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[GDC 2017]Amazon Alexaを使って新時代のサウンドノベルに挑戦。音声だけのアドベンチャーゲームの復活はあるか?
だが時代が進み,技術が進歩して,ちょっと変わったプラットフォームが増加しつつあるなか,音声だけでプレイするゲームが新しいステップを迎えようとしている。ただ聞くだけでなく,コマンドの入力も音声で行う新しいタイプの「サウンドノベルゲーム」が登場してきたのだ。
GDC 2017では,実際にこのジャンルを開拓しているデベロッパによる講演「Telling Story Through Sound:Building an Interactive "Radio Play"」が行われたので,その模様をお伝えしよう。
Amazon Alexaでゲームを作る
音声による入力というと,日本ではiOSに搭載されている「Siri」か,Googleの「OK Google」を思い出すのが一般的だろう。だがAmazonも,音声によって操作できる統合的なシステムを提供している――それがAmazon Alexaだ。
ざっくりと解説すると,Alexaはクラウドベースのサービスで,入力は音声によって行う(音声認識もクラウドベースで行われる)。Alexa対応端末からAlexaに送られた音声はテキストに変換されるので,これを利用してAlexa側でアプリケーションを動かし,その結果を音声で返したり,あるいはそのテキスト情報に基づいた処理を行ったりできる(「◯◯が買いたい」と話しかけると,指定した物品をオンライン通販で購入してくれる,といったことが可能)。
このように特別な動作をするプログラムはAlexa Skill(あるいは単にSkill)と呼ばれ,Amazonではすでに数千におよぶSkillが公開されている。また,このSkillを作るためのSDKであるAlexa Skill Kitも用意されている。
Alexaに対応するハードウェアとしては,日本ではKinde FireやAmazon Fire TVが最も有名かもしれない。だがAlexa対応デバイスは続々と増えており,CES 2017では700を超える対応デバイスが発表されている。
このように新しいインタラクティブなハードウェアが広がりはじめていて,しかもSDKまであるとなれば,当然ながらそれをプラットフォームとしたゲームを作ろうという人も出現する。今回登壇したBonnie Bogovich氏とMichael Lee氏も,そんな野心家たちの1人だ。
音声だけだからこそ,できること
彼らが作った「Baker Street Experiment」は,構造としてはいたってシンプルな,選択肢を選んでいくタイプのアドベンチャーゲームである。
プレイヤーが置かれている状況が説明され,それに対してどんなアクションを起こすかが選択肢として提示されるので,プレイヤーはその選択肢から1つを選ぶ。正しい選択肢を選び続ければいつかトゥルーエンドに到達するだろうし,大幅に間違った選択肢を選び続ければバッドエンドに陥るだろう。またデザイン次第で,さまざまなエンディングに到達することもあり得る。
「Baker Street Experiment」の面白いところは,これがAlexa対応のゲームだということだ。つまり本作において,状況の説明は音声で行われ,選択肢の提示も音声で行われる。プレイヤーが選択肢を選ぶのも,音声での入力だ。
実のところ,音声だけで遊べる(画像が付属しない)という事実は,潜在的なプレイヤーの幅を広げる効果がある。視覚障害を持つ人や,指先での細かい操作が難しい人々が楽にプレイできるのは言うまでもないし,とくに後者にはしばしば高齢者が含まれるというのも大きなポイントだ(逆に聴覚障害を持つ人に対して門戸を閉ざすことになるのは否定できないが)。
また,「よりゲームを自由に作れる・作り込みやすい」という興味深い指摘もあった。グラフィックスの高解像度化・リッチ化が進む昨今においては,その制作コストは馬鹿にならない。だがこれが音声だけであれば,「なんと美しい風景だ」と登場人物が感嘆する場面においても,「HD画質で描かれた美しい風景」は必要なくなる。
同様に,登場人物が実際に画面上で演技するタイプのアドベンチャーゲームともなれば,そこでキャラクターに実際に「演技」させるのは,相当に大変な作業になる。だがゲームの要素が声だけであれば,「このシーンはイマイチだから作り直そう」ということになったとしても,そのシーンをもう一度録音し直すだけで済む。
もちろん,たとえ声だけであっても再収録はコストを押し上げる要因となるが,それでも「声以外もあるゲーム」で1シーンまるごと作り直すコストに比べれば,比較にならない。
ちなみに,「Baker Street Experiment」のデザインにあたっては,もちろん既存のコマンド選択型アドベンチャーが参考にされたが,それと同じくらい「Radio Play(ラジオ演劇。事実上,ラジオドラマと考えて良い)」が参考になったという。
音声だけでプレイするゲームであるということは,確かに1つの制約ではある。だが同時にこれは,ラジオドラマで使える技法はすべて使えるジャンルでもあるというわけだ。
制限を活用して利点とする
実際の制作においては,クラシックな手法が活用できるという。
事実,「Baker Street Experiment」の物語構造は,非常によく見るスタイルの分岐型シナリオだ。音声オンリーのゲームということで,サウンドエフェクトの効果がより鮮烈だという特徴はあるものの,SEが有用であること自体は,いわゆるノベルゲームにおけるセオリーと変わらない。
なお,声優の演技力も最大限に活用できるという指摘もあった。声優の演技に表現が集約されているので,ほかの要素とのシンクロを考える必要があまりないというわけだ。このあたりは実写動画を活用した「Her Story」が,役者の演技力を最大限に活用できたというところに通じるものがある。
興味深いのはプレイ時間だろうか。フルボイスのアドベンチャーゲームとして,15〜25分というのは「短い」と感じるかもしれない。だがAlexaのユーザーにとっては,これくらいのボリュームがちょうど良いようだ。
Alexaでゲームを作ることならではの問題もあったという。中でも大きな問題となったのが,1シーンの長さに対する制限だ。Alexaはそもそもゲームのプラットフォームとしては考えられていなかったようで,1度の音声入力に対する「返答」は,90秒以内に限られる。90秒で読み上げられる文章の長さには限界がある(しかも選択肢の提示まで含めて90秒である)ため,苦労したようだ。
だが実際にゲームを動かし始めてみると,この90秒の制限は「プラスに機能した」という。というのも,90秒であっても,ただメッセージを聞いている時間としては必要十分に長いのである。プレイヤーを退屈させないためには,逆にこの90秒という縛りのなかでメッセージを工夫し,インタラクション可能なポイントを増やすことを考えたほうが,ゲームとして良くなったそうだ。
ちなみにここまで「音声のみのゲーム」と言ってきたが,AlexaはKindle Fireなどディスプレイを有するデバイスに対して「Home Card」というシステムを搭載している。これはSkillから戻す出力の一種で,音声と同時にテキストや画像を送信できるというものだ。
「Baker Street Experiment」ではこのHome Cardを利用して,プレイヤーに現状を示す画像などを送信するという仕様も採用している。
ジャンルの発展はマネタイズ次第か
Alexaにおける「ゲーム」ジャンルのSkillは2017年2月28日時点で300を越えている。これを多いと見るか少ないと見るかは難しいところだが,いわゆる「スマートスピーカー」のプラットフォームとユーザーの広がりに比べると,まだまだと考えても良いだろう。ユーザーの多くはコンテンツに飢えており,市場としてはブルーオーシャンに近いという。
一方で,Skillを作るために要求される技術的ハードルはかなり下がっており,登壇者のうちプログラミングを担当したMichael Lee氏は「現状ではもう,僕が何か手出しする必要がないくらいに簡単」と語る。コミュニティも育っており,何か疑問があってもコミュニティに質問することで解決することが多いそうだ。
しかしながらAlexaをプラットフォームとしたゲームには,現状,マネタイズの手段が極めて限られているという,致命的な弱点がある。Skillはユーザーが無料で利用できるので,ゲーム本体でマネタイズすることが極めて難しいのだ。
Amazon側が将来的に何か手を打ってくる可能性はあるが,今のところは「大きなゲームのプロモーション用に作る」といった,作品単体で収支を完結させない方向性が現実的といったところだろうか。
日本市場からすると,2017年2月時点ではAlexaが日本語に対応していないので,参入対象としては考えにくい。加えて言えば,「音声だけだから簡単だろう」という甘い観測は,サウンドノベルを作る企画者にとって最大の罠ともなりがちだ。
とはいえ,Alexaが未開拓のプラットフォームであることは間違いないし,そこでクラシックなアドベンチャーゲームが作れる(しかも,とくに新しい技術は必要ない)というのは,頭のどこかに置いておいても良い情報だろう。また「耳で聞いて,声で入力する」というUIそのものには,汎用性があるというのも重要だ。良くも悪くも,「今後の発展を待つ」(とくにマネタイズ)というところだろうか。
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