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印刷2007/10/19 17:47

連載

奥谷海人のAccess Accepted

 開発会社の買収に約1000億円……。にわかには信じられない話だが,これは,Electronic ArtsがBiowareとPandemic Studiosの買い取りに費やすと報じられている額だ。確かに,この二つの開発会社は,ヒット作を連発した実績があり,優秀といわれているが,こんな途方もない投資額にみあった利益を上げられるのだろうか。

Access Accepted第146回:Electronic Artsによる大買収劇の裏表
独立系として知られてきた
BiowareとPandemicをEAが買収

 10月初旬に開催されたElectronic Artsの株主総会において,同社はある重大な発表を行った。それは,開発会社として有名なBioWareとPandemic Studiosの親会社であるVG Holdingsを,Elevation Partnersから買収したという発表だ。BiowareとPandemic Studiosは,開発会社としてのアイデンティティを守るために,パブリッシャからの援助を受けず,投資会社に出資してもらう道を選択した。そして,Biowareは「Jade Empire」や「Mass Effect」を,Pandemic Studiosは「Full Spectrum Warrior」や「Mercenaries」といったヒット作を世に送り出した会社だ。

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11月にリリースされる予定のBiowareのアクションRPG「Mass Effect」は,Xbox 360専用ゲームとして多くのファンに期待されている。本作はMicrosoft Game Studiosブランドでリリースされるが,今後のBioware作品はElectronic Artsから発売されることになる。マルチプラットフォーム化に熱心なEAのほうが,日本のゲーマーにとってはありがたいかもしれない

 Biowareは,1995年にカナダに発足。創設者は,医学部のゲーム仲間だったというCEOのRay Muzyka(レイ・ミュージカ)氏と,社長を務めるGreg Zeschuk(グレッグ・ゼスチャック)氏の2人だ。

 創業当初は,Interplayから仕事を請け負う形で「MDK 2」などのアクションゲームを開発していたが,Biowareの名をゲーム業界に知らしめるきっかけになったのは,なんといっても「Baldur's Gate」(1998年)である。「Diablo」の登場以降,アクション性の高いRPGが市場に溢れていたが,Baldur's Gateはその流行には乗せず,クラシカルなゲーム性を維持しつつ,Dungeons & Dragonsの世界観を見事にPCゲーム化し,Interplay末期に咲いた花となった。

 しかし,開発費未払いの問題などでInterplayとの関係は悪くなり,裁判にまで発展したうえ,その決着がつかないままInterplayは倒産してしまった。だが,すでに開発が進んでいた「Neverwinter Nights」(2002年)は,なんとかリリースに漕ぎ着け,さらに 2003年にはLucasArtsから「Star Wars: Knight of the Old Republic」をリリースするなど,ヒット作を連発した。

 その後は,Microsoftと手を組み「Jade Empire」(2005年)や「Mass Effect」(2007年11月発売予定)などを制作している。加えて,投資会社からの援助を利用して,テキサス州オースティン市に支部を構え,未発表のMMORPGも開発中だ。

 

開発会社を支援する投資会社の存在

 一方のPandemic Studiosは,1998年にカリフォルニア州サンタモニカ市でスタートした企業だ。当初は「Battlezone II」(1999年)や「Dark Reign 2」(2000年)など,Activisionから仕事を請け負う形で,得意の3Dグラフィックス技術を使ったシミュレーションゲームを開発していた。しかし,2003年頃からActivisionと距離をおくようになり,2004年にはTHQから「Full Spectrum Warrior」,そしてLucasArtsから「Star Wars: Battlefront」をリリースし,その知名度を上げた。

 その後はPCからコンシューマ機へと活躍の舞台を移し,2005年にはオーストラリア支部で開発したアクションゲーム「Destroy All Humans!」をTHQから,そしてMercenariesシリーズをLucasArtsから発売し,これまで同様のヒット作となった。

 現在は「Mercenaries 2: World in Flames」を開発中で,今回の買収が発表される前から,2008年中にElectronic Artsからリリースされることが決まっていた。

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元々Electronic Artsから発売される予定になっていた「Mercenaries 2: World in Flames」は,最近になって発売時期が2008年第1四半期へと変更された。ひょっとすると今回の買収劇と関係があったのかも知れない

 このカナダとカリフォルニアにある,二つの会社に共通しているのが,過去の経験を元に独立した企業として生き残りを図る,という強い意志だったと思う。とくに独立以降は,IPにこだわっているようで,パブリッシャと問題が起きても自分達が生み出した知的財産は失わないようにさまざまな対策を施していた。また,開発能力が高く,失敗作がほとんどないのという点も似ているだろう。

 そしてBiowareとPandemic Studiosに資金援助を行っていたのが,投資会社のElevation Partnersだ。これは,ロックバンドU2のボーカルであるBono(ボノ)氏も関わっていることで有名な会社で,社名ももちろんU2のヒット曲「Elevation」に由来する(関連記事)。ゲーム業界への乗り込みに3億ドル(約350億円)を用意していたといわれ,2005年末に買ったBiowareとPandemic Studiosのほかにも,経営危機に陥っていたEidos Interactiveの買収を模索していたことも知られている。投資会社によって金銭面でコントロールされることと引き換えに,BiowareとPandemic Studiosが望んだのは,「一つのパブリッシャにしばられずに,作りたいゲームを存分に開発する」という思いだったのだろう。

 

巨額買収の背景にあるCEOの過去

 結果として,このBiowareとPandemic Studiosが,開発会社への管理が厳しいといわれるElectronic Artsの手に渡ったというのは,なんとも皮肉な話かもしれない。Electronic Artsといえば,Origin Systems,Westwood Studios,Maxisなど世界的なヒット作を生み出した開発会社を次々に買収する一方,一度失敗するとその会社の看板を下ろしてしまうような,手厳しい手法をとってきたことでも知られている。

 しかし,このニュースで最も驚くのは,その買収金額だ。二つの会社を合わせてとはいえ,8億6000万ドル(約1000億円)という額なのである。最近は開発会社の買収額が高騰しているとはいえ,ここ1〜2年で買収された会社は,Mythic(Electronic Arts/7600万ドル),RedOctane(Activision/1億5000万ドル),Harmonix(Viacom/1億5000万ドル),Havok(Intel/1億1000万ドル)だ。桁違いとはいかないまでも,頭一つ飛び抜けているのが分かるだろう。

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2月に長らくElectronic Artsを率いていたLarry Probst(ラリー・プロブスト)氏が退職したことを受けて,同社に返り咲いたのがリチティエロ氏だ。氷菓メーカー,スポーツ用品,食パン製造など多業種で要職を歴任したのち,1997年にEAに入社した。2004年には,今回の買収にも絡むElevation Partnersを設立するために一時的に同社を離れていた

 もっとも,我々ゲーマーとしてはどこかきな臭い感じを受ける。どのような調整がElectronic ArtsとElevation Partnersの間で行われたのかは,詳しく説明されていないものの,元来独立心の高い開発者達が自分達の道を進むために,会社を辞める可能性もあるのではないのだろうか。そもそも,ゲーム企業の買収に1000億円近くも投じて,果たして元が取れるものなのだろうか。

 もちろん,BiowareもPandemic Studiosも質の高いIPが多く,Electronic Artsの代表作といえる,映画やプロスポーツを題材にした版権に縛られたゲームよりも,利益が高いのは事実だろう。Bioware/Pandemicの2社で年間平均3作をリリースしており,このままヒットを飛ばし続ければ2010年以降は黒字化すると,Electronic Arts側は踏んでいるという。これを株式市場は評価しているようで,Electronic Artsの株価はいまのところ上昇を続けている。

 この買収劇そのものが,マネーゲームのような様相を呈しているのも事実だ。なぜかというと,2007年2月になってElectronic ArtsのCEOに就任したばかりのJohn Riccitiello(ジョン・リチティエロ)氏は,2004年にElectronic ArtsのCOO(最高運営責任者)のポジションをいったん退き,Elevation Partnersの設立に関わっている,出資者の一人なのだ。

 リチティエロ氏は現在,Elevation Partnersから身を退いているとはいえ,この買収を通じて490万ドル(約5億7000万円)の収入を得ることが,Electronic Artsが証券取引委員会に提出した資料で明らかになっている。買収した会社のCEOが,買収された会社の創設者であるというのは,なんとも不可解だが,第3者の会計監査を受けた合法的なやり取りである。

 ゲーマーとしては誰がいくら儲けるかはともかく,BiowareとPandemic Studiosが,これまでのようにヒット作を連発していけるような環境を残してもらえるよう願うばかりだ。

 

■■奥谷海人(ライター)■■
本誌海外特派員。先日,子供達の通う学校の募金イベントとして行われるマラソン大会に参加すると,聞いてもいない連絡をしてきた奥谷氏。体力的なことを考えて参加しないように引き留めたが,「7kmくらい大丈夫」と自信満々で参加した。実際には,コースの半分以上を歩いていたらしいが,ここ数日は筋肉痛に悩まされているらしく,自分で靴下を履くのにも苦労しているという。まあ,そんな状態でも,前から約束していたとおり,ロサンゼルスで開催されているゲームショウ「E for All」の取材はしてもらいますけどね。

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