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Access Accepted第734回:EA Sportsが誇る「HyperMotion 2 Technology」の全容
アクターの動きを,そのままデータとして取り込んでアニメーションに利用する“モーション・キャプチャ”。この技術を使ったEA Sportsブランドの歴史も長いが,サッカーシム最新作「FIFA 23」(PC / PS5 / Xbox Series X / PS4 / Xbox One / Nintendo Switch)で利用される「HyperMotion 2 Technology」について,今回は開発者へのインタビューも交えてお伝えしておこう。
自然な動きを実現できるようになった3Dグラフィックス
EAのHyperMotion 2 Technologyを紹介する前に,モーション・キャプチャ技術の歴史から説明しよう。
3Dアニメーションもしくはゲーム開発において,大きな発明の1つとなったのが “モーション・キャプチャ” (Motion Capture)である。今となっては,開発現場だけでなくゲーマーの間でもすっかりおなじみの言葉だが,モーション・キャプチャはアクターやスタントマンが,それぞれの関節部分にトラッキング用マーカーが付いた特製ボディスーツを着用し,カメラが張り巡らされたスタジオの中で撮影した情報をアニメーション化することにより,よりリアルなキャラクターの動きを実現するというものだ。
近年においては関連技術もさらに向上しており,顔を映す専用のカメラを装着してアクターの顔の演技や声までを同時に取り込む“パフォーマンス・キャプチャ”が広く利用されるようにもなっている。
かつてモーション・キャプチャの先駆的な役割を担ったのが“ロトスコープ”と呼ばれた技術で,実写映像をもとにアニメーションを描いていくという手法が,アメリカ人アニメーターのマックス・フライシャー(Max Fleischer)氏によって開発されている。
この技術は,「ベティ・ブープ」やディズニー映画「白雪姫」(1937年)などに使われていることで知られるが,ゲームにおいては当時まだ25歳の気鋭のクリエイターだったジョーダン・メクナー(Jordan Mechner)氏が,「Prince of Persia」(1989年)でロトスコープを活用したのが最初である。
一方,ボディスーツを着用して,その情報をリアルタイムで映像化するというモーション・キャプチャ技術は1959年にリー・ハリソン(Lee Harrison III)氏という人物により開発されている。しかし,まだまだクリエイターのイマジネーションの実現に一役買うのは先のことであり,専用カメラ1つで冷蔵庫ほどの大きさがあったため,技術としてはコンピュータが登場するまでの20年ほどは停滞したままだった。
モーション・キャプチャ以前のCGアニメーションにおいて一般的な手法は“キー・フレーム”と呼ばれるもので,これはマネキン人形を動かしながら1コマずつ撮影していくように,3Dキャラクターモデルをフレームごとにアニメーターが手作業で動作を付けてデータ化する手法だ。ある意味職人的なスキルが要求される割に,どうしてもナチュラルな動きを実現しづらいし,しゃがむ,振り向く,スライディングするといった動作が増えるにつれて膨大な時間と人員を要するため,コスト部分は本来,モーション・キャプチャに利があるとされている。
現実的には,モーション・キャプチャの関連技術は日進月歩で進化を続けており,その投資や人的コストも馬鹿にならないし,クリエイターも本来は凝り性な人たちが多いので,要求するものも増えてしまう。2013年のgamescomで行われたSony Computer Entertainment Europe(当時)のパネルディスカッション(関連記事)では,「BEYOND: Two Souls」を開発していたQuantic Dreamのデイヴィッド・ケイジ(David Cage)氏のコメントに対して,吉田修平氏が「お金はかかってしまうんだけどね」とコメントしていたのを覚えている。
最近になってようやく,そうしたモーション・キャプチャに関連した開発コストのコモディティ化が見られるようになり,DONTNOD Entertainment(現Don’t Nod)の「Life is Strange」(2015年)やNinja Theoryの「Hellblade: Senua's Sacrifice」(2017年)のようなタイトルで成功例がみられる。小さなスタジオでもAAAタイトルに匹敵できるだけのリアリティを生み出せるようになってきているのだ。
25年以上にわたって改良されてきたEAのモーション・キャプチャ技術
ようやく本題に入るが,Electronic Artsがモーション・キャプチャに投資し始めたのはかなり早く,1996年にカナダのバンクーバーにあるEA Canadaに専用スタジオとなる「Capture Lab」が設立されている。ボーイング737(全長33.6m,全幅34.3m)を収納できるだけの大きなスペースがあり,周囲に132台のセンサーカメラを張り巡らせることで,ここで実際にバスケットボールやインドアサッカーをプレイしてモーションをキャプチャすることもできれば,アイススケートのリンクをセットアップすることも可能であるという。
EA Canadaが担当するEA Sportsの「FIFA」シリーズで最初にモーション・キャプチャのアニメーションが導入されたのは,1996年に初代PlayStationやセガサターン向けにリリースされた「FIFA 97」のことであり,同シリーズにとっては第4作にして初めて3Dグラフィックス化が行われた大きなマイルストーンとなる作品でもあった。
プレミアリーグのニューキャッスル・ユナイテッドで活躍していたダヴィド・ジノラ元選手がカバーアスリートとなったが,モーション・キャプチャにおいては彼を含む27人のプロ選手がCapture Labに招かれて撮影セッションが行われたという。当時のゲームハードウェアの性能はそれほど高くなかったためか,大きな野心を持って3D化された「FIFA 97」の評価はそれほど高くなかったものの,アニメ―ション間をつなぎ合わせる自社開発のプログラム「Motion Blending Technology」がウリであり,リアリズムへ傾倒していく同シリーズにとっても重要な分岐点となった作品と言えるだろう。
時が過ぎ,EA Canadaにとっては“第9世代”と呼ばれるモーション・キャプチャ技術が,「FIFA 22」で初めて導入された「HyperMotion Technology」である。9月27日に発売される予定のシリーズ最新作「FIFA 23」においては,「HyperMotion 2 Technology」へと進化し,そのプレイフィールやリアルなビジュアル表現に貢献している。
その概要については,テクノロジーの概要がアナウンスされた7月28日のニュース記事(関連記事)でお伝えしているが,この根幹にあるのが,オランダで“ウェアラブル・センサー”を開発するXsens社との提携だ。同社は,より精密な計測が可能となるセンサー「Xsens DOT」を2020年に開発している。「HyperMotion」ではこれを使って実際のスタジアムにセンサーカメラを設置し,よりナチュラルな環境下において11対11のサッカー試合から,直接データを取り込むという試みが行われた。
この方法ではキック前の微妙な歩幅の変更から,パスを受けられなかったことでイラつく動作まで,本来ならゲーム用のモーションデータ撮影時に想定しないような,さまざまなデータを入手することが可能だったという。「FIFA 23」では男女アスリートによる2試合をフルにプレイし,920万フレーム分のデータとなる6000ものアニメーションを録画,さらにEA Canada独自開発のML(マシーン・ラーニング/機械学習)アルゴリズムに学習させて,自然な動きを再現している。
今回筆者は,「FIFA 23」の正式発表に合わせてEA Canadaを訪問し,現在ライン・プロデューサーとして活躍するサミュエル・リヴィエラ(Samuel Riviera)氏に,短い時間ながらも個別にお話しをうかがうことができたので,この機会にそのインタビューの様子も紹介しておきたい。
担当プロデューサーに聞く,「HyperMotion 2 Technology」の全貌
4Gamer:
「FIFA 23」のモーションキャプチャの撮影はどこで行われたのでしょうか。
今回は,スペインのサラゴサという都市にあるスタジアムを借りて行いました。歴史ある街の歴史あるスタジアムですから,撮影に入った時は本当に感動しましたね。ウォームアップの時はピッチにいたんですけど,恐れ多くてとても一緒にプレイしてみるという気分になりませんでした。今,考えるとちょっとくらい参加しておくべきだったと後悔していますけど(笑)。
4Gamer:
その「HyperMotion 2 Technology」では,“6000種のアニメーション”と言われていますが,前作では4000アニメーションとアナウンスされていました。これは前作を合わせての数と考えてよいのですか?
リヴィエラ氏:
そうです。少し広報的な例えになってしまっているので説明しておくと,HyperMotion 2で利用されているのが6000で,前作からは2000増えているということになります。ただ,前作のアニメーションを取り直ししたものもありますので,単に2000種を追加したということではありません。
こうした数字は,毎年EA Sportsの開発するゲームエンジンでフォーカスするものによっても変化していきます。例えば,同じ角度や距離からのシューティングのアニメーションを500種に増やすなんてことをしても意味はないですからね。シュート前のステップとか,シュート後に走り込む動作など,新しくキャプチャする要素はさまざまで,それはドリブルやパス,エアリアルやオフ・ザ・ボールの動作にも言えることです。
4Gamer:
今回は,90分のフル試合を2試合分行ってデータを収集したとのことですが,そのうちの1試合は女子サッカーとのこと。
リヴィエラ氏:
ええ。正確な数字を出すことはできませんが,新しく追加したモーション・キャプチャのアニメーションのうち,数百は女子プレイヤーの試合から得たデータです。プロレベルの女子選手では,体の使い方などに男子選手と大きな違いはないのですが,走る姿勢とかゴールセレブレーションなどで採用したものも多く,今後はさらに増やしていくことになると思います。
4Gamer:
「FIFA 23」ではシリーズで初めて,南太平洋地域限定ながらも,カバーアスリートに女性選手であるオーストラリア代表のサム・カー(Samantha Kerr)選手が採用されますが(関連記事),そうしたことも関連していますか?
リヴィエラ氏:
もちろん。2023年7月に,「2023 FIFA女子ワールドカップ」がオーストラリアおよびニュージーランドで開催されるということもあり,女性ゲーマーの間でEA Sportsのサッカーシリーズにもさらに注目してもらえることに期待しています。各国の女子プロリーグや国家代表も盛り上がり始めていますので,これまで我々があまり目を向けてこなかった女性層にもコミュニティを広げていきたいという想いを我々は持っているのです。
4Gamer:
HyperMotion 2で利用される機械学習とはどのようなものなのでしょう?
リヴィエラ氏:
平たく説明するのは本当に難しいのですが,HyperMotion以前の,つまり「FIFA 21」までのアニメーションシステムでは,例えば走っている動作から続く方向を変えるとかパスを受けるといった動作で,それぞれの分岐点と次の動作のアニメーションを半ば手動で引き出し,それをつないでいたようなイメージです。
HyperMotionでは,こうした我々が事前設定したアニメーションが再現されるのではなく,プレイヤーの操作や近くのアスリートキャラクターの動きに合わせて,ゲームエンジンの中枢ネットワークにある920万フレームものデータから適切なものが自動的に引き出されて,次の動作へと移っていくという仕組みになっています。
サッカー用語では,オフェンスがボールをキープして仕掛けようとしている場合に,ディフェンス側は後もどりして間合いを取り,相手を牽制する動きをします。こうした動作を「ジョッキング」(Jockeying)と呼ぶのですけど,これも特定のアニメーションで再現されているのではなく,機械学習で制御していますので,どちらの足に重心があるとか,体の向きによって,個々のキャラクターの動きにも変化が出るのです。
4Gamer:
例えば,利き足が右の選手が右に重心を置いている瞬間は,その変更のために反応に戸惑うといったような動きをするのでしょうか。
リヴィエラ氏:
そういうことですね。現実的な動作をうまくシミュレートできているからこそ,現世代の「FIFA」シリーズは,見た目も良いしプレイフィールもナチュラルに感じていただけるのだと思います。もちろん,まだやり残していると感じている部分もありますが,どこかのタイミングで機械学習の成果について,キャラクターの反応が良過ぎるとか悪過ぎるという批判も出てくると思います。我々は,12分のゲームタイムでいかにプレイヤーの皆さんが楽しく,リアルに感じていただけるかということを念頭に考えていますので,バランスの取れたゲーム作りを心掛けています。
4Gamer:
「FIFA 22」では,AIゴールキーパーの能力が優秀過ぎるという意見をよく耳にしました。キャラクターの重心により動作にも変化が出てくるHyperMotion 2では,このあたりに修正は加えられることになるのでしょうか。
リヴィエラ氏:
ゴールキーパーには,専用の「Active Touch System」が用いられているのですが,これはボールまでの最良のアプローチとセービングを行うまでを演算するものです。これ自体はアニメーションとは関係のないものなのですが,「FIFA 23」ではアニメーションそのものをリフレッシュしていることで,少しやり込んでいただくとゴールキーバーの動作が前作とは異なっていることに気付いていただけるかも知れません。
ゴールキーパーがボールをコントロールするシステムは異なるもので,AIは相手プレイヤーがシュートしてから2フレーム後,つまり3フレームから動作を開始して,ボールをセーブできるかどうかといったことに“反応”させているわけです。確かに前作のゴールキーパーの反応は早過ぎだと私も思いますが,この部分はとくにメタゲームに大きく影響してしまうので,シーズン中の変更はためらわれるのです。「FIFA 23」では,このあたりのバランスをしっかり修正してローンチしようと考えています。
4Gamer:
高いシミュレーション性を追求されているだけに,前世代と新世代のフィーチャーに差があるというのがユニークですが,「FIFA 23」でフィーチャーされている「パワーショット」も気になるところです。
リヴィエラ氏:
ありがとうございます。パワーショットは,HyperMotion 2 Technologyには含まれていない,下層レイヤーで追加されているアニメーションのフィーチャーで,リスクがありますが,成功すれば爽快で楽しいゲームメカニックの1つです。プレイヤーにとっては,より精密なエイミングが必要となり,アニメーション動作も長くなるので,途中でタックルされないよう敵プレイヤーとの間に一定の距離が必要になります。キャラクターよりプレイヤーのシューティングスキルに大きく関与するメカニックとして評価されてくれたら嬉しいですね。
ご存じのとおり,国際サッカー連盟(FIFA)との提携解消により,「FIFA 23」が「FIFA」のブランドネームを冠する最後の作品になり,次回作からは「EA SPORTS FC」シリーズという名称になることがアナウンス(関連記事)されている。
名前が変わることでブランド力の低下が心配されるが,今期は「2022 FIFAワールドカップ」が11月にカタールで,そして前述したように「2023 FIFA女子ワールドカップ」が2023年7月にオーストラリアおよびニュージーランドで開催されることからも大きな盛り上がりが期待されており,こうしたElectronic Artsのモーション・キャプチャ技術への投資を見ても,このシリーズは今後も発展していくことだろう。
著者紹介:奥谷海人
4Gamer海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,本連載「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年の開始以来,4Gamerで最も長く続く連載記事。欧米ゲーム業界に知り合いも多く,またゲームイベントの取材などを通じて,欧米ゲーム業界の“今”をウォッチし続けている。
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(C)2022 Electronic Arts Inc.
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