業界動向
Access Accepted第399回:ブラジルのPlayStation 4はなぜ18万円もするのか
「ブラジルでは,PlayStation 4の小売価格が約18万円」というニュースが,現地のゲーマー達を揺るがしている。揺るがすといっても,怒りというより,ブラジル人ゲーマーの失望と自嘲による揺れなのだが。TPPやFTAなど,経済のボーダーレス化が急務とされる21世紀に,どうしてこのような価格差が生まれてしまうのか? 理由を探ってみれば,そこにはブラジルの「お国の事情」があるようで,当地のコンシューマ機は,売るのも買うのも大変なようだ。今週は,そんなブラジルのゲーム事情を紹介したい。
サンバな国のゲーマーに降りかかった悲劇
サッカー,サンバ,アマゾンの熱帯雨林……。東京からニューヨーク経由で25時間もかかるブラジルだが,この日本の反対側に位置する国については,たとえ行ったことはなくてもいろいろと知っている日本人は多いのではないだろうか。
映画好きな筆者の場合,「黒いオルフェ」(1960年)といった名作や,「クアトロ・ディアス」(1997年),「セントラル・ステーション」(1998年)などのブラジル映画を,収集したビデオやDVDでよく観ているし,ゲームでも「マックス・ペイン 3」(2012年)や,「アサシン クリード III」(2012年),「コール オブ デューティ ブラックオプス」(2010年)など,ちょっとしたミッションでブラジルの地に降り立つことが増えているように思える。
現在のブラジルは国民の経済的格差という問題を抱えてはいるものの,2013年のGDP(国内総生産)はフランスに次いで世界第6位になると予想されており,「BRICs」(ブラジル,ロシア,インド,そして中国の頭文字を並べ,経済新興国を表現した言葉)の重要な一角として存在感を増している。南米諸国で唯一G20に名を連ねるなど,世界経済に与える影響は多大で,さらに2014年には「FIFAワールドカップ ブラジル大会」が,そして2016年には「リオデジャネイロオリンピック」というスポーツ界のビッグイベントが立て続けに開催されるため,激しい建設ラッシュも起きている。
そんな昇り調子の新興市場に期待してのことだろう,Sony Computer Entertainmetは,北米法人のSony Computer Entertainment America(SCEA)のイニシアチブでポルトガル語版のプレイステーションブログを2009年にオープンし,細かい情報発信を行ってきた。次世代のコンシューマ機PlayStation 4も,日本より一足早い11月29日にリリースされる予定になっている。
ところが,このプレイステーションブログで10月17日に行われた公式アナウンスがブラジル人ゲーマーを驚かせ,そのトピックが世界中に拡散することになった。その内容とは,ブラジルでのPlayStation 4の販売価格が,なんと3999レアル(約17万7000円)なるというものだった。
このエントリーには,すでに1200を超えるユーザーコメントが付けられているが,最初は「ええェェェェっ?」(WHAAAAAT?!?!?!?!?)という,驚きか落胆か狼狽かはよく分からないが,ちょっと笑ってしまうものになっており,当地のすべてのゲーマーの気持ちを代弁しているといえそうだ。
なぜPlayStation 4が18万円近くもするのか?
こうした反応に対して週明けの21日,SCEAでラテンアメリカ担当のゼネラルマネージャーを務めるマーク・スタンレー(Mark Stanley)氏が新たなエントリーを掲載して説明を行った。
スタンレー氏によると,ブラジルでは精密機器などに対する「輸入税」が存在しており,なんと3999レアルのうちの63%にあたる2524レアル(約11万1000円)がその輸入税にあたるという。これに,ブラジルへの輸送費,流通や小売店へのマージンなどが加わって,法外とも思える値段に吊り上がったのであり,実質的な本体の値段は価格全体の4分の1以下,21.5%(約3万8000円)にしかならない。せっかくブラジルでは初となる,グローバルローンチに合わせたPlayStation 4の発売を決定したSCEAだが,価格についてはブラジル国会で法改正でもしてもらわない限り,どうしようもない。
海外で開催されるゲームイベントなどで,筆者は何度かブラジルのゲームジャーナリストと話したことがあるのだが,そんなときに決まって聞かされるのが「ブラジルではコンシューマ機で遊ぶ人はあまりいない」「みんなPCのオンラインゲームかモバイルゲームを楽しんでる」というもの。筆者は「ほかの経済新興国と同じように,海賊版が問題なのだろう」程度にしか考えていなかったが,これほど高い関税がかけられていることを,今回のニュースが流れるまで知らなかった。
任天堂とMicrosoftは,いち早くブラジルのゲーム市場での展開を進めてきたが,どのハードウェアもリリース時の価格は非常に高い。2006年に発売されたWiiが2399レアル(約10万6000円),2012年のWii Uは2199レアル(約9万7000円),そしてニンテンドー3DSが1199レアル(約5万3000円)となっている。ちなみにMicrosoftは,Xbox 360を1799レアル(約7万9500円)で販売しており,これまでブラジル国内で60万台ほど売れているという。
もっとも,輸入税などの各種関税は個人輸入を行えばいくらか安価になり,例えば北米のAmazon.comなどを使えば,どのハードウェアも30%〜40%ほど安く買えるらしい。したがって,正規販売台数以上のゲーマーがいることは間違いないだろう。とりわけ任天堂ハードの普及率は高く,1998年から毎年開催されている「Nintendo World」は,南米では最も古くから行われているゲームイベントの一つでもあるのだ。
それに対してSony Computer Entertainmetがブラジルに進出したのは遅く,PlayStation 2がリリースされたのはなんと,ポルトガル語版プレイステーションブログがオープンしたのと同じ2009年のことで,小売価格は799レアル(約3万5000円)だった。値段だけなら割と良心的だが,2009年といえば,PlayStation 3が発売されて数年が過ぎた頃だ。そのPlayStation 3は翌2010年に発売され,こちらは2499レアル(約11万円)という価格帯だったため,ブラジルのゲーマーにとってPlayStation 4がさらに高価になることは予想がついていたかもしれない。
同じ時期にリリースされるXbox OneはPlayStation 4のおよそ半額にあたる2199レアル(約9万7000円)とのことなので,なぜPlayStation 4が3999レアルになるのか,理解に苦しむ部分もある。パーツの生産国によって税率が変わるのか,あるいはしかるべき筋に根回して関税を回避する方法があるのか。先行して苦労したMicrosoftは,やはりそれなりのノウハウを蓄積していると考えることはできるだろう。
いずれにせよ,ブラジルにおける次世代コンシューマ機対決は,今のところSony Computer Entertainmetにとってはあまりにも分の悪いものになっている。上記のスタンレー氏もエントリーにおいて「この価格は,ゲーマーにとって,またPlayStationブランドにとっても好ましくないもの」と述べており,筆者としても,ブラジルのゲーマー達がより手軽にPlayStation 4を手にできる状況に変化することを願うのみだ。
著者紹介:奥谷海人
4Gamer海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,本連載「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年の開始以来,4Gamerで最も長く続く連載記事。欧米ゲーム業界に知り合いも多く,またゲームイベントの取材などを通じて,欧米ゲーム業界の“今”をウォッチし続けている。
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PS4本体
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