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水口哲也氏が語る,ゲームに共感覚やナラティブを入れ込むことへのこだわり。京都精華大学「クリエイティブの現場」の講義をレポート
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印刷2023/05/30 11:00

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水口哲也氏が語る,ゲームに共感覚やナラティブを入れ込むことへのこだわり。京都精華大学「クリエイティブの現場」の講義をレポート

 京都精華大学は2023年5月11日,同大学のキャリア教育科目「クリエイティブの現場」の講義を行った。thatgamecompanyの水谷 立氏による進行で,ゲームクリエイターの水口哲也氏のゲーム作りの考え方や取り組みについて語られた本講義をレポートしよう。

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テクノロジーの進化には,感動を深めていく可能性がある


 講義の冒頭,水口氏は自身が代表を務めるエンハンスを,「主にゲームを作っている会社」としつつ,「もう少し広く捉えて,非ゲーム分野も含めてエクスペリエンス(体験,経験)を拡張することを目標としている」と説明した。
 そうした活動のキーとなるのが「シナスタジア」(共感覚)であり,そのルーツが1900年代のドイツ表現主義の画家であるヴァシリー・カンディンスキーや,同じくドイツの芸術学校・バウハウスにあることを紹介した。またエンハンスが,共感覚的な感動体験を追求するべく「シナスタジアラボ」を設立し,外部の企業や研究者,アーティストなどと協力し研究プロジェクトを行っていることも紹介された。

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 あらためて共感覚について説明しておくと,「音を聴いて色を感じる」「絵画や写真を見て,そこから音楽が流れてくるような感覚になる」といったように,視覚や聴覚などの1つの感覚への刺激に対し,それ以外の異なる知覚も引き起こされることを指す。
 講義では,水口氏が共感覚の具体例として,「夕立でアスファルトの焼けるような匂いを嗅いだときに,子どものころの記憶が蘇る」といったような記憶と感覚の共鳴や,「1,2,3,4,5といった数字を見ると,その数字に色を感じる」という物理学者のリチャード・ファインマンなどを挙げた。

 共感覚は,クリエイティブにも活用されているとのこと。ライブイベントなどで,音楽に合わせてレーザーが照射されるという演出や,あるいは音楽からインスピレーションを受けて絵を描くことなどがまさにそれで,人は日常的に共感覚的な要素に接しているのだという。

 水谷氏からも,分かりやすい後天的な共感覚の例として,幼いころに習っていたピアノの鍵盤に,それぞれ異なる色のシールが貼られていたため,今でもドレミファソラシドの単音を聴くとシールの色が思い浮かぶという話が挙げられた。
 水口氏は,エンハンスでは「ビジュアルとオーディオなどが複合的に結びついた体験は深いところに刻まれて,なかなか消えないものになる」という仮説を立てていることを明かした。そうした仮説のもと,水口氏らは人間の記憶の定着に寄与したり,記憶に深く刻まれるような感動を作り出したりするべく,複数の感覚の刺激を組み合わせて,より深い体験を人々に届けようとしているという。

 そうした取り組みの背景には,ゲーム開発が常にテクノロジーの進化とともにある──すなわち「テクノロジーの進化には感動を深めていく可能性が常にある」という考え方があると話した。
 進化していくテクノロジーを効果的に使うことで,20年前のゲームよりも10年前のゲーム,10年前のゲームよりも今のゲームのほうが,より感動を深める体験設計ができるというわけである。


水口氏が開発してきたゲームの変遷


 講義の中盤では,水口氏の半生があらためて語られた。
 日本大学芸術学部文芸学科でメディア美学を専攻した学生時代の水口氏は,メディアや技術,アートの歴史を辿り,“未来に何が起こるのか”を研究していたという。大学を卒業したのち,1990年にセガに入社。水口氏は,当時のゲーム業界について,2Dのテクノロジーしかなく,グラフィックスもサウンドも今と比較すると極めて貧弱だったと振り返る。

 水口氏のセガにおける初仕事は,同社の携帯ゲーム機「ゲームギア」を分解し,今で言うXRヘッドセットのプロトタイプを制作したことだったそうだ。そのヘッドセットを役員会に持ち込んだところ,「面白いが,少し早すぎるのでは」という反応だったが,新しいことに取り組む姿勢が買われ,アーケードゲームの開発に携わることに。

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 水口氏によると,アーケードゲームは筐体やハードをゼロからスクラッチで作るため,非常に面白かったという。また,そうやって完成したアーケードゲームは1台300万円といったように非常に高額だったため,開発予算もふんだんに使えたそうだ。
 実際,水口氏が最初に作ったアーケードゲーム「セガラリーチャンピオンシップ」には,実車をモーションベースの上に載せて動かすというバージョンも存在したことや,同作がリアルタイムCGをアーケードゲームに導入した最初の世代のタイトルであることも紹介された。

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 セガはもともとロケーションベースのエンターテイメントを扱う会社であり,アーケードゲームに注力していたのだが,1990年代後半以降はテクノロジーの中心がコンシューマゲームに移っていき,アーケードゲームの需要が少なくなって現在に至ったと水口氏は分析する。自身もコンシューマゲームの開発に携わるようになり,第1作となる音楽ゲーム「スペースチャンネル5」を制作。1999年にリリースされる。

 話は,「スペースチャンネル5」にマイケル・ジャクソンが友情出演することになった経緯にもおよんだ。
 もともと水口氏らは,マイケル・ジャクソンをリスペクトしており,彼のミュージックビデオのような雰囲気のインタラクティブなゲームをつくろうと考えていたという。その開発現場を視察したマイケル・ジャクソン本人から同作に出演したいとのオファーがあったのは,開発終了の約1か月前だったそうだ。
 さすがにその段階でマイケル・ジャクソンを主役にしてモデルを作ったり,シナリオを書き直したりはできないため,苦肉の策で「そんな役はやりたくない」と断られることを期待した提案をしたとのこと。

 その提案は,「宇宙人に踊らされているマイケル・ジャクソン」をチョイ役として登場させるというもの。プレイヤーが宇宙人に勝つとどんどんカッコよくなっていくという内容だが,それまではカッコ悪いダンスを踊らされることになるわけで,期待通り断られるかと思いきや,なんと返答は「それでもいい」。開発現場は急きょ大変な作業を強いられることになったという。
 そのほか,送られてきたマイケル・ジャクソンのボイスがゲームのテンションとまったく合わず,世界的な大物相手にリテイクを出したというエピソードも明かされた。


 2001年には「Rez」をリリース。同作はシューティングゲームに音楽ゲームの要素を採り入れたようなタイトルだが,水口氏自身は「どちらかと言うと音楽ゲーム」と考えているという。
 企画開発にあたっては,「音楽とゲームそれぞれが持つ可能性を合わせたときに,新しい体験や感動を作れないか」を熟考した。何人かが集まってそれぞれ打楽器を叩いていると,最初はバラバラでもだんだんシンクロしてグルーヴになっていくように,人間はリズムが共鳴・共振する気持ちよさを先天的に記憶している。この持論を何とかゲームに落とし込めないかと試行錯誤した結果,同作が完成したと話していた。

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 以降,水口氏は「共感覚的な背景作り」をさまざまな形で試すように。例えば「ルミネス」は,同じ色のブロックで四角形を作って消していくパズルゲームである。しかし四角形は作った時点では消えず,タイムラインを通過したタイミングで初めて消えるようになっている。
 水口氏はこの仕組みについて「音楽で言うところのコール&レスポンスの掛け合いのようなもの。自分で動かしてセットしたものが,システムによって消える。その繰り返しが気持ちよさを生むのではないかという仮説を立てて作った」と説明した。

 以上を踏まえて水口氏は,「Rez」と「ルミネス」を開発した経験から,「音楽でなぜ感情が揺さぶられるのか,楽しくなるのか」を因数分解し,深く掘り下げて試行錯誤を繰り返すなかで,気持ちよさを感じる要素を組み上げていく1つのスタイルが生まれたと語った。

 その後,水口氏は音楽ユニット「元気ロケッツ」のプロデュースなどを経て,2011年には「Child of Eden」をリリース。同作は,水口氏によると「Rez」の精神的な続編で,通常のコントローラを使わずに操作できるゲームを目指したとのこと。もともとはXbox 360用で,モーションコントローラ「Kinect」を介してプレイヤーのジェスチャー操作を実現していたが,のちにPS4版もリリースされた。

 そして2016年には,「Rez Infinite」をリリース。水口氏は「待ちに待ったVR時代が来てくれたので,ようやく作ることができた」とし,「Rez」をそのままVR化するだけではつまらないので,最新の技術を駆使して,若いクリエイターと一緒に共感覚的な体験を作り出すことを考えたと語った。

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 水口氏は,2000年当時のゲームのテクノロジーでは,頭の中に360°の世界があったとしても,結局は目の前にあるディスプレイの4:3の画面にゲームを押し込めなければならなかったとし,「時代が変わったら,3Dの世界で新しいゲームにアップデートする」と長らく考えていたことを明かした。また,そうした思いをずっと抱いていたからこそ,「Rez Infinite」を完成させることができたとも捉えているという。

 そうやって2001年に世に送り出したゲームを,2016年に新しい技術を使って新しい体験を提供できたことについて,水口氏は「ゲーム開発を続けている中で,本当に幸せなこと」と語った。

 また,解像度などの関係により昔のゲームは表現が劣って見えるという意見に対しては「面白い体験や楽しい体験は劣化しない。それがゲームの面白いところ」とコメント。「昔面白かったものは,シンプルかもしれないけれど,今遊んでも面白い。その体験を新しい技術で,さらにすごいものにしていけるか。昔のゲームを解像度だけ上げても感動や面白さには,大きく影響しない。でも周囲の作り方を変えることで,体験自体を今の時代にアップデートできるのではないかと考えていた」とも話していた。

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 「Rez Infinite」の共感覚的体験をより深く体験できる「シナスタジアスーツ」も紹介された。
 このデバイスは全身に24個の振動子が付いており,たとえばバスドラムが鳴ったら足元が振動し,ハイハットが鳴ったら肩が振動するといったように,ゲームの音と連動した触覚体験ができる。なおこのデバイスは研究用に開発されたとのことで,水口氏は「こうしたプロジェクトは,いつか大きなものにつながっていくのではないか」と期待を示した。

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 上記の「周囲の作り方を変えることで,体験自体を今の時代にアップデートできるのではないか」という仮説を証明するために企画開発したのが,2019年リリースの「テトリス エフェクト」だったという。すなわち「テトリス」は,今から40年近く前に世に出て,以降ルールを変えていないパズルゲームである。「そんなゲームを本当の意味で進化させるにはどうすればいいのか」というテーマにチャレンジしてみたくなったとのこと。

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 水口氏は,「テトリス」を共感覚的に拡張したら面白いというだけでなく「感動できる『テトリス』を作れないか」と考えたそうだ。
 ザ・テトリス・カンパニーの共同創設者で,かつて「テトリス」の権利取得に尽力したことでも知られるヘンク・ロジャース氏とも,同作の魅力について語り合ったことがあるという。その内容は,「ゲームが進んでスピードが上がっていくと,上手いプレイヤーは頭で考えずに身体で反応してゾーンやフローと呼ばれる集中状態に入っていく。その状態を音楽の力で拡張できないか」というもので,ロジャース氏は「Rez」や「ルミネス」を作った水口氏らならば実現できるのではないかと話していたという。

 それから約2年,水口氏はアートディレクターとサウンドデザイナーと3人ほどで企画を練っているうち,「これなら,もしかしたらできるかも。でも2Dだけじゃなく,VRでもやるべき」というアイデアが生まれたとのこと。

 そのアイデアは,音楽などが何もない深海の底に,テトリミノが落ちてきて,それを回転させたり,積み上げたりすると効果音が鳴るというもの。
 テトリミノを積み上げたり,そろえて消したりを繰り返すうちに,効果音がリズムを刻むようになり,さらにそれを繰り返していると,少しずつ音楽として展開していく。その音楽の展開に合わせて魚が出てきたり,ドラムに合わせて光るブロックが出てきたりといったように,少しずつ演出が増えていき,あるタイミングでテトリミノを一気に消すと,音楽と光,そして大量の魚のシンクロショーが始まる……といった体験を,プレイヤーはVR空間で味わうこととなる。

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 そうやってゲームを続けていくうちに,体験は移り変わっていき,ふと気付くと深海にいたはずのプレイヤーは,宇宙空間にいて地球を見下ろしている。
 水口氏は「ナラティブな体験をVR化することで,自分が本当にそこにいるような体験になる」とし,「テトリス エフェクト」では,自分のゲームプレイによって,自分の指先からすべての展開が生まれている──つまり自分が世界を作っているんだということを,プレイヤーに体験させることができたと話していた。

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 そうした体験を生み出すうえで,効果音がリズムとなり,やがて音楽として展開していく流れは非常に重要とのことで,水口氏は「音楽はすごく豊かな表現で,それをどのようにゲームの中に織り込むかというところは,すごく楽しくてやりがいがある」と語る。
 その具体例として,「テトリス エフェクト」のあるステージでは,ジャズピアノの連弾のように,プレイによって生み出される音とゲーム側が出す音の掛け合いを実現したことが明かされた。水口氏によると「実際にプレイすると,自分が音を出している感覚がすごくあって,気持ちいい」とのことだが,口頭や映像で説明するのは難しいそうだ。


最新作「HUMANITY」,そしてナラティブへのこだわり


 講義の終盤では,エンハンスの最新作「HUMANITY」PS5 / PS4 / PC)が取り上げられた。
 同作はウェブデザイナーやインタフェースデザイナー,映像ディレクターとして知られる中村勇吾氏がディレクションを手がけているが,ベースになっているのは中村氏らの制作した“人間の群衆を描いた実験的なアートプロジェクト”だった。それを観て面白いと感じたと水口氏は,中村氏に「ぜひプロデュースさせてほしい」とゲーム化を持ちかけたという。

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 当初から「群衆アクションパズルゲーム」というイメージはあったが,形にするためには実験を繰り返したそうで,最終的に「プレイヤーが柴犬となり,自我を失った人間を導く」という内容になったとのこと。水口氏は「Humanity──つまり人間性や人間らしさは,群衆になったときどうなるのか。1人1人はいい人でも,集団になると変なことをしたり,それがエスカレートすると戦争になったりする。それをナラティブに入れ込みたかった」と説明していた。

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 より具体的には,「HUMANITY」にはパンデミックやAIの問題,戦争,人権問題など,ここ数年間に世界で持ち上がったさまざまなテーマが詰め込まれているそうで,水口氏は「単なるパズルで終わりじゃない。たとえば『エスカレートして戦争になった。それは何でだろう?』の『何でだろう?』という問いが,ストーリーとして出てくる」と話していた。

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 水口氏がナラティブなゲームにこだわる理由は,かつて「映画や音楽で泣く人はたくさんいるのに,なぜゲームで泣く人はいないのか。決定的に無理なのか,それともまだそこまでゲームに表現力がないからなのか」という疑問を抱いたことに端を発しているという。今やゲームで感動した経験がある人も少なくないが,水口氏は「大きく考えると,ゲームがそれだけの解像度や表現力を持ってきたということ」であるとする。

 ゲームの表現力が上がったことにより,たとえばゲームをプレイして,間にムービーが挟まって,またゲームをプレイして……といった手法で人を感動させることも可能になったが,水口氏が「テトリス エフェクト」のようなナラティブの手法を選ぶのは,音楽を中心に考えているからとのこと。
 「昔は映画や小説のストーリーテリングを後追いしていたゲームクリエイターも結構いたと思うんですが,今はそんなことはない。逆に言うと映画などではできないことをやるのが面白い。ゲームにはインタラクティブという体験が基本にあれば,どんなことでもできるという自由度がある」とし,その自由度は表現のテクノロジーが進化したことに支えられていることを指摘した。

 講義の最後,水口氏は自身がゲームを作るにあたり,ゲームデザインやレベルデザインとともに大切にしていることとして,「共感覚の表現を,いかにマジカルなものに変えるか」をあらためて挙げていた。

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「エンハンス」公式サイト

「thatgamecompany」公式サイト

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