業界動向
Access Accepted第392回:ゲーム業界の異端児が,早過ぎる引退表明
Xbox LiveやPC向けにリリースされたインディーズゲーム「Fez」(PC/Xbox 360)を生み出したカナダのフィル・フィッシュ(Phil Fish)氏が,その続編の開発を中止すると共に,ゲーム業界からの引退を発表するという“事件”が,アメリカのゲーム業界やゲーマー達の間で大きな話題になっている。その発端となったのが,アメリカのゲームジャーナリストとの動画やTwitterを通じた公開喧嘩というから何とも奇妙な理由であるのだが,今回の連載では,その経緯や真相について詳しく解説してみたい。
ジャーナリストとゲーム開発者の公開喧嘩
フィッシュ氏による短い文章の内容は,シンプルだが非常に辛辣で,まるで犯行声明のようにも見える不気味な雰囲気だ。
Fez IIはキャンセルした。
俺ももう辞める。
貯めた金を持って業界から逃げ出すんだ。
もう我慢できない。
これは一つの出来事のためでなく,長い,血で染まったキャンペーンの終わりなんだ。
お前らが勝ったんだよ。
ことの発端となったのは,Web番組を中心に構成されるゲーム情報サイト「Game Trailers」で毎週配信される,ゲームジャーナリスト達のトークショー「Invisible Walls」の7月26日の回において,マーカス・ビアー(Marcus Beer)氏が3分ほどにわたって行ったフィッシュ氏への批判である。
このビアー氏の批判は卑語を交えた攻撃的なものであり,二人の名前を掛け合わせて「BlowFish」(ふぐ)と呼びつつ,「彼らがどれだけ成功したからと言って,自分のプロジェクトのプロモーションにならないからと,コメントを拒否するなんて天狗になり過ぎている」という論調。
とくにフィッシュ氏からは,「コメントを求めるなんて何様だと思っているんだ」という態度でキツく当たられたらしく,ビアー氏は「メディアやゲーマー達と意見を交換できないようなら,我々も彼らの新作を紹介をすることはない」と,彼らに取材拒否されたメディアに対してボイコットを勧めるというものだった。
この番組の配信直後から,ビアー氏とフィッシュ氏の間でTwitterを通じた批判合戦が始まり,日頃から大口叩きとして知られるフィッシュ氏は,「そうだよ。俺達(インディーズ開発者)は,お前らのようなメディアの蛭とは関わらないんだ。俺達は確かに成功者で,それはどうすることもできない。この状況に慣れるか,自分の人生と俺の人生を比較して死んでしまえ」などと立て続けにツイートしたあと,突然Twitterアカウントをロックすると共に,公式サイトで上記の新作中止に関する声明を公表してしまったのだ。
インディーズ開発者には広報能力も求められる
フィル・フィッシュ氏と言えば,2012年のGame Developers Conference 2012の際に,「日本のゲーム業界は何も生み出せていない」と発言して大きな波紋を呼んだことを,本連載の第337回「日本のゲームの未来を考えさせられたGDC 2012」でも詳しく紹介したとおりだ。その歯に衣着せぬ言動は,以前からゲーム業界内外で知られてきただけに,「また劇場が始まったよ」などと揶揄するゲーマー達も少なくない。フィッシュ氏も,以前「Twitterは大好きだけど,僕の人生にあまりにも醜いものを呼び込んでしまった」などとコメントしていたこともある。
フィッシュ氏がデザインやアートを担当した「Fez」は,2012年4月にXbox 360のエクスクルーシブタイトルとしてXbox Liveでリリースされ,初週で20万本というヒットを記録している。その1年後には,Steamを通じてPC版もリリースされており,この7月に行われたSteamのサマーセールスでは,2日間で10万5000本を販売したことをフィッシュ氏が意気揚々と発表したばかりである。
半額の4.99ドルとは言え,Steamの運営元であるValveに支払う額を差し引いても,たった2日間で35万ドル(約3400万円)ほどの収入がフィッシュ氏と相棒のベダード氏に転がり込んできた計算になり,ゲーム業界を辞めてもしばらく自由にできる資金はあるというフィッシュ氏の言葉は嘘ではない。
しかし,それだけ評価されたゲームを生み出した成功者でありながら,必ずしもメディアやゲーマー達を味方につけることができなかった理由は,広報力や戦略性の欠如だろう。ゲーム業界だけでなく,政治や映画などの世界でも,過激な言動によって大衆の気を惹こうというのは,広報活動の一つの戦略として見られることだ。発言に一理あるかどうかは別として,「お前達のゲームは最悪だ」などと頭ごなしに言うことは,反感を持たれることにしかつながらない。
多くのWeb系メディアがゲームを取り上げるのは,そのソフトのゲーム性や斬新さに魅力があるからである。年間に何千という量でリリースされるインディーズタイトルをすべて細かく紹介する時間的余裕がないこともあり,取り上げられるタイトルは限られる。また多くのインディーズ開発者には,広報活動に割くだけの資金や時間の余裕がないことも事実だ。
しかし,「Fez」や「The Witness」のようなタイトルは,それらがインディーズシーンから生み出されたソフトであっても,プラットフォームホルダーからの強力なバックアップを受けており,少なくとも広報活動に関しては,インディとは言えないほどのメリットを得ている。「メディアやゲーマーが,お前らの意見に耳を傾けてくれることに,まず感謝をしておくべきだ」というビアー氏の発言は,そうした背景を受けてのものだろう。
日本ではあり得ないような論戦をゲームジャーナリストとゲーム開発者が繰り広げる,その大らかさがどこか羨ましい半面,“この程度のこと”で業界を担える有望な才能が消えてしまうというのは,どうにもやりきれない。喧嘩自体が広報活動である可能性もあるにはあるのだが,フィッシュ氏がこのまま消えることはゲーム業界にとっての大きな損失につながるだろう。
著者紹介:奥谷海人
4Gamer海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,本連載「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年の開始以来,4Gamerで最も長く続く連載記事。欧米ゲーム業界に知り合いも多く,またゲームイベントの取材などを通じて,欧米ゲーム業界の“今”をウォッチし続けている。
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