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[GDC 2024]人を思いやる気持ちが新たな遊びと驚きを生む。「スーパーマリオブラザーズ ワンダー」の講演で語られた2Dマリオの魅力と進化
「2D and Tomorrow: How the Developers of ‘Super Mario Bros. Wonder’ Find New Joy in Creating Classic Side-Scrolling Adventures」と題されたセッションには,本作のプロデューサーで,宮本 茂氏とともに1作目から多くのスーパーマリオシリーズに関わっている手塚卓志氏と,ディレクターの毛利志朗氏が登壇。クラシックな2Dマリオのスタイルに影響を受けながらも,新たな遊びと驚きにあふれるマリオワンダーの開発を通し,2Dマリオの魅力と進化,チームで行うゲーム開発について語られた。
なぜいま,2Dマリオなのか。2Dマリオと3Dマリオの違い
マリオワンダーは,「スーパーマリオブラザーズ」シリーズ(いわゆる“2Dマリオ”)の完全新作としては,2012年12月に発売された「New スーパーマリオブラザーズ U」以来11年ぶりのゲームである。手塚氏はその間も「スーパーマリオ ラン」や「スーパーマリオメーカー」といったゲームの制作に関わっていたため,空白期間が長くなっているとは思わず,気がついたら11年経っていた感覚だったという。
そしてあるとき「こんなにも長く新作の2Dマリオが出ていないと,マリオは2Dから3Dに置き換わったと思われてもおかしくない」ということにあらためて気づく。そこで2Dゲーム制作の魅力について 話をしなければと考えたのが本セッションにつながっているそうだ。
では,2Dマリオは3Dマリオとなにがどう違うのだろうか。どちらもマリオを動かしていろいろな敵やトラップがあるステージにチャレンジするというアクションゲームであることは変わらないが,それらの“遊び”を作るときの手法は大きく変わる。
最初にプレイヤーキャラクター,カメラ,マップの3つを作るのは,2Dのマリオと3Dマリオどちらも共通しているが,3Dゲームの場合はカメラを障害物にぶつからないよう動かす必要があり,その調整に時間がかかる。一方2Dゲームはそれがないため,遊びの核を作ることに時間をあてられる。同じ期間で制作したとしても,どこに労力を割くかはそれぞれ違い,作り手として得られる楽しさのポイントも異なるわけだ。
さらにチームのゲームデザイナーのコメントを引用し,「現実ではできないようなアイデアや表現を作れてそれを盛り込める」という2Dゲーム制作の魅力が語られた。ゲームの世界は,すべて本物を真似たり,誇張したりといった作り物。3Dゲームのリアルな空間であれば違和感につながるような表現も,2Dゲームでは自然になじませられ“ごまかしてもバレにくい”と手塚氏は話す。
例えばマリオのジャンプ。ジャンプ中に方向キーを入れると,それが向かっている方向と逆であってもその軌跡が変化するのはおなじみだろう。これは現実の物理ではあり得ないことだが,それが遊んでいる人にとっては自然なものに感じられる。あらためてそう言われると,ポイーンとジャンプして方向キーで着地点を定めるあの動きは現実的にはおかしいが,ゲームファンにはなじみあるマリオらしさを感じさせる動きだ。
2Dゲーム制作の魅力としてもうひとつ,「2Dは3Dよりも制作者の意図を分かりやすく盛り込めて,さらにコースの作り直しもしやすい」というレベルデザインについての特性が語られた。
手塚氏はかつて宮本 茂氏と「2Dゲームは誰でも作れる」という話をしたという。面白いゲームになるかはセンス次第だが,コースを作るための部品が用意された扱いやすいツールがあれば,コースを作ること自体は誰でもできるという話だ。
そして,実際それは「スーパーマリオメーカー」というゲームによって証明されている。ゲーム開発経験の有無は関係なく,誰でもコースを作れて,使える部品はみな同じ。そんなスーパーマリオメーカーでは世界中から毎日のようにコースが投稿され,その中には完成度の高さに世界中から称賛を得たものや,これまでのマリオにはなかった遊びを見せてくれるものがたくさんある。もちろん面白くないコースも。
良いソースコードやサウンド,グラフィックス,ワクワクする敵や仕掛けが重要であることは間違いないが,それらをどう生かすかはレベルデザイン次第。実際スーパーマリオの開発現場では,時間が許す限りコース調整を行うそうだ。
では,手塚氏はいま,マリオを作るうえでどのようなことを考えているのか。それは「遊びの体験にはリアルを感じさせることが重要」ということだという。
といっても写実的であるべきという話ではない。マリオが敵に当たると痛いと感じる。高い場所を移動しているとお尻がムズムズ,胸がドキドキして慎重になる。このようにプレイする側が,マリオの気持ちになってハラハラドキドキできてこそ得られるものがあるはず。時代とともにゲームの表現が進化し,リアルな世界,リアルな絵,リアルなサウンドが作れるようになったが,表現のリアルさだけで達成感を求めるべきではなく,“遊びをリアルに感じる”方法を模索すべきということだ。
マリオワンダーでは,ステージに登場するキャラクターたちの表情や仕草も印象的だ。
突然の出来事に驚いたときにポンッと飛ぶマリオ&ルイージの帽子に,マリオが近づいていることに気づかず鼻ちょうちんで寝ているクリボー,汗を飛ばしながら踏ん張った表情でドカンを押すオシダシー。敵も味方もそのほかのいろいろも,ちょっと考えただけでもあれやこれやと思い浮かぶ。
そんな表情豊かなキャラクターの動きはまさに遊びをリアルに感じる要素だが,それが作られたとしても,それを気づいてくれるように作れなければ意味がない。生き生きとしたアニメーションを作っても,それがアピールできないレベルデザインだったら,そのシーンはプレイヤーにほとんど気付いてもらえないかもしれない。
キャラクターの楽しいアニメーションが作られ,レベルデザインでそれがしっかり取り上げられ,そのシーンを見たサウンド担当が「面白いSEをつけたい」という気持ちになる。このようにゲーム開発に関わる人たちが影響しあうことで,素晴らしい表現がゲームに生かされる。そうではないと“MOTTAINAI”(もったいない)と手塚氏は語る。
またもうひとつのMOTTAINAIとして,マリオたちの性能を自由に切り替えるバッジも紹介された。ジャンプで壁にくっついてさらにそこからもう一度真上にジャンプできる「カベ登りジャンプ」,いつもより高くふわっとジャンプできる「ふわっとジャンプ」などその種類はさまざまあるが,これは“とても時間をかけて作ったのに,一度クリアして遊ばれなくなったらもったいない”という考えもがあったことも導入の理由のひとつだったとか。
このように,もったいないから生まれたものはいくつもあるようで,それはチーム全体に「マリオのゲームでは決して飽きないくらいたくさんの驚きを楽しんでほしい」という思いがあるからだということだった。
新たなマリオの驚きの要素「ワンダー」で採用したモノ/しなかったモノ
続いて「ワンダーで採用したモノ/しなかったモノ」をテーマに,どのような考えでマリオワンダーの新しい遊びが作られたかが語られた。
マリオワンダーには,“新しい秘密や不思議がいっぱいの2Dマリオを作る”という大きな目標があった。では,大きな変化をもたらすにはどうすればいいか。毛利氏はそのことを考えながら初代スーパーマリオブラザーズのことを思い返したとき,あらためてあることに気がつく。
ブロックを叩くとコインが出てきて,スーパーキノコで身体が大きくなる。土管に潜ると地上とは雰囲気の異なる地下エリアがあり,ブロックを叩くと伸びるツタを登れば雲の上の隠されたエリアに行ける。スーパーマリオはそもそも新しい秘密や不思議がいっぱいのゲームだと。
しかしそれは,2Dマリオが長年遊ばれるなかで当たり前のこと,普通のことになっており,以前からマリオを作るうえでの課題にもなっていた部分でもある。「スーパーマリオブラザーズ3」でマップという目新しいものが登場したが,それもいまでは普通のことだ。それらのこれまでのマリオの新しい秘密や不思議を踏まえながら,マリオワンダーだからこその新しいバージョンを生み出さなければならない。
そこで思いついたことが,ブロックを叩くと特別なアイテムが出てきて,それを取ることで別のエリアに移行するというものだった。アイテムを取ると何かが起きる。見たことがない場所に行ける。確かにマリオらしい展開で,かつこれまでにないものだ。
これを手塚氏に見せたところ,氏は「これやと今まで変わってへんやん。別のエリアに行くんではなくて,その場が変化するようにできへんの」とひとこと。これを「もっとやっていいのか」と受け止めたのか,「どうせだったら思いっきり変化させてやろう」と考えて生まれたのがワンダーである。土管がシャクトリムシのようにがくねくね動き,パックンフラワーがミュージカルのように歌い出す。別のエリアにワープするのではなく,今いる場所そのものが不思議な変化で姿を変えるあのワンダーだ。
新しい秘密や不思議の方向性が決まったが,これでいっぱいにするには相当な数とバリエーションのワンダーとなるアイデアが必要だ。そこでアイデア会議を開催し,チーム全体でアイデアを出し合うことにする。
ここで重要なのが,特定のメンバーによるものでなく,言葉のとおりチーム全員であること。職種やキャリアは関係なく,アイデアの出し方にもとくにルールや条件を定めず,殴り書きでも簡単なイラストでも,自由に付箋に書いて(描いて)送るという方法をとった。
ゲームの開発に関わる人は,どの役割であれ,みんながゲームデザイナーである。そう考えてアイデアを募り,また「ルールがあると自由なアイデアが出しにくくなる」と,提出方法も気軽なものにしたという。
こうして生まれたアイデアの数はおよそ約2000個。それらを確認しているうちに「いいワンダーの条件」が少しずつ絞られていった。
具体的なもののひとつが,「ワンダーの発動前に,そのワンダーと何かしらの関連する何かがある」。例えばワンダーを取ったらマリオがいきなり風船になると唐突な感じがあるが,その前にステージ上で風船のような敵が出ていたら納得がいく。ほかにも「それまで(そのステージで)できなかったことができるようになる」「一言で説明できる」といったいいワンダーの条件が定まっていった。
そこからワンダーの試作が始まるのだが,ここもチームであることが重要となった。
各1名のゲームデザイナー,アーティスト,プログラマー,サウンド担当による小さなチームを作ってワンダーを試作。試作ができたらチーム全体で試して意見を出し合う。その意見に対してさらにチーム全体で話し合い,“アイデアの重ねがけ”をするといった形でワンダーの完成度を高めていったという。
その例として,採用されたアイデアもいくつか披露された。ひとつめは,イラスト付きで書かれた「ステージ全体が傾き,ずっとしゃがみすべりでコースを進んでいく」というもの。このアイデアは,けっこう元のまま採用されていることに,本作をプレイした人なら気がつくだろう。
もうひとつが「ワンダークイズが始まる?」。びっくりすることに本当にそれだけである。
これは入社1年目のプログラマーのアイデアで,先ほど伝えたとおり任天堂は開発者みんながゲームデザイナーであり,それは新人でも同じだ。具体的な記載がなにひとつないが,だからこそそれを皆でシェアして想像もできる。
このアイデアに可能性を感じたひとりが毛利氏だった。当初は流石に唐突でどうなんだろうと感じたそうだが,これを見た人たちがいろいろと想像を働かせてこれは面白そうとなったそうだ。
採用されなかったアイデアも紹介された。ひとつが「ワンダーが起きると背景もキャラも実写化し,マリオは八頭身に。BGMはおっさんの鼻歌で,効果音は口真似で『ぴよーん』」というもの。サウンドディレクターでマリオサウンドの生みの親でもある近藤浩治氏のアイデアである。
アイデアとしては面白いが,“ワンダー前との関連性”や実写の八頭身になってどう遊びが変わるかがイメージしにくく不採用に。しかし完全に使われなかったわけではなく,効果音の口真似がバッジの「ハナ歌効果音」として採用された。
このバッジの“ふしぎな声”は,なんとアイデアを出した近藤氏のものとのこと。しかも,どんな動きでどんな声が出るか気になる=クリア後のステージで試したくなるという,開発陣のもったいない精神に応えるバッジにもなっている。
もうひとつ不採用だったものの例として,「マリオの顔が巨大なブロックで作られたものになり,ガシガシにブロックを食べられないように進む」というアイデアが紹介された。
アイデア自体は面白く,インパクトもあって良かったのだが,ブロックで作られた顔が大きいと「どうやってガシガシを回避するか」ではなくごり押しになり,小さくすると回避する楽しさは生まれるが画面のインパクトがなくなるという一長一短があり,その結果採用は見送られたという。
ふたつの例のとおり,採用されなかった=ダメなアイデアだったわけではない。ゲームの遊びとして面白くできるかやその実現性など,不採用にもいろいろな理由がある。近藤氏のアイデアのように,ワンダーではなくバッジで生かされたものもある。
ワンダーは最初から構想にあったものではない。2Dマリオが抱える課題に向き合い,それを解決するために生まれたものであり,その答えは誰も知らない。それはチーム全体で見つけるものであり,誰も答えを知らないものを作るからこそ,制作していて楽しいと毛利氏は話す。
また手塚氏は,たくさんの人が同じ方向を向いて,できるだけ無駄なく作業をすること以上に重要なこととして「たくさんのアタマ(頭脳)が存在すること」を挙げた。
マリオワンダーの開発においては,チーム全体でアイデアを出し合ったことが大きいが,これはゲームの要素を作るためだけではない。ひとりひとりのゲーム制作への経験値が上がり,自分が声を上げられる(アイデアを出せる)ことでモチベーションが高まり,意見を交わし合うことでチームの一体感が向上する。それぞれの個性や力をいかに制作に反映するかが重要で,チーム運営自体もそれを目的に行うべきだと手塚氏は語った。
自由度を高め,オンラインプレイは人にやさしく
ここからは,2Dマリオの課題のひとつだった「自由度の低さ」について,マリオワンダーではどのように向き合ったかが語られた。
初代スーパーマリオは,ひたすらゴールを目指して4コースで1ワールドのステージをクリアしていくというものだった。やられては何度も繰り返しコースに挑み,それをクリアすることで自身の上達と達成感を感じられるというゲームサイクルだ。ワープでワールドを飛ばせるが,基本は一本道である。
またスーパーマリオには,ファイアマリオやシッポマリオ,マントマリオといったいろいろなパワーアップが登場するが,アイテムの持ち込みはあるものの,基本はコースに紐づけられたものだったので,自分の好きな能力を選んで攻略する楽しみは低かった。
スーパーマリオ3で登場し,世界を冒険する楽しさを生んだワールドマップも,最低限の分岐やワープはあるものの,基本は一本道。いくつかあるコースからどれかを選んでゲームを進めたり,苦手なところを飛ばしたりといったものはない。
マリオワンダーでは,自由度の低さの解決のためワールドマップを自由に歩き回れるようにした。コースのサムネイルを見て面白そうと感じたらそれを選んでみる。難度表示を見て簡単そうなところからチャレンジする。気軽にサクッと「ちょっと一息」をクリアするなど,進め方はプレイヤーの腕前や気分次第だ。
新しいエリアに進むためには,キーアイテムの「ワンダーシード」が必要となるが,それはコースクリア以外にも入手する方法があるため,苦手なコースは飛ばしてもいい。これはマップの構造を考えるとき,最初に決めた要素だった。それらの要素とコースで発揮できるバッジの特別な能力によってマリオの冒険を進化させ,これまでの自由度の低さを解決したという。
マリオワンダーで進化した要素の一つが「オンラインプレイ」だ。
オンラインで世界中の人と遊ぶことはすごく楽しいが,いくつも課題がある。対戦だと初心者などの負け続けになる人は止めてしまうし,協力プレイもまたゲームが苦手な人が「足を引っ張るかも」と思って遊ばなくなる。マナーが悪い人がいるとトラブルになるかもしれない。
かつて任天堂公式サイトのインタビュー企画「社長が訊く」で岩田 聡氏が語っていたように(外部リンク),以前から任天堂は「親が自分の子どもに安心してオンラインの遊びを渡せるにはどうしたらいいか」「どうすればハラスメントのない世界を作れるか」を議論している。
この課題の解決方法はいろいろあるが,マリオワンダーでは「ほかのプレイヤーが自分に直接干渉することなく,ミスをしたときに助けてくれて,自分自身も良い行動しか起こさないようにする」という道を選んだ。それが,半透明で表示されるライブゴーストとのオンラインプレイだ。
半透明にしたのは,ほかのプレイヤーにブロックを壊されたり,敵を倒されたりしないことを明確にするため。自分のコース攻略には直接関与せず,やられたときに助けてくれる。おのおのでコースを攻略するので“自分の周りに誰もいない”ということも起こるが,そのときは誰かが設置したパネルが助けてくれる。パネルは自分以外の人を救えるアイテムで,隠し要素を伝えるために置くという使い方もできる。
このように,ともにコース攻略はしないが一緒に遊んでいる感覚が生まれるという,ゆるいつながりでのオンラインプレイーー安心して遊べるオンラインプレイの答えのひとつとなった。
またこれには,チームでのゲーム開発でも重要な考えが含まれているという。ゲーム制作には大勢の人が関わっているが,この人と人の関わりで大事なのが「自分のためだけではなく,周りの人のために行動すること」。“気を遣う”とは異なる,周りに困っている人がいたら助けるという感覚。それがある人が多く集まったチームは,ゲーム制作でも良いものができる可能性が高いと毛利氏は語った。
任天堂のゲーム作りにはなんらかの秘密があるのでは,と考える人もいるかもしれないが,実は決まった方法はないと話す手塚氏。ゲームごとに異なる“何を大事にしているか”に向き合って,ゲーム作りを“走り続ける”ことが大事で,その向き合い方は本セッションで語られたとおりだ。
スーパーマリオのように長く続くシリーズであっても,課題に向き合い,それを解決することで新しい遊びを作れる。日々進化するゲーム開発の技術。新たに生まれる技術と歴史ある技術を融合することで,どのような遊びが生まれるのか。その未来にワクワクしているという手塚氏は,最後に「遊びを考えるのは超楽しいです」メッセージを伝え,万雷の拍手のなかセッションは終了した。
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