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[SIGGRAPH]「Emerging Technologies」展示セクションレポート(2) 男性でも妊娠体験ができるシミュレータが登場
2011年8月13日に掲載したE-TECH展示セクションレポート(1)
Mommy Tummy: A Pregnancy Experience System
by 神奈川工科大学情報学部情報メディア学科小坂研究室
〜奥さんやお母さんの気持ちを味わえる!? 妊娠体験シミュレータ〜
妊娠や出産はとても大変な経験だと言われるが,未経験者にはなかなか想像しにくい。ましてや男性は経験しようがないので,その大変さがいまいちピンとこなかったりするわけだ。
「経験したことがないからこそ,乗り物などで妊婦に座席を譲らなかったり,重い荷物を代わりに持ってあげなかったりといったような,いたわりの心を持てない夫や父親が出てきてしまうのではないだろうか。もし,妊娠未体験者や男性に対して妊娠の大変さを伝えることができれば,もっと世の中は妊婦に対して優しくなるはずだ」
……という仮説に基づいて,妊娠をかなり正確に体験できるシミュレータの開発に乗り出したのが,神奈川工科大学情報学部情報メディア学科小坂研究室である。
すでに教育機関や医療機関向けに「妊婦体験ジャケット」といった製品が存在しているが,これは錘(おもり)をお腹の部分に組み入れるだけの単純なものである。それに対して,小坂研究室では,もっとリアルなものを目指したのだという。医学的見地に基づいて,妊婦のお腹がどのように膨らんでいくのかを再現するだけでなく,妊婦への取材も広く行って,お腹の中で赤ちゃんが動いた感触をも再現することに挑戦したそうだ。
こうして完成したのが「Mommy Tummy」(お母さんのお腹)と名付けられたシステムである。妊娠直後から出産(≒妊娠10か月)まで,胎内の赤ちゃんの成長過程を再現でき,胎内の赤ちゃんとコミュニケーションを図る機能も実装しているのが特徴だ。
「単に『妊娠体験ができるシミュレータ』と説明するだけだと興味を持ってもらえない」と考えた小坂研究室は,妊娠中の行動によって生まれてくる赤ちゃんの健康状況が変わるという,育成ゲームチックな要素も盛り込んだという。
Mommy Tummyシステムの構成図 |
赤ちゃんの成長経過が表示される |
下に掲載したのは,Mommy Tummyを紹介する公式ムービーだ。ちょっと前振りが長いのだが,なかなか分かりやすいので,ぜひ一度見ておいてほしい。
画面に表示される成長カレンダーが進むにつれて,胎内の赤ちゃんがどんどん成長していき,徐々にお腹が大きく,重くなっていく。
この赤ちゃんの成長は,ホストコンピュータが制御するポンプで,ジャケット側に水を送り込むことで実現している。ジャケットに蓄えられる最大水量は,約4kg(※ジャケット自体の重量は約1kg)で,これは出産間際の赤ちゃんの重さに基づいた値だという。送り込まれるのが冷水だとお腹が冷えてしまい,リアルさが減退してしまうため,水は体温に近い37℃〜38℃まで温めているというのも芸が細かい。
被験者が着用するジャケット背面(被験者の身体に接する側)だ |
こちらはジャケットの表面(外側)。乳房とお腹に温水が送られる仕組みになっている |
なお,実際に出産経験がある女性にMommy Tummyシステムを体験してもらったところ,約80%が「胎動の再現がかなりリアルである」という評価をしたそうである。
胎動を再現するユニット。ジャケットの内側に取り付ける格好だ |
白い8角形の部分に小型の風船が仕込まれている |
ランダムに風船が膨らみ,胎動を再現しているとのこと |
一方で,リアルさの追求ではなく,ゲーム性重視で実装されているのが赤ちゃんとのミニゲームである。
どんなゲームなのかというと,被験者は,ステータスが安定期に入ると,ある程度の運動ができるようになるのだが,このとき,「なるべく腹部へ衝撃を与えずに,床に落ちているものを拾え」とか,「仰向けに寝てから起き上がれ」などの課題が与えられ,これらをこなしていくのだ。
注意しなければならないのは,ジャケットに内蔵されている加速度センサーが一定以上の衝撃を感知すると,赤ちゃんが怒って泣き出してしまうので,お腹に衝撃を与えないようにする必要があること。
このあたりは,ゲーム性を重視しているので,「生まれていないのに泣き出すのはおかしい」という突っ込みは野暮だ。
こうした体験を経て,10か月が経過すると,出産を向かえることになる。出産までの行動がホストコンピュータで評価され,赤ちゃんの性別,体重,最終評価(スコア)が報告されて妊娠体験は終了だ。
このMommy Tummyシステム,なんと「東京ゲームショウ2011」の神奈川工科大学ブースに体験コーナーが設けられるとのこと。興味を持った人は体験しに行ってみてはどうだろうか。
見事に赤ちゃんが誕生。最後に産まれた赤ちゃんのプロフィールがスコアとして表示される |
E-TECHでは,体験希望者による長蛇の列ができるほどの人気。東京ゲームショウ2011でも人気ブースになるかも |
A Medical Mirror for Non-contact Health Monitoring
by Ming-Zher Poh(Harvard-MIT Division of Health Sciences and Technology)
〜覗き込むだけで心拍数が分かる不思議な鏡〜
近年,ワイヤレス技術の発展形として技術革新の著しいのが「非接触型」技術である。
非接触型とは,触れなくてもその機器の機能を享受できるシステムのことだが,最近で身近な非接触型技術といえば,カードリーダーや充電器が思い浮かぶだろうか。ケーブルなどで接続しなくても,置くだけで使える機器である。
この非接触型技術を健康機器へと応用したのが「A Medical Mirror for Non-contact Health Monitoring」(以下,非接触型ヘルスミラー)である。開発したのはHarvard-MIT Division of Health Sciences and Technologyで,医療系に強いハーバード大学と情報工学に強いマサチューセッツ工科大学が,互いの得意分野を相互応用して技術革新に取り組んでいるというユニークな共同研究所だ。
構造も非常にシンプルで,システムを構成しているのはハーフミラーとCMOSカメラ,そしてホストPCだけだ。CMOSカメラで捉えた人の顔をホストPCで解析するだけなので,とくに赤外線感熱センサーのようなものが組み込まれているわけでもない。筆頭研究者のMing-Zher Poh氏によれば,非接触型ヘルスミラーに組み込むCMOSカメラは,市販のWebカメラやノートPCに内蔵されているようなWebカメラでも問題ないそうだ。
PCで動いている画像処理プログラム部分は,マイクロチップ化することも可能なので,非常に低コストでシステムを実現できるという。このため,洗面所への組み込みなど,具体的な製品化も検討されているそうだ。
ちなみに,この一連の技術は,2009年に特許を取得しているとのこと。
Immersive Multi-Touch Workspace
by INRIA Bordeaux,Immersion
〜マルチタッチインタフェース+3D立体視表示のワーキングデスク〜
フランスのINRIA BordeauxとImmersionが共同開発した「Immersive Multi-Touch Workspace」は,入力インタフェースを備えた没入型ワーキングデスクだ。おそらく開発コードネームだと思われるが,公式ムービーなどでは「Toucheo」と紹介されている。
Toucheoは,「平面マルチタッチ方式の入力インタフェースを搭載し,映像は3D立体視表示でされる」というシステムなのだが,言葉だけだと分かりづらいので,まずは下に示した公式ムービーを見てもらえればと思う。
Toucheoの利用にあたって,ユーザーはアクティブシャッター方式のメガネをかけて,やや下を向いて操作することになる。すると,3D立体視表示されるオブジェクトを透過する形でその先にGUIが表示され,3Dオブジェクトに相互作用を及ぼしながら操作できるようになるのだ。
このシステムの利点は,平面視表示されているGUIに手が触れていても,3D立体視表示の映像が手で遮蔽されない点と,GUI自体はごくごく一般的なマルチタッチ対応のものなので,難しいジェスチャー入力などを覚えずとも,iPadなどと同じような感覚で3Dオブジェクトを回したり,拡大・縮小したりできる点だ。
で,このToucheo,どういう仕掛けなのかだが,解説されれば「なるほど」と言ってしまうような分かりやすい仕組みだったりする。
実際に筆者も体験してみたが,画面サイズが32インチもあるので,意外に迫力があって驚いた。さまざまな立体オブジェクトを移動したり,回転したり,拡大縮小したりできるシンプルな体験デモだったが,もう少し洗練させて精度を上げれば,クリエイター向けの3Dキャンバス的な使い道が見出せるかもしれない。
Floating Avatar: Blimp-based Telepresence System for Communication and Entertainment
by ソニーコンピュータサイエンス研究所
〜幽体離脱気分でビデオチャット。空飛ぶ大顔面アバターシステム〜
4Gamer読者なら,「ソニーコンピュータ」と来たら「エンターテインメント」と返したくなるかもしれないが,ソニーが100%出資する子会社には,ソニーコンピュータサイエンス研究所(Sony Computer Science Laboratories,以下 SCSL)というところがある。ここは,コンピュータサイエンス分野の先端技術を研究する研究所で,脳科学者としてテレビなどで活躍している茂木健一郎氏は,SCSLの上級研究員だったりする。
で,そんなSCSLが何を展示していたかというと,E-TECHの展示セクションレポート(1)でも取り上げた「テレプレゼンス」である。先のレポートで紹介したのは「人型携帯電話」だったが,SCSLの提唱する「新しいテレプレゼンスの形」は,「飛行船型アバターシステム」とも言うべき「Floating Avatar: Blimp-based Telepresence System for Communication and Entertainment」(以下,Floating Avatar)だ。
そこで,ビデオチャットにも機動性を与えられないか,という着想で開発されたのが,飛行船を使ったFloating Avatarシステムなのである。
2名がビデオチャットを行うとして,Floating Avatar(≒飛行船)を操縦する人はPCの前に座っている必要があるのだが,このとき,もう1名のところに操作対象となるFloating Avatarを導入しておけば,後者はPCの前に座っている必要がない。
飛行船の前面にはスクリーンが内蔵されており,飛行船の内部に設置された小型プロジェクターから,このスクリーンに向かってFloating Avatar操縦者の顔が投射される。投射される映像は,Floating Avatar操縦者のPC側にセットされたカメラが撮影したもので,操縦者のリアルタイムな顔の映像ということになる。
飛行船前面には,マイクとスピーカー,カメラが組み込まれており,リアルタイムで映像と音声がFloating Avatar操縦者に伝えられる。これと共に,Floating Avatar操縦者の音声と顔の表情が飛行船側で再現されるわけだ。
飛行船にはカメラが取り付けられている |
操縦者の声を伝えるスピーカーも備える |
Floating Avatar操縦者は,飛行船をゆっくりではあるが自在に操作できるため,話したい人のところまで移動すれば,飛行船経由で会話を楽しめる。「PCの前にいる人とだけ話せる」従来のビデオチャットとは一線を画するテレプレゼンスだといえよう。
Floating Avatarの話し相手となる人は,顔面が表示されている人面飛行船がふわふわと動き回っているところに遭遇するわけなので,初見は確実に驚くはず。しかし,知った顔であることが分かれば,実際にその話し相手がそこにいるかのように感じられるようになるはずだ。
SCSLでは,複数のFloating Avatarを使って会議する実験を行ったりしている。その模様を収めた公式ムービーを下に掲載したので,チェックしてみてほしい。なんだか人面魚が密談をしているようなオモシロ怖い光景が広がっていて実にシュールだ。
パッと見た感じだと,なんだか現実性のない試みのように思えるかもしれないが,何度か行われた一般公開以降,このシステムの導入を真剣に問い合わせてくる国際企業などがあとを絶たないとのこと。評判は上々といえそうだ。
近い将来,近い将来,在宅勤務主体の職場が増えてくると,無人のオフィスに無数の飛行船が動き回っている光景が当たり前となるかもしれない。
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