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[CEDEC+KYUSHU]「ヱヴァンゲリヲン新劇場版」に用いたデジタル表現の技術と試行錯誤。スタジオカラー・小林浩康氏による講演をレポート
『シン・エヴァンゲリオン劇場版』 総監督:庵野秀明 (C)カラー |
スタジオカラーは,庵野秀明氏が代表取締役を務めるカラーのアニメーション制作スタジオだ。アニメ「ヱヴァンゲリヲン新劇場版」シリーズのほか,多くの映像作品の制作に携わっている。
小林氏は,カラーの取締役で,「九州・福岡におけるアニメ・CG業界の若手人材育成」を目的のひとつとして設立された,福岡県にあるプロジェクトスタジオQの代表取締役でもある。
講演では,「ヱヴァンゲリヲン新劇場版」シリーズを題材に,使用したデジタル技術などが語られた。諸事情によりだいぶ時間が空いてしまったが,その内容をレポートしよう。
1999年に放送された作品からアニメの世界に
スタジオカラーには当初3DCGモデル担当として参加
小林氏が初めて関わったアニメ作品は,1999年に放映された作品だ。実際に発売されている玩具をモチーフにしたもので,登場するキャラクターが,トゥーンレンダリングによる3DCGにて描画されていたことが特徴であった。
そして,2006年に制作が開始された「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序」では,あわせて設立されたスタジオカラーのデジタル部に,3DCGモデル担当として参加する。
当時想定されていたデジタルパートは,デジタル撮影(コンポジット/Composite)と「第6の使徒」の3DCG化だったそうだ。第6の使徒については,これまで難しかった複雑な変形が,CGになれば可能になるのでは?といった理由からだ。
ただ,取っ掛かりとして「エヴァンゲリオン初号機」の3DCGモデルも用意した方がいいのではという話になり,まずはその制作にとりかかる。
当時のメンバー(小林氏,鬼塚大輔氏,他)の目標は,「折角スゴイ作画陣が揃っているのだから,『3DCG(デジタル化)によってエヴァがダメになった』と言われないように縁の下で頑張ろう」というもの。作画の役割とは別質の,3DCGを用いた新たな挑戦を,監督陣に提案することもあったようである。
チームの提案で作ることになった,第3新東京市のビル上昇下降のギミック。以前は,紙やセル画に描いたものを実際にスライドさせて動かすことで再現することもあったが,平面的な動きしかできなかった。3DCGの場合は,パースの付いたものの動きも可能で,地面から出てくるor沈んでいく建物をさまざまな角度から見せることができる |
3DCGによって,様々なことができるようになっていくなか,3Dモデルの方も細かいディテールを持つものへと作りこまれるようになっていく。そして同作は,大幅にCGが使われ,かつ高い映像クオリティを持つ作品になったのである。
なお小林氏は,我々が「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序」の制作で獲得したデジタル技術は,「3DCGを用いたミニチュアモデルの特撮セット撮影」「デジタルツールを用いた精密なディテールアップ(モニターワーク・2D)」「デジタルコンポジット上での実質無限の合成による特殊撮影技術」ではないかと話す。
特撮の演出を意識した同シリーズ作品として,CGを用いた制作は相性がいいようである。また,複数のセル画を重ねて撮影するアナログ的な技法は,枚数が増えることでセル画や描かれた画の影が映りこんでしまうことがある。合成を多く使用する作品の場合は,デジタル撮影の方が不都合なく進めやすい。
続編を制作していくなかでもCGへの模索は続いていたようで,ディテール面などは,作品が進むにつれて,より高密度で描き込まれたものになっていく。
プリヴィズを用いた映像制作を
アニメの制作に持ち込む
2014年頃,監督陣から小林氏に「海外の映画などで使われているプリヴィズを3DCGを用いて実現できるのではないか」という相談があった。
プリヴィズは,画コンテの代わりに別の役者や簡易的なCGで映像を制作し,スタッフと出演者が画面構成や演出を確認したうえで撮影を進めていくもの。そして,これに応えることになったのが,2016年に公開された「シン・ゴジラ」での制作技法でもあった。
この作品では,プリヴィズという名の,アニメのレイアウトシステムを実写映画に持ち込んだ。小林氏はプリヴィズプロデューサーとして,ミニチュアを担当するスタジオカラーのモデラースタッフのアサインや,バーチャルカメラ担当の外部プリヴィズプロダクションの手配などを行った。
映画全編の簡易映像を用意し,撮影した映像に差し替えていくこの手法は,「シン・エヴァンゲリオン劇場版」の制作でも用いることになる。
さらに,トライ&エラーを十分にできるようにと,社内バーチャルプロダクションの設立が検討され,「簡易的なものであれば,ゲームエンジンとモーショントラッカーを用いれば要件を満たせるのでは?」ということから,システムを開発する流れになる。
このシステムは,VRヘッドマウントディスプレイのモーションセンサーを使って,モーショントラックをしつつ,そこで得た位置を3Dソフトに戻して,その空間映像をスマートフォンで確認しながらアングルを探っていくいうもの。
スマートフォンを採用した理由は,監督を含む現場スタッフが,日々の撮影などにも使用しており,その操作に慣れていたからとのこと。コントローラーは,Bluetoothにて接続している。
プリヴィズを用いた「シン・エヴァンゲリオン劇場版」のシーン例。3Dのスタッフが複数のアングルを出して,その中から選び,作画スタッフなどに渡される |
映像のディテールアップ
より細かな書き込みが可能に
3DCGを使用することになったことで,マーキングの張り込みも容易になった。昔は,上がってきたセル画の上に,監督たちが油性マーカーなどでディテールを描いていくこともあったそうだが,現在ではグラフィックデザイナーが用意したものを,画面のバランスを見ながら足していけるようになっている。
また小物の質感なども,絵具で直接描いていた方法からテクスチャの張り込みになっている。同一のものを大量に描きこまなければいけない箇所も,CGで作り配置することで作業負荷を大きく減少できるようになった。
ときには,シーン演出の大幅な変更も。小林氏によると,庵野氏は,見た目のカッコよさだけではなく,どんな場面なのか,そして何か行われているのかを視聴者に伝えることが重要と考えているそうだ。
ほかにも,特殊技術撮影を行っている部署「特技」の作業も紹介された。ここでは,CGで作ったオブジェクトに汚れや光,ほこりなどの効果を付与したり,窓を打つ雨,爆発の粉塵エフェクトなどを追加している。
制作現場において,さまざまな技法がデジタル化することで,同一レイヤとして並び,そのすべての映像がアニメになったと話す小林氏。そのアニメーション制作の手法は,実写映画の制作でも充てられて,我々の制作スタイルにも合っているのではないかと続けた。
スタジオカラーがこれらの作品の制作で培ってきた技術は,今回ご紹介した作品以外でも活かされているそうだ。これから公開されるものもあるようなので,楽しみにしながら待ちたい。
また,「シン・エヴァンゲリオン劇場版」においては,2023年3月8日にBlu-rayの発売が予定されている。すでに劇場で観た人も多いと思うが,本公演レポートを読んだあとでは,また違った視点で楽しむことができるのではないだろうか。本編の一部が調整されているほか,新作特典映像も収録されるそうなので,発売が楽しみである。
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