連載
QUANTIC DREAMの新作と技術デモの関係
フランスのデベロッパであるQUANTIC DREAMは,2006年以降,次のゲームプロジェクトを開始する前に,実際のゲームエンジンを用いたショートムービーを公開してきた。
これは,ゲーム開発に向けた技術開発と,ワークフローの錬成を目的として行われているものだが,一般の反応を見ることも副次的な目的とされている。
「HEAVY RAIN -心の軋むとき-」(2010年)の開発に際しては,リアルタイムの表情表現に関する実験を行い,その成果は「THE CASTING」という技術デモにまとめられて公開された。今見ると,しゃべるマネキンのようなシーンもいくつかあって,怖い感じもするが,PlayStation 3の登場直後の作品であり,まだ,CELLプロセッサのSPU(Synergistic Processor Unit)の活用技術もそれほど進んでいなかったことを考慮すれば,相当よくできている。ちなみに,この頃は1体あたり,顔面も含めて1万〜1万5000ポリゴン前後だった。
2013年秋発売予定の新作,「BEYOND: Two Souls」の開発にあたっては,ジオメトリエンジンを一気に進化させたことで,顔面アニメーション制御もかなり向上した。主要キャラクターに割り当てられるポリゴンは1体当たり,HEVAY RAINの約2倍となる2万〜3万ポリゴンであるという。このBEYOND: Two Souls用エンジンの技術デモとしては「KARA」(2012年)が公開されている。このデモでは,以前のマネキンっぽさが消え,もの悲しげな表情やかすかな笑みを浮かべた表情など,人間らしい演技の実現や,各言語へのリップシンクなどがアピールされた。
「THE CASTING」も「KARA」のいずれも同じPlayStation 3で動いているのだが,どちらが魅力的な演技ができているかは,あえて言うまでもないだろう。「(同一のハードウェアでも)ソフトウェア技術だけでここまで進化できる」ということを,分かりやすい形で見せてくれる好例といえる。
6月に開催されたE3 2013では,QUANTIC DREAMが現在,PlayStation 4向けに開発している新作タイトルに使用されれるゲームエンジンの技術デモとして「THE DARK SORCERER」が公開された。それが,こちらだ。
QUANTIC DREAMがPlayStation 4向けに何かを開発していることは正式発表されていないが,以上のような経緯を考えれば,彼らがPlayStation 4向けに新作タイトルの開発を進めていることは間違いない。
ただここで言っておかなければならないのは,これまでもそうだったように,技術デモの内容と新作の内容に関連性は何もないことだ。プレイヤーとしては,QUANTIC DREAMが得意とするシネマチックアドベンチャーが,このレベルのグラフィックス表現でPlayStation 4に登場すると受け止め,発表を楽しみに待てばいいわけだ。
「THE DARK SORCERER」のグラフィックススペックと
制作の裏側
PlayStation 4実機でのリアルタイム動作が強調された |
公開されたTHE DARK SORCERERも,従来と同じくPlayStation 4の実機(開発機だが)でリアルタイムに動作していることが強調されており,実際にTHE DARK SORCERERのデバッグモードに入り,「DUALSHOCK4」コントローラを使った視点変更などを見せてくれた。
PlayStation 4で動作している「THE DARK SORCERER」のワイヤーフレームモードでのデモンストレーション |
レンダリング解像度は1920×1080ドット(1080p)で,フレームレートは30〜90fpsの可変フレームレート仕様。レンダリング解像度の1080pは,PlayStation 3でもやってできない解像度ではなかったが,GPUパワー的につらいものがあり,一部のゲームタイトル以外では720pが主流だった。しかし,GPUパワーが向上したPlayStation 4では1080pが普通に選択できるようになったという。
背景のポリゴン数はおよそ100万で,テクスチャ容量は約350MB。人物キャラクターの3Dモデルは約6万〜7万ポリゴンで,テクスチャ容量は約150MBだという。なお,顔面モデルと肌のテクスチャは,実際にキャスティングされた俳優達をスキャンして得られたものが用いられている。
魔法使いを演じるのは,俳優のDAVID GANTさん。魔法使いの皮膚テクスチャはデジタルスキャンされた本人のもの |
Quantic Dreamの担当者によれば,3Dモデルの頂点密度(ポリゴン数)は,映画向けCGと同等のレベルだという。
テクスチャ容量の割り当てがやや大きいのは「技術デモ」という事情にもよるが,1080pでレンダリングを行った場合,リアルタイム動作特有の「粗さ」が露呈しないように,テクスチャ解像度を大幅に高解像度化したためだ。
シェーダは一体のキャラクターあたり最大で40個ほどを動作させている。もちろん,レンダリングエンジンは現実世界にある材質の反射特性を再現した,物理ベースレンダリングが行われている。その威力が分かりやすいのは,禍々しい儀式を行っている情景とスタジオが切り替わる場面だろう。こうした状況下でも,各マテリアルを表現するためのシェーダ自体は同じで,変わっているのはライティングだけだ。
つまり,すべてのマテリアルに対して動的なライティングがリアルタイムで行われているということであり,どんなライティングであっても,現実世界のそれと同等の反射特性を再現しているということだ。「物理ベースレンダリング」や「物理ベースシェーディング」は,次世代ゲームグラフィックス(つまり,Xbox One,PlayStation 4,そしてDirectX 11世代のグラフィックス)では,標準になるとされるアプローチであり,スクウェアエニックスの新世代ゲームエンジン「Luminous Studio」やKONAMIの「FOX ENGINE」,そしてトライエースの「ASKAエンジン」など,次々に採用が進んでいる。映画向けのオフラインCGではかなり前から採用されていた技術がまた一つ,リアルタイムCGの世界にやってきたという感じだろうか。
間接照明にも対応。左の球体のオレンジの光は,視点側にある地獄の門からの光。これが金属質の球体の表面に反射して,机の上の周囲のものをオレンジ色に照らしている |
顔に付着した水や汗は,動的な法線マップによる環境バンプマッピングによって実現されている。シェーディングの際にはもちろんフレネル反射が配慮される |
顔面や表情の表現も,次世代ゲームグラフィックスで一気にジャンプアップが期待されている部分だ。
肌のシェーディングには,表面下散乱に配慮したシェーダを使用し,また,耳や鼻などそれほど厚みのない部位に対しては背後に光源があった場合の透過光にも配慮する,バックスキャッタリングも使われる。
意外に思えるかもしれないが,ゴブリンの緑色の肌にも同じ表面下散乱が適用されている |
眼球は,角膜部分が盛り上がりつつ,奥まった部分に瞳があるような屈折効果も再現されている。眼の表面が濡れている感じを出すため,周囲のシーンの鏡像が適用されている。また,眉や髭などの毛髪類は,ポリゴンにテクスチャを貼り付けた「毛ヒレ」ではなく,実際の線分として描画される。
以上のような,猛烈なこだわりが感じられる顔面の表現は,スクウェア・エニックスの「AGNI'S PHILOSOPHY」を連想させるものがあり,実際,画面座標系のポストプロセスによる表面下散乱,バックスキャッタリング,毛髪類の生成アプローチなどには,共通する部分が多い。裏を返せば,このレベルの顔面表現も次世代ゲームグラフィックスの基準となっていくということなのかもしれない。
眼球には,ちゃんとこのシーンの鏡像が適用されている |
眼球をアップして,このシーンの鏡像が適用されている様子と,瞳や角膜が立体的に再現されていることが説明された |
ピンぼけ表現に代表される被写界深度シミュレーションは,実在のレンズで起きうる光学現象をシミュレートしているとのことで,例えば撮影した映像の外周のトーンが落ちる「周辺減光」(ヴィネット)効果や,映像外周に行けば行くほど映像が歪む「歪曲収差」(レンズディストーション)の効果を実際に見せてくれた。THE DARK SORCERERがいかにもCGといった映像になっていないのは,これらの効果が意外に大きいのそうだ。
かなり自然に見える衣服やアクセサリーの動きは,リアルタイム物理シミュレーションによるもの |
挙動やアニメーションについては,まず,キャラクターが身に付けている衣服やアクセサリー,毛髪の動きはすべて,物理シミュレーションによって動かされているとのこと。DAVID GANT氏が演じる魔法使いの衣服は,襟もとに羽根飾りがあり,下半身は裾の長いローブに覆われているが,これらはClothシミュレーションによってリアルタイムに動いているのだ。
人間キャラクターのボーン数は一体あたり約380で,顔面に180,身体に150,そのほかの特異部分に50が割り当てられているという。この数は,HEAVY RAIN -心の軋むとき-の3倍,ジオメトリエンジンが飛躍的にパワーアップしたBEYOND:Two Soulsエンジンと比較しても,2倍に相当する。
こうしたCG映画のクオリティに匹敵するボーンを動かすのが,実際の演技からキャプチャされたモーションデータになるわけだが,THE DARK SORCERERでは,BEYOND: Two Soulsのシステムをそのまま使用して制作されている。
Quantic Dreamでは,HEAVY RAIN -心の軋むとき-の制作にあたって,身体の演技,顔面の表情,そして音声などを同時に取得する「パフォーマンスキャプチャ」を実用化している。同社では,演技者一人あたり約60個のマーカーを身体に,約80個のマーカーを顔に付けて演技を行い,これを64基のカメラで捉えるというモーションキャプチャスタジオを作っており,THE DARK SORCERERにおいてもこのスタジオが用いられたわけだ。
パフォーマンスキャプチャは,取得される膨大なデータをどうやってランタイムに持っていくかの難度が高いとされてきたが,関連ツールや技術の進歩もあり,最近ではカプコンの「バイオハザード5」(2009年)など,日本のゲーム開発でも採用事例が増えている。
筆者に説明してくれたQuantic Dreamの担当者は「我々のスタジオでは,そのシーンに登場するすべての演技者が同時にステージに立ち,普通の舞台と同じ感覚で芝居をしてもらえることが特徴だ。衣装が全身タイツなのと,顔がマーカーだらけということを除けばね」と述べた。
おわりに
非常に完成度の高いTHE DARK SORCERERだが,Quantic Dreamの担当者は「我々が開発しているPlayStation 4向けエンジンの途中経過にすぎず,むしろデキの悪いほうだと思ってもらいたい」と言う。
実際,THE DARK SORCERERの制作にあたっては,PlayStation 3版BEYOND: Two Soulsのためのコンテンツパイプラインをそのまま流用し,3Dモデル,テクスチャなどは,PlayStation 3のものをベースにジオメトリ量や解像度を引き上げて作られたという。今後,エンジンとコンテンツパイプラインをPlayStation 4向けに最適化することで,さらに良くなることを彼らは確信しているのだ。
「THE CASTINGからKARAで見られたジャンプアップが,ここ(THE DARK SORCERER)から起きることは間違いない。我々のPlayStation 4向け新作に期待して欲しい」とQuantic Dreamの関係者は語った。
- 関連タイトル:
The Dark Sorcerer
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