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意外なところにゲーム人 第4回:「ゲームニクス」の導入で日本産業の活性化と,ゲーム開発者の活躍の場を増やすサイトウ・アキヒロ氏
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印刷2019/04/15 12:00

連載

意外なところにゲーム人 第4回:「ゲームニクス」の導入で日本産業の活性化と,ゲーム開発者の活躍の場を増やすサイトウ・アキヒロ氏

画像集 No.018のサムネイル画像 / 意外なところにゲーム人 第4回:「ゲームニクス」の導入で日本産業の活性化と,ゲーム開発者の活躍の場を増やすサイトウ・アキヒロ氏

 かつてナムコやコーエー(いずれも当時)でゲーム開発に携わり,現在はゲーミフィケーションデザイナーとして活躍している岸本好弘氏とともに,ゲーム作りのノウハウをゲーム以外の分野で活用している人を取材していく連載「意外なところにゲーム人」。
 連載第4回に登場いただくのは,亜細亜大学 都市創造学部 教授のサイトウ・アキヒロ氏だ。サイトウ氏は,日本のゲーム開発のノウハウを体系化した「ゲームニクス」を提唱している人物で,それをゲーム以外のさまざまな分野に応用して活躍している。
 今回はサイトウ氏に,自身がゲーム開発に関わるようになったきっかけや,「ゲームニクス」の意義,そして今後の自身の活動などについて語ってもらった。

亜細亜大学 都市創造学部 教授
サイトウ・アキヒロ
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取材は,ゴジラやウルトラ怪獣の関連グッズに囲まれたサイトウ氏の研究室で行われた
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任天堂のゲーム作りに強く表れていた「ゲームニクス」


 サイトウ氏がゲームと初めて出会った時期は,「スペースインベーダー」「パックマン」「ギャラクシアン」が世に出てきたアーケードゲームの黎明期。当時流行していたことや,ゲームというそれまでになかった新しいメディアの存在にサイトウ氏は興味を持ってはいたそうだが,プレイヤーとしてそれほど熱中したわけではなかったという。

 そんなサイトウ氏がゲームの開発に関わるようになった転機は,1984年のこと。美術大学を卒業し,広告会社でコマーシャルの制作をしていたサイトウ氏は,知人の紹介で当時HAL研究所のプログラマーであり,後に任天堂の代表取締役社長となる岩田 聡氏と知り合う。そこからサイトウ氏は,ゲームのアートやゲームデザインを手がけるようになったそうだ。

サイトウ氏:
 コマーシャル制作の仕事では賞をいただいたこともありましたが,すでに成熟した業界だったので,当時若造だった私の企画が通ることはなかなかありませんでした。
 でもゲームは,企画を出すと次々に通る。ファミコンブームのおかげでいろいろな企業が「よく分かんないけどゲームは当たれば儲かる」と考えていたんでしょうね。「これ面白いですよ」と企画を持ちかけると「やりましょう」とすぐに話が進むんです。
 今なら不謹慎だと言われてしまうようなネタをモチーフにした無茶苦茶なゲームもありました。ゲームがまだ新しいメディアで「これをやればウケる」というセオリーがない時代だったからこその話だと思います。

岸本氏:
 ファミコンブームのころは,サイトウ氏以外にも多くの才能ある方が,ゲーム業界に流れ込んできました。「ドラゴンクエスト」シリーズを手がけた堀井雄二氏や,「桃太郎電鉄」シリーズのさくまあきら氏などもそうです。

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 サイトウ氏は,岩田氏とともにファミコンの初期タイトルなど,いくつものゲーム開発に携わってきた。岩田氏は自身が卓越したプログラマーだったにもかかわらず,分野の違うクリエイターに対してリスペクトを抱いていたとのことで,サイトウ氏がアートを描いて持っていくと,必ず絶賛していたそうだ。もちろん,あの宮本 茂氏に対するリスペクトも強かったという。

サイトウ氏:
 岩田さんは,クリエイターとしての宮本さんの考え方や行動に対するリスペクトが強い人で「宮本さんの肩越しの視線」についてもよく話していました。
 宮本さんは開発中のゲームをテストプレイをしてもらうときに,そのゲームを触ったことのない人に何も言わずに遊ばせるんです。それを後ろから見て,自分の思ったとおりにプレイしているか,思ったとおりの反応が得られるかなどを観察して,ゲームの出来を判断するんです。

 またサイトウ氏は,「ゲームニクス」を説明するうえで,「ヒットするゲームは,遊ぶ人が口で文句を言っているのに,顔は笑っている」という“ストレスと快感のバランス”を表した宮本氏の言葉を例に挙げた。
 良いゲームは,つまずいたり,欲をかいて失敗したりしたときにも,「確かに自分に原因がある」「もっとうまいやり方があるはず」とプレイヤー自身が失敗を納得でき,そこから乗り越えようと思える作りになっている。「何だよ,このゲーム!」と口では言いながらも「悔しい! もう1回」と笑いながら挑戦してくれるのが,良いゲームの証なのだという。しかし,同じ「悔しい」でも,操作性が悪いなど,ゲーム体験以外のところでプレイヤーにストレスを与えるものは良くないとサイトウ氏は語る。

 日本のゲーム開発者たちは,黎明期より「直感的に操作でき,ルールを段階的に学習し,思わず夢中になっていく」ゲーム作りを重要視し,今日まで配慮を積み重ねていった。このゲーム開発のノウハウ「ゲームニクス」をさまざまな分野に応用していこうというのがサイトウ氏の考えだ。

岸本氏:
 そういう話で私がよく思い出すのは,「パックランド」のロケテストです。強面の男性がコインを入れてプレイし始めたのですが,ジャンプ台をうまく使えなくて最初の池が越えられず,3連続で失敗していました。
 すると,筐体のテーブルを「バン!」と叩いて立ち上がったので「まずい,怒ったか?」と陰でコッソリ見ていたら,ハッと何かに気づいたような顔をして,もう1回コインを入れたんです。今度は,ジャンプ台でタイミングを合わせてジャンプし,無事に池を越えることができました。そうやって自分で解決方法を見つけたときに,人は快感を覚えるんですよね。

「パックランド」でジャンプ台が初登場するシーン(876TVの公式動画より)
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サイトウ氏:
 「パックランド」には,「ジャンプ台を使えば池を飛び越えられる」という導線がまったくありませんでした。「ゲームニクス」の考え方で言えば,まず小さなジャンプ台でジャンプさせる体験をさせたあと,プレイヤーが池の前にある大きなジャンプ台を見て「これを使うといいのでは」と気づかせるような仕掛けを作ります。

岸本氏:
 確かに。そう作れば良かったです(笑)。

 サイトウ氏は,黎明期のゲームは「ゲームニクス」が考えられていなかったタイトルが珍しくなかった一方で,任天堂はかなり丁寧に作っていたと指摘する。
 その理由は,当時任天堂の品質管理部門だった「スーパーマリオクラブ」(2009年にマリオクラブとして分社化)の存在が大きいという。この部門は自社のゲームタイトルを客観的にジャッジするところで,評価が低ければ,たとえあの宮本氏が企画・ディレクションしたゲームであっても,世に出ることはなかった。
 サイトウ氏も,自身がディレクションしたタイトルが審査されるときは,結果が出る3日ほど前から,食事が喉を通らない経験をしたそうである。

サイトウ氏:
 スーパーマリオクラブの審査は,「プレイヤーが仕掛けに気づかず,先に進めない」なんてことがあると,すごく評価が低くなるんです。もともとは,ゲームの品質を維持するために作られた部門でしたが,おかげでゲームの作り方について深く学べたと思います。

岸本氏:
 スーパーマリオクラブは,粗悪なソフトの乱発によりゲーム市場が破壊されたアメリカの「ATARIショック」の失敗を繰り返さないように作られたシステムと言われています。実際これにより,任天堂ハード用のゲームソフトの品質が全体的に高まったと思います。

 スーパーマリオクラブのスタッフは,ゲームの評価にあたって「最後までゲームを遊ばなくてもいい」「嫌になったらプレイを止めていい」と指示されていたそうだ。そのため,操作性の悪いゲームや,進め方の分からないゲームは途中で投げ出されてしまうので,かなり評価が下がってしまう。実際,当時も操作性やユーザーインターフェイス,ゲームの導線に関するクレームは多かったようだ。
 そうしたやり取りのなか,サイトウ氏たちは「自分たちが面白いと思っている部分まで投げ出さずにゲームを遊んでもらうには,まず操作性やユーザーインタフェースをどうするかが重要になる」と気づいたのだという。

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サイトウ氏:
 ジャンプ台を使わないと先に進めないのであれば,ジャンプ台に気づいてもらわないといけません。それも「プレイヤーが自分で気づいた」と思わせる必要があります。ジャンプ台の前に,「ここでジャンプしてください」なんて指示が出たら興醒めですよね。スーパーマリオクラブのチェックを受けたり,宮本さんと一緒に仕事をしたりすることによって,そういったノウハウを学んでいきました。

 そのため任天堂のゲームは,操作性やユーザーインタフェースに非常に重きを置き,時間をかけて作り込んでいる。結果,ステージやワールドなどのコンテンツを膨大に増やして壮大な世界観を表現するようなタイプではなく,限られた世界の中を味わい尽くすようなタイプのゲームが多くなっているのではないかとサイトウ氏は言う。

サイトウ氏:
 当時任天堂のゲームの作り方を学んでいた私が,家電製品なんかを見ると,操作方法は分からないし,説明書は無駄に分厚いし……と「もう全然なってないな」と思っていたわけですよ。
 強く意識するようになったのは,スーパーファミコン時代の終盤,ゲームがどんどんリッチになっていった時期でした。ゲームとしてやれることが増える一方,プレイヤーが覚えなければならないことも増えるため,今までと同じ操作方法では,増えた情報量に耐えられなくなります。そうなるとプレイヤーの不満が増すので,それを解消するために開発者たちは試行錯誤を繰り返していました。
 一方,ほかの業界では,そういう快適な操作性の作り込みに対する意識やノウハウがまったくありませんでした。例えばかつて銀行のATMは,ほかのボタンと比べて圧倒的に使われる「引き出し」ボタンも,多くの人がほとんど使わないであろう「ローンの申し込み」のボタンも最初の画面に均等に並んでいて使いづらかったんです。仮にスーパーマリオクラブが,そんなUIのゲームを審査したら,まず世に出ませんよ(笑)。

岸本氏:
 子供から大人まで,初めての人から上級者まで,誰にでもストレスなく操作できる様に設計された,ゲームのUIはすごいのです。

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日本文化の“おもてなし”はインタラクティブなゲームと相性がよかった


 優れた操作性やUIを持つ日本のゲームだが,サイトウ氏はもう一つの特徴として,「世界で受けた日本のエンターテイメント」だということを挙げる。映画にしろ歌謡曲にしろ,ゲームが台頭するまでは日本人の作ったエンターテイメントが世界でヒットすることなど稀だったからだ。
 そもそも日本のエンターテイメントがヒットしにくい理由は,「文化の違い」にあるとサイトウ氏は語る。例えば,日本の文化で育つとフランスの「エスプリが効いている」という表現はいまいちピンとこないし,逆に海外の文化で育つと,日本のエンターテイメントで表現される「和の心」はよく理解できないだろう。
 全世界でヒットを飛ばすハリウッド映画は,人種のるつぼと言われるアメリカで生まれ,人種や宗教を含めたすべての文化に受け入れられる内容に仕上がっている。だからこそ売れるのだとサイトウ氏は指摘する。

 では,日本の文化の中で作られた数あるエンターテイメントの中で,なぜゲームは世界に受け入れられたのか。その理由をサイトウ氏は,「ゲームは,プレイヤーがアクションを起こすと必ずリアクションが生ずるインタラクティブなものだったから」だと考えているという。

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サイトウ氏:
 映画や歌などは,クリエイターが自分の表現を一方的に受け手に投げるだけです。それを受けて共感できる人はファンになるけれども,そうでない人もいるわけです。また,映画の主人公は,観客が「そっちに行くと危ない」などと思っていても,観客の意思と無関係に動きます。これがゲームの台頭前のエンターテイメントでした。
 ところがゲームはインタラクティブなメディアですから,プレイヤーがアクションをすればリアクションがあり,それに対してプレイヤーがリアクションするという繰り返しが起こります。それが,ほかと決定的に違う点です。
 とくに任天堂のゲームは,どうやれば作り手の意図を押しつけがましくなくプレイヤーに伝えられるかという部分へのこだわりが強いです。それは,任天堂本社のある京都の“おもてなし”の知恵とでも言うべきものです。それがたまたま,インタラクティブなエンターテイメントであるゲームと相性がよく,世界で通用する表現につながったんだと思います。

岸本氏:
 長い歴史を持つ京都のおもてなし文化が,任天堂のゲーム開発にも繋がった。という説は面白いです。

 ゲームは,プレイヤーが何もしなければ,リアクションが取れない。そのため,プレイヤーが何かしてくれるように選択肢を提示するなどして誘導しなければならないのだが,それが押しつけがましいと嫌がる人も出てくる。
 そこでゲームは,あくまでもさりげなく,あたかも自分自身の意思でアクションしたかのようにプレイヤーを誘導する必要があるのだが,“おもてなし”の知恵がある日本以外の文化ではそれを実現するのは難しかった。
 だからこそ,長らく日本のゲームは世界のトップを行くことができたというのが,サイトウ氏の考え方なのである。

サイトウ氏:
 しかし,ある時点から日本のゲームも世界と同じ土壌で戦わざるを得なくなりました。それは,子どものころから日本のゲームに親しむ中で,“おもてなし”を身に付けたゲームクリエイターが世界中で育っていったからです。
 そうなると,もうアメリカには敵いません。今のゲーム開発は規模が大きくなり,世界で売らなければ元が取れません。ハリウッド映画のノウハウを持つアメリカなら,文化の壁を越えて世界中の国や地域で受け入れられるゲームを作ることができるわけです。

 以上のように,ゲーム業界では海外,とくにアメリカに追いつかれてしまった“おもてなし”だが,サイトウ氏は,ほかの分野ではまだそういったことは起きておらず,ゲーム以外のソフトウェア産業にこそ日本の「ゲームニクス」が必要であると語る。

サイトウ氏:
 今やハードウェアの進化は,行き着くところまで来ました。一方でハードウェアの進化は,膨大なソフトウェア処理を可能にしました。そこに目を付けたアメリカの企業は,クラウド事業を始めています。例えばMicrosoftも,事業をOSからクラウドに切り替えつつあります。もはやOSの進化は,ハードウェアのそれ同様,本来必要ない機能を追加しているだけですから。
 しかし,インタラクティブ面ではまだ日本にアドバンテージがあります。優れたハードウェアに,インタラクティブ性のあるソフトウェアを載せれば,まだまだ勝負できる。そう考えて,ゲームが築いてきた“おもてなし”の知恵に「ゲームニクス」という名前を付け,十数年前から私一人でプロジェクトを進めてきました。

岸本氏:
 ゲームのノウハウを他業界で活用するという意味で,「ゲームニクス」と似た用語に「ゲーミフィケーション」があります。両方は重なる部分もありますが,サイトウ氏が最初に「ゲームニクス」を発表したのはCEDEC 2007でのことでした。Gamification Dayが始まったGDC 2011よりかなり早い時期なのです。

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ゲーム化とは「ルール」と「勝利条件」を決めること


 サイトウ氏は,「ゲームニクス」を使って日本の産業に寄与したいと考える一方で,現在の30〜40代のゲームクリエイターが今後生きていく道を作りたいとも考えているという。「ゲームニクス」はゲーム開発の経験があれば理解しやすいので,ゲームクリエイターが転職を考える場合に,ゲーム業界以外の分野を視野に入れることもできるようになるというわけである。
 実際,「ゲームニクス」はクラリオンのカーナビ「スムーナビ NX710」やLIXILのWebサイトなど,すでにさまざまな形で活用されている。とくに現在進行中の「ゲームニクス」を導入したリハビリテーションプロジェクトでは,導入前の1.7倍の効果が得られたという実験結果もあるという。

クラリオンのカーナビ「スムーナビ NX710」は,エコ運転機能に「ゲームニクス」を導入。直感的なUIデザインやマスコットキャラを採用し,親しみやすい見た目に。エコ運転を続けていくと,画面上の木が成長していったり,ポイントが手に入ったりとエコ運転を楽しみながら行える
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「ゲームニクス」が導入されたLIXILのキッチン見積もり画面。シンクのレイアウトや大きさ,カラーなどを変更するとそれに合わせて,合計金額が表示される。大量な情報を,快適な操作感で動的に表示することで,Web特有の上下に長いスクロールを回避している
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サイトウ氏:
 ゲーム開発を経験した人やゲームに詳しい人なら,「ゲームニクス」理論を聞いても「それって普通じゃないのか」と思うかもしれません。おそらく私ではないゲームクリエイターが「ゲームニクス」をほかの分野に応用することは可能でしょうし,そう遠くない将来,より多くの企業がそういった人材を求めるようになるでしょう。
 しかし本質まで理解できるのは,トップクラスのゲームクリエイターだけです。つまり「ゲームニクス」は,一握りの人材だけが習得できる特殊な技術なんです。そこで私はパイオニアとして,あとに続く人達のために,しっかりと成果を残すことを使命として活動しています。

岸本氏:
 サイトウ氏の後に続く人材が増えていくといいですね。その為には,ゲーム開発者であっても「ゲームニクス」の本質まで理解している必要があります。足りてない人は,改めて学び直しましょう。

 「ゲームニクス」とは,とどのつまりあらゆる情報を“ゲーム化”することだが,サイトウ氏は“ゲーム自体を作る”こととはまったく別物と捉えているという。
 それについてサイトウ氏は,かつて自身が手がけたドライブゲームの要素を盛り込んだ算数学習ソフトを例に挙げた。そのソフトは,プレイヤーが車を操作し,画面上に点在している数字を拾っていき,問いの解答となるように組み合わせていくというものだった。
 しかしこのゲームの場合,すでに解答が分かっている人には,車を動かすというゲーム部分が邪魔になっており,逆に純粋にゲームを楽しみたい人は,車を自由に動かせないので,問題部分が邪魔という事態に陥ってしまっていた。

 そこでサイトウ氏は,ゲームの定義を「ルールと勝利条件があるもの」とし,「ゲームニクス」を導入するテーマに対し,何をしたいかという「ルール」と,最終的にどうなればいいのかという「勝利条件」を設ける。これがサイトウ氏の言う“ゲーム化”だ。

サイトウ氏:
 例えば,素因数分解には3つの基本となる公式があり,今の受験勉強では,目の前で展開されている数式がどの公式を当てはめれば解けるかを学びます。しかし,その基本公式がなぜ3つなのか尋ねても,答えられる学生はほとんどいません。「数学の先生から公式を覚えろと言われただけで,私には分かりません」と。それなら高校に行って先生に聞いてみてくれと頼んだら,その先生も分からないんです。
 それはもう,本来の素因数分解の教学から外れたところの勉強ですよね。目の前にある長い数式に対して「この公式を当ては
めれば単純化できる」というセンスを磨くためだけの勉強で,「なぜ,この公式を使うのか」という教学の本質を先生すら知らないんです。
 でも,実際には3つの公式に集約されたルールがあるはずです。そのルールを使って,正解に到達するという勝利条件を満たすゲームにすれば,それを楽しんでいるだけで素因数分解の本質に触れられるはずですよね。それがゲーム化するということなんです。

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 実際,家電製品開発の現場でも,「なぜこの機能が付いているのか」とヒアリングすると,「競合他社の製品に付いているから」という答えが返ってくることがあるそうだ。
 そんな家電製品に「ゲームニクス」を応用するにあたり,サイトウ氏はさらにヒアリングを進め,「そもそもこの家電において,使ってもらうための手順(ルール)は何なのか」,最終的な勝利条件である「操作を迷うことなく機能を使い切ることによる顧客満足度を上げるにはどうすればいいのか」を徹底的に洗い出し,必要な機能の優先順位を整理していくという。

サイトウ氏:
 おそらく皆さんの家庭にあるテレビのリモコンには,まったく使わないボタンが付いていることでしょう。それは,もしかしたら使うと便利な機能かもしれない。でも,当面間に合っているからとか,マニュアルを読んでまで使う気にならないといった理由で放置されているわけです。
 そんな誰も使わない機能にコストをかけるなんてもったいないですよね。だったら,なくしてしまったほうがコストも価格も下がって,作る側も買う側も嬉しいわけです。

岸本氏:
 ゲームで言えば,隅々までプレイするようなマニアだけがたどり着くようなマップを,開発の初期段階から作り込んでしまうようなものですね。せっかくコストをかけて作ったのに,一握りの人しか遊ばない。

 そうやってルールと勝利条件を決めてゲーム化することは,ファミコン初期のゲームを作っていく感覚に近いとサイトウ氏は言う。当時のゲーム開発は,やりたいことはたくさんあっても,使えるデータの容量という制限があるので,何を残すかを取捨選択しなければならなかったからだ。
 サイトウ氏は,岸本氏の手がけた「ファミスタ」シリーズは,制限があったからこそ野球の本質となる部分だけを抽出することになり,多くの野球ファンが楽しめるゲームとなったのだろうと語る。

 逆に大容量のデータを扱えるようになった最近のゲームは,何でもかんでもとにかくリアルに近づければいいと考えてしまいがちだが,サイトウ氏は実際にリアルにしてしまうと,ゲームとしての優れた特徴が損なわれることもあると指摘する。

サイトウ氏:
 例えばドット絵の時代は,キャラクターの細部が描かれず,プレイヤーに想像の余地が与えられていました。つまり国の文化に影響されないので,インタラクティブ性さえしっかりしていれば世界中で受け入れられたわけです。どの国でも,ゲームの主人公を自国の人物として捉えることができました。
 ところが技術が進歩し,グラフィックスがリアルになると文化のギャップが出てきます。例えば「ドラゴンクエスト」シリーズなら,主人公が鳥山 明さんの描く絵そのものになってしまう。つまりリアルになったことで鳥山さんの表現,引いては日本の文化性が生じてしまったんです。こういった事例がいたる所で起きた結果,日本のゲームが世界で売れなくなっていったという側面があるのではないでしょうか。

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 またリアルな表現が可能になったことにより,ほかの国や地域の文化を模倣して描けなくなったという部分もある。
 例えば,海外のゲームに出てくる侍の動きにどことなく違和感を覚えたことがあるという人は多いのではないだろうか。それは同様に,銃に慣れない日本人が作ったFPSなどは,アメリカ人からしてみれば違和感を覚えるということでもある。
 このように,サイトウ氏はリアルな表現が必ずしもゲームのメリットにつながらないことを指摘する。

サイトウ氏:
 例えばクルマを使ったレースゲームは,リアルな表現を追求するとシミュレーターに近づいていきます。リアルに近づけば操作が複雑になり,また時速200キロもそれほど速く感じられるわけではないということに気づかされます。
 一方,「マリオカート」は表現も操作もかなり簡略化していますが,十分に面白いわけです。いろんな見方ができるとは思いますが,一概に「マリオカート」がリアルなレースゲームより劣っているとは言えないでしょう。

 サイトウ氏は「ゲームニクス」の理論について,「日本のクリエイター達が黎明期からゲーム開発を手がけ,プレイヤーの反応から何を求められているかを学び,他人の作ったゲームに刺激を受けつつ,蓄積していったノウハウそのもの。足すものも引くものもないくらい精査されている」と語る。

 またサイトウ氏は,今振り返ると「ゲームニクス」をほかの分野に応用しようと考え始めたのは,かつて新しいメディアだったゲームの開発に取り組んだように,前例のない新しいことのパイオニアになりたかったからではないかと感じているのだという。
 そんなサイトウ氏は,当然今後も「ゲームニクス」の浸透に向けて取り組み,その中で上記のように現在30〜40代のゲームクリエイターが活躍できる場を広げていくことに力を注ぐと語った。

サイトウ氏:
 ゲームクリエイターの皆さんに言いたいのは,私達が一般に言われるクリエイターとは違うということです。ゲームは“作品”ではなく“製品”です。主人公はあくまでもプレイヤー。だからゲームクリエイターは,プレイヤーが気持ちよくなれる環境を作らなければならない。
 面白いアイデアを思いついたら,それをプレイヤーにどう体験してもらうかを考えるんです。そのために適切な世界観や主人公などの表現を作るのであって,「オレの作り出した主人公や世界観を楽しんでくれ!」と押しつけるのは違うと思います。
 そして,その考え方をほかの分野に応用していくのが,「ゲームニクス」です。その裏側には,あたかも受け手に選択肢を与えているように見せかけて,実はこちらの思うように誘導しているというロジックの逆転もあるのですが,それも含めてプレイヤー主義なんですよね。

 それでは最後に,岸本氏のサイトウ氏に対するコメントと総括を掲載して,本稿の締めとしよう。

岸本氏:
 サイトウ氏のインタビューの前に改めて,ゲームニクスの本を読み返してみましたが,新たな気づきがいくつもありました。ゲームニクスが素晴らしいのは,ゲーム業界人が暗黙知として語ってきたゲーム開発のノウハウを,他業界の人にも分かるように言語化,体系化したことです。これによって他業界の人にもゲームのノウハウを知らせることができたのです。
 ゲームには世の中をより良くする力があると信じています。ゲーム業界人がゲームのノウハウを言語化して知り,他業界でも活躍していく未来がやってくるでしょう。現在はエンタメだけに主軸を置くゲーム産業が他業界に拡大していくイメージを持っています。ゲームの力がより広く活用され,より多くのゲーム業界人が働ける未来を私もサイトウ氏と共に目指していきます。

岸本氏の総括
  • 「ゲームニクス」とは,「直感的に操作でき,ルールを段階的に学習し,思わず夢中になっていく」ゲーム開発ノウハウの応用である
  • ゲームの“おもてなし”とは,作り手の意図を押しけるのではなく,プレイヤーが自分自身の意思でアクションしたかのように誘導するもの
  • 「ゲームニクス」を理解することで,ゲームクリエイターはゲーム業界以外への転職も容易となる

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亜細亜大学 公式サイト

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