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世界観や設定をきちんと踏まえていない多様性は,コンテンツを不自然なものにしかねない。ゲームにおけるDEI表現の意義と重要性,そして導入する際の留意点[CEDEC 2024]
このセッションでは,バンダイナムコオンライン 事業本部 品質保証部 大熊未来氏が,同社のオンラインゲームプロジェクトの海外展開を目指すうえで得たDE&I(DEI)表現に関する知見と,それを社内へ浸透させるために行った取り組みを紹介した。
なぜDEI表現を重要視するに至ったか
セッションの冒頭,大熊氏はバンダイナムコオンラインがなぜDEI表現を重要視するに至ったかについて,「コンテンツの間口を広げ,多種多様なゲームプレイヤーに触れてもらうため」であると説明した。
同社は,現在運営中のものも含めてさまざまなオンラインゲームコンテンツを提供してきたが,2023年以前にリリースしたタイトルは基本的に国内向けで,国外に展開するにしても中国や台湾など限られたアジア地域のみだった。
しかし同社は,数年前より「日本発オンラインゲームを,世界へ」をスローガンに掲げて事業を展開しており,「BLUE PROTOCOL」および「GUNDAM EVOLUTION」(現在はサービス終了)は,広い意味で海外でのサービス提供を意識して開発を進めていたという。
海外展開を行うということは,以前のように国内だけではなく,海外に向けて門戸を開く必要があると大熊氏。しかし,いかに門戸を開こうとも,魅力的なコンテンツでなければ人は見向きもしない。
だが世界中の人々すべての好みが同じではないことも事実である。できるだけ多くの人に自社のコンテンツに触れてもらうために,何を魅力と捉えてもらえるか,どんなものを好ましいと思ってもらえるかを考慮する必要があると,大熊氏は語る。
コンテンツを手に取ってもらうための魅力について考える過程で,DEIというワードが浮上してきたとのこと。というのも海外パートナーからのフィードバックに,DEIの関するものが含まれていたからだ。
大熊氏はあらためてDEIを「Diversity, Equity and Inclusion」(多様性,公平性,包括性)の頭文字を取ったもので,「多様な個性が尊重され,公平な環境や条件の下で,能力が発揮できる状態を生む」といった意味であると説明する。
とくにアメリカではブラック・ライヴズ・マター(BLM)運動が盛んになって以降,人種・民族におけるDEIの機運が世論的に高まっており,それが実生活だけでなくエンターテインメントにも求められる傾向になっていることが,上記のフィードバックにつながっているとの見解を示した。
DEIに関するフィードバックにはさまざまな要素が含まれているが,とくに目に付きやすい外見などに関するものが多いとのこと。たとえばキャラクタークリエイトにおいて選択可能な髪型や顔のパーツ,体型などの表現や,NPCの見た目や年齢の多様性に関するものがそうしたフィードバックにあたる。
またアメリカでは,21世紀通信映像アクセシビリティ法(CVAA)によってゲームコンテンツにも主に視聴覚障害者に向けた対応が求められるため,UI/UXなどを含む機能面のフィードバックも寄せられるという。
ただ,それらフィードバックの多くは,絶対に対応が必要というわけではなく,また強制されるものでもなかったとのこと。したがって対応するかどうか,対応するとしても現実的なラインはどのあたりなのかなどは,プロジェクトごとに判断する必要が生ずる。
そうなると,そもそもゲームコンテンツにDEI要素を欲しがる人が本当にいるのか,フィードバックを送った側の好みではないのかといった疑問も湧いてくるもしれない。しかしゲーム市場調査会社であるNewzooが,アメリカとイギリスのゲーマーに対して行ったアンケートの「自分にとってDEIは重要か」という項目は,「強く賛同」または「やや賛同」を示した回答者は全体の55%を占めた。つまり数字上の結論としては,アメリカとイギリスのゲーマーはDEIを重要視しているわけだ。
この結果と寄せられたフィードバックを踏まえると,アメリカとイギリスでゲームコンテンツを展開する場合,DEIを考慮に入れたほうが広く受け入れられる可能性があると推測できる。ただ上記のとおりDEIで考慮すべき要素は多岐におよぶため,その中から何を優先するかについて,大熊氏は「当該コンテンツで,もっとも重要視する要素に対して検討する必要がある」,つまりコンテンツごとに異なるので一概には言えないとする一方で,1つの例として「キャラクターの見た目」に関するDEIについて,以下のスライドを示した。
こちらもまたNewzooによるアンケートの結果だが,アメリカとイギリスのゲーマーは「キャラクターにやや自己投影する傾向にある」ことが読み取れる。したがって,アメリカとイギリスでは,キャラクタークリエイトなど自己投影しやすい機能を用意すると,ゲームコンテンツを触ってもらえる可能性が生ずる。
そうしたキャラクタークリエイトに関して,髪型や体形,目の形や色など,どのくらいの種類やパターンを用意すればいいかも考えなければならない。日本とアメリカの人種・民族比率を見ると,日本は97%が日本人であるのに対し,アメリカはいわゆるヨーロッパや北欧などにルーツを持つ人種が59%,ヒスパニック・ラテン系が18%,アフリカ系が13%,アジア系が6%と,一口にアメリカ人と言ってもさまざまなルーツがある。そのため,自己投影できるキャラクターの作成を可能とするためには,膨大な数のパーツを用意しなければならない。
「BLUE PROTOCOL」のキャラクタークリエイトで選択できる髪型の1つ「ドレッドヘア」が,海外パートナーから寄せられたフィードバックに対応して追加されたエピソードも披露された。大熊氏は,「ゲーム内にそうした表現がない」というフィードバックを初めて経験したことから,「多様性とはそういうことか!」と衝撃を受けたという。
「表現されていないということは,自己表現の需要を満たせないだけでなく,数多あるプレイヤーのアイデンティティを想像できていない可能性がある」とし,「表現をしないということは,差別云々の前に,ある人の存在を無にしてしまうかもしれないという気付きを得た」と話した。
もともと大熊氏は,ゲームコンテンツに多様性が必要なのか疑問に思っていたという。しかし業務で学んだり上記のような経験をしたりするなかで,「日本発オンラインゲームを,世界へ」を実現するためには,DEIを理解したうえで表現を考慮することが必要であると考えるようになったそうだ。
その一方で,DEIに対する理解が足りないと,そのコンテンツに必要な表現の正しい取捨選択ができなくなると大熊氏は指摘する。つまり,寄せられたフィードバックに対して,理解できないから無視してしまう,あるいは理解できないから全部言われたとおりにしてしまう恐れがあるというのだ。
とくに,後者は大きな問題を生む可能性がある。たとえば日本の田舎にある全校生徒20名前後の学校を舞台としたゲームがあったとして,その登場人物の半分以上が外国人だったら,DEI的に正しくとも,現実的に考えて極めて不自然なものになってしまう。もちろん誰もが納得できる必然性があるなら問題ないが,とくに意図も理由もない,あるいは意図や理由があったとしても必然性がない場合は,「とりあえず多様性に配慮してみました」という感じが出てしまうのでよろしくないというわけである。
大熊氏は,DEIに関する表現が必ずしも必要でない場面や状況があること,とくにコンテンツの世界観や設定を守るためには,あえて表現しないほうがいいケースがあることを指摘する。そうした判断を下せるようになるため,そして自身の関わるコンテンツの方向性を定めるためにもDEIと表現についてきちんと理解することが重要であるとまとめた。
社内発信に向けた準備
DEIに対する理解を深めたが,それを自分1人でバンダイナムコオンラインのコンテンツに反映するのは非常に難しい。社内のプロジェクトに関わるスタッフが,知識を持っているうえで,自分たちはDEIをどのように扱うのが望ましいかと考えた大熊氏は,社内研修などでDEIについて発信していくことにした。
しかし,そうした業務は経験したことがなかったため,最初は何から手を付けていいか分からなかったという。外部講師を招聘するにしても,どんな知識が必要なのか,どのような形式で研修を進めればいいのかまったく分からず,誰に頼めばいいのかすら分からなかったそうだ。
そこで最初は,情報収集から始めたとのこと。まずは海外パートナーのフィードバックをすべて確認した。すでにプロジェクト側で対応の可否や優先度が検討されてはいたが,あらためて要素の把握や優先的に考慮するべきことを自身で確認したとのこと。
また10年程前から直近に至るまでの海外一般メディアのDEIに関するニュースや,ゲーム業界のDEI関連記事を可能な限り読んだ。ある記事で取り上げられている特定のタイトルに関して,ほかの記事でどのように評価されているか比較したり,日本でどう扱われているかチェックしたりもしたという。
バンダイナムコグループ内でも,DEIに関する情報を共有した。とくにバンダイナムコエンターテインメントはアメリカやヨーロッパにある拠点とつながりが強く,また扱っているタイトル数も多いため,有益な情報やナレッジが得られたそうだ。
加えて社内スタッフから障がい者医療に携わる医師の紹介を受けたり,学生服の製造・販売を手がけるメーカーとコンタクトを取ったりして,障がいやジェンダーについて学んだことも明かされた。
他社コンテンツも参考にしたという。海外のゲームあるいはに海外でも人気のある日本発のゲームが,DEIに関してどんな取り組みをしているのか,逆にDEIの要素がほとんどないのに海外で人気があるのは何が魅力なのかなどをチェックしたそうだ。とくに格闘ゲームにおけるアクセシビリティの向上は目覚ましいものがあり,参考にしない手はないと大熊氏は話していた。
そのほかDEIに関する書籍を読むことで,Webで得た情報を補足したり,異なる観点から情報を確認したり,あるいは海外の市場調査会社から提供される定量的な数字を得たりしたという。そうやって大熊氏自身のDEIに関する知識を高めつつ,1年ほどかけて社内研修の準備を進めていったそうだ。
社内研修内容(一部)
セッションでは,大熊氏が行ったDEIに関する社内研修の中から4つのテーマが紹介された。1つめは「キャラクターの髪について」だ。人間の髪の形状は,人種差や個人差が大きく,また居住する国や地域の湿度に影響を受けるものの,大きく「直毛」「波状毛」「縮毛」の3つに分けられることが示された。
2つめは「キャラクターの性について」。人の性には「生物学的な性」「性自認」「性的指向」「性表現」という4つの要素があり,それらの組み合わせによって人それぞれの性を表現していることなどが示された。
3つめは「文化・価値観の違いについて」。たとえば「蛍の光」が,日本では卒業や年末など「終わり」のシーンで流れる曲である一方,アメリカでは結婚式や新年など「祝福」のシーンで流れる曲であるように,国や地域ごとの文化の違いによって扱いが変わるものが存在することが示された。したがって自分たちの常識や価値観をそのまま海外に出すと,奇妙なものとして受け止められる可能性があるので,しっかり検討する必要がある。
また文化・価値観の違いという観点では「コンテクスト文化」の違いも示された。日本の文化は「察する」「行間を読む」といった行動に代表されるように,多くを語らなくとも共通認識を前提にコミュニケーションを進めるハイコンテクストである。
一方,欧米の文化は共通認識がないところからスタートし,言葉による表現を重視するローコンテクストだが,これは移民などによる多民族国家であることが要因となっている。したがって,日本語のセリフや説明をそのまま現地語に翻訳しただけでは,言葉が足りずうまく解釈されない可能性があることも示された,
最後は「アクセシビリティについて」。アクセシビリティは,使いやすさを示すユーザービリティと障害を取り除くバリアフリーを含んだ上位階層であり,ゲームの場合はプレイするうえでの困難をなくし,すべての人にとって遊びやすい環境を提供することであると示された。
セッションの終わりに大熊氏は,自身が幼い頃から触れてきた日本のゲームが今なお大好きであり,それらが世界で多くの人々に親しまれて楽しまれるのであれば非常にうれしいと語る。今回のDEIに関するセッションが,これから生まれるゲームコンテンツの開発に生かされるのであれば幸いだとまとめていた。
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