プレイレポート
昭和のアドベンチャーゲームへのオマージュに満ちた「伊勢志摩ミステリー案内 偽りの黒真珠」。コマンド式ADVの火はまだ消えていない
「伊勢志摩ミステリー案内 偽りの黒真珠」公式サイト
夢のような80's──
2019年に降臨する異色のレトロADVゲーム
グラフィックスにドット絵を使ったり,あえて使用音源をレトロ風にしたりするゲームは昨今でも珍しくない。しかし,それらのほとんどはレトロな雰囲気を身に纏いながらも,実際には細かい部分が現代風に遊びやすく改良されている。使われている素材は古くとも,ちゃんと現代のプレイヤーに寄り添った「現代のゲーム」なのだ。
その点,「偽りの黒真珠」は「ファミコン時代のアドベンチャーゲームを再現」というコンセプトが徹頭徹尾,貫かれている。なので,ハッキリ言って当時のゲームから(ほぼ)進化していない。1980年代から何も足さず,何も引かない。「あの時点でコマンド式アドベンチャーゲームは完成していたんだ」と言わんばかりの,近年ではまず見られないシンプルな作りが特徴だ。
シナリオも奇をてらわず,実に手堅い。プレイヤーは殺人事件を担当する刑事となって,わずかな手がかりを元に地道な聞き込みを繰り返し,被害者の足取りや関係者を追っていく。
上野公園で発見された1つの死体を発端に,事件の舞台は伊勢志摩へと移り,“蒼月”と呼ばれる黒真珠を巡って,複雑な人物相関図がその姿を現す。衝撃的な超展開は一切なく,ひたすら地味で堅実な展開が続く。土曜の午後に放映される刑事ものの2時間ドラマを地で行くようなシナリオだ。
昔のアドベンチャーゲームの記憶を辿ると,新しい場所に行けるようになるだけで嬉しかったことを思い出す。確実に捜査が進んだことを示すようなものだったからだ。
アドベンチャーゲームの醍醐味は,ゲーム内の世界にさまざまな思いを巡らせる瞬間にある。色数の乏しいドット絵から実際の景色を思い浮かべ,被害者の遺留品から関係者を想像する。「アイツが怪しいのでは……」と思ったら,その周辺を徹底的に調査し,あえて全然関係なさそうな場所にも行ってみる。その結果,新たな証言を得たり,移動できる場所が増えたりして,「よしよし……」と静かに頷く。この小さな達成感は,「偽りの黒真珠」でも健在だ。
「偽りの黒真珠」にまったく不満がないわけではない。なんとセーブデータが1つしかないのだ。Nintendo Switchはアカウント別にセーブデータが保存されるし,行き詰まってクリア不可能になるということも(おそらく)ないので,1つでも問題なさそうに思えるだろう。だが,それでは温泉シーン直前のセーブデータを取っておけないんだよ!(血涙)
上の写真では女の子が「あと2ふん」と言っているが,「何のこと?」と首をかしげる人もいるだろう。当時を知る人には「皆まで言うな」とたしなめられそうだが,とあるアドベンチャーゲームに「特定の場面で2分間待つとバスタオルが……」という裏技が存在したのだ。そして,「偽りの黒真珠」にもあります。
というわけで,温泉シーン直前のセーブデータを残しておきたいのにっ……となったのだが,本作のコンセプトは「ファミコン時代のアドベンチャーゲームを再現」。あの当時はセーブどころか,パスワード方式が主流だったので,欲張り過ぎなのかもしれない。
メッセージの一括表示ができない点にも引っかかった。同じ話,同じ反応しか見られなくなるまで,何度も話しかけるのがアドベンチャーゲームの鉄則なので,ゲームを進めるにつれて,徐々にストレスになりやすい部分だ。
とはいえ,メッセージの表示音の変化によって登場人物の雰囲気を表現したり,メッセージの表示音自体がアドベンチャーゲームの味だったりもする。例えば「同じ話の2回目以降は一括表示可」にしてくれると,ありがたかったなあ……。
ほとばしる“2時間ドラマ”感
コマンド式ADVが秘めた可能性
「偽りの黒真珠」をクリアして,最初に訪れた感情は「うおおおお! 面白かった! 名作!」という興奮ではない。喪失感というか寂寥感というか,喩えるなら休日の夕方のような「楽しかった時間の終了」を告げられた気持ちになった。刑事ものの2時間ドラマのエンディング,スタッフロールが流れていくときの何とも言えない余韻。本作には,それがある。
コンセプトがコンセプトであるだけに,目や耳に直接訴えかけてくる要素はチープだし,若いゲーマーは「しょぼい」という印象を受けるかもしれない。しかし,ファミコン世代にとっては映像も音楽も懐かしく,心地良さすら感じた。
「ファミコン時代のアドベンチャーゲームを再現」というコンセプトは間違いなく成功している。前述のとおり,セーブデータの保存数やメッセージの一括表示といった「ゲームプレイにおける快適性」には注文があるものの,往年のコマンド式アドベンチャーゲームと比較しても満足度はまったく遜色ない。これが1000円(税込)で買えるとは……スゴい時代になったものだ。
「偽りの黒真珠」はファミコン時代のアドベンチャーゲームが,いかに完成されていたものだったのか。そして,キャラクターとシナリオ次第で,このジャンルにはもっと可能性があることを示している。
コマンド式アドベンチャーゲームは時代の波に飲まれ,いつしか数が少なくなってしまったジャンルだ。しかし,「偽りの黒真珠」は過去に置いてきてしまったものを思い出させてくれる。時代の流れには進化が伴い,取捨選択の末,必ず何かが置き去りにされていく。大抵,それは「しょうがない」と感じるものだが,コマンド式アドベンチャーゲームは「なぜ希少な存在になったのだろう?」と不思議に思った。「まだ全然イケるのに」とも。
先ほど「時代の波」と書いたが,波は「寄せては返す」ものだ。コマンド式アドベンチャーゲームは波に飲まれて消えたのではなく,今まさに,沖へ返った波が再び寄せてきたところなのかもしれない。真珠の養殖には波が穏やかな海であることが条件だというが,「偽りの黒真珠」が健やかに育つために,寄せてきたこの波が穏やかであることを祈ろう……。
――と,2時間ドラマの最後に事件を振り返る刑事っぽく締めたい。
「伊勢志摩ミステリー案内 偽りの黒真珠」公式サイト
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