レビュー
Tt eSPORTS第1弾ヘッドセットは,「個性がないのが個性」
Tt eSPORTS SHOCK
「Tt eSPORTS SHOCK」(以下,SHOCK)と名付けられたTt eSPORTSのヘッドセット第1弾は,5000円前後という,ゲーマー向けモデルとしては比較的安価な実勢価格(※2011年5月9日現在)が武器だが,その実力はどれほどのものか。しっかりチェックしていきたい。
価格の割にまずまず良好な質感ながら
装着感には気になる点も
ホワイトモデルも用意されるSHOCKだが,今回テストするのは通常モデルということで,多くのゲーマー向けヘッドセットと同様,黒を基調としたものだ。黒といっても単調ではなく,頭頂部とエンクロージャ部は光沢あり,バンド部とマイクブームは光沢なしになっている。エンクロージャとバンドの接合部左右どちらにも真っ赤なブランドロゴ「Tt」がある点と,ブランドの正式名称である「Tt eSPORTS by Thermaltake」が頭頂部に大きく入っている点が,ぱっと見たときの特徴ということになるだろうか。Ttのロゴは相当に鮮やかだ。
全体的に大きめ,太め,厚めといった印象だが,実際,実測重量はケーブル込み340g,ケーブルを重量計からどかした参考値で295g前後と,最近のヘッドセットにしては多少重めである。
一見,エンクロージャを覆うようにメッシュ状の金属が覆うイメージなのだが,実際にはエンボス加工となっている |
“台形的”なイヤーパッド部。スピーカーユニットを覆う部分は最近流行の赤だ |
なお,メッシュ地と光沢加工の組み合わせは存外に安っぽく,オープンエア仕様でもない以上,このデザインが成功しているとは言い難い。
一方,よく考えられていると感心させられたのはエンクロージャ全体の形状で,ぱっと見は“四角形”なのだが,よく見ると装着時に前側が上下に長い,台形的になっているのだ。もちろん,イヤーパッド部もエンクロージャに合わせた設計となっている。
これはおそらく,耳たぶがイヤーパッドに当たって不快な思いをしないようにという配慮なのだろうが,5000円クラスのヘッドセットでここまでこだわっているのは珍しい。福耳の人だと意味がない可能性もあるものの,少なくとも一般的な耳の大きさだと思われる筆者の耳はイヤーパッドに当たらなかったので,相応に効果はあるはずだ。
ただ,イヤーパッドのクッション素材が例によって布製だったのは残念。SHOCKで採用している布地はそれほどちくちくした肌触りではなかったものの,長時間のゲームプレイでは蒸れてくることも十分に考えられる。コストを考慮するとやむを得ないところかもしれないが,せっかくここまでがんばったのだから……という気はしないでもない。
なお,搭載されるスピーカードライバーは最近のゲーマー向けヘッドセットで一般的な40mm径のものだ。
長さ調整はクリック感のある段階的なもので,クリック感は軽めのため,片手で伸ばしたり縮めたりできる。調整しやすい部類に入ると述べていい。
で,肝心要の装着感だが,正直,多少の違和感がある。せっかく太くて厚い頭頂部のクッション素材なのに,元に戻ろうとする圧力が強すぎて,頭頂部に圧迫感があるのだ。横方向の締め付けはカチッとしていて強すぎず弱すぎず,よい具合なだけに,実に惜しい。
「ヘッドバンドを伸ばせばいいじゃないか」という意見もあろうが,ジャストサイズできちっと装着したときに圧迫感があるのは,やはりいただけないのである。
本体同様に大柄のマイクブーム
ケーブルは可もなく不可もなし
なお,「使うときにできる限り下げておく」というのは,ブローノイズ――マイクに息を吹きかけてしまったとき発生する「ボッ」というノイズ――回避にもなる。その点からもお勧めしておきたい。
ケーブル長は3mで,SHOCKの左エンクロージャから55cmくらいのところにインラインリモコンが用意されている。アナログ接続型ということもあり,リモコンから行える操作はボリューム調整とマイクのオン/オフ用スライドスイッチのみだ。
裏側はクリップになっているものの,決して使いやすいものではないので,これはオマケ程度に考えておいたほうが無難である。
もちろん,最近のマザーボードだと,間違ったところへ差しても自動でルーティングしてくれたりするものもある。だが,そうでないマザーボードもまだ多くあり,さらに言えば,PCゲーマーには単体サウンドカードと接続する人も少なくないわけで,そういう人達がPCケースの背面に手を伸ばして接続するときのことはもう少し考えてほしいと思う。SHOCKに限らず,全体を黒で統一することで高級感を出そうということそれ自体はいいのだが,それで使い勝手が悪くなってしまったら本末転倒なのである。
驚くほどフラットで
クセのない再生品質
ここからはテストとその考察に入っていこう。
PC用ヘッドセットを想定した筆者のレビューでは,基本的に,ヘッドフォン部を試聴で,マイク部を波形測定と録音した音声の試聴とでそれぞれ評価することにしている。ヘッドフォン出力品質のテストでは,「iTunes」によるステレオ音楽ファイルの再生と,「Call of Duty 4: Modern Warfare」(以下,Call of Duty 4)マルチプレイのリプレイ再生が主な判断基準だ。
一方のマイク入力は,とくに波形測定方法の説明が長くなるため,本稿の最後にテスト方法を別途まとめてある。基本的には本文を読み進めるだけで理解できるよう配慮しているつもりだが,興味のある人は合わせて参考にしてほしい。
なお,テストに用いたシステムは表のとおり。SHOCKは「PCI Express Sound Blaster X-Fi Titanium HD」(以下,X-Fi Titanium HD)と接続してある。
というわけでまずは音楽を聴いてみる。……クセがない。よくいえばフラット,悪くいえば無個性といったところだ。Tt eSPORTSはSHOCKにおける音作りの方向性として「通常なら100Hz以下で落ち込む低周波をフラットにした」という表現をしていたので,「また『ドン』の強いドンシャリか」と思っていたのだが,筆者の読みはいい意味で完全に裏切られた。低域はしっかりとあるのだが,やり過ぎにはなっていない。まったくドンシャリ感はなく,謳い文句どおりフラットなのである。
そしてそれは高域も同様。通常,意図しての結果かどうかはともかく,中高域にピークがあったり,高域が妙に持ち上がっていたりする製品が多いのだが,SHOCKではかなり意地悪にアラを探しても見つからなかった。
言うまでもないことだが,フラットなので,必要以上のパワー感はない。中高域にもピークがないため,耳に痛くなる部分がない代わりに,色気も乏しい。ピークのある音質傾向に慣れていると物足りなく感じるかもしれない。
しかし,いわゆるゲーマー向けヘッドセットではめったにないSHOCKの音質傾向こそが,長時間のリスニング時に耳が一番疲れないものでもあるのだ。
Call of Duty 4のリプレイを聞いてもこの印象に変化はない。まず,重低音が必要以上にゴーゴー言わない。高域がフラットかつ中高域にもピークがないから,銃声で耳が痛くなったりもしない。変に持ち上がった周波数帯域がないので,小さな音で転がる手榴弾の音もしっかり聞き取れる。
ただ,それまでの間,ゴリゴリと硬い音質のヘッドセットに親しんでいた人の場合,物足りなく感じるかもしれないとは述べておく必要もあるだろう。要は慣れの問題なのだが。
CMSS-3Dheadphoneの効果も良好だ。もっとも,4月18日に記事を掲載した「DHARMA TACTICAL HEADSET(DRTCHD23BK)」のレビュー時と同様,前方の定位感が増し,後方の音源移動が分かりやすくなったので,直近のX-Fi Titanium HD用サウンドドライバ「3.0.35」で,アルゴリズムレベルにおける何らかの改良があった可能性はある。
いずれにせよ,バーチャルサラウンドヘッドフォンを利用しての音源移動は本当によく分かるので,合格点を与えられるレベルにあると述べていい。
音抜けのよいマイク入力
問題は一にも二にもエコー
さて,マイク品質に目を向けると,おもしろい周波数特性が見られる。
下のグラフを一見して分かるとおり,あからさまな高域偏重の周波数特性になっているのだ。5kHz付近から下は,1kHz付近まで一気に下がり,その下は“底値安定”的になっている。マイク入力の公称周波数特性は100Hz〜10kHzだが,テスト結果を見る限りは1kHz〜22kHzではないかと言いたくなるほど。公称値はまったく参考にならないと断じてよさそうだ。
周波数の山は2kHz,6〜7kHz,18kHz付近にあり,実際に声を収録してみると,FPSなどにおいて緊迫した状況で交わすことになる張った声だと非常に音抜けがよく,良好な結果が得られる。専門用語で「プレゼンス」(Presence)と呼ばれる帯域を強調した特性である。高域が落ち込んでいないため,そういう傾向の波形を示すマイクでありがちな,鼻詰まった印象も皆無だ。
一方,低音は抜けてしまって,スカスカの状態なので,地声が低い人の声はちょっと弱く感じられる可能性がある。この点は注意しておきたい。
2つのマイクユニットを活用するノイズキャンセリング機能の場合,口に近いほうで声とフロアノイズ,もう片方でフロアノイズを集音し,後者の情報を基に前者のノイズをカットするような動作になる。そのため仕様上は“左右で入力される音が異なる”ことになり,2つのマイク信号をミックスするとき,大なり小なり位相特性がズレるはずなのだ。
にもかかわらず,SHOCKではそういう結果が出ていない。あくまでも予測だが,SHOCKに搭載されているのはノイズキャンセリング機能ではなく,簡易的なノイズ低減機能ではないだろうか。
ちなみに,英文製品情報ページだと「特性は双方向性でノイズキャンセリング機能付き,指向性は単一」という表現なので,ノイズキャンセリング機能が付いている前提ということになるが,公称周波数特性の不正確さといい,今ひとつ信用ならない。
もっとも,実際に使っている分には位相特性に何の問題もないので,気にする必要はないだろう。問題があるのはあくまでも「“ノイズキャンセリング機能”に関する公式の言及」という,性能とは直接関係のない部分である。
エコーキャンセリング機能とは,スピーカーとマイクの距離が近く,スピーカーから出力された音がマイクに入って,ループしてノイズになる現象「エコー」を起こすことがある機器において,そのエコーを除去する装置またはソフトウェアのこと。携帯電話には必ず入っている機能だ。だが,SHOCKにはそれがないため,テスト中には最大3回のエコーが確認された。自分で自分の声を聞けるようにするモニタリングモードをオフにしてもエコーは消えず,収録された音にも残っていたので,エンクロージャの音漏れをマイクが拾ってしまっているのだと結論付けられる。
エコーの音量自体は原音に比べて小さめなので,マイク入力レベルを下げれば実仕様上の問題はないかもしれないが,取り扱いには注意が必要だ。
価格なりの部分は散見されるも
フラットな再生品質に驚き。価格対性能比は高い
というわけで,Tt eSPORTSの第1弾ヘッドセットを見てきた。Tt eSPORTS側の準備不足や認識不足にともなう問題はさておくとして,全体的には価格対性能比の高い製品だとまとめて差し支えないだろう。装着感やマイク周りに多少の難はあるものの,前者は購入を控えるほどのものではないし,エコーもこれ自体はマイナス要因ながら,FPSなどの白熱したプレイ中に音が聞き取りにくいとか,詰まって聞こえるとかいった致命的なものではない。
専門用語で言うところの「ベリーフラット」(Very Flat)特性に関しては,オーディオを商売にしている人達の間でも意見が分かれるところで,ネガティブな話だと,色気がないとか,迫力がないとか,いろいろ言われることがある。個人的な見解を述べれば,筆者も色気というか,個性が「多少は」あってもいいと思うタイプである。
だが,フラットであるということは,非常にバランスがいいということである。そして,特定の周波数が上がったり下がったりしていないため,耳への負担が少なく,聞き取りやすいというのとも同義だ。
オーディオ用ヘッドフォンに「バランスがいい」と評されるものはあるが,たいていは低周波が弱すぎたり高周波が強すぎたりで,真の意味でフラットというものに出会ったことはない。それを,たかだか(といっては失礼なのだが)5000円前後で購入できるゲーマー向けヘッドセットが実現してきたのだから衝撃的である。
おそらく,最初は少し物足りなく感じるだろう。しかし,しばらく使っていると耳が慣れてきて,ゲームを長い時間プレイしたときに耳が疲れにくくなっているのを感じるはず。また,情報としての音もきちんと聞き取れるようになるはずだ。フラットとはそういうことであり,筆者もまた,本機で「ゲーム用ヘッドセットでフラットな音質傾向は“アリ”」を実感した人間の一人である。要するに「『個性がない』のは立派な個性」ということだ。
というわけで,恐ろしく出力バランスのいいSHOCK。価格帯性能比は間違いなく優れているので広くお勧めできるが,とくに長時間,比較的大音量でゲームをプレイする人向けと述べておきたい。もちろん,ゲームのBGMや音楽を楽しむ向きにもどうぞ。
Tt eSPORTS日本語公式Webサイト
■マイク特性の測定方法
マイクの品質評価に当たっては,周波数と位相の両特性を測定する。測定に用いるのは,イスラエルのWaves Audio製オーディオアナライザソフト「PAZ Psychoacoustic Analyzer」(以下,PAZ)。筆者の音楽制作用システムに接続してあるスピーカー(ADAM製「S3A」)をマイクの正面前方5cmのところへ置いてユーザーの口の代わりとし,スピーカーから出力したスイープ波形をヘッドセットのマイクへ入力。入力用PCに取り付けてあるサウンドカード「PCI Express Sound Blaster X-Fi Titanium」とヘッドセットを接続して,マイク入力したデータをPAZで計測するという流れになる。もちろん事前には,カードの入力周りに位相ズレといった問題がないことを確認済みだ。
PAZのデフォルトウインドウ。上に周波数,下に位相の特性を表示するようになっている
測定に利用するオーディオ信号はスイープ波形。これは,サイン波(※一番ピュアな波形)を20Hzから24kHzまで滑らかに変化させた(=スイープさせた)オーディオ信号である。スイープ波形は,テストを行う部屋の音響特性――音が壁面や床や天井面で反射したり吸収されたり,あるいは特定周波数で共振を起こしたり――に影響を受けにくいという利点があるので,以前行っていたピンクノイズによるテスト以上に,正確な周波数特性を計測できるはずだ。
またテストに当たっては,平均音圧レベルの計測値(RMS)をスコアとして取得する。以前行っていたピークレベル計測よりも測定誤差が少なくなる(※完全になくなるわけではない)からである。
結局のところ,「リファレンスの波形からどれくらい乖離しているか」をチェックするわけなので,レビュー記事中では,そこを中心に読み進め,適宜データと照らし合わせてもらいたいと思う。
用語とグラフの見方について補足しておくと,周波数特性とは,オーディオ機器の入出力の強さを「音の高さ」別に計測したデータをまとめたものだ。よくゲームの効果音やBGMに対して「甲高い音」「低音」などといった評価がされるが,この高さは「Hz」(ヘルツ)で表せる。これら高域の音や低域の音をHz単位で拾って折れ線グラフ化し,「○Hzの音は大きい(あるいは小さい)」というためのもの,と考えてもらえばいい。人間の耳が聴き取れる音の高さは20Hzから20kHz(=2万Hz)といわれており,4Gamerのヘッドセットレビューでもこの範囲について言及する。
周波数特性の波形の例。実のところ,リファレンスとなるスイープ信号の波形である
上に示したのは,PAZを利用して計測した周波数特性の例だ。グラフの左端が0Hz,右端が20kHzで,波線がその周波数における音の大きさ(「音圧レベル」もしくは「オーディオレベル」という)を示す。また一般論として,リファレンスとなる音が存在する場合は,そのリファレンスの音の波形に近い形であればあるほど,測定対象はオーディオ機器として優秀ということになる。
ただ,ここで注意しておく必要があるのは,「ヘッドセットのマイクだと,15kHz以上はむしろリファレンス波形よりも弱めのほうがいい」ということ。15kHz以上の高域は,人間の声にまず含まれない。このあたりをマイクが拾ってしまうと,その分だけ単純にノイズが増えてしまい,全体としての「ボイスチャット用音声」に悪影響を与えてしまいかねないからだ。男声に多く含まれる80〜500Hzの帯域を中心に,女声の最大1kHzあたりまでが,その人の声の高さを決める「基本波」と呼ばれる帯域で,これと各自の声のキャラクターを形成する最大4kHzくらいまでの「高次倍音」がリファレンスと近いかどうかが,ヘッドセットのマイク性能をチェックするうえではポイントになる。
位相は周波数よりさらに難しい概念なので,ここでは思い切って説明を省きたいと思う。PAZのグラフ下部にある半円のうち,弧の色が青い部分にオレンジ色の線が入っていれば合格だ。「AntiPhase」と書かれている赤い部分に及んでいると,左右ステレオの音がズレている(=位相差がある)状態で,左右の音がズレてしまって違和感を生じさせることになる。
位相特性の波形の例。こちらもリファレンスだ
ヘッドセットのマイクに入力した声は仲間に届く。それだけに,違和感や不快感を与えない,正常に入力できるマイクかどうかが重要となるわけだ。
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