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ダマスカス鋼の複雑な刃紋に魅せられる「世界で一番美しい包丁の図鑑」(ゲーマーのためのブックガイド:第16回)
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印刷2023/03/23 12:00

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ダマスカス鋼の複雑な刃紋に魅せられる「世界で一番美しい包丁の図鑑」(ゲーマーのためのブックガイド:第16回)

画像集 No.003のサムネイル画像 / ダマスカス鋼の複雑な刃紋に魅せられる「世界で一番美しい包丁の図鑑」(ゲーマーのためのブックガイド:第16回)

 「ゲーマーのためのブックガイド」は,ゲーマーが興味を持ちそうな内容の本や,ゲームのモチーフとなっているものの理解につながるような書籍を,ジャンルを問わず幅広く紹介する隔週連載だ。気軽に本を手に取ってもらえるような紹介記事から,とことん深く濃厚に掘り下げるものまで,さまざまなテーマでお届けする。
 第16回で取り上げるのは,美しい包丁の写真がいくつも収められたティム・ヘイワード著の「世界で一番美しい包丁の図鑑」だ。世界中から集められたさまざまな包丁を紹介しながら,その本質に迫ろうとする一冊を,朱鷺田祐介氏が紹介する。


「世界で一番美しい包丁の図鑑」


 家族と生活時間がずれたら,自分で料理をする。
 小松菜をざっと洗って包丁でざくっと切り,キノコと一緒に煮たら,最後にうどんを湯がいて白出汁を張った丼に移す。その上に,スーパーで20枚250円のスライス鴨ローストを数枚乗せ,刻んだネギとゆず皮を散らし,一味唐辛子を振る。鴨南蛮風ゆず風味うどんである。慣れれば朝の体操をしつつ,15分足らずで完成する。鍋は一つでいい。
 あくまでも雑な男料理だが,ときおり,ここにゲームデザインにも通じる思考が潜んでいるように感じることがある。栄養補給という大目的がありながらも,手順そのものが気分転換になる構造。見栄えとしての絵面,利用者に負担をかけないインタフェースの重要性,メンタルと体調の関係性などなど。そんなこんなで,私は料理にも興味があり,料理にまつわる本も好きなのだ。

 そもそも,料理にまつわる本はたいていが非常に美しい。
 当たり前だ。料理を美しく撮影しなくては,料理本として手に取ってもらえないのだから,料理の撮影に全力が注がれている。筆者も30年以上前,百科事典の編集部でアルバイトしていたことがあるが,アイスクリームを撮影するだけで1日が潰れたものだ。なにせ強いライトの下での撮影なので,すぐに溶けてしまう。美しい本の裏側には,相応の労力があることを知った,良い経験であった。
 そんな私が最近,最高にクールだと思ったのが,ティム・ヘイワード著の「世界で一番美しい包丁の図鑑」である。

画像集 No.001のサムネイル画像 / ダマスカス鋼の複雑な刃紋に魅せられる「世界で一番美しい包丁の図鑑」(ゲーマーのためのブックガイド:第16回)
世界で一番美しい包丁の図鑑

著者:ティム・ヘイワード
版元:エクスナレッジ
発行:2017年6月21日
価格:2200円(+税)
ISBN:9784767822891

購入ページ:
Honya Club.com
e-hon
Amazon.co.jp
※Amazonアソシエイト

エクスナレッジ「世界で一番美しい包丁の図鑑」紹介ページ


 本書はタイトルどおり,著者がコレクションした美しい包丁の図鑑だ。包丁というとかなり日本的なので,クッキングナイフと言い換えてもいい。料理用の刃物の構造と歴史,そして美しさを写真を交えて紹介しながら,「包丁とは何か?」という問いへの答えに迫ろうとする本なのだ。
 扱われているテーマは多岐に及ぶ。包丁の使い方,握り方,作り方の解説から,ダマスカス鋼の複雑な刃紋の再現に挑む若手ナイフメーカーへのインタビュー,さらには中世の肉の切り分け方まで。料理に欠かせない道具でありながら,同時に殺傷力の高い,危険な刃物であることに最初にきちんと触れているところも,筆者としてはポイントが高い。

画像集 No.004のサムネイル画像 / ダマスカス鋼の複雑な刃紋に魅せられる「世界で一番美しい包丁の図鑑」(ゲーマーのためのブックガイド:第16回)

 そしてもっとも大事なのは,とにかく写真が美しいことだ。世界各地の包丁の形状がよく分かるし,写真と対になっている解説ページもまたすばらしい。
 著者のヘイワード氏はロンドン出身のコレクターだが,和包丁に関しても愛情が深く,一章を割いてこれを紹介している。そこには在英の漫画家,轡田千重氏によるイラストも添えられており,和包丁作りの職人達の姿が表情豊かに描かれている。
 東南アジアのパーリング(皮むき用)ナイフ・ダオバオや,イタリアの半月型みじん切り両手包丁・メルツォーナといった珍しい包丁もあって,多文化好きにもたまらないだろう。
 また本書の最後を締めくくる写真に,包丁にとって一番の相棒である木のまな板を持ってくるところもたまらない。
 この一冊に著者の包丁愛,そして哲学が凝縮されているようで,読んでいるだけでうれしくなってしまう。

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 こんな美しい図鑑を読んでしまったら,次に読む本も料理関係から選びたくなる。もしあなたが興味を持ったなら,原書房の「食」の図書館シリーズもオススメだ。1冊あたり1つの食材を取り上げて,その歴史や文化を紹介するこのシリーズでは,あくまで欧米視点ではあるものの,食文化の多様な側面を垣間見ることができる。
玉村豊男「料理の四面体」(リンクはAmazonアソシエイト)
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 例えば紀元前の哲学者の話から始まり,アジアの白菜漬けやキャベツの擬人化問題にまで至る「キャベツと白菜の歴史」。お気に入りのロブスターの人権問題とその解決方法について,なぜか2章も割いている「ロブスターの歴史」などなど。「昆虫食の歴史」「モツの歴史」に至っては,一部の人々にとっては最高のホラーかもしれない。筆者もなんどかテーブルトークRPGのシナリオのネタにさせていただいた。

 また玉村豊男氏の「料理の四面体」は,食を通じて構造主義を教えてくれる名著といえる。すべての料理を「火からの距離」「火と食材の間にあるもの(水,空気,油)」という視点で差異分析する手法は,ずいぶん学びになった。
 水上 勉氏の「土を喰う日々―わが精進十二ヵ月―」は,若い頃に寺の庫裏で学んだ精進料理を著者が再現していく料理エッセイだ。料理の精髄がそのまま人生論へとつながるその語り口は,老人キャラクターのセリフ回しの参考にもなった(リンクはいずれもAmazonアソシエイト)。

 ああ,読書は一冊で終わらないのだ。

エクスナレッジ「世界で一番美しい包丁の図鑑」紹介ページ




■■朱鷺田祐介(ライター)■■
TRPGデザイン/翻訳を主戦場とするフリーライター。代表作に「深淵」「シャドウラン」「ザ・ループTRPG」など。最近のブームはスウェーデン産TRPGで,昨年は「MÖRK BORG」に触発された戦国ドゥーム・メタル・ファンタジー「信長の黒い城」をクラウドファンディングで製作し,販売。2022年冬のコミケでは,同系列の新作「黒の新撰組 幕末鬼殺行」のオープンβ版を発表した。


※「ゲーマーのためのブックガイド」は今回で最終回です。ご愛読ありがとうございました。
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