インタビュー
Steam版「モンスターハンターライズ」POSAカード発売は次につながる大きな一歩に。発売を実現した2社のキーマンにその経緯を聞いた
POSAカード最大の特徴は,“レジで支払いを済ませない限りコードが効果を発揮しない”セキュリティ認証の仕組みにある。一般的な金券では厳重な管理が必要だが,POSAカードはこの仕組みにより,盗難のリスクを恐れず扱えるわけだ。購入する側にも,陳列されている商品をレジに持っていくだけなので,手軽に購入できるメリットがある。
今回発売されたSteam版「モンスターハンターライズ」のPOSAカードだが,これまでコンシューマ機向け作品のPOSAカードは発売されていたものの,Steam向け作品の販売は初めてのこととなる。発売に至った経緯と,POSAカードの仕組みについて,POSAカードを手掛けるインコム・ジャパンのバイスプレジデント・鬼頭潤一氏,Steamと連係するシステムを手掛けるDEGICA,およびコンテンツPOSAカードの販売を担うグループ会社であるKOMODOの代表取締役・モモセ・ジャック・レオン氏およびセールスディレクター・小池武史氏に話を聞いた。
お客さまと店舗のWin-Winな関係に貢献。POSAカードは縁の下の力持ち
4Gamer:
今回はSteam版「モンスターハンターライズ」(以下,モンハンライズ)のPOSAカード発売を記念してお集まりいただきました。まずはPOSAカードの仕組みと,今回の販売が実現した経緯についてのお話から聞かせていただきたいと思います。はじめに自己紹介をお願いします。
鬼頭潤一氏(以下,鬼頭氏):
インコム・ジャパンの鬼頭です。弊社はPOSAカードの仕組みを開発し,世界各国でサービスを展開しています。
モモセ・ジャック・レオン氏(以下,ジャック氏):
DEGICA,KOMODO代表取締役のジャックです。KOMODOはSteamクライアントの日本語化や日本円での決済をお手伝いしたDEGICAが,2021年6月に立ち上げた会社です。ゲームソフトのパブリッシングやeコマースを行っています。
4Gamer:
モンハンライズのダウンロードカードにはインコム・ジャパンが開発した「POSAカード」の仕組みが使われており,カード自体はKOMODOが販売するという座組みですが,POSAカードの概要をあらためて聞かせてください。
鬼頭氏:
POSAカードはコンビニなどで販売されているプリペイドカードになります。AppleやGoogleのプリペイドカードや,今回発売したSteam版モンハンライズのようなゲームのダウンロードコードなど,多くの事業者さまにご利用いただいております。
4Gamer:
POSAというのは何の略称なのでしょうか。
鬼頭氏:
バーコードを読み取る「POSレジ」(Point of Sales。商品の売り上げをオンラインで集計する)で,Activation(有効化)するものなのでPOSAカードという名前が付きました。プリペイドカードではありますが,POSレジを通して正規に買わないとコードが認証されませんので,一般的な金券と違い,盗難にあっても金銭的な被害が出ないのが重要なポイントとなっています。
4Gamer:
インコム・ジャパンがPOSAカードを開発したきっかけは何だったのでしょうか。
鬼頭氏:
弊社はもともとテレホンカードを取り扱っていたんですが,盗難などの不正にはずいぶん悩まされました。アメリカなどでは店舗の従業員がテレホンカードを盗んでしまう内部の不正が多発していたんです。
そこで弊社の創業者が正規に購入が行われレジを通った後に効果があらわれる,POSAカードの仕組みを開発しました。その後POSAカードは広まって,ネットで使う各種デジタルマネーやゲームソフトの販売などにも利用されるようになったわけです。日本に入ってきたのが13年ほど前のことですね。
4Gamer:
現在はPOSAカードがある生活が当たり前になっています。
鬼頭氏:
コンビニなどでプリペイドカードがズラリと並んでいる棚がありますが,あそこに陳列されているもののほとんどがPOSAカードです。図書券やQUOカードなどはそのまま使えてしまうので,POSAカードのように無防備な売り方はできません。店舗側としては,盗まれても被害が出ないことから目立つ場所に配置できる。お客様にとっては,デジタルマネーやダウンロードの利用権といった形のないサービスではあるものの,カードという実体があるので購入しやすい……といったメリットがあるんです。
4Gamer:
POSレジを通すまでコードが有効化されないということですが,どのような仕組みで有効化されているのでしょうか。
鬼頭氏:
最初にアメリカのサーバーへ情報が飛び,認証が行われます。「記号や番号は正しいか」「金額は合っているか」などさまざまな項目がチェックされ,そこで問題がなければコードが有効化されます。
4Gamer:
POSAカードの登場以降は,店舗における盗難はなくなったのでしょうか。
鬼頭氏:
そうですね。盗んでも利用できないのでかなり減りました。認証に関する仕組みの穴を突かれることもまったくありません。
最初の頃は盗難にあったのも事実です。場所によっては棚ごとPOSAカードが盗まれたこともありました。盗まれたPOSAカードは金券ショップなどに売られていたようですが,有効化されていないのでコードを入力してもエラーが出ます。こうしたことが繰り返されて,仕組みも理解され,POSAカードが盗難にあうことは減っていきました。
4Gamer:
素人から見ると不思議な仕組みだと感じられます。POSレジがオンラインでつながっているのは知識として知っていましたが,これが認証にも使われているとは思いませんでした。
鬼頭氏:
プリペイドカードに書かれている番号は「PINコード」と言うんですが,AppleさんやGoogleさん,カプコンさんといった事業者さんが発行した1つのPINコードに対し,物流で管理される際の番号,レジで登録する際の番号など,いろいろな番号が紐付いております。
4Gamer:
事業者側はPINコードを発行するだけでいいんですか。
鬼頭氏:
そうですね。事業者さんは,我々にPINコードを渡していただくだけですので,POSAカードを導入したことで事務的な手間が増えたりはしません。PINコード自体を,何でも購入できるポイントにするか,今回のようにモンハンライズだけをダウンロードできるものにするのかも自由なので,マーケティング的な施策も実施しやすいと思います。モンハンライズを2022年1月13日までにPOSAカードで買うと,「なりきりレトリバー」「なりきりフォレスト」「初心の護石」が手に入りますが,これなどはいい例だと思います。
4Gamer:
例えば,購入後にユーザーへ追加特典を配るようなことは可能でしょうか。例えば100万本突破記念に,POSAカードでの購入者にアイテムをプレゼントするとか。
ジャック氏:
システム的には可能です。POSAカードとDEGICAのシステムが連携し,すべての記録が残っているので,POSAカード購入者のみに後から特典を差し上げることはできます。ユーザーさんとのコミュニケーション手段の1つとして役立ててほしいですね。
鬼頭氏:
ほかに,POSAカードの番号を活かしたくじのようなことも可能ですね。こうした施策を大々的に行っても,店舗で万引きなど不正利用されることがない。オンラインでの施策とオフラインの露出がいい形で混ざるわけです。
4Gamer:
そのほかにPOSAカードを使うメリットはどのようなものがありますか。
鬼頭氏:
コンビニやドラッグストアといった身近な店舗にゲームを置けるのはもっとも大きな利点だと考えています。また,店舗が抱える在庫リスクを軽減できるのも大きいですね。ゲームは足の早い商品ですから,在庫のリスクを考えると,思い切った仕入れをできない場合があります。しかし,POSAカードであれば,カードを店頭に並べる時点ではお金のやりとりが発生しません。POSレジを通した際に仕入れと販売が同時に行われるため,そこのリスクは考えなくていいわけです。そして,中長期にわたって追加コンテンツが出続けるようなゲームであれば,店頭でずっとお客様にアピールし続けられます。今のゲームはソフトを売っておしまいではなく,長く楽しむ「Games as a Service」(ゲームのサービス化)スタイルになっていますから,こうした時勢とも合っているわけです。
4Gamer:
Games as a Serviceという話がありましたが,日本の場合,ソーシャルゲームのブームに合わせてPOSAカードが伸びていった印象があります。
鬼頭氏:
おっしゃる通りで,グリーさんやモバゲーさんによる,ガラケー時代のソーシャルゲームブームで利用額が爆発的に伸びました。その後も「パズドラ」などのアプリゲームが登場したり,任天堂さんやソニーさんもダウンロード販売に注力したり。デザインと販売施策の両面で,ゲームとPOSAカードの相性が非常に良かったことが,大きく伸長した一因なのかと感じています。
4Gamer:
個人的には,ソーシャルゲームブームを境にしてモノへの信仰が変化した気がしますね。それまでのゲームユーザーはパッケージなどのモノに執着していたけれど,ソーシャルゲームブーム以降はダウンロードやコードの利用に抵抗がなくなった感があります。
鬼頭氏:
ゲームのサイクルも早くなり,周囲の流行に合わせてその都度タイトルを乗り換えるようなことも起こっています。パッケージに執着したモノ信仰ですと少し付いていきにくいテンポかもしれません。
4Gamer:
そうなると新しいゲームが爆発的な人気を見せると,POSAカードの利用額も上がるのでしょうか。
鬼頭氏:
非常に強い相関関係が見られます。例えば今年(※2021年)ですと「ウマ娘」ブームがありましたが,利用額も大きく伸びましたね。
4Gamer:
購入者に特定の傾向はありますか。
鬼頭氏:
最初は小額で利用する方が多いのですが,繰り返し利用するたびに金額が上がっていくのが傾向の1つかもしれません。
4Gamer:
まずはお試しで購入してみて,便利なことから利用額が増えていくわけですね。
今回の発売は国内のゲーム市場にとって大きな一歩に
4Gamer:
続いて,KOMODOさんにもお話を聞きたいと思います。そもそもKOMODOはどういった会社なのでしょうか。
ジャック氏:
DEGICAが2021年6月に設立した会社がKOMODOです。これまでDEGICAが手がけていた事業を分割し,DEGICAは決済,KOMODOはゲームパブリッシングやeコマースに,それぞれ専念する体制にしました。ただ,DEGICAが「KOMOJU」という決済サービスを展開していて,KOMODOと名前が似ているので少しややこしいんですよね(笑)。
4Gamer:
では,DEGICAとSteamの関係についても,あらためて聞かせてください。
ジャック氏:
DEGICAとSteamの関係は,Steamがまだ日本に参入していない時代に遡ります。その頃のSteamクライアントはすべて英語でしたし,パッケージ販売が主流でしたから,日本語版の値段だけ高くなるのは当たり前でした。日本のパブリッシャによる翻訳に手間がかかることや,流通ルートを使ってパッケージをやりとりする際,在庫のリスクに対応しなければならないことなどが主因となって,海外版よりも高い値段を付けざるを得なかったわけです。
4Gamer:
確かに,一昔前は海外ゲームを買うのも一苦労でした。日本語版が出るかどうかも分からないし,あっても高い。それから日本語版と海外版でバージョンがズレていて,海外版ではすでに直っていたバグが日本語版ではそのままということも,珍しくありませんでしたし。
ジャック氏:
Steamのダウンロード販売ならこうした問題を解決できるのではないかと考え,Valveさんにアプローチをしたんです。日本は家庭用ゲーム機が強い国ですが,円で決済できれば日本人ユーザーも増えるだろうと。それでまず,コンビニ決済をスタートしました。2010年から取り組み始めて,2014年夏に日本円での決済を始めたところ,翌2015年には全世界でもっともユーザー数が伸びた国が日本となりました。これならということでSteamクライアントの日本語化がスタートしましたが,当初は少しおかしな日本語が入っていたこともありましたね(笑)。
4Gamer:
Steamでゲームを購入したとき,決済手続きの待ち時間に「開発中」というメッセージが出ていたのも懐かしいです。2015年に全世界でもっとも日本ユーザーが伸びたとのことですが,2015年以降で大きく伸びたタイミングはありますか。
ジャック氏:
2018年にSteam用のPOSAカードである「Steamプリペイドカード」がコンビニで販売されるようになったときで,これまでとは桁違いの増え方をしました。使う額をコントロールできますし,Steam仲間に何か贈るにしても直接POSAカードを渡せばいいので,相手のアカウントをいちいち確認しなくて済むのが便利なんです。それに,カードには実体があるので,オシャレでステータス感があり,贈り物にするなら綺麗に包装できます。これが「コードをメールで送りましたのでヨロシク」では味気ないし,そのメール自体が仕事のメールに紛れたりもしますから(笑)。
4Gamer:
ダウンロード販売のプラットフォームでリアルの人間関係が深まるのも興味深いですね。今は日本のゲームも増えていますし,これまでになくSteamが広まっている感じがあります。
ジャック氏:
我々は,Steamを“J on J”(Japan on Japan)のプラットフォームにしたかったんです。日本の開発者さんたちが日本へゲームを販売する窓口ということですね。かつてのように「流通との付き合いがあるので,Steamには直販できない……」ということも,今はなくなりました。今回モンハンライズ単体のPOSAカードが出たというのは,とても大きな一歩だと思います。
4Gamer:
Steamという,プラットフォームを広げるだけでなく,日本のゲーム市場を広げる取り組みでもあったわけですね。
ジャック氏:
とはいえ,我々がなにか大きな役割を果たしたとは思っていません。お客さんとメーカーさんの間をつないだだけですから。
4Gamer:
Valveと仕事をしたうえで,印象深いことなどはありましたか。
ジャック氏:
Valveさんはとても賢い組織です。ほかの会社とは違ってKPI(重要業績評価指標。目標の達成度合いを示す数値)や売上,粗利といった数字をまったく考えておらず,問題の発見や解決を重視するという面白い社風があります。我々としても勉強させていただきました。Valveさんは営業っぽい提案を少しも聞いてくれない,唯一の会社じゃないでしょうか(笑)。
4Gamer:
Steam版モンハンライズのPOSAカード販売ですが,どのような経緯で実現したのでしょうか。
鬼頭氏:
インコム・ジャパンがこれまでに「モンスターハンター4」や「MONSTER HUNTER WORLD: ICEBORNE」といったタイトルの販売をお手伝いさせていただいたなかで,今後Steamでどのように展開していくかが課題となっていました。モンハンライズはもともとSwitch用タイトルなのですが,Steamでも間違いなく人気になるだろうということで,今回Steam版のPOSAカードを提案させていただいたんです。そこから,あれよあれよという感じで話が進みましたね。
ジャック氏:
Steamで単体タイトルのPOSAカードを販売するのは今回が初めてということで,我々としても二つ返事で引き受けました。実は鬼頭さんから連絡をいただいた同じ週に,Valveさんからも「モンハンライズで何かやれないか」という打診をいただいていたんですよ。
4Gamer:
それだけSteam版モンハンライズのインパクトが大きかったと。
ジャック氏:
POSAカード自体は海外販売にもそのまま対応できますし,“J on J”から,日本から海外へゲームを売る“J on G”(Japan on Global)につながっていってほしいですね。
4Gamer:
そのまま対応というのは,国内で作ったPOSAカードをそのまま海外で販売できるということでしょうか。
鬼頭氏:
その通りです。システムはグローバルで同じものを使っていますので,原則的には決済に使う通貨の設定を変えるだけで大丈夫です。
ジャック氏:
POSAカードがどの国で使われても,POSレジでの認証さえ終われば,POSAカードを使ったユーザーのSteamアカウント,その登録メールアドレス向けにゲームをダウンロードできるPINコードを送ればいいわけです。
鬼頭氏:
ただ,それぞれの国の事情が絡むことはあります。日本ではPOSレジのシステムがすべて統一されているんですが,海外だとお店ごとに異なるシステムを使っていて,番号の形式や桁数が違う場合もあります。そうした際は,ゲームメーカーさんに対応をお願いしなければなりません。
ジャック氏:
それに広く使われる決済方法は国ごとに違っています。例えば,アメリカであればクレジットカードの後払いが人気ですが,オランダではクレジットカードはあまり使えず,デビット決済※しかありません。日本は消費力の高い国ですが後払いは好まれませんし,ゲームのような嗜好品ならなおさらです。これから日本のゲーム会社が海外でソフトを売る際は,現地での決済手段について知ることが重要だと思います。
※その場で銀行口座から代金が引き落とされる決済方法。カードで支払うのはクレジットカードも同じだが,クレジットカードが代金立て替えであるのに対し,デビットは銀行残高の範囲内での支払いとなる
4Gamer:
今回,Steam版モンハンライズのPOSAカードが発売されましたが,SteamのほかタイトルでPOSAカードを作ることも可能なのでしょうか。
ジャック氏:
もちろんできますよ。ただしコンビニでPOSAカードを販売するとなると,その分追加の販売マージンが必要にはなります。
4Gamer:
販売マージンはかかっても,メリットは大きいと。
ジャック氏:
ユーザーの目に入りやすいのは大きなメリットだと思います。アプリストアでは日々多くのアプリがリリースされていて,プロモーションにも限界があります。しかし,単一タイトルのPOSAカードを作ることで,これまでになかった形で店頭での露出も可能となります。
小池武史氏:
例えば今回の場合,家電量販店に巨大なPOPを置いてアピールできました。
4Gamer:
Steam版モンハンライズのPOSAカード販売から2日ほど経ちましたが,反響はいかがでしょうか。
小池武史氏:
単一のSteamタイトルのPOSAカードが初めてということもあり,いろいろな方面から驚きの声をいただいております。個人的にうれしかったのは,「久しぶりにモンハンをやろうかな」という復帰ユーザーのお声が多かったことですね。もちろん,新規の方が楽しみにしているというお声も届いております。
4Gamer:
まさかSteamタイトルのPOSAカードが販売される日がくるとはといった心境です。
鬼頭氏:
Steamというと,昔はコアなゲーマーが遊ぶプラットフォームでした。それが今は,誰でも行くコンビニで買えるわけですからね。
ジャック氏:
友達をマルチプレイのゲームに誘うときにも便利ですよね。今は複数本のセット販売も少なくなってしまいましたから。
4Gamer:
Steamにはギフト機能がありますが,カードという実体ゆえの特別感がありますし,リアルでのつながりを強めてくれるように思います。本日は貴重なお話をありがとうございました。
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