連載
これはかりそめの,間違った世界。「放課後ライトノベル」第117回は『も女会の不適切な日常』で適切な日常を取り戻すべし
出版不況と言われる中で,安定した売り上げをキープし続けるライトノベル。新規に参入する出版社も多く,この連載でも紹介しているように毎年さまざまな新レーベルも誕生している。しかし,光あれば影あり。新たなレーベルが産声を上げる一方で,ひっそりとその生涯を閉じるレーベルも存在する。今日はそうしたレーベルの話をしよう。
むかしむかしあるところに,「富士見ミステリー文庫」というライトノベルレーベルがありました。その名のとおり「ミステリー」を中心とした,今振り返っても斬新なコンセプトのレーベルで……と書きかけたところで,担当編集から「それ 『GOSICK ―ゴシック―』の時にもうやった」と言われてしまったが,違うんです! 富士見ミステリー文庫は『GOSICK ―ゴシック―』以外にも,さまざまな功績を残しているんですよ!
中でも注目したいのが新人賞。虎は死して皮を残すと言われるように,富士見ミステリー文庫の新人賞は,現在も活躍する作家を多数輩出している。というわけで今回の「放課後ライトノベル」で紹介するのは,かつて「富士見ヤングミステリー大賞」の大賞を受賞した海冬レイジによる,『も女会の不適切(アイ・ド・ラ)な日常』だ。タイトルからして日常系を予感させるが,果たしてその実態は……。
『も女会の不適切な日常3』 著者:海冬レイジ イラストレーター:赤坂アカ 出版社/レーベル:エンターブレイン/ファミ通文庫 価格:672円(税込) ISBN:978-4-0863-0701-7 →この書籍をAmazon.co.jpで購入する |
●モテない女子=〈も女〉たちによる不適切な日常
エスニカ誠心学園に存在する謎の部活,「もっと学園生活を豊かにする善男善女の会 部」。「会」なのか「部」なのかすらよく分からず,その活動内容も青春を謳歌するという名目で,放課後に楽しくおしゃべりしたり,演劇したり,ポエムを書いたり,セパタクローをしたり,いろいろなイベントに首を突っ込んだりとよく分からない。そんな実態不明の部活に周囲がつけた通称は〈も女会〉。
も女=喪女=モテない女性。というわけで,も女会にはモテないどころか世間から遠巻きに扱われるレベルの女子が集まっていた。腐り気味で,何かとゲスい性格なのに無駄に活動的な千種(ちぐさ)エスニカ,“ガノタ”でツンデレで暴力的な須唐座有理(すからざゆうり),化学大好きで人体実験もいとわないマッドなサイエンティストの大洞繭(おおぼらまゆ),学校には姿を見せないのに盗聴盗撮を駆使して部内の様子を逐一チェックしているストーカー女子・丸瀬市雛子(まるせいちひなこ)。
そんな,アレな女子の中に潜りこんでしまったのが本作の主人公であり,も女会で唯一の男性ながらも女顔+ロングヘアのため,男子からモテモテな花輪廻(はなわめぐる)。通称リンネだ。
つまり本作は,リンネと個性豊かな彼女たちによる不適切な日常を描いた,今最もホットなジャンルこと“残念系ハーレムラブコメ”である。1巻でも冒頭から水着あり,バレンタインネタありと,つかみはオッケーだ!
……と思っていたら,部室での怪しげな実験で発生した毒ガスによって繭が死亡。さらにその場に居合わせたリンネまで死んでしまう……え,何これ?
なお,作品の性質上,以下では1巻の内容に触れているので,ネタバレは避けたい,先入観なしで読みたいという人はお気をつけください。
●〈アッパーグラス〉〈アイ・ド・ラ〉〈ネオ・オルガノン〉……日常?
主人公なのにあっさりと死んでしまったリンネ。目を覚ました彼がいた場所は〈アッパーグラス〉と呼ばれる異空間。そして,そこで彼を待ち受けていたのは,リンネを「ブタ」呼ばわりして罵る,謎の美少女「アイ・ド・ラ」だった。アイ・ド・ラの説明によれば,死んでアッパーグラスに漂着した人間は,〈新機関(ネオ・オルガノン)〉という力を手に入れ,それによって時間を遡行し,過去を改変できるのだという。
いきなり凄いことになっているが,何はともあれリンネは過去に介入して実験の失敗を回避し,繭と自分の命を救うことに成功する。こうして無事,元の日常に戻れるかと思いきや,今度は偶然ではなく,繭の明確な殺意によってリンネは再び死んでしまう……。
そう,本作は残念系ハーレムラブコメと見せかけながら,それまでの平穏な日常を一瞬で切り裂き,怒涛の展開で読者を圧倒する異色作だったのだ。ほのぼの日常系から中二系SFサスペンスという急激なシフトチェンジだけでも驚きだが,その後も意外な展開が次から次に飛び出し,読者を飽きさせずに一気に読み進ませる。また,序盤の何気ない日常パートにも伏線が張られているなど,さまざまな仕掛けが仕込まれているあたり,富士見ミステリー文庫出身の作者らしさが感じられる。
そして富士見ミステリー文庫と言えば,帯に大きく書かれた「L・O・V・E!」の文字。「ミステリーなのに,なぜ?」と当時の読者は思ったものだが,そうした要素は本作にも色濃く受け継がれている。かつて失った少女を取り戻すため,リンネは目の前の理想的な日常を否定し,〈ネオ・オルガノン〉の力で何度も過去を改変しようとする。そう,これは残酷な運命に立ち向かう,少年の一途な愛の物語でもあるのだ。
●そしてリンネに訪れる日常は……
さて,気になる最終巻の行方だが,冒頭からリンネがも女会のハーレムキングになっている。確かにフラグが何本か立っていた気もするが,ここまで露骨なものではなかったはず。明らかにアッパーグラスからの干渉だ。この不自然なハーレム状態を避けるために,リンネは女装して場の空気を無理やり中和しようとする。
そんな中,も女会の面々は“新入生〈大〉歓迎会”の出し物として「ロミオとジュリエット」に挑戦しようとする。なぜか白一点であるリンネがジュリエット役に選ばれるという不思議な展開になりつつも,も女会は劇の練習に取り組む平穏な日常を送っていた。だが,新入部員・源(みなもと)ひかるの怪しげな動きによって,その日常も壊れ始め……。
何度も過去に戻り,特定の人物を助けようとする展開は「魔法少女まどか☆マギカ」や「Steins;Gate」など,最近ではよく見られるようになった。だが,この作品の面白いところは,時間を遡れるのが主人公だけでなく,敵側も同様という点にある。どうにか敵の目を欺いて過去に戻り,世界をあるべき形に直しても,敵側がまた過去を改変すれば元の木阿弥。こうした無限のやり取りにどのように決着をつけるのか? その答えが今回,明らかになる。
果たしてアッパーグラスに潜む敵の正体は? リンネは失った愛を取り戻せるのか? そして不適切な日常を否定することができるのか?
これまでのさまざまな謎や伏線を回収する最終巻。異色の「否(≠非)日常系」ストーリー,その鮮やかな収束をぜひご覧あれ。
■現在活躍中のヤングミステリー大賞出身の作家たち
海冬レイジは,第4回富士見ヤングミステリー大賞で大賞を受賞した『バクト!』で2005年にデビュー。さて,その今は亡きヤングミステリー大賞だが,冒頭にも書いたように,同賞からは実にさまざまな作家がデビューしている。以前,本連載で紹介した深見真や師走トオルも,同賞出身者である。そんなわけで,今回はヤングミステリー大賞を受賞した,ほかの作家の最近の活躍をご紹介。
『修羅場な俺と乙女禁猟区』(著者:田代裕彦,イラスト:笹森トモエ/ファミ通文庫)
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まず紹介するのは,『平井骸惚此中ニ有リ』で受賞した田代裕彦。彼の最新作『修羅場な俺と乙女禁猟区』は,えげつない父親によって,婚約者5人を同時に紹介された遠々原節が主人公。うん,いきなりハーレムだね。タイトルどおり実に修羅場だ……と思ったら,父の口から出てきた言葉にさらに驚かされる。「この娘たちは、お前のことを殺したいほど憎んでいる」。ああ,修羅場ってそういう意味なんだ……。しかし「この中に一人だけ例外がいる」というわけで,身の破滅を避けるべく,本当に自分を愛している女の子を見つけだすことに。ミステリー風味のハーレムラブコメで,こちらも『も女会』と同じく全3巻で綺麗に完結している。
次に紹介するのは,木ノ歌詠名義で受賞した,瑞智士記。外部から閉ざされた女子校を舞台にした百合小説『あまがみエメンタール』,DTMを題材にした『あかね色シンフォニア』,ドラゴンや魔法が存在する世界を舞台にしたファンタジー『星刻の竜騎士』など,特定の作風にこだわらずに多彩な作品を発表。また,ライトノベル以外でもハヤカワ文庫で『展翅少女人形館』を書いたり,マンガの原作も手がけたりと,幅広く活動している。
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