連載
約束の地“マグダラ”は遥か遠く。「放課後ライトノベル」第101回は『マグダラで眠れ』で錬金術の極意を究めるべし
どうもー,暑くてやってられない筆者です。最近は「ROBOTICS;NOTES」のやりすぎで寝不足気味なので,こんな日は仕事ほっぽり出してフラウたんの夢でも見ながらダラダラ昼寝したいですねー。などと思っていたら,筆者の携帯からダースベイダーのテーマが流れました。
筆者:なんですか,人がダラダラ寝ようとしてるのに。
担当:お休みのところ恐縮ですが,まだ今週の『放課後ライトノベル』の原稿が届いてませんよ。
筆者:なるほど,おっしゃることは分かります。おなか空きましたね。もぐもぐ食べたい。
担当:(グッとこらえつつ)それより早く原稿を頼みますよ。
筆者:デュフフ,サーセン。ところで今週の課題本ってなんでしたっけ?
担当:(静かに怒りを込めつつ)本連載のアクセスランキングで1位だった『狼と香辛料』の著者の最新作,『マグダラで眠れ』です!
筆者:ああ,モグモグ食べてダラダラ眠れ。
担当:……。
筆者:おや,お分かりにならない。『モグダラで眠れ』ですよ! ハハハ
担当:……。
筆者:暑い夏には涼しいジョークが何より。
担当:屋上に行こうぜ。久々に切れちまったよ……。
『マグダラで眠れ』 著者:支倉凍砂 イラストレーター:鍋島テツヒロ 出版社/レーベル:アスキー・メディアワークス/電撃文庫 価格:599円(税込) ISBN:978-4-04-886728-3 →この書籍をAmazon.co.jpで購入する |
●錬金術師と修道女。俗と聖,混沌と無垢との出会い
錬金術師。それは,まだこの世界に見出されていない,新たな技術や手法を求める者たちの総称。社会のどこにも属すことのできない,まつろわぬ者たる彼らは,人々から畏怖と嫌悪の目で見られている。研究内容によっては,教会から異端として処分されてもおかしくない一方,その成果を有用と考える権力者によって手厚く保護されることもある。己の研究にすべてを懸ける狂信者にして,約束の地「マグダラ」に向けて愚直に歩を進める学究の徒……。物語は,そんな1人の錬金術師の視点から語られる。
聖人の骨を炉にくべようとしたかどで投獄された錬金術師・クースラは,ある組織がその身柄を引き受けたことで牢より解放される。クラジウス騎士団――莫大な富と軍事力を有し,教会にも対抗しうる一大勢力。彼らがクースラを保護したのは,戦の前線にほど近いグルベッティの町で,殺害された錬金術師の後任としてその研究を引き継がせるためだった。
かつて同じ師の下で学んだ錬金術師ウェランドと共に,さっそく前任者の工房を訪れたクースラ。だがそこには,もう1つの人影があった。騎士団の聖歌隊から監視役として派遣された修道女,ウル・フェネシス。敬虔な神の信徒である彼女は,初対面から神に楯突かんとするクースラたち錬金術師への敵愾心を隠そうともしない。かくして2人の錬金術師と1人の修道女による,奇妙な日々が幕を開ける――。
●其は世を混乱せしめる道化師か。それとも敬虔なる学究の徒か
錬金術師というと,恐らく「鉛を金に変えると豪語する怪しい連中」というイメージを思い浮かべる人が多いことだろう(でなければ等価交換の法則のもと,人体錬成とかしちゃう人々か)。『マグダラで眠れ』の錬金術師も,そうした人々からの偏見の目にさらされており,それどころか,常に命の危険にすらさらされている。クースラとウェランドが,互いの食事に毒を盛りあうような屈折した性格の持ち主になったのも無理からぬことと言えるだろう。
しかし,かつて実際に存在した錬金術師は,そのイメージはどうあれ,その研究の過程で,今日の化学へとつながるたくさんの成果を残した。言わば,現在の自然科学の基礎を作ったともいえる人々なのである。『マグダラ〜』でクローズアップされているのはそうした,錬金術師の研究者としての一面だ。
1つの素材で失敗したなら,また次の素材。手を変え品を変え,1つ1つ地道に実験を続けていく。煤にまみれ,炉の熱さに耐えながら,単調な作業を幾度となく繰り返す。世間のまなざしとは裏腹に,その行いは地味で泥臭い。普段の態度が斜に構えているだけに,求道者然としたその姿は鮮烈だ。
世間の白眼視や,命の危険にさらされてなお,彼らを錬金の道へと駆り立てるのは,「真理を見出したい」という,ひどく純粋な想いだ。マグダラとはつまるところ,錬金術師にとっての「夢」を表す言葉。己の夢をロマンティックな言葉で覆い隠し,世間を皮肉げな目で眺めながらも,愚直に真実を追求し続ける偽悪者――本作を読み終えるころにはきっと,胸中にそんな錬金術師のイメージが宿っているはずだ。
●純なる少女を“触媒”に,男たちはマグダラを目指す
本作の縦糸が,錬金術師のなんたるかを描くことだとすると,横糸はクースラとフェネシスの関係性だろう。
目下のところ「目の上のこぶ」であるフェネシスを,クースラとウェランドは言葉巧みに無力化しようとする。酸いも甘いも噛み分けた2人の錬金術師に,純粋で潔白なフェネシスはそれと知らずに翻弄され,彼らの手の内に転がり落ちていく。狼の群れに放り込まれた羊さながらの様子に,見ているこっちがハラハラしてしまう。
だがフェネシスとて,決してただの世間知らずではない。終盤で明かされる彼女の驚くべき秘密と,それにまつわる過去の体験。フェネシスが吐露するささやかな願いは,羊にも意志が,自ら立つ足があるという強い主張でもある。
そして,彼女のどこまでも透明な瞳は,時として鋭く真実を掘り当てる。かつての相棒だった女性への複雑な感情や,錬金術にかけるひたむきさ,そしてその根源をなす,笑ってしまうほど幼い夢……。“利子”の意を持つ言葉を名に与えられた男,クースラが,人を食ったような態度の裏に隠した思いを,フェネシスは少しずつ溶かし出していく。あたかも混じりけだらけの鉱石の中から,純粋な金属を錬成するように。
前作『狼と香辛料』では,主人公とヒロインとのもどかしくも甘い,ひと言で言えば「爆発しろ」と言いたくなる会話が大きな魅力だった。本作でも形は異なるが,両者の関係性をそのまま置き換えたような駆け引きは健在。今はまだ,クースラたちがフェネシスを手玉に取っている感が強いが,万物がそうであるように,それもまた流転していくだろう。クースラのマグダラの行方とともに見守っていきたい。
■ファンタジー世界の職業人が活躍するライトノベル
『マグダラで眠れ』の著者,支倉凍砂は前作『狼と香辛料』でも,“商人”というファンタジーではあまり類を見ない職業を材に採ったことで大きな話題を呼んだ。同作がライトノベルにおけるファンタジーというものに新たなイメージを付け加えたのは間違いないところだが,実のところそうしたライトノベルはほかにもある。例えば本連載の第70回で紹介した『聖剣の刀鍛冶』は,タイトルにもあるように刀鍛冶が物語上重要な位置を占めている。今回のコラムではそんな,ファンタジー世界の職業人にスポットを当てたライトノベルを紹介する。
『魔法の材料ございます ドーク魔法材店三代目仕入れ苦労譚』(著者:葵東,イラスト:蔓木鋼音/GA文庫)
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GA文庫の『魔法の材料ございます ドーク魔法材店三代目仕入れ苦労譚』は伝説の魔道師ドークが開いた魔法材店を切り盛りする,「三代目」ことドークの孫の冒険を描いたシリーズ。巻を追うごとに大きくスケールアップしていく,既刊10巻を数える隠れた人気作品だ。また,こちらは「家電量販店」風味だが,第78回で紹介した『勇者になれなかった俺はしぶしぶ就職を決意しました。』も魔法のアイテムを扱う店が舞台となっている。
続いては大工・建築。伝説の大工衆が作った世界を舞台に描くボーイミーツガール『創世の大工衆』(著:藍上ゆう/このライトノベルがすごい!文庫)や,城の擬人化ともいえる“城姫”の設定が秀逸な『白銀の城姫』(著:志瑞祐/MF文庫J)など。地味な割には意外と人気の題材?
中世ファンタジー風RPGに必須な宿屋を取り上げた作品もある。小河正岳『ようこそフェアリーズ・インへ!』(電撃文庫)は,ヒロインに宿屋の女将の孫を据えたほんわかファンタジーだ。
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