プレイレポート
シンエイ動画の研修用ゲームに見る,アニメ制作現場の今――不定期連載「シリーズ・ボドゲ探訪」
例を挙げるなら,以前に紹介したサイゼリヤの研修用ゲームが,まさにその一つだろう。同作はいわゆるゲーミフィケーションの好例だが,こうした従来の枠を超えたボードゲームの活用事例は,ほかにもまだまだあるはずだ。
5年分の店舗経験をゲームで――サイゼリヤに聞く,ボードゲームを活用した社員教育。「オリジナル店舗運営ゲーム」の顛末を制作陣に聞いた
レストランのサイゼリヤが,「サイゼリヤオリジナル店舗運営ゲーム」を制作し,社員教育を行っているという。一般には馴染みがない研修用ゲームだが,いったいどんな内容で,どんな風に運用されているのだろうか。ゲームを手がけた開発元と,サイゼリヤの担当者に話を聞いてみた。
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- インタビュー
- ライター:瀬尾亜沙子
- ANALOG
- 企画記事
この不定期連載「シリーズ・ボドゲ探訪」では,こうしたボードゲームの可能性に注目し,ビジネスや教育,それ以外の用途でボードゲームが活用されている現場を紹介していく。
第1回は,サイゼリヤの研修ゲームと同じマネジメント・カレッジが開発を手がけた「回せ! アニメ制作(デスク)ゲーム」を取り上げる(関連記事)。
老舗のアニメ制作会社であるシンエイ動画で,社員のために開発されたというゲームはいったいどんなものなのか。実際に研修で使われている様子も含め,レポートしてみたい。
シンエイ動画 公式サイト
ボードゲームで学ぶアニメ制作
「回せ! アニメ制作(デスク)ゲーム」は,“制作デスク”を志す社員向けに制作されたボードゲームだ。プレイヤーは,テレビシリーズのアニメ作品を担当する制作デスクとなり,コンテや作画,動画,仕上げといった各工程のスケジュールを管理し,全26話が放送日に間に合うように納品することを目指す。余裕を持って全行程を終わらせることができれば高得点が得られ,最終的には最多得点を獲得した人が勝ち,というわけだ。
ゲームボードを見てみよう。アニメ制作に限らず,スケジュール管理に関わる職種の人はお気づきかと思うが,本作のボードはそれ自体が巨大なガントチャート(工程管理表)でできている。仕事以外では,あまり目にしたくないこと請け合いだ。
本作では,アニメ制作を「コンテ」「作画」「動画」「仕上げ」の4工程に簡略化して表現している。
ボードの青く塗られた部分が「コンテ」,黄色の部分が「作画」,緑の部分が「動画」,オレンジの部分が「仕上げ」,そして右端の赤紫のマスが「放映日」だ。
アニメーション制作に馴染みがない人のためにいちおう説明しておくと,「コンテ」とは演出の設計図を描く作業を意味している。漫画のコマようなイラストが縦に並んだ,いわゆる絵コンテがよく知られている。次の「作画」はアニメーションのキーとなる絵――原画を描く作業。そして続く「動画」で,原画と原画の間に入る絵――中割を描いていく。
仕上げは完成した動画に色を塗ったり,特殊効果を乗せたりすること……なのだが,本作ではここに,その次の工程である“撮影”(動画と背景を組み合わせて1枚の絵にする)も含めているようだ。
実際のアニメ制作には,このほかに脚本を練るシナリオ作業や,声優さん達が声を吹き込むアフレコ,音楽や効果音をつけるダビングといった工程があるが,本作では省略されているようだ。
ターンが回ってくると,プレイヤーは木製の工程コマをボードの溝に配置して,各作業を進めることができる。配置した工程コマの位置が,ボードにあらかじめ描かれてた色と一致していればオンスケ(予定どおり)だ。しかし,アニメ制作にトラブルはつきもの。サイコロの出目が悪いとトラブルが発生し,工程コマを後ろに押し出してしまう。
このままでは放映日に間に合わなくなるので,発生したトラブルを解決しなければならない。方法は
- 「解決サイコロ」で解決できる出目を出す。
- 「事前準備」によって先の工程でリカバーする。
- 「協力」で次話以降を担当するチームに協力してもらう。
の3つからプレイヤー自身が選ぶ。
実際のプレイでは,複数の話数の作業が同時進行していく。本作がフィーチャーしているのが,各話を担当する“制作進行”でなく,シリーズ全体を統括する“制作デスク”なのはこのためだ。デスクである以上,全体を俯瞰する視点を持たなくてはならないのだ。
実際にプレイしてみると,一度発生した遅れはドミノ倒しのように連鎖していき,予定を狂わせていく。予定が狂うことはチームを遊ばせてしまう事態につながり,それがまた想定外のトラブルを引き寄せる。こうして,芋づる式に地獄が作られていく。
これがアニメ制作の現場,そして制作デスクが見ている世界ということなのだろう。
制作陣に聞く,ゲームに込められた意図
以上が本作の概要だが,細部を見ていくと,いくつか疑問が湧いてくる。
例えば,「解決サイコロ」の存在意義についてだ。ゲーマーなら共感してもらえると思うが,トラブルの解決をサイコロの運に委ねるのは,攻略としては悪手に思える。「事前準備」を行えば,数ターン先に確実に解決できるワケだし,(放映日直前など)数ターンを待てない場合でも,運に頼るよりは「協力」で先送りにしたほうがマシではないだろうか。
もう一つの疑問が,スケージュルに余裕があるときに行える行動「クオリティアップ」の効果が,かなり低く押さえられている点だ。
先の説明では省略したが,本作の得点は放映日にきちんと間に合せたことで手に入る「放映日キューブ」の獲得数(×2点)と,解決できずに放置されたトラブルキューブの数(×−1点)の差し引きで決定される。例外として,1度の「クオリティアップ」につき1つ獲得できる「得点キューブ」があるのだが,これは3つで2点(端数切り捨て)というルールだ。つまり3回実行しない限り得点にはならず,3回の行動を費やした見返りとしては,2点の報酬がもの足りない。
なぜこのようなゲームデザインになっているのだろうか。本作の制作に携わったシンエイ動画のスタッフに話を聞いてみた。答えてくれたのは,シンエイ動画 第一制作部プロデューサーの長南佳志氏と,企画制作部プロデューサーの𠮷田有希氏,そして制作本部副本部長の和田 泰氏だ。
まず一つ目の疑問,「解決サイコロ」の意義だが,これは当然ながら“意図的”なものだという。
「トラブルの解決において運に頼るということは,『まあ,たぶん大丈夫』『どうにかなるさ』『あの人ならできるでしょ』と言って放置するのと同じ。そこに気付いてほしい」(長南氏)
確かに運に頼っていては,仮に解決できたとしても何も得られない。再び同じトラブルが発生したら,詰んでしまうこともあるだろう。
また「協力」という解決方法も,現場ではよくあることなのだとか。直近の締め切りを守りたいがために,問題を放置してしわ寄せを先々に押しつける。その愚をゲームで実感してもらいたいということが,意図として込められているという。研修では,トラブルが倍になるのが心理的に重たいからか選ぶ人は少なかったが,なるほど,差し迫ったピンチを前にすると,案外選びがちな選択肢かもしれない。
「クオリティアップ」の効果についても意図は明確だ。仮にある1話だけが「神回」になったとして,全体のバランスは? ほかへの影響は?
「クオリティアップのために使った時間で,代わりに何を捨てたのか? そのせいでトラブルを見落としていないかを考えるべきです」(長南氏)
ほかにも,本作にはさまざまなメッセージや意図が詰めこまれている。
一つは,制作デスクという複雑で分かりにくい仕事の「見える化」だ。
「作品数が増え,求められるクオリティも上がっているのに,作り方は昔と変わらない,人も育たない。このままでは,いずれ行き詰まってしまいます。ゲーム制作を通して自分達の仕事を見つめ直すことで,”棚卸し”が出来ないかと考えました」(𠮷田氏)
「若手のものの見方を,“線”で見る制作進行の視点から,“面”で見る制作デスクの視点に切り換えること。問題点を洗い出すうちに見えてきたのが,このコンセプトだったんです」(和田氏)
制作として入社した新人は制作進行からキャリアをスタートするが,直接の上役である制作デスクが何をやっているのかは,傍から見ているだけではなかなか伝わらない。実際,仕事の実態としては「催促の電話をかけている」か「誰かに指示している」ことがほとんどなので,全体像が掴めないそうだ。一方,本作のゲームボードは制作デスクが使っているPCの画面そのものなので,これなら上役が見ている世界が具体的に理解できる。
また制作職でなくとも,自分の作業が全体のどの部分なのかを知ることは,決して無駄になることはない,とのことだった。
また制作デスクには,「理」の上に「情」を乗せていくことが大事だという。
アニメ制作の現場には「コミュニケーションの大切さ」であったり,「次も組みたいと思ってもらえる仕事をすべき」といった価値観が長く受け継がれてきた。もちろんそれは間違いではないし,「いいものを作りたい」と情熱を燃やす部下がいれば,デスクだってそれに応えたいと思うのは当然だろう。事実,こうした「情」の部分は,優れた作品を作るに当たっては決して無視できないものではある。しかし,「回せ! アニメ制作(デスク)ゲーム」が説くのは,「理」を常に意識することだ。
「あと1日待てば,もっといい絵があがってくるかもしれない。そうして粘った結果,失われるものがあるという意識が必要です。そうはならない広い視野をこのゲームを通じて培ってほしい」(長南氏)
本作には,制作に関わった人達とのそんな願いがこめられている。また長南氏自身も,自らのノウハウをゲームに落とし込む作業のなかで,「やはりアニメ制作ではこれが大事なんだ」と再認識したという。
アニメ制作という仕事の魅力
今回の取材の終わりに,アニメ制作という仕事の実体とその魅力について,シンエイ動画の3名に聞いてみた。
シンエイ動画では,現在6名前後の制作デスク(またはデスク補佐)の下に,それぞれ5〜6名の制作進行がつく体制で制作を行っているという。制作進行は,1人当たり15〜16人のアニメーター(社外を含む)と連絡を取りながら,日々スケジュール管理とトラブル解決に東奔西走する日々だそうで,そのストレスはかなりのもののようだ。
では,それでもアニメ制作の仕事を続ける理由はなんなのか。
「完成した映像を一番に見られますからね。お得です。自分が汗をかいた結果が画面に出ますから,やっぱり嬉しくもある。さらに映画作品なら,映画館で小さな子供が大笑いしたり,泣いたりしている瞬間を間近で見ることができます」(𠮷田氏)
「制作進行はアニメ作りの仕事すべてを把握できる立場なんです。経験を積めば,そこからデスクやプロデューサー,あるいは演出や監督へとキャリアを進めていける。それに“自分のアニメを作る”という目標があるなら,その過程で生まれる多くのクリエイターとの絆は貴重な財産になります」(長南氏)
一方で,シンエイ動画ではどういう人材を求めているかを聞いてみたところ,意外な答えが返ってきた。3名が悩みながら出した回答は,「真面目な人」とのことだ。
「“昔からアニメの仕事がしたくて”と脱サラして入社してくる人も多いのですが,そういった夢や情熱だけでは作品は完成しません。面白いことやふざけたことって,意外と真面目にやってるんですよね。これから業界を目指す若い人には“一緒に真面目にバカをやろうぜ!”と言いたい。ダサいけど本質だと思います」(𠮷田氏)
子供向け作品を主軸に扱うシンエイ動画であればこそ,真摯に仕事に向き合える人材が求められるということなのだろう。夢に溢れたアニメ制作をテーマにしながらも,非常に“現実的”な本作もまた,シンエイ動画のモットーを反映したものと言えるのではないだろうか。
なおシンエイ動画では,今回紹介した「回せ! アニメ制作(デスク)ゲーム」を,アニメ業界内のほかの企業にも体験してもらう機会を設けたいとも語っていた。具体的なプランまでは練っていないようだが,気になった業界関係者はシンエイ動画に連絡をとってみるといいかもしれない。
シンエイ動画 公式サイト
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