連載
この旗の下に集え! 「放課後ライトノベル」第22回は『羽月莉音の帝国 5』で革命のお時間です
今,PSPが熱い!
先月はスーパーファミコンの名作タイトルをリニューアルした「タクティクスオウガ 運命の輪」が発売され,最近はゲームをやらなくなったけど,昔の思い出に浸るためにPSPを購入したという人も多いはず。かくいう筆者も「タクティクスオウガ」に毎日夢中です。すべてのルートを見てまわり,仲間にできるキャラを全員集めようとした結果,どんどん膨れ上がるプレイ時間。
気が付けば……タクティクスオウガ……
やってしまった……!
さすがの柿崎も……1か月でプレイ時間140時間は猛省……!
てな具合に,背後から「ざわ……ざわ……」という効果音が聞こえてきそうなぐらい夢中になってしまう始末。「こんなに遊んでいいのは11月だけだ! 12月からは真面目に生きよう!」と思ったのも束の間,歴戦のハンターたちに誘われ,今度は「モンスターハンターポータブル 3rd」に手を出してしまう痛烈なコンボが炸裂。
「今,うちにガンナーいないんで,お前ガンナーやれよ?」と半ば強制的にガンナー生活をスタートさせられたのだが,楽しいですね,ガンナー! 他人との会話が苦手なボクでもゲーム内では円滑なコミュニケーションが行えるし,持っててよかったPSP!
しかし,そんなビッグタイトルを連発するPSPの熱さに反比例して,お財布の中はめっきり冷え込んでいくばかり。だって働いていないんだもの……。このままではコミケにも行けないどころか,下手すると借金返済のために怪しげな船に乗せられたり,鉄骨の上を渡らされたりしてしまう。
あるいはもうちょっと現実的なところでは『闇金ウシジマくん』ルートというのも考えられる。トゴ(十日で利息が五割)とか無理っすよ。勘弁してくださいよ。ていうかウシジマ社長,数年前まで『電車男』とかいってアキバ系男子やってたじゃないっすか。一体何があったんですか?
このように資本主義社会に生きている我々は経済活動を行わなければ,大変なことになってしまう(切実)。
とは言っても経済活動とは何か? 就職してがむしゃらに働けばいいのか? いやいや,お金を稼ぐにはさまざまなやり方があるのだ。そんなわけで今回の「放課後ライトノベル」では異色のビジネスライトノベル『羽月莉音の帝国』を紹介しよう。
『羽月莉音の帝国 5』 著者:至道流星 イラストレーター:二ノ膳 出版社/レーベル:小学館/ガガガ文庫 価格:700円(税込) ISBN:978-4-09-451242-7 →この書籍をAmazon.co.jpで購入する |
●建国するにはまずお金? 株式会社革命部ができるまで
高校に進学した羽月巳継(はづきみつぐ)は,一つ年上の従姉である羽月莉音(はづきりおん)の誘いに乗って,彼女が創部した「革命部」に半ば強制的に入部することになる。
革命部に所属するメンバーは,主人公の巳継と,幼い頃から冒険家の父に連れられて世界中を回ってきた海千山千のリーダー・莉音。巳継の幼馴染みで,学校一の美少女・折原沙織(おりはらさおり)と,無駄に自信過剰でナルシシズム満載の男・春日恒太(かすがこうた)。そして三年生の先輩で,どこか抜けているが実は数学オリンピックの優勝者でもある泉堂柚(せんどうゆず)の5人。
名前からではまったく実態がつかめない革命部だが,創設者の莉音曰く,その活動内容は「私たちの部活の目的は簡単よ。革命を成功させること。最終目標は,私たちの国を創ること!」
そして,建国のための資金集めが革命部の最初の活動となるのだが,PCやサーバー,コピー機といった最初の設備投資の段階で早くも300万円の借金を背負ってしまう。
300万円。高校生にとってはもちろん,大人にとってもかなりの大金である。
だが莉音は校門前の自動販売機の設置や,沙織をモデルにしたコスプレ衣装の販売などのさまざまな事業を立ち上げて借金を返済。さらにまとまった資金ができると,今度はその資金で業績不振に陥っている上場企業の株を買収し,会社乗っ取りを企む。
このように話が進むにつれて,話のスケールも扱う金額もどんどんインフレしていくのが,『羽月莉音の帝国』の魅力だ。300万円の借金からスタートした革命部であったが,金が金を生み,雪だるま式にどんどん増え続ける。「これだけあれば一生遊んで暮らせるんだから,もう働かなくたっていいんじゃないの?」と筆者のような小市民は思ってしまうのだが,革命部の目標は建国。十億や百億などは通過点に過ぎない。そして最新5巻では破綻寸前の日本商業銀行の買収に成功するのだが……。
●ギガス覚醒!? 銀行経営は成功するのか?
経営権の譲渡作業の途中で突然雲隠れした日本商業銀行の前頭取。そんな彼が経営権を譲渡したのは,革命部の中でも最大の問題児,春日恒太だった。
革命部のメンバーはこれまでの活動で,それぞれ活躍を見せている。株式会社革命部の社長を押し付けられ,常に矢面に立ってきた巳継はもちろん,リーダーの莉音は絶えず新たな計画を練り上げているし,柚は数学の才能を活かしエンジニアとして事業に最適なシステムの構築を行ってきた。ひと一倍,恥ずかしがり屋の沙織でさえ,コスプレ衣装のモデルを務め,革命部の初期の発展に大きく貢献している。
しかし,革命部のメンバーの中でも恒太はこれまでとくに目立った活躍はしていない。というか基本的にバカなのである。普段から左目に赤いカラーコンタクトを入れて“真眼ギガス”と称し,「いかん,俺のギガスがうずき出した……」「俺には人を意のままに操るギガスが備わっているのだからな」などと大言壮語しているような重度の中二病なのだ。どこのルルーシュだ,お前は。
そんなバカが史上最年少の銀行頭取として,メディアにガンガン出るような状況になってしまい,巳継たちは頭を抱える羽目に。さらに調査を進めてみると日本商業銀行には大量の不良債権や,ヤクザとのつながりなどが存在することが発覚し,真っ黒な経営状態であることが判明する。
こうした状況をまったく考慮せずメディアに露出しまくる恒太のせいで,手を引くに引けなくなった革命部。さらに恒太のビッグマウスによって預金だけは大量に集まる始末。預金が集まっても,資金の運用方法がなければ銀行は赤字になっていくばかりだ。そこで莉音たちはリスクを覚悟のうえで,いわゆる普通銀行だった日本商業銀行で新たに投資銀行業務に着手し,証券化によるビジネスを展開しようとする。
証券化とだけ聞いてもピンと来ないかもしれないが,数年前リーマンショックにより世界的な不況を巻き起こすきっかけになったサブプライムローン。あのサブプライムローンも証券化商品だったと言えば,そのリスクの大きさは分かるだろう。
そして新たなる事業の舞台となるのは中国。ついに革命部の活動は国内を出て海外へ進出する。ところが革命部の前に立ちふさがったのは中国共産党!?
●世界は未知に溢れている! あなたの知らない経済世界
『羽月莉音の帝国』の舞台となるのは現代のこの世界であり,そこには剣も魔法も超能力もロボットも出てこない。登場人物はさまざまな才能の持ち主だが,彼らはあくまで現実の範囲でやれることだけしかやっていない。それも新しいビジネスの立ち上げだったり,株を用いた企業買収だったりと,一見地味そうに思えることばかり。じゃあ,つまらないかというと,決してそんなことはないのだ。
本作では現実を舞台にしながら,これまでライトノベルの読者はあまり興味がなかったであろう経済の世界を見せてくれ,難しそうに思える経済のルールや常識も,一般の高校生である巳継の視点から,分かりやすく丁寧に説明してくれる。本作を読んでいると,新しく開かれた世界はいつだって驚きと新鮮さに満ち溢れていることに気づかされる。
また,国を創るにはただ資金があればいいというわけではない。簡単に暴力に屈しないためにも,革命部のメンバーはアメリカの民間軍事会社で訓練を受けたり,ヤクザ相手にタンカを切ったりし,建国の際の軍事的衝突に備え,核兵器開発のため原子力事業にまで手を広げる。
建国しようなどとは荒唐無稽すぎて普通は考えない。しかし,そうした馬鹿馬鹿しさを真剣に突き詰め,実現しようとするところにこそ面白さは発生するのだ。何も特別な力を持たない人間が,自分たちが現実にできる範囲で活動し,革命を起こそうとする。『羽月莉音の帝国』とはそんな人間の持つ可能性に,普通のライトノベルとはちょっと変わった視点から踏み込んだ作品なのだ。
■革命家もそうでない人も分かる,至道流星作品
『羽月莉音の帝国』の著者 至道流星は,『雷撃☆SSガール』で第7回講談社BOX新人賞“流水大賞”を受賞し,講談社BOXからデビュー。『雷撃☆SSガール』は世界征服を目指す物語だが,こちらでも鍵になるのは経済力。続編に『神と世界と絶望人間 00-02 雷撃☆SSガール2』『神と世界と絶望人間 03-08 雷撃☆SSガール2』が発売されている。本業が会社の経営者というだけあって経済ネタの扱いは実に見事。
『狼と香辛料』(著者:支倉凍砂,イラスト:文倉十/電撃文庫)
→Amazon.co.jpで購入する
経済・経営を扱ったライトノベルはほかにもある。まずは電撃文庫の大人気シリーズ『狼と香辛料』(著:支倉凍砂)。賢狼ホロと商人ロレンスの旅を描いたこの作品。気を抜くとホロの可愛さばかりに目が行きがちだが,やり手の商人たちが繰り広げる心理戦を忘れてはいけません。
今年一番のベストセラーとなり,2011年3月にNHK総合にてアニメ化もされる『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』(著:岩崎夏海)は高校野球というジャンルを経営学の視点から切り取った斬新な作品。本作の大ヒットを受けて,似たようなタイトルの作品もたくさん出ている。
また今年のネット上で大いに話題を呼んだ「まおゆう」を書籍化した,『まおゆう魔王勇者』(著:橙乃ままれ)が12月29日にエンターブレインから発売予定。魔王と勇者が登場するファンタジー世界に経済学的なアイデアを投入することで,まったく新しい世界を構築した意欲作だ。
このように,世界征服や魔王の支配するファンタジー世界,さらには高校野球まで,経済・経営のアイデアを通して見ると,これまで見てきたものとはまったく違った世界が見えてくるのだ。これらの作品を面白いと思った人は,これを機に経済学を勉強してみるのはどうだろう?
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