イベント
「超歌舞伎 Powered by NTT」レポート。中村獅童さんと初音ミクが共演した“御伽草紙戀姿絵”は最新の技術でさらに進化[超会議2023]
2016年4月の「ニコニコ超会議2016」で初上演された「超歌舞伎」は,歌舞伎俳優の中村獅童さんとボーカロイドの初音ミクが共演する歌舞伎公演だ。
日本の伝統文化と最新テクノロジーが融合した新時代の歌舞伎で,8回目となる今年の演目は“御伽草紙戀姿絵”(おとぎぞうしこいのすがたえ)に。2021年と同じ演目だが,技術面などで大幅にパワーアップしている。
AIを駆使した最新技術を使った演出も見どころのひとつである本公演。NTTが主催する,メディア向けの技術レク(演出に用いられた技術のレクチャー)も開催されたので,先にそちらの内容を紹介しよう。
「超歌舞伎」公式サイト
AI技術で実現した「獅童ツイン」
空間音響演出技術が超歌舞伎のクオリティを高める
「超歌舞伎」の会場である幕張メッセのイベントホールだが,アリーナ席の前方数列は,オリジナル特典付の“超プラチナチケット席”となっていた。この席には,オープンイヤー型イヤホンが用意されており,「空間音響演出」を楽しむことができる。
「空間音響演出技術」は,公演の音に加え,立体的な音響演出をするもの。馬が左から右へと走り抜ける音や矢が耳をかすめて飛んでいく音などが,場面に対応した位置から発しているように感じられる。
副音声のようなものではなく,生音を邪魔せず引き立たせる演出となっており,実際の客席よりも近い位置から舞台を体験している気持ちになる。
なお,会場によっては起こりうる音ズレなどにも,調整次第で対応できるとのこと。映画館などでは,既に立体的に音響を楽しめる設備は存在するが,生音と併せて舞台を楽しむための新しい演出として,新機軸を打ち出す技術になるのではなかろうか。
2021年の公演と同様に,冒頭に行われる口上には,デジタルツイン(DigitalTwin)で作られた,中村獅童さんのアバター“獅童ツイン”が登場している。
デジタルツイン(DigitalTwin)は,現実の世界から収集したさまざまなデータを,まるで双子であるかのようにコンピュータ上で再現する技術だ。NTTでは,見かけや身振りなどの外面だけではなく,深い内面の“個性”をも再現する「Another me(アナザーミー)」技術の実現を目指している。
従来の技術では,感情豊かな音声と身体動作を合成するために,膨大な学習データを必要としていた。しかし現在は,ごく少量のデータで学習が可能とのことで,今回の場合は2分程度の音声データ,5分程度の映像のみで,高精度の獅童ツインを作り出している。
実際に見てみると,中村獅童さんらしい自然な発音,抑揚,動きに至るまでが繊細に表現されていることに驚いた。声の特徴を“声色”と“発話リズム”に分離してモデル化することで,前回より表現力が向上し,個人性を表現できるのだそうだ。
「Another me」は,日本語のほか,英語や韓国語など数か国語に対応していて,モーション生成に関しても日本語と英語での開発が行える。また基本的には,データさえ集まればどんな言語でも使用できる技術だという。
商用サービスとしては獅童ツインが初となるこの技術。歌舞伎に限らず,幅広い分野で活用される日も近いのではなかろうか。
2023年の幕張に堂々登場した「御伽草紙戀姿絵」
中村獅童・初音ミクが源 頼光と七綾太夫を熱演
今回の演目である「御伽草紙戀姿絵」は,初音ミクの代表曲のひとつである「ロミオとシンデレラ」の世界観と,歌舞伎の「土蜘蛛伝説」が融合した舞台だ。
父の仇である源 頼光(中村獅童)と出逢い,相思相愛の仲となる七綾太夫(初音ミク)。そして源 頼光の家臣平井保昌に討たれた女郎蜘蛛と,その復活を企てる山姥茨木婆。さらに七綾太夫を殺害する袴垂保輔など,さまざまな人物の思惑が交錯し,最終局面では,異形となった七綾太夫の魂と,頼光の戦いが描かれる。
初音ミクが女郎蜘蛛の血を受けた美しく恐ろしい物の怪を熱演し,中村獅童さんが源 頼光と袴垂保輔の2役を見事に演じ分け,華麗な早替りを披露するというところも見逃せない点だ。
美しく気丈な七綾太夫が,激しい恨みによって化け物と化す場面や,平井保昌と保輔の兄弟の絆が描かれるシーンなど,激しい感情の動きが客席に深く伝わる演技に,観客は何度も息を呑む。
また,中村獅童さんの長男・小川陽喜さん演じる坂田怪童丸金時も,大詰めでの立ち回りなど,堂々たる演技で観客を大いに沸かせた。
親子の共演。大向こうでは,屋号の「萬屋!」のほか,「ジュニ屋!」,「ちちお屋!」とも声掛けされるシーンも |
公演中,左右に置かれたサイドディスプレイには,ニコニコ動画で視聴している観客のコメントが常に流れていた。そこにはテキストでの大向こう,桜の絵文字,歌舞伎初心者へのちょっとした解説などもあり,公演終盤では,生配信を行っているからこその演出も盛り込まれ,オンライン組と現地参加組の不思議な一体感が生まれていた。
カーテンコールでは,客席を縦横無尽に飛び回った中村獅童さんが「これが,超歌舞伎!」と宣言。歌舞伎と最新テクノロジー,そしてオンライン視聴者と客席のすべてが融合した芸術作品「超歌舞伎」を締めくくった。
おまけ:「あいせき幻燈茶屋」で,ミクさんの隣に座っちゃった!
イベントホールのロビーには,「裸眼XR相席対話システム」というNTT開発の最新XR技術を用いて,初音ミクと同じ空間で相席できる「あいせき幻燈茶屋」が設置されていた。
これは,反射率と透過率の異なるディスプレイを配置することで,リアルな人間とバーチャルのキャラクターが,同じ空間に座っているよう見えるボックス型のセット。写真では分かりにくいのだが,実際には座っているミクさんとしっかり目が合うようになっており,横並びで座っているところを鏡越しに見ることで,距離の近さをしっかり感じられる。
高い解像度で描画されているので,超歌舞伎の本編では確認できない,七綾太夫の衣装のディテールも,近くでじっくり見ることができる。
「ミクさんがそこにいる」という空気感に,少々緊張している筆者 |
「鏡を用いた実隣接感のあるXR相席対話システム」については,6月1日に東京大学で研究会を行うとのことなので,技術に興味のある人は,ぜひ調べてほしい。
この一歩先を行くXR技術は,今後はさらに多くのシーンで活用されていき,ますます私たちとバーチャルキャラクターを隔てるものはなくなるのかもしれない。仮想現実は新しい時代を迎えることになりそうだ。
「超歌舞伎」公式サイト
- この記事のURL:
キーワード