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[GDC 2025]言語学から学ぶゲームキャラクターの命名術――Gerben Grave氏が語る「ネームクラフト」の秘訣
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印刷2025/03/18 20:11

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[GDC 2025]言語学から学ぶゲームキャラクターの命名術――Gerben Grave氏が語る「ネームクラフト」の秘訣

 フリーランスのナラティブデザイナー兼ゲームライターであるGerben Grave氏による講演「By Any Other Name: A Linguist's Approach to Namecraft」が,アメリカのサンフランシスコで開催中の「GDC 2025」で行われた。

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 オランダ出身のGrave氏は「Multiverse Narratives」という名義で活動しており,2014年から本格的にこの業界で活動している。代表作としては「We Were Here Forever」「We Were Here Together」などの協力型脱出ゲームが挙げられ,「We Were Here」シリーズのDLCにも携わってきた。また,オランダとカリフォルニアを拠点とする16社のゲーム会社が集まった共同体「Game Bakery」の共同創設者でもある。

 Grave氏は大学でオランダ語と文化の学士号を取得した後,言語学と応用言語学に焦点を当てた修士課程を修了している。彼のゲーム業界での最初の仕事は「Magic Crimes」というモバイルゲームだったという。

Gerben Grave氏
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 この仕事で彼は実践的に言語学の知識を応用する機会を得た。興味深いエピソードとして,ゲームに登場するキャラクター「Terry Wainwright」の名前が発売直前にCEOに却下され,わずか一晩で10個以上の代替案を考え出さなければならなかった経験を語った。彼はこの時,文字数の制限,発音のしやすさ,国際的な受け入れやすさなどを考慮して提案を行ったという。

 さらに,Grave氏は空き時間に「Helipus」というゲームの開発にも携わっている。これは架空の言語を学び,動的な世界と対話するゲームだ。彼のバックグラウンドと実務経験は,ゲーム内のキャラクターや場所の命名に関する独自の視点を形成している。


良い名前の条件


 Grave氏は講演の中で,自身が名前を考案する際に従う「格言(maxis)」とも呼べる原則について語った。彼によれば,良い名前には以下のような特徴があるという。

  • 独自性がある(distinctive):ほかの名前と区別できる特徴を持つ
  • 記憶に残る(memorable):プレイヤーが少なくとも1~2分は覚えていられる名前
  • 機能性がある(functional):キャラクターやその背景を適切に表現する
  • 馴染みやすいが平凡ではない:完全に見慣れないものではなく,かといって単調すぎない
  • 複雑すぎない:無理に複雑にすることを避ける

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 「名前は特徴的であるべきだが,不自然または過度に複雑であってはならない」とGrave氏は強調した。彼は講演中に,過度に複雑すぎる架空の名前の例として「Kshrylzynkha」「Qw'aazolioptyx」などを挙げた。これらは確かに独特ではあるが,ほとんどのプレイヤーは発音できず,記憶することも難しい。

 同様に,「Christopherwilliamhenryharrisonjones」のように長すぎる名前も避けるべきだという。こうした名前はプレイヤーの記憶に残りにくく,ゲーム体験を損なう可能性がある。

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 Grave氏は「プレイヤーを常に意識すること」の重要性を強調し,「名前を複雑にすることが目的化してはいけない」と注意を促した。良い名前とは,結局のところプレイヤーにとって親しみやすく,同時に世界観に溶け込んだものであるべきだという。


技術的制約を考慮する


 ゲーム内の名前を考える際には,技術的な制約も考慮すべきだとGrave氏は指摘する。彼は自身の実務経験から得た具体的な課題を共有した。

 モバイルやVRゲームでは表示スペースが限られるため,名前の長さに注意が必要だ。Grave氏は具体例として次のような計算を示した。

「例えば『Christopher』という名前は確かに素晴らしい名前ですが,1文あたりの制限が80文字だとしたら,この名前だけで14%を使ってしまうことになります」

 この場合,残りのメッセージを伝えるスペースが大幅に減少してしまう。特にモバイルゲームやUIスペースが限られたプラットフォームでは,このような配慮が重要になる。Grave氏は「一般的に,短い名前のほうが扱いやすい」と強調した。

 特殊なフォントを使用する場合の問題についても言及があった。例えば,名前に装飾的な要素(アクセント記号やウムラウトなど)を加えたい場合,そのゲームで使用されるフォントがそれらの文字をサポートしているかを確認する必要がある。

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 「ゲームのプロデューサーが途中でフォントを変更すると決めた場合,あなたの美しく設計した名前が正しく表示されなくなる可能性があります」とGrave氏は警告した。

 さらに,ゲーム内に通常のフォントで表示されるテキストと手書きのメモなど,異なるスタイルが混在する場合,すべての表示環境で名前が適切に表現されるかを確認する必要がある。

 国際的なプレイヤーを想定する場合,異なる言語や文化圏での発音可能性も考慮すべきだという。例えば,日本語話者にとって「L」と「R」の区別は難しいことがある。また,ある言語では無害な名前が,別の言語では不適切な意味を持つ場合もある。

 講演後の質疑応答で,ある参加者から「名前がほかの言語で不適切な意味を持つことを避ける方法はありますか?」という質問があった。Grave氏は「念入りなリサーチにつきる」と回答し,最近ではChatGPTといったAIツールを使って複数の言語での意味を確認することも有効だと述べた。


音声学から学ぶ名前の設計


 Grave氏は言語学,とくに音声学の知識を活用した名前の設計方法について詳しく説明した。彼のアプローチは単なる創造的な命名を超え,言語の構造に根ざした科学的な側面も持っている。

・音節の構造

 まず彼は音節の基本構造について説明した。

  • 音節は「頭子音(onset)」「核(nucleus)」「尾子音(coda)」で構成される
  • これらは言語学では「音節構成素(syllable constituents)」と呼ばれる
  • 例:「cat」の場合,Cが頭子音,Aが核,Tが尾子音
  • 「go」のような単語では,Gが頭子音,Oが核で,尾子音はない
  • すべての音節には核(通常は母音)が必要だが,頭子音や尾子音は省略可能

 Grave氏は,言語によって頭子音や尾子音に許容される音の組み合わせが大きく異なることを強調した。例えば,英語では「strength」のように複数の子音を連続させることができるが,日本語ではそれが難しい。

 「日本語では『Arigatou』『Konnichiwa』のように,音節は核と短い頭子音で構成され,尾子音はほとんど使われません」と彼は説明した。

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・音の響きと印象

 Grave氏は「音の相対的な響き(sonority)」の概念についても触れた。これは音の「開放度」を示すもので,母音は高い響きを持ち,閉鎖音(p, b, t, d, k, gなど)は低い響きを持つ。

 「われわれは通常,音節の中心に最も響きの大きい音(母音)を置き,その両側に響きの小さい音を配置する傾向があります」と彼は説明した。例えば「Frank」という名前では,Aが最も響きが大きく,Fとnkが両側に配置されている。

 この原則は多くの言語で共通しているが,例外もある。例えば「psychology」では,pとsの組み合わせが頭子音として使われているが,これは発音しにくいため「サイコロジー」と発音される。


実践例:種族特性を反映した命名


 Grave氏は自身の実務経験から興味深い例を共有した。彼が以前取り組んだゲーム「Fortune Justice」では,2つの異なる種族のキャラクター名を設計する必要があった。

  • 一方は鳥をモチーフにした素早く攻撃的な種族
  • もう一方は牛をモチーフにした大きく穏やかな種族

 彼はこれらの種族の特性を名前の音に反映させることを試みたという。

 「鳥は鋭く素早い音声反応を持ち,牛はより長く低い音を出します。そこで鳥の種族には『Tes』『Pharow』『Quillamin』のような鋭く短い母音を使い,牛の種族には『Ruum』『Borra』『Uuma』のような長く丸みのある母音を使いました」

 このアプローチにより,プレイヤーは名前を見るだけで,そのキャラクターがどの種族に属しているかを直感的に理解できるようになったそうだ。Grave氏は「名前の音だけでキャラクターの性質を感じさせることができれば,世界観の構築に大きく貢献します」と述べた。


キキとブーバの効果


 Grave氏は,人間が音と形の間に無意識に結びつけるパターンについても言及した。これは心理学で「キキとブーバの効果」と呼ばれる現象だ。彼は講演中,尖った形状と丸みを帯びた形状の2つの図形を示し,どちらが「kiki」でどちらが「bouba」かを聴衆に質問した。

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 大多数の人々は直感的に,尖った形を「kiki」,丸みを帯びた形を「bouba」と関連付ける傾向がある。Grave氏はこれをキャラクター命名に応用できると説明した。

 「『Wolfrand』や『Thorsten』という名前からは,『Steve』や『Pete』とはまったく異なるイメージが浮かびます。これを意識的に活用することで,名前だけでキャラクターの印象を操作できるのです」


言語学的変形を活用する


 Grave氏は既存の単語を体系的に変形させて新しい名前を作り出す方法として,言語学から着想を得た以下の手法を詳しく解説した。これらの技術は言語の自然な発達過程を模倣しており,架空の言語や文化を設計する際に特に有効だという。

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1. 挿入(Insertion)
 文字や音を追加することで新しい名前を作る手法だ。Grave氏はこれを「最も簡単な方法」と表現した。

・子音を追加する例:
  • Main → Maind, Mainw, Maingn
  • Truth → Truthr, Truthn
  • Red → Redm, Redk

・母音を追加する例:
  • Plan → Pillan, Palan, Plaina
  • Pink → Pinak, Penk, Pinnk
  • Ring → Riang, Runga

 「既存の単語に一文字加えるだけで,まったく新しい印象の名前になります」とGrave氏は説明した。挿入は架空の古代言語を設計するときに有効で,本来は存在しなかった音が時間の経過とともに追加されたような印象を与えるという。

2. 削除(Deletion)

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 フランス語の歴史を例に,Grave氏は削除の概念を説明した。講演中,彼はフランス語を話す聴講者に「forêt(森)」「hôpital(病院)」などの単語に見られる「アクサン・シルコンフレックス(^)」の意味を尋ねた。これらの単語は歴史的に「forest」「hospital」のように綴られていたが,時間の経過とともにSの音が消失し,その痕跡として「^」が残ったことを説明した。

 「言語の発達では,発音しづらい文字や音はしばしば削除される傾向があります。ゲーム内の異なる文化や種族の名前を設計する際,その種族がどのような音を発音しやすく,どのような音を避ける傾向があるかを考えると良い」とGrave氏は語る。

 Grave氏は彼が設計した架空の古代種族「April Deans」の例を挙げた。この種族には唇がなく,歯と舌だけで発音するという設定だったため,唇を使って発音する音(b, p, m, fなど)を含む文字をすべて削除または置換した名前を設計したという。

3. シフト(Shift)

 特定の音が別の音に変化する現象で,実際の言語の歴史でも頻繁に観察される。Grave氏は以下のような実例を紹介した。

  • ゲルマン語派の歴史的変化(P→F):
  • - 古代インド・ヨーロッパ語の「pater」→英語の「father」
    - 同様に「pod」→「foot」,「piscis」→「fish」

  • オランダ語特有の変化(O→OU):
  • - Boom(木)→英語の「boom」と異なる発音
    - Rood(赤)→英語の「red」と異なる発音

 「これらの音韻変化は言語ファミリー内での自然な発達を反映しています。架空の言語集団を作る際,共通の音韻変化を設定することで,関連する複数の方言や言語を一貫性を持って設計できます」

 この手法を応用すれば,例えば「Mickey」を「Nickei」に,「Moff」を「Noff」に変えるなど,関連する言語や方言の名前を体系的に作成可能だ。

4. 音位転換(Metathesis)

 文字や音の順序を入れ替える現象だ。Grave氏は英語の歴史からの例を挙げた。

  • Horse(英語)←Hros(古英語)
  • Bird←Brid(古英語)
  • Ask←Aks(古英語,方言によっては現在も使用)

 「音位転換は,特に発音が難しい音の組み合わせを簡略化するために自然発生することがあります」と彼は説明した。この現象は特に子供の言語習得過程でも観察され,「spaghetti」を「psaghetti」と発音するような例もある。

 名前の設計においては,「Truth→Thruth」「Young→Yonug」「Stealth→Stealht」のように適用できる。

5. 自由変形(Free Transform)

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 Grave氏が「最も創造的な手法」と呼ぶ手法で,音を伸ばしたり縮めたりして変形させる方法だ。厳密な言語学的理論よりも,実務での経験から導き出された手法だという。

  • 例:
  • - Amonk→Aabim
    - Clap→Klarep
    - Rave→Revo

 「時に挿入や削除,シフトなどを適用しても,まだ少し変化が足りないと感じることがあります。そんなとき,音の長さや強さを調整することで,名前に新鮮さと独自性を加えられます」

 彼はこの手法を異星人や,人間とは大きく異なる発声器官を持つ種族の名前設計に有効だと述べた。


接辞を活用したパターン形成


 Grave氏は講演の後半で,文化的な一貫性を持たせる重要な方法として接辞(affix)の活用について詳しく解説した。彼は接辞を「ワールドビルディングにおいて最も強力なツールの一つ」と表現した。

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・接辞の種類と役割

 接辞には主に以下の種類がある。

  • 接頭辞(prefix):単語の前に付加される(例:pre-war, anti-hero)
  • 接尾辞(suffix):単語の後に付加される(例:king-dom, teach-er)
  • 接中辞(infix):単語の内部に挿入される(一部の言語で使用)
  • 接囲辞(circumfix):単語の前後に付加される(ドイツ語の過去分詞など)

 「接辞は単なる装飾ではなく,多くの場合具体的な意味を持っています」とGrave氏は強調した。

  • 親子関係を示す接辞:「-son」(Johnson = John's son),「Mac-/Mc-」(スコットランド語で「~の息子」),「-ovich/-evich」(ロシア語で「~の息子」)
  • 出身地を示す接辞:「-er」(New Yorker),「-ian」(Canadian)
  • 特質や願望を示す接辞:「-brave」,「-wise」,「-good」などの古英語の名前の要素

・ゲーム内文化への応用

 Grave氏は架空の例としてある文化圏の命名パターンを紹介した。

 「例えば,ある架空の世界で『mor』が『英雄』を意味するとします。男性名に『mor』を接頭辞として使うと『Morhu』(英雄フー)となり,時間の経過とともに『Morhu』へと変化するかもしれません」

 女性名には別の接辞パターンを適用することで,性別による区別も表現できる。

 「女性名には『hare』(光)と『synt』(祝福された)という要素を使い,『Haresynt』(祝福された光)のような名前を作ることができます」

 彼はさらに,名前の中に共通のパターンを見つけることの重要性を強調した。例えば,既存の名前群から「-din」という接尾辞が特定の意味や役割を持つことが推測できれば,それをほかの名前にも適用できる。これにより,プレイヤーが名前のパターンを認識しやすくなり,世界の文化構造への理解が深まるという。

・地名への応用

 この方法は地名にも特に有効だとGrave氏は述べた。実際の地名でも,特定の接辞は頻繁に見られる:

  • 「-burg/-berg」:城,町(Hamburg, Nuremberg)
  • 「-ton/-ham」:集落,農場(Washington, Birmingham)
  • 「-ville」:町(Nashville, Louisville)
  • 「-ia/-land」:地域,国(Australia, Thailand)

 架空の世界では,これらのパターンを活用または変形して独自の命名体系を作れる。

・文化的考慮事項

 名前の設計においては,文化的な文脈も重要な要素だ。Grave氏は以下のポイントを考慮するよう勧めている。

  • 異なる社会集団に属するキャラクターには,それぞれの集団の特性を反映した名前を付ける
  • 文化の価値観(家族,富,愛など)を名前に反映させる
  • 名前の長さも社会的地位を示唆することがある(長い名前は上流階級,短い名前は一般庶民など)
  • 読字障害(ディスレクシア)を持つプレイヤーへの配慮も重要

 Grave氏は講演の最後に,名前設計においては以下の点を心がけるよう強調した。

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1. 適切なツールを使用する
2. プロジェクトの技術的制約の範囲内で作業する
3. 利用可能な言語学的変形技術を活用する
4. 常にプレイヤー体験を意識する


 ゲームキャラクターの名前設計は,単なる創造的な作業ではなく,言語学や音声学,文化人類学の知識を応用した技術的なプロセスでもある。Grave氏の講演は,ゲーム開発者がより記憶に残り,世界観に溶け込んだキャラクター名を設計するための実践的なアプローチを提供していた。

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