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Access Accepted第712回:「メタバース」を機軸に,MicrosoftとActivision Blizzardの買収合意を考える
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印刷2022/01/31 12:00

業界動向

Access Accepted第712回:「メタバース」を機軸に,MicrosoftとActivision Blizzardの買収合意を考える

画像集#005のサムネイル/Access Accepted第712回:「メタバース」を機軸に,MicrosoftとActivision Blizzardの買収合意を考える

 MicrosoftによるActivision Blizzard買収が,2022年1月中旬にゲーム業界を超えて大きく話題になったが,約687億ドル(約7兆8742億円,1月18日時点)という巨額の買収金額とともに,その買収に当たっての重要な役割りに挙げられたのが“メタバース”だったことに,多くのゲーマーは違和感を覚えたはず。Facebookが「Meta」に社名変更した際にも,「おいおい,ザッカーバーグさん大丈夫?」と思った人も少なくないだろうが,まだ実現していないメタバースへの技術革新と先行投資は,急ピッチで進められているのだ。


来たるメタバースの時代に向けた先行投資


 MicrosoftとActivision Blizzardが,約687億ドル(約7兆8742億円,1月18日時点)という巨額買収で合意したことがアナウンスされた。日本の防衛費である6兆1160億円を上回る,と言ってもピンとこないかも知れないが,サッカーのプレミアリーグ全20チーム(参考リンク)にバルセロナFCとレアル・マドリード(参考リンク)を付け足して買収しても,まだ半分くらいは余る資産価値,と考えれば物凄い。
 この金額は,Microsoftが2020年9月にBethesda Softworksを買収した75億ドルの9倍に相当する,同社の過去最高買収金額である,2016年のLinkedInを買収したとき(262億ドル)のおよそ2.5倍となり,当然,ゲーム業界全体を見渡しても史上最高買収額だ。

 今回の買収に関して,MicrosoftがXboxプラットフォームで展開するサブスクリプションサービス「Xbox Game Pass」のライブラリを拡充するという目的はあるだろう。この「より魅力的なラインナップを揃えることで多くの顧客にアピールする」というのは,Bethesda Softworksを買収する際にあたっての大きな理由とされたものだが,今回の巨額過ぎる買収金額を見ると,それだけが理由でないのは明らかだ。

この数年の間にMicrosoftがスタジオ買収で積み立ててきた膨大なゲームの資産でXbox Game Passがその強みを見せ始めるだろうが,Activision Blizzardの買収は,もっと先を見ているようだ
画像集#001のサムネイル/Access Accepted第712回:「メタバース」を機軸に,MicrosoftとActivision Blizzardの買収合意を考える

 現在のXbox Game Passのサブスクライバーは2500万人とされている。これを単純計算で1人月々10ドルとしても,年間では30億ドルほど。膨大なサーバー/サービス維持費やサードパーティに対する独占権の対価などを考慮すると,そこにActivision Blizzardの人気タイトルが加わり,「コール・オブ・デューティ」「Diablo」を始めとする同社タイトルの効果で,仮に5000万人のサブスクライバーを1年後に獲得したとしても,数年での回収は難しく,巨額買収の主たる理由にするにはやや弱い。
 この15年ほどの間に一気にグローバル化が果たされた現状のゲーム市場に,ほとんど伸びしろがないことはXboxを統括するフィル・スペンサー(Phil Spenser)氏も以前から何度か公言しており,成長を続けるためには新しい市場を作り出す必要がある。

PlayStationプラットフォーム向けにはいつまでCoD新作がリリースされるのか。多くのゲーマーが愛着を持つ「Battle.net」はどうなるのか。「Overwatch League」は存続できるのか……。ゲーマーにとっては,まだまだ答えよりも疑問のほうが多い今回の買収劇
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 Xboxの公式ブログサイトであるXbox Wireで公開されたニュースリリースに記載されたMicrosoftのCEOであるサティア・ナデラ(Satya Nadella)氏のコメント,そしてActivision BlizzardのCEOとして 長年君臨してきたボビー・コティック(Bobby Kotick)氏が社員に宛てたオープンメールで,両氏が口を揃えて買収合意の理由として掲げていたのが“メタバース”だ。

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 Activision Blizzardは,CEOのボビー・コティック氏が社員に向けて配信したメールを公式サイトで公開した。Microsoftによる買収の目的や今後の展望について語るもので,本人は,連邦取引委員会の審査が終了する2023年第2四半期までは経営者として手腕を振るう予定だという。

[2022/01/20 14:17]

 ここ最近,日本でも話題になっているメタバースについては,ちょうど1年前に掲載した「第674回:ゲームが牽引するメタバースという近未来」(関連記事)でも解説したので,メタバースとは何かやゲームとの関連についてはそちらを参照していただきたいが,この数か月の間にFacebookが「Meta」へと社名変更し,NVIDIAの「Omniverse」がローンチを果たし,そして今回のMicrosoftによるActivision Blizzardの買収で,一気にIT産業を超えたホットトピックとなってきた。

 この連載を読む読者の皆さん自身が,COVID-19(新型コロナウイルス感染症)中にオンラインでのミーティングや授業を経験したり,ソーシャル性の高いオンラインゲームで仲間たちと同じ時間を異なる場所で過ごしたりといった経験をしてきたと思うが,メタバースではAR(拡張現実)/ VR(仮想現実)デバイスを利用することで,その臨場感も一気に上がると言う。これを“プレゼンス”と呼ぶこともあるが,Metaのマーク・ザッカーバーグ(Mark Zuckerberg)氏は,社名変更の際に「Embodied Internet」(具現化されたインターネット)と表現する。
 つまり,ビジネスから娯楽,家族とのやり取りやショッピングまでを,実際に現実なのか疑似世界なのかを意識せずに,「その世界の中」で実現できるテクノロジーが生み出された時に初めて,我々はメタバースの一端に触れることになる。それは5年後かも知れないし10年後かもしれないが,コティック氏が危機感を募らせているように,IT業界のビッグプレイヤーたちが,こぞってそこへの先行投資を始めているのが現在なのだ。


後れを取ったMicrosoftとActivision Blizzardの実情


 Activision Blizzardは,「ハードウェアを持たないパブリッシャ」としては北米最大の企業であるものの,AI,クラウドゲーミング,バーチャル・マーケットプレイス,さらにはVRゲーム開発のノウハウ蓄積についても後れを取っていたのは確かだ。同社のラインナップに共通する強みと言えば,絶対にヒットを飛ばす「コール・オブ・デューティ」シリーズと,Blizzard Entertainmentの各タイトルが持つ,魅力的なゲームを作る巧みさであるが,セクシュアルハラスメント訴訟で開発現場が混乱するよりも前から,企業としての将来像については描きあぐねいていたのかもしれない。

 一方のMicrosoftも,「HoloLens」というハードウェアテクノロジーを開発中ではあるものの,今回の買収合意が発表される以前にも,1500人ほどいるというハードウェア開発部門から,デバイス開発では先行しているMetaなどの企業へ,人材の大量流出が報道されていた。まだ成長し始めたばかりの分野だけに,どの企業も優秀な人材は喉から手が出るほど欲しいということだろう。
 コティック氏自身,Microsoftと協議を進めるよりも先にMetaにアプローチを図っていたとされるが,そう考えると,Microsoftはメタバースにおいて,ハードウェアだけでなくエンターテイメントコンテンツでも他社に引き離されることを懸念して,今回の合意にいたったという見方もできるかも知れない。

「Microsoft HoloLens 2」は3500ドルで,現時点では市場に大きなインパクトを与え切れていない。次世代ハードウェアなくしてメタバースの将来像を描けないだろうが,貴重な人材は高額給与をオファーするAppleやMetaのようなライバル企業に流出している状況らしい
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 「World of Warcraft」というMMORPGに加え,「コール・オブ・デューティ」「オーバーウォッチ」「ハースストーン」,そして「Diablo」シリーズなどで培っているライブゲームのノウハウやeスポーツにおけるコミュニティマネージメントといった無形の財産が,今後どのように活かされていくのかはまだ見えてこない現状では,金額で計れない価値を,メタバースの時代に生み出すことを見越しての投資というのが,最も素直な考え方かもしれない。
 もちろん,Microsoft Game Studiosが「Microsoft Flight Simulator」で証明して見せた,クラウドコンピューティングなど数々のテクノロジーをバックボーンにした,本当の意味での次世代的キラーコンテンツ作りにおける,Activision Blizzardには相当な自信を持っているはずだ。

 先週1月26日から27日まで,海外メディアGameBeatの名物ライターであるディーン・タカハシ(Dean Takahashi)氏が主催する,メタバース専門イベント「Into the Metaverse 2」(関連リンク)が開催された。ITやゲーム産業を代表するさまざまなリーダーたちによるオンラインセッションの多くは無料で公開されているので,この分野に興味がある人は見ておくべきだろう。
 タカハシ氏は,今から2年以降,つまり2024年度あたりの市場に投入されるであろう各社の新型デバイスでは,より具現化したメタバースの世界が提供されることになるだろうと話していた。「第704回:メタバースに向かって動き始めたMeta(旧Facebook)の動向」(関連記事)でも紹介したMetaのハード開発で見れば,「Project Cambria」の次に来る「Project Nazare」がその世代にあたるはずだ。

左上から時計回りで,ローンチしたばかりのNVIDIAの「Omniverse」のRTXグラフィックスデモ,Metaが「Connect 2021」で紹介したメタバース時代のオンラインチャット,そしてEpic Gamesが公開して話題になった「The Matrix Awakens: An Unreal Engine 5 Experience」。どれもまだ技術デモの範疇ではあるが,既存のSNSやMMORPGの発展型とは思えないほどの疑似世界だ
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 ソニーは表立ってはメタバースを謳ってはいないものの,「PlayStation VR 2」がリリースされればゲーム市場で大きなプレゼンスを示すことになるだろうし,Valveでさえ「Steam Deck」の対応タイトルとして自社開発のVRゲーム「Half-Life: Alyx」を加えているのは見逃せない動向だ。開発ツールとしては「Unreal Engine 5」が,現状の「フォートナイト」もしくは「Roblox」のようなトゥーン調の世界とは一線を画した,映画の中にいるかのようなバーチャル世界を描き上げてくれるだろう。
 その背後では,GoogleとAppleという巨大企業が虎視眈々と“技術と市場の熟成”をうかがっているわけだが,当然ながらビッグデータの掌握や新たな広告利益といった“金の成る世界”となり得るから,こうしたIT企業が次々と踏み込んでいるのであり,若干の胡散臭さを感じている消費者を尻目に,ゲーム産業を巻き込んで市場が大きく動き始めているのは間違いない。そうした中でのMicrosoftによるActivision Blizzardの買収は,来たるメタバース時代への重要な布石だと位置づけることができるはずだ。

著者紹介:奥谷海人
 4Gamer海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,本連載「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年の開始以来,4Gamerで最も長く続く連載記事。欧米ゲーム業界に知り合いも多く,またゲームイベントの取材などを通じて,欧米ゲーム業界の“今”をウォッチし続けている。
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