆な手書き原稿だというのに,ぐいぐいと引きこまれていく。
瀬尾:け,傑作だ! でも,読んでから悪夢を見るのですよね? なぜか,海の向こうから波音が響くような。
キーパー:(ニヤリ)
一方,稀覯書を持ち帰った岡和田は,中身を調査すべく解読に取り掛かる。が,またも〈ラテン語〉ロールに失敗。だがこのまま読めずに終わってしまっては情報が手に入らない。少しでも手がかりを得ようと,舐め回すように本を読みふける。
岡和田:ここで何か手がかりが欲しい。その本,妙に表紙がヌメヌメしていたりしませんか?
キーパー:ややしっとりした手触りだ。よく見るとどこか見慣れたような毛穴の文様が表紙に残っている。もしかして,この本は人の皮で装丁されているのかもしれない。
岡和田:ああ,あれかも。
マフィア梶田:ヤバい本ですか?
岡和田:プレイヤー自身は想像できていますが,キャラクターとしてはまだ。
本は魔術である。
クトゥルフ神話には多数の魔道書が登場する。ラヴクラフトが産み出した「ネクロノミコン」は有名だが,そのほかにも「ルルイエ異本」「ナコト写本」「無名祭祀書」「屍食教典儀」など,クトゥルフ神話作家が産み出したさまざまな架空の書物がある。
その中の一冊に,人皮で装丁され,常に表紙がじっとりと湿っているものがあったりする。いかにも呪われた本という風情だが,ベテランのTRPGプレイヤーである岡和田は,以前どこかでこの本に出逢っていたらしい。
嫌な予感は当たるもので,これはその通り,今回のシナリオのキーアイテムなのだが,解読にはもう少し時間がかかりそうだ。そして読み終えた頃には,彼の正気は恐らく危うくなっていることだろう。なぜなら,そこには決して触れてはならぬ,禁断の知識が書きこまれているのだから。
さて一方,酒を持ち帰った田中は,家に帰って本格的に飲み始める。
キーパー:蜂蜜酒は14〜17度程度だけど,甘いから結構まわりやすいんだよね。というわけで,酔わないかどうか判定してもらおうかな。CONの2倍ロール※だ。
※CONの2倍ロール……CONは体の頑健さを示す能力値。ここでは酒をどれだけ飲めるか,またその影響をどれだけ受けるかの判定に用いている。
田中:(コロコロ)……失敗。
キーパー:じゃあ,杯を重ねるうちに,君は泥酔してしまった。
田中:うい〜♪ 酔っちゃった。
キーパー:すると目の前に,一本の見慣れない瓶が目に止まる。
田中:おや,この酒は?
キーパー:ラベルによれば,スペインの港町,インヴォッカで醸造されたもののようだね。
田中:まいっか。酒は,飲むものだ(ぐいっ)。
キーパー:一口あおると,口の中に大西洋の潮風が吹き抜ける。
田中:「おぉぉ,海が見える!」
翌朝,田中は何やら新鮮な気持ちで目覚めた。そして,洗面台に立って顔を洗っていると,鏡に映る自分の顔に何か違和感を覚えた。
何やら,パースが狂っている。……具体的にいえば,目と目の間が,少し離れすぎているように見えたのだ。
田中:目をごしごしやって,もう一度見てみよう。
キーパー:さすがマンガ家である。やっぱり,顔のパースが狂い始めているように感じる。奥さんが君を見て,「あなた,顔,平べったくない?」と聞いてくるよ。
田中:平たい顔族か! いや,酒の飲み過ぎでむくんでるだけだろ〜。味噌汁かウコンが必要だな。あの,迎え酒したいんですが?
キーパー: 〈正気度〉ロールを。
田中:(コロコロ)……失敗。「あー,もう少し酒が飲みたい。」
キーパー:残念だが,どうやら昨夜暴飲したようで,ほとんど残っていないようだ。
田中:ふうむ。じゃあ今日,もう一度沼田先生のところに行って,酒をもらってくるか。
ちなみこの謎の酒の出所であるインヴォッカは,ブライアン・ユズナ&スチュアート・ゴードン監督によるホラー映画「DAGON」に登場する架空の街のこと。ラヴクラフトの著作の一つである「インスマウスの影」を,現代風に翻案したこの映画は,B級ながらもクトゥルフ神話の恐怖をかなり真正面から描こうとしていて,スプラッターが苦手でないのなら,個人的にオススメしたい。
さて余談はこの辺りにして,最後に残った探索者,マフィア梶田のシーンに移っていこう。謎の美女,桜木 虚との一夜を迎えるマフィア梶田の運命や如何に。
マフィア梶田:しっぽり! ……連れて帰ってきちゃった。
キーパー:えー,ここから難しい判定になるけど……具体的に,どうしますか。
マフィア梶田:ふむ。オレ,SMには興味ないんですが,強いて言えば,縛られたい。彼女にボンデージを着てもらって,踏んでもらうのはどうでしょう。ぐいぐいと。
田中:まあ,彼女が沼田先生を縛っていなかったという保証はどこにもないわけだし。
キーパー:なるほど。では非常に気持ちが良かったので,CONの4倍ロール。
マフィア梶田:えっ,何のロールですか?
キーパー:どのくらい……持つか?
マフィア梶田:CON12なので4倍で48。(コロコロ)サイコロは25!
キーパー:20以上下回ったので,2時間ほどプレイは続き,君は意識を失った。そして夢を見た。何かぬめぬめした触手に絡め取られ,その快楽は絶頂を極める。
マフィア梶田:触手プレイ,最高!
キーパー:……という,忌まわしい体験をしたので,〈正気度ロール〉をしてください。
瀬尾:一人だけ楽しそうだなあ。
〈正気度ロール〉に失敗し,正気度1点を失ったマフィア梶田。現在の正気度は39点となってしまった。なおTRPGでは,ラブ要素やエロ描写をねちっこくやるのは止めておいた方が良い。ふと我に返ったときキツいので,ぼかした感じで処理してしまうことが多いのだが,今回はマフィア梶田のファンサービスということで,ちょっと具体的にやってみた次第。
そして翌朝,マフィア梶田が目覚めると,すでに喪服に着替えた桜木 虚が,割烹着を着て朝食を作ってくれていた。
マフィア梶田:喪服に割烹着ですか! 新ジャンルを開拓しましたね。
桜木(キーパー):「お口に合うかわかりませんが……」
キーパー:炊きたての白いご飯に刺身,貝の味噌汁,海藻サラダというラインナップ。
マフィア梶田:純和風ですね。って海産物ばっかり? 朝から刺身ですか?
桜木(キーパー):「生(なま)がいいのですよ」
マフィア梶田:い,色々きゅんと来るなあ。……ところでキーパー,これは食べたらロールですかね?
キーパー:今回は必要ありません。
マフィア梶田:“今回は”?
キーパー:食べてみると,実に美味しいよ。まるで母の味のような懐かしさを感じる。
マフィア梶田:うちの母,こういう朝食,作らない人ですけど。
一同:台なしだ(笑)。
キーパー:それでも,君は「母の味」を感じる。そして海から響く,波の音を聞いたような気がした。
マフィア梶田:潮風だ。
桜木(キーパー):「(にっこりと微笑んで)沼田の葬儀がありますので,一度十二社に戻ります。“ご主人様”も,ぜひ後ほどあちらに」
次回予告「承前・新宿生前葬」
一夜明け,再び,沼田の家に向かった一同。しかし探索者を待っていたのは,さらに奇怪で,冒涜的な出来事だった。沼田の残した狂気が探索者たちの中で加速し、世界が変容していく。
「クトゥルフ神話TRPG」をAmazonで購入する
■■朱鷺田祐介(ライター)■■
TRPGデザイナー。スザク・ゲームズ代表(BLOG:黒い森の祠)。ダーク・ファンタジー「深淵」を筆頭に,「霊障都市捜査ファイル 罪の街新宿」 「クトゥルフ神話TRPGサプリメント:比叡山炎上」など独特の作品を送り出す一方,サイバーパンク&ファンタジーRPG「シャドウラン 4th Edition」の翻訳に取り組む。「クトゥルフ神話ガイドブック」 「超古代文明」 「海の神話」 「図解 巫女」 「酒の伝説」などの著作があり,2011年よりPHP社のクトゥルフ・コミック「ダゴン」 「ニャルラトホテプ」で解説を担当している。
- 関連タイトル:
クトゥルフ神話TRPG
- この記事のURL: