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コンテンツ産業に対する支援の現状と本来あるべき姿を模索する。AMDシンポジウム2023の模様をレポート
AMDシンポジウムはデジタルコンテンツ産業振興支援の一貫として開催されており,コンテンツ業界で実際に活躍する人物が情報提供や意見交換を行うイベントだ。今年は海外で実施されている支援策の報告と,日本におけるこれからの支援のあり方が議論された。
とくに2023年は,4月に経団連が「Entertainment Contents ∞ 2023」にて「コンテンツ産業を重視すべき戦略分野として,国の成長戦略に明確に位置づけ,力強くコンテンツ産業政策を推し進めるべき」との提言を行っていることもあり,コンテンツ産業に対する支援制度という論点はホットトピックと言える。
ともあれ,まずは登壇者を紹介しよう。
・モデレーター
夏野 剛氏(近畿大学 情報学研究所長 特別招聘教授)
・パネリスト
襟川陽一氏(コーエーテクモホールディングス代表取締役社長)
Lionel Lim氏(シンガポール経済開発庁Vice-President)
山崎尚樹氏(特定非営利活動法人映像産業振興機構 経営企画部長)
杉原佳尭氏(Netflix ディレクター)
世界的には一般的な「コンテンツ産業支援」
コンテンツ産業に対する政府の支援と言っても,どうしても頭ごなしに「そんなものはないほうがマシ」といった感覚を抱いてしまう読者も少なくはないだろう。だが世界的に見て,コンテンツ産業に対する公的な支援が行われている国は多い。その具体例を把握するにあたり,冒頭で行われた襟川陽一氏による「これまでコーエーテクモが利用してきた,各国の支援制度」の発表は大いに参考になる。
コーエーテクモは現状,年商400億円という利益を拡大し続けているが,この売上の多くは海外市場が支えている(実際,グローバルでヒットするタイトルも増えている)。これはゲーム市場が世界全体で25兆円程度と考えられているのに対し,その9割を欧米と中国
が占め,日本市場単独では10%前後でしかない以上,必然とも言える。大手企業にしてみれば,会社が利益を上げ続けるためには国際展開が大前提となるのだ。
コーエーテクモはこうした市場の変化に対応するため,世界のあちこちに開発拠点を作ってきた。結果,どのような支援制度があり,それがどれくらい有益なものかを,実体験として持っているというわけだ。
以下,具体的に各国の支援制度を見てみよう。
・中国
ソフトウェア制作会社に対する優遇税制があり,会社設立後2年は法人税を免除,3年目は半減。
・トロント(カナダ)
コーエーテクモが利用したのはオンタリオ州の支援制度で,コンテンツ開発にかかる費用に対し一定の金額が法人税額から控除される。UBIが「アサシン クリード」を作るときにも,この支援策を利用している。
・シンガポール
経済開発庁による支援がある。社員の教育などのトレーニング費用に対する援助制度が存在し,世界中の企業がシンガポールに会社を作り,この支援を受けている。
・ベトナム
優遇税制。
・日本
海外へのローカライズ支援など,JLOD(2023年からはJLOX)という制度を利用。襟川氏は「大変に有益な制度」と高く評価すると同時に,「予算規模を拡大・拡充してほしい」と語った。
全体的に見て,襟川氏は「世界的には開発拠点での支援制度がとくに多く,人件費サポートなどのダイレクトな支援が多い」と評価する一方,「日本では研究開発に対する優遇税制や,海外向けのローカライズやイベントに対する補助金制度といった形で,間接的な支援しかない」と指摘。JLOXなどの「支援は手厚くなってきている」ものの,「現状では日本のコンテンツ産業が世界に遅れをとる危惧があり,政府や産業界の支援は必須だ」と述べた。
企業統合の必要性と小規模制作の重要性
パネリスト各自による現状の紹介後は,いよいよパネルディスカッション本編に入った。以下,とくにゲーム産業に関わる点について,集中的にお伝えしたい(このイベントでは映像作品に関して杉原佳尭氏から重要な提言がいくつもなされているが,本稿ではゲーム関連の話題に限定している)。
まずはそれぞれのパネリストの発表に対する感想が語られたが,襟川氏は「理想的なモデル」としてシンガポールの支援システムをを挙げ,事業者にとって有益であるだけでなく,「総合的にシンガポールの発展にも寄与するもの」と高く評価する。
もっとも,シンガポール経済におけるコンテンツ産業が占める比率は,そう高いものではない。それでもコンテンツ産業に対する手厚い支援が行われる理由として,シンガポール経済開発庁のLionel Lim氏は「シンガポールのソフトパワーを活用し,シンガポールのコンテンツを創出するのが目的」と語った。他国の技術やコンテンツを輸入するだけではなく,「シンガポールならでは」のものを作っていく必要がある,という認識である。
またLim氏はシンガポールの経済構造について,「企業数で見ると大手企業は全企業の5%程度に留まるが,それらの企業が付加価値の7割程度を創出している」と指摘する。では大手企業だけを支援すればいいかと言えば,「中小企業は地場産業であり,たくさんの人材を雇用しているという点でとても重要。それゆえに支援が必要」と語った。
これはシンガポールにおけるゲーム産業についても同じで,「シンガポールにはたくさんの小さなゲーム産業関係会社があり,大手と提携して新コンテンツを作っている。支援がないとその中小企業が消えてしまいかねない」と指摘している。
この「中小企業支援が必要」という課題には,シンガポールならではの事情もある。シンガポールでは大企業の多くが海外企業であるため,政府が主導して企業統合や合併を推進するという方向には持っていきにくいというわけだ。
この「企業統合による経営合理化と資本強化により,国際競争力を強化する」という方向性について,襟川氏は「初代『信長の野望』はせいぜい100万円くらいで作ったが,今のAAAゲームは50億円,100億円といった制作費が当たり前」であり,「アメリカだと制作費用200億円にマーケティング費用100億円を乗せて,合計300億円程度の規模感」の産業であることを指摘。このため,資本と技術の統合は必須だと語った。
また日本市場がゲーム産業全体の10%に留まる以上,大企業は世界市場に挑戦するほかに生き延びる術はないが,そのためにもより大きな資本を動かせる企業になる必要があったと語った。
しかしながら,その一方で「自分が光栄でゲームを作り始めた頃は,小さな会社が山程あった」時代でもあり,ゲーム産業は新技術や新プラットフォームに対応できなかった企業は消えていくという厳しい産業でありながらも,「時代時代でクリエイターが個人の能力を発揮したいと思ってきた」と振り返る。
襟川氏は「現代に至ってはインディーゲームをソニーやマイクロソフトが支援しているし,日本では集英社や講談社が支援している。また,インディーゲームの大ヒット作を世界的に売るパターンも増えている」と語るとともに,「世界的にこれからもインディーゲームの数は増えていくだろう」「自分は1980年代に趣味の延長でゲームを作ったが,今はそんな時代に似ている」と見解を示した。
「コンテンツ庁」の必要性は共有されるも……
日本におけるコンテンツ産業への支援が世界的に見ると脆弱であることに対し,日本の公的機関はどのような見解を持っているのだろうか。また現状の日本のコンテンツ産業に対し,危機感はあるのだろうか。
この点について,特定非営利活動法人映像産業振興機構(VIPO)の山崎尚樹氏は「政治家も省庁も,コンテンツ産業への意識は高くなっており,関連した発信は増えている」と指摘すると同時に,「どうまとまって支援を行っていくのか,具体的にどう落とし込まれるか,というフェイズ」と語った。
実のところ,文化庁が伝統芸能やクラシック音楽に対して出している補助金は多岐にわたる。つまり既存の歴史文化を守るという方向で見れば,日本は必ずしも文化支援政策が手薄なわけではない。
にもかかわらず,コンテンツ支援制度が手薄に思えるのは,文化庁が「国立劇場,能楽,オペラなどをサポートしつつ,新しい分野は『メディア芸術』として支援しており,芸術文化振興基金として映画にも支援している」一方で,「経産省は産業育成で補助金を出している」といった形で,それぞれ異なる目的意識に基づいた支援制度が乱立しているためだ。山崎氏が「どうまとまって支援を行っていくのか」が課題になっていると語ったのは,まさにこの問題が今,議論の俎上に載っているという指摘と言える。
もっとも,実際に統合的な支援制度の枠組みを作れるのかということになると,そう簡単ではないだろう。山崎氏は韓国におけるコンテンツ産業支援制度とその成立の歴史を踏まえつつ,現状の「予算が別々に決められ,主管となる官庁も違う」「『コンテンツ』はどの省庁が担当するものなのか,迷いがあるように見える」状態から,横断的かつ統合的な支援が行える組織を作るためには「トップの強い意志が不可欠」と指摘した。
ちなみにパネルディスカッションの最後に設けられたQ&Aセッションでも,「コンテンツ庁」のような統合的な組織の成立可能性が議論された。パネリストが揃ってその必要性を認めつつも(経団連もその必要を示している),それがとても大変な仕事になるであろうという予測が複数のパネリストから示されていたのは,非常に印象的だった。
ともあれ,山崎氏の「この分野では日本が強いから,と思って放置していたら,一瞬で国際競争力を失い産業が国内から消えるというのを,何度も見てきた」「この『あっという間』の速度はすさまじいもので,たとえ今の日本のコンテンツ産業が強くても,このまま放置していたら10年後も同じ強さを保てるのかと,考える必要がある」という言葉には,強い説得力があった。
日本のコンテンツの強さを維持するために必要なこと
日本のコンテンツ産業に対する危機感はさておき,現状の日本のコンテンツはなぜ,世界的な人気を博すに至ったのだろうか。この点についても,多数の見解がパネリストから示された。
まずモデレーターの夏野 剛氏は「コンテンツ作成における公的あるいは慣習的規制が少なく,比較的自由にコンテンツが作れるため,高い多様性がある」ことを指摘。「漫画やアニメにも,エロや暴力的なものを含めて多様性がある」ことが日本のコンテンツの強さを支えているという発言は,大切な見解と言えるだろう。
これを受けて,Netflixの杉原氏は「日本には検閲制度がなく,どういう表現をしても,それが直接他人を傷つけない限りOKとされる。このため,そういうことができない国の人にとっては憧れの国になっている」と述べた。続けて「日本のコンテンツが持つ多様性が,たくさんのIPを産んだ。アメリカにもビッグなIPはあるが,何十年も同じことをしている。日本には逆に,探すのが大変なくらいたくさんのIPがある」とも語っていた。
また,VIPOの山崎氏も日本のコンテンツの多様さ,自由さを踏まえつつ,その強さを理解しているからこそ,経団連からも「クリエイターの力を最大限に発揮させる」という提言が出てきていると語った。
その上で「表現活動の多様性を支援すると同時に,産業としての持続性を高める方向への支援もなくては,クリエイターが倒れてしまう」と述べ,「その両方を追求していくことが必要だ」と見解を示した。
一方,Lim氏は日本のコンテンツが持つ多様性を高く評価しつつも,「東南アジアは宗教や民族が複雑。とくに宗教観関係については,ある程度の微調整は必要になるかもしれない」ことを指摘する。
ただしこれは同時に,杉原氏の「今はローカルからグローバルに広がる時代。ローカルな番組が世界中で売れているという現象がある」「日本語で作ったから世界に通じないなどということは,現実として起きていない」という発言と合わせて考える必要もあるだろう。一定レベルでのローカライズやカルチャライズは必須だが,漠然と「グローバル市場」で売れるために必要なことを夢想しても無益というわけだ。
以上,多くの有益かつ生きた情報の提示がなされ,白熱した議論が交わされたイベントだったと評価できると思う。個人的には「行政サイドが,日本のコンテンツ産業の将来について危機感を持っている」という一点が表明されただけでも,大きな価値のあるように感じた。
その上で,襟川氏の言葉を引用して本稿の結びとしたい。
「個人的にうれしいのは,あれをやっては駄目,これは駄目という規制がなかったことだ。1980年代からゲームを作り始めたけれど,作りたいものを,勝手に作ってきた。そうやって作ったゲームを多くの人に楽しんでもらってきた。思う存分,好きなことを,勝手にやれた。暮らしやすさや仕事のしやすさも含め,そういうところに日本という国の素晴らしさを感じる」
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