イベント
[CEDEC 2015]特許があるからこそ,新たなアイデアが生まれる。「知的財産制度はゲーム業界の発達にどのように貢献してきたのか」聴講レポート
ゲームにおける特許というと,“権利の力で自由な開発を妨げるもの”と捉えられがちだが,今回の講義はそうした誤解を解いてくれる興味深い内容だ。優特許事務所 弁理士の田嶋 諭氏を司会とし,スクウェア・エニックス 法務・知的財産部の樽見俊明氏,バンダイナムコエンターテインメント 知的財産部 エキスパートの恩田明生氏,セガホールディングス 知的財産権部の土谷公二氏という,普段からゲーム会社で特許関連の業務に関わる三氏によるパネルディスカッション形式で進行していった。
イノベーションを促進するゲームの特許
講義は“知的財産制度とは何か”というおさらいからスタートした。発明や意匠(デザイン),著作物など,人の創造的活動によって生み出されるものが知的財産。自分が作った知的財産(発明)を公開するかわりに,これを独占する権利を受けられるのが特許という仕組みだ。
誰かが発明し,特許として認められたものがあるとしよう。これを真似して商品化すると,特許権を侵したものとして,訴訟などの騒ぎになりかねない。
現在ではゲーム関連のアイデアに対してもソフトウェア発明として認められ,特許として保護されるようになっている。では,ゲーム関連の特許は,ゲーム産業の自由な発展を阻害するものなのか……というと,決してそうではないという。
特許を取るためには,知的財産(この場合はゲーム関連のアイデア)を公開しなければならない。後に続く者は,これをヒントとして新しいものを開発することができるため,ゲーム関連特許は“イノベーションを促進し,ゲーム業界の発展に寄与する”側面もあるというのだ。
面白いゲームを作るためには,新しいアイデアを考え出したりするなどの工夫が必要だ。そのためにはお金や時間を掛けなければならないのだが,こうした投資は形ある資産として残りづらい側面がある,と恩田氏は指摘する。例えば,工場に投資するような場合であれば,その結果が機械や設備というように形ある資産として残る。しかし,アイデアを生み出すための投資は,同じ投資であっても形として残りづらい。ヒットすればいいが,そうでない場合は投資が無駄になってしまう。
しかし,生み出したアイデアが特許となれば,これは立派な資産となる。特許になれば他社が真似できないため自社の強みとなるし,他社に貸し出してライセンス料などを生み出すかも知れない。また,すぐには役立たない特許でも,将来的に使える可能性もある。つまり,特許を出願することによって,アイデアを生み出すための投資が無駄にならないというわけだ。
ゲームの特許は自由な開発を阻害するのか?
“各種の特許はアイデアの独占であり,自由なゲーム開発を阻害している”“特許なんて無いほうがいい”といった声が聞こえてくることも確かだという。そんな声に対しては,“特許を無視した場合にどんな問題が起こりうるかを一から説明するしかない”のが現状だと土谷氏は語る。
他社の特許を侵害しないためゲームの一部が合理性のない仕様になってしまい,プレイアビリティに影響を与えるケースもあるし,開発者側としても回避に労力が必要になる。こうした点からマイナスイメージがあるのは事実だ。
では,特許制度が無ければ,自由な開発が促進され,ゲーム業界はもっと発展していたのだろうか? この疑問に対して土谷氏は,もしも特許制度が無かった場合,他社が開発したヒット作や技術をそのまま真似できてしまうため,必ずしも自由な開発につながらないのではないかと述べている。パクりがOKなら,わざわざ苦労や投資を行って新しいアイデアを考え出す必要がなくなる。そうなると,どこかで見たような類似ゲームばかりがあふれかえることになり,ユーザーは飽きてしまい,市場が衰退する。最終的には「誰も得をしない」ことになるのだという。
アイデアが特許で保護されていると,他社の特許に抵触しないもの,他とは違ったものを作り出そうとする。言うまでもなく,これはもの作りにおいて大切な姿勢だ。つまり,特許制度は新たなアイデアを生み出したり,既存アイデアを改良していくきっかけになるというわけだ。使用したい技術が他社の特許であるなら,ライセンスを受けることもできる。“特許制度があるからこそ,新たなイノベーションが生まれる”と考えた方がいいのではないか,と樽見氏は指摘した。
特許が新たなイノベーションを生み出す
ゲームアイデアの特許として有名なのが,「ファイナルファンタジーIV」におけるATB(アクティブタイムバトル)特許である。
ATBとは,ひと言で言えば“リアルタイムに時間が流れる中でキャラクターに指示を与えていく”という方式だ。従来のRPGにおけるバトルはターン制が主流だったが,ATBではバトル中にリアルタイムで時間が経過し,準備ができたキャラクターにコマンドで指示を与えられる。つまり,戦況がリアルタイムで変化していく面白さと,コマンド選択式の分かりやすさが両立していくというわけだ。現在は期間満了により失効しているそうだが,ATB特許は当時のゲーム業界にどういった影響を与えたのだろうか。
樽見氏によれば,「ATB特許をライセンスしてほしいという申し入れ」が何度かあったものの,実現には至らなかったという。その理由としては,“ATB特許を使って何か作るよりは,別の新しいものを考える”方向に向かったからではないか,と樽見氏は予想する。「テイルズ オブ〜」シリーズのリニアモーションバトルをはじめとした,リアルタイム性を持ちつつもATB特許には抵触しない,新たなシステムが生まれているからだ。
特許の尊重でゲーム業界が発展する〜音楽ゲームにおける実例〜
では,他社の特許を尊重し,これを回避することで新システムが生まれた例というのは存在するのだろうか。
その例として恩田氏が挙げたのが,氏が属するバンダイナムコエンターテインメントの看板タイトルの一つ,「太鼓の達人」である。
1999年,特許権を侵害しているとされた音楽ゲームについて販売停止,および,アミューズメント施設での営業停止を求める仮処分申請が行われた。この問題は和解という形で解決するのだが,当時ナムコ(現・バンダイナムコエンターテインメント)側の担当者であった恩田氏は,今後はこれまで以上に特許を意識してゲームを作っていかなければならないと感じたという。
一方,ナムコの開発サイドは“これまでの音楽ゲームとは違った,新しい切り口の遊びを作りたい”ということで模索を続けていた。
K社の特許を尊重するという方向性と,新しい遊びを作りたいと考える開発サイドの考えがうまく合致したことにより,和太鼓コントローラーをバチで叩く,シンプルで分かりやすい太鼓の達人が生まれたのだという。
ちなみに,開発中の同作には「音楽に合わせて太鼓を叩くと,自動的に演歌の歌詞を生成する」という仕様が存在していたのだという。製品版には実装されなかったものの,特許出願はしているのだそうだ。
土谷氏によれば,セガ(当時)においても,他社の特許を尊重しつつ,新たな音楽ゲームを開発するという試みが行われていたそうだ。そうした努力が実を結んだのが「サンバDEアミーゴ」「シャカっとタンバリン!」といった個性的な音楽ゲームだという。当時は“自分たちだけの音楽ゲームを作ろう”という意識が非常に強かったそうだが,この姿勢が受け継がれることによって「maimai」や「初音ミク -Project DIVA-」といった作品群が生まれることになったのではないかと土谷氏は考えているそうだ。現在の音楽ゲームはメーカー各社がオリジナリティ溢れる作品を発表しているが,土谷氏は「特許があることで市場を発展させた成功例なのではないか」と総括した。
また,恩田氏は「特許が見つかった時は“特許なんて無ければいいのに”と思うのではなく,新しい仕様や面白いアイデアを考えるきっかけになると思っていただけるといいんじゃないでしょうか」と,来場者にエールを送った。
ゲーム史における特許の歴史〜コピーや模倣品との戦い〜
続いては,これまでのゲーム史における特許関連の話題について振り返りが行われた。
ゲーム業界が特許について意識しだしたのは,1978年代の「スペースインベーダー」大ブーム,つまり日本ゲーム界の創世記にまで遡る。スペースインベーダーが大ブームを巻き起こした結果,市場は模倣品やコピー品で溢れかえることになった。こうした事態を解決すべく,当時はプログラムのソースコードに著作権を主張するという試みがなされた。丸々コピーすることは防げたものの,“ソースコードを書き換えてオリジナルと同じゲームを作る”模倣品は,著作権保護の対象外となってしまうという抜け道が浮き彫りになった。
そこでナムコ(当時)は,1987年に映画の著作権を使って自社の権利を保護しようとした。有名な「パックマン裁判」である。「パックマン」を違法に複製したゲームをお客に遊ばせていた喫茶店を,パックマンの違法“上映”であるとして訴えたのだ。この裁判ではナムコ側の主張通り,パックマンは映画の上映物であると認められた。これにより,画面構成やキャラクターが良く似た模倣品を取り締まれるようになったというわけだ。
ただ,著作権も万能ではなく,ゲームのアイデアや仕様は保護できなかった。そんな中,1989年にタイトーが出願した「その場コンティニュー」が特許として認められたことにより,ゲームの仕様を特許で保護する始まりになった。
1990年代初頭,PlayStationやセガサターンといったゲーム機の登場により,ゲームにおける映像表現の主流はスプライトからポリゴンへと移り変わっていった。セガでは,「バーチャレーシング」でCGレーシングゲームにおける視点切り替えの特許を,「電脳戦機バーチャロン」では障害物を半透明化することの特許を出願するというように,映像技術の特許を取得する取り組みが行われたという。
土谷氏によれば,これは,1992年に起こった「コイル事件」がきっかけになったのだという。個人発明家のジャン・コイル氏が,「セガのゲーム機は,自分が持つ“低周波音声信号を使ったカラー画像表示技術”の特許権を侵害している」として訴えたというもので,敗訴したセガは数十億円もの和解金を支払うことになった。これをきっかけに,セガは特許への取り組みを本格化したのだそうだ。
そして,インターネットの普及と共にネット関連の出願が本格化。タッチパネルや加速度センサーの普及により,こうしたハードを活かした遊びの特許も増えていくことになる。
また、現在はネットゲームに関連した特許の取得数も増加し,新興メーカーもどんどん特許を取得する傾向にあるそうだ。
一方,特許を取得しないことで訴訟にまで至ってしまった例があるという。それは2000年にグリーとディー・エヌ・エーが争った通称「釣りゲーム訴訟」。ディー・エヌ・エーの「釣りゲータウン2」が,自社の「釣り★スタ」に似ているとしてグリーが配信差し止めと損害賠償を求めたというできごとで,最高裁までもつれ込んだことから多くの注目を集めた。
どちらのメーカーも釣りゲームに関する特許を取っていなかったため,裁判は著作権侵害について争われることになったのだが,樽見氏は「特許を出願していれば,ここまでの争いにならなかったのではないだろうか」と指摘する。
特許を取得していれば,特許の権利が及ぶ範囲が特許庁の発行する公報に掲載される。メーカーの特許担当者はこれを逐一チェックしているため,他社の特許に抵触することを防ぐことができる。特許を取れば,訴訟沙汰になるまでもなく,両社でアイデアの棲み分けができていたのではないだろうかと樽見氏は語った。
また,ソーシャルゲームのシステムに関する特許取得も増えているそうだ。特許が増えているということは,新しい遊びがきちんと発明され,他社と差別化したゲームが生まれているということでもあるという。
今後もハードとソフトの進化は続くものの,まったく新しいゲームはそうそう生まれるものではく,過去の技術から新たな遊びが生まれていくのではないか,と恩田氏は語る。こうした動きの中,過去の特許が研究記録として参照されることで,次のイノベーションを生むヒントになっていくと考えているのだそうだ。
また,これからはクラウドゲーミングが伸びていくことが予想される。この分野では海外が強いため,グローバルな視点で特許を見ていくことが求められるのではないか,と樽見氏は予想した。
海外と一口にいっても,国ごとに事情が異なっている。例えばアメリカでは陪審員制度があり,国民感情が裁判に反映されやすいため,海外企業はどうしても不利になる。また,欧州や中国ではソフトウェアの特許が認められにくいため,,日本企業にとっては特許が活用しづらいのだという。
議題は「国ごとに異なる特許事情に対し,各社はどんな戦略を組み立てているか」ということにまで広がりかけたが,残念ながらここで時間が尽きてしまった。
最後に土谷氏は「特許がゲーム業界の発展に寄与するということに関しては,私たちはすでに音楽ゲームという成功体験を得ていますので,これをもっと別のジャンルにも広げていけば,ゲーム業界はもっともっと発展できるということを感じていただければ幸いです」と語り,講演を締めくくった。
特許があるからこそ新たなアイデアが生まれ,結果としてゲーム業界の発展につながっていく。普段は感情論で語られがちなゲーム業界における特許を改めて見直す機会となる,興味深い講義だった。
4Gamer「CEDEC 2015」記事一覧
- この記事のURL:
キーワード