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子どもが楽しく続けられる暗算学習を,保護者と一緒に熱量高く考えて出来上がった「そろタッチ」:身近なところにゲーミフィケーション 第3回
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印刷2024/12/06 13:28

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子どもが楽しく続けられる暗算学習を,保護者と一緒に熱量高く考えて出来上がった「そろタッチ」:身近なところにゲーミフィケーション 第3回

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 ゲーミフィケーションとは,ゲームの持つ要素や原則をそれ以外の分野に導入して,人々のやる気を高めたり,問題解決を図ったりすることに活用する仕組みである。
 本連載「身近なところにゲーミフィケーション」では,ゲーミフィケーションを活用した製品やサービスなどを,ゲーミフィケーションデザイナーとして活躍している岸本好弘氏とともに紹介していく。

 今回取り上げるのは,そろタッチ株式会社(旧Digika)の暗算学習法「そろタッチ」だ。この学習アプリ/サービスにはゲーミフィケーション要素が備わっており,子どもたちが楽しく継続的に暗算力を身に付けられるようになっている。

 そんな「そろタッチ」について,そろタッチ株式会社 代表取締役社長 CEOの橋本恭伸氏に開発の経緯や学習者である子どもと保護者などの動向および反響,そして今後の展望などを聞いた。

橋本恭伸氏(右)と岸本好弘氏(左)
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子どもの成長を願う保護者の思いから始まった「そろタッチ」


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 「そろタッチ」は,そろばんの仕組み(そろばん式暗算)を応用した,タブレットを用いて学ぶ学習アプリ/サービスである。この学習法は,従来のそろばんで用いられるような片手で計算を行うのではなく,「両手式」を採用している。また,珠が見えなくなる独自の「暗算モード」を採用しているのも特徴だ。

 「そろばん式暗算」を学んだ子どもは,数字を見ると即座に頭の中でそろばんの珠の形に置き換える。数字を足したり引いたりしていく中で頭の中の珠の形を次々に変化させていき,その結果をタブレットや紙に出力する。
 つまりテキストの数字を見て,脳内でイメージの処理をして,あらためてテキストの数字として表現するという過程を踏んでいるのである。

橋本恭伸氏(以下,橋本氏):
 数字を処理する脳だけだと絶対できないような計算が,イメージを処理する脳を使うとできる。それが「そろタッチ」で学ぶ「そろばん式暗算」なんです。そろばん式暗算は,人間が行う計算の中では一番速いものと言われていて,暗算の世界大会の上位者はほとんどが,この計算法を使っています。

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 「そろタッチ」は,世界中の学習者とつながり暗算力を競えるオンライン機能や多彩なコンテンツによって,子どもたちのやる気を継続させ,学習を習慣化させる仕掛けを多く盛り込んでいる。
 岸本氏によると,そこにはゲーミフィケーションの要素が多数盛り込まれているというが,「そろタッチ」はどのようにして誕生したのだろうか。

橋本氏:
 「そろタッチ」は,2016年10月7日に暗算学習アプリとして配信を開始しました。それからちょうど8年,2024年10月7日に「そろタッチ」をもっと広げていくという思いをより明確にするために社名をそろタッチ株式会社に変更し,理念も刷新して「そろタッチ DNA」を制定しました。


「そろタッチ DNA」には,「そろタッチ」の開発経緯と理念,タグライン,パーソナリティなどが記されている
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 橋本氏によると,そろタッチの前身は山内千佳氏(現そろタッチ株式会社 代表取締役会長)が行っていたそろばん教室であり,プロジェクト開始当時のスタッフには,教育やゲーミフィケーションに精通した人材はおらず,唯一システム開発ができるママスタッフが1人いただけだった。

 そんな会社がなぜ「そろタッチ」を開発するに至ったかというと,そこには子どもたちの成長を願う保護者の強い思いと,そろばん教室が抱える課題があったのだという。

橋本氏:
 保護者の皆さんは,自分の子どもに幸せになってほしい,子どもに数字や計算に対する得意意識を持ってもらいたいという思いを持っています。それが原動力となって,プロダクト開発が深まっていきました。

 橋本氏自身は,前職の関係でインドネシアに住んでいたとき,イギリスで出会った奥さんとのあいだに子どもをもうけたという。しかし,夫婦ともに縁もゆかりもない国で子どもを育てる際に敷かれたレールはなく,必然的に子どもの教育に対する当事者意識が高まっていったそうだ。

橋本氏:
 我が子を思う親心がどんどん大きくなっていたんですね。そんなときにタイミングよく山内と出会い,一緒にやろうという話になったんです。

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 そもそも,山内氏がそろばん教室を始めたのは,さまざまな教材や教育を調べる中で,子どもの暗算力向上にもっとも効果的なのがそろばんだと確信したことにある。
 しかし,そろばん式暗算の習得は簡単ではない。そろばん式暗算のゴールは,そろばんの操作を覚えることではなく,頭の中で珠の形をイメージし暗算できるようになることだからだ。この「頭の中に珠をイメージする」ということが1つの壁になっており,指導側も教えるのが難しい点だった。

 それ以外にもそろばん教室にはいくつか課題があった。まず「楽しくないから続かない」「個別指導が大変」ということだ。また,自宅でそろばんの学習をするには,数字を読み上げたり,時間を計ったりする人が必要となり,「保護者の負担」が大きくなる。さらには「データが残らない」ため,先生間の引き継ぎなどが難しい。そうした結果,そろばん教室に4年間通って暗算の上級レベルに達する子どもは,全体の10%程度だという。

 これらを受けて「頭の中にそろばんの珠を浮かべ,数と珠の形を直感的に結びつける学習法」の実現に向けて,2014年から子どもと保護者,そして教室が一体となって取り組み始めた。
 その過程には多くの葛藤と決断,数え切れないほどの試行錯誤があったが,最終的にたどり着いたのがタブレットを使った教材「そろタッチ」なのだそうだ。

橋本氏:
 一番大きかった決断は“そろばんの使用をやめること”でした。そろばん教室の先生に「もう,そろばんを教えなくていい」と伝えるのは,とてつもなく大きいことで葛藤もありました。先生たちは,そろばんを教えることをやりがいにしていたわけですから。

岸本氏:
 もう遥か昔の話ですが,私も小学生のころそろばん塾に通っていました。帰りに友達と遊ぶのは楽しかったのですが,塾が楽しかった思い出はあまりありません。ただそろばんのお陰で,算数の授業での暗算がほかの児童より速かったので,そろばん式暗算が効果的なのは分かっていました。
 なので,橋本さんの教室を見学した時に,子どもたちがすごく楽しそうに授業を受けているのを見て,素晴らしいと思いました。楽しく学べる仕組みを作ったのはもちろんですが,そろばんを教えることをやめた勇気もすごいと思います。

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 「そろタッチ」を開発していく中で,そろばん教室が抱えていた課題が次々に解決していったそうだ。まず「そろタッチ」の「暗算モード」はそろばんの珠が表示されないので,学習者が頭の中で珠の形をイメージできないと計算ができない。そのため,子どもたちの暗算力は必然的に高まっていく。また,両手式の計算方法を採用したことにより,日本で主流の片手式よりも高速な計算が可能になった。


橋本氏:
 何より「自学自習」ができるようになったことが大きいですね。先生が教えなくとも,アプリを使って子どもたちがどんどん暗算力を伸ばしていってくれます。加えて「ゲームやランキングで楽しく学べる」ようになりましたし,「学習履歴が残る」ことによって個人別に最適な学習ができるようになりました。
 結果として,2年間学んだ子どもの60%が暗算上級レベルに到達しました。

岸本氏:
 eラーニングの初期にあった課題なんですが,「自学自習できるから大丈夫」ではないんですよね。いつどもどこでもやれる環境だと,逆にやらなくなる。ゲームやランキングがあって楽しく学べたり,学習履歴を見て自分の成長を確認できたりするから率先して自学自習をするようになるんです。

 「そろタッチ」は,飯田橋にある「ラボ校」で開発されている。飯田橋ラボ校は教室の1階上に執務室(当時)があり,そこで開発したコンテンツを,教室の子どもたちに触れてもらい,反応を見ながら調整を重ねていたそう。開発や保護者,子どもたち全員で作り上げたのが「そろタッチ」なのだ。


目指しているのは,グロースマインドセットを持つ「暗算名人」を多数生み出すこと


 「そろタッチ」でこだわっているのは,多くの「暗算名人」を輩出すること,すなわち高度な計算力を持つ子どもを多数生み出すことだと橋本氏は語る。というのも「そろタッチ」が持つ唯一のKPIは暗算名人の人数であり,学習者の数やアプリのダウンロード数はプロセスKPIに過ぎないからだという。

 暗算名人の輩出を意識した,「そろタッチ」の調整も行っているそうだ。たとえば,子どもたちの成長に合わせて,そろばんの珠の大きさを変更できるようにしたり,タッチの感度を0.1秒刻みで調整し,手触りのよさを追求したりといったこともしている。

橋本氏:
 5歳くらいの子どもの中には同時押しができない子もいるんです。そうした課題を解決すべく1つひとつのデータを検証しながら議論し,極めて高い解像度で調整を施している自負があります。
 どんな調整をすればいいのかは,カリキュラムを理解している人,なぜその流れになっているか理解している人でないと分からないんです。

岸本氏:
 プレイヤーが気持ちよく遊べるような調整を,「そろタッチ」の開発ではやっているんですよね。最近は,そういった「触り心地のよさ」が失われつつあるノウハウになっている気もするのですが,そこをうまく調整できる開発者が,ヒットするゲームやサービスを作れるのではないでしょうか。

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 「そろタッチ」の学習者が暗算名人に近いステージに至るまでには,当然個人差はあるが,平均すると20数か月かかるそうだ。そのため,対外的には「基本的には約2年でここまで到達するプロジェクト」と説明しているという。また適齢期は5〜8歳で,これは小学2年生から学校で筆算を習うからだ。すなわち筆算の前に,イメージを処理する脳を使うそろばん式暗算を身に付けてしまおうというわけである。

橋本氏:
 筆算を習得してからそろばん式暗算に取り組もうとすると,それだけ移行にコストがかかるんです。しかも子どもですから,すごくストレスになるんですよね。ですから,学校や塾ですでに筆算を学んでいるのであれば,無理に「そろタッチ」をやらなくていいのではないかと伝えています。それもまた,学習効果にこだわるそろタッチらしいスタンスなのかなと。

 暗算名人を目指す過程で,子どもは大人でも難しいような計算を暗算で解けるようになっていく。そうなると周りから称賛の言葉をもらえたりして,数字に対して自信が持てるようになる。加えてその過程で,子どもは成長実感を得ているという。

橋本氏:
 「そろタッチ」の学習は,珠で1を表すところから始まります。そこから徐々に難しい計算が暗算で解けるようになっていく。その過程では,成長実感を積み重ねていくんですよね。楽しいのは,やっぱり自分の成長を感じるときなんです。

 「そろタッチ」では,学習履歴やランキングなどさまざまな要素を可視化することで,子どもたちが成長を実感できるようにしている。そして成長実感を積み重ねると「グロースマインドセット」(Growth Mindset),つまり経験や努力によって自分は成長できるという考え方が身に付く。その逆が「固定マインドセット」(Fixed Mindset)で,たとえば「自分が経験した方法が絶対」「勉強は紙と鉛筆でやるべき」といった凝り固まった考え方を指す。

橋本氏:
 子どもがグロースマインドセットになっていくサポートを「そろタッチ」でやる。そうすると,子どもの興味関心がその先どこに向かおうとも,「そろばん式暗算も最初は難しかったけれど,できるようになったから」と前向きに取り組むようになります。

 そうした「そろタッチ」の取り組みを端的に表しているのが,「計算力の,その先を」というタグラインである。そこには,新たなワクワクを進化しながら「つくり」,身に付けた計算力を「ひろげ」,世界中を感動で「つないで」いくという意味が込められている。

橋本氏:
 解像度という点では,意外と子どものほうが素直な目で「そろタッチ」の機能に触れてくれているんですよね。大人は忖度して言わないことでも,子どもは「つまんない」「面白くない」「面倒くさい」とすぐ言ってくれます。子どもが触れて探し,見つけて感じたことを受け止めて,楽しい形を創造していく。それが「そろタッチ」の一番のパーソナリティです。

 ほかにもさまざまなパーソナリティが挙げられているが,中でも重要なのは「常に進化」というもの。これは子どもの成長を願う思いから生まれるアイデアや,新しいことにチャレンジする姿勢にもつながっている。

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暗算名人の増加は,「そろタッチ」の広がりにもつながる


 「そろタッチ」はデジタル教材であるため,学習者のデータを収集し解析している。たとえば取材日前日の全学習者の回答数は約82万件で,累計回答数は2023年12月末時点で約10億件にも上っている。データが多いほど,より高度な解析が可能になるため,学習者に対して,より個人に適した出題ができるようになっていく。

橋本氏:
 「そろタッチ」は,子どもそれぞれに合った出題ができるので,「やればできる」という感覚をより味わえて,暗算力が向上していく。そうなると暗算名人が増えて,保護者の皆さんがビックリするんですよね。それが口コミで広まって,「そろタッチ」で学ぶ子どもが増えています。

 とはいえ,データからすべてが分かるかというと決してそうではない。問題を解いているときの子どもの表情や発した言葉などは分からないからだ。
 そうした部分は保護者がもっともよく把握しているため,保護者との対話は欠かせないという。たとえば子どもには「ある機能が必要か不必要か」という判断ができないため,保護者の意見を募ったほうが効率的とのこと。

橋本氏:
 「そろタッチ」は機能やコンテンツを足したり引いたりしながら作っていますが,一般的なプロダクトは引き算ができないことが多いので,機能やコンテンツがどんどん増えて冗長的になり,サーバー費用も肥大していきます。
 うちは大きい会社ではないですし,サーバー費用もすごく意識していますから,引くという判断ができるんです。「このコンテンツはダメだな」となったら,いくらコストをかけていてもボツにします。

 また保護者は子どもにゲームを遊ばせたいわけではなく,「暗算力を高めさせたい」と考えていることも重要だったという。そのため開発面では,ゲームのAAAタイトルのようなクオリティの演出が求められないことに助けられているそうだ。

岸本氏:
 「そろタッチ」のゴールは楽しいことではなく,「暗算力を付けること」で,その手段が楽しいから続けられる。子どもたちは目が肥えているので,大人が一生懸命ゲームのような教育アプリを作っても,本物のゲームと比較されて「つまんない」の一言で終わるケースも珍しくないんです。

橋本氏:
 おそらくですが,「そろタッチ」の比較対象は塾のプリントやそろばん教室なんですよ。それらと比べると明らかに楽しいし,ゲームのように動作自体が気持ちいいし,珠をタッチしたときに音が鳴るのも気持ちいい。そろばんの先生だった山内や保護者の皆さんの意見を踏まえつつ,スタッフが細かい調整を施したおかげですね。

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 2023年には,「そろタッチ」の学習者が「日本フラッシュ暗算検定協会」および「日本計算技能連盟」の検定試験を受験できるようにもなっており,実際に段位に認定された子どもたちも続出している。とくに日本フラッシュ暗算検定協会は文部科学省の後援を受けているため,保護者からの評価に寄与しているそうだ。

 また「そろタッチ」で学んだ子どもから,「がんばろうとして,できる(がんばりが達成につながる)のは『そろタッチ』だけ」という旨の感想の手紙が寄せられたこともあったそうだ。
 その子は,普通の勉強は大変だし,水泳も200メートル泳げば疲れてしまうが,「そろタッチ」はがんばっただけ自身の成長が感じられると書いてくれていたという。

橋本氏:
 まさにグロースマインドセットにあふれる感想ですよね。「そろタッチ」は個人別最適化プログラムで,各自に合わせて少しずつ乗り越えていけるように作っています。それを「がんばろうとして,できる」という言葉にしてくれたことが,すごく嬉しいですね。


企画・開発段階では意識していなかったゲーミフィケーション


 さて,ここまで「そろタッチ」を紹介してきたわけだが,本連載の主題であるゲーミフィケーションにはほとんど触れていない。というのも,橋本氏を含むそろタッチのスタッフは,「そろタッチ」を開発・運営するにあたってゲーミフィケーションを意識していなかったからだ

 岸本氏が代表を務める日本ゲーミフィケーション協会から「勝手にゲーミフィケーション大賞2020特別賞」を授与されて初めて,橋本氏らは「そろタッチ」がゲーミフィケーションを使っているということに気付いたそうだ。

日本ゲーミフィケーション協会が提唱するゲーミフィケーション6要素
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 たとえば「そろタッチ」の学習者が抱く成長実感は,ゲーミフィケーション6要素の「成長の可視化」にあたる。また教室には,カリキュラムの各ステージを示すマップが掲示され,学習者のステージが上がると先生がコマを移動させてくれるのだが,それもまた成長の可視化である。

橋本氏:
 受賞の際に,岸本さんから「そろタッチ」がゲーミフィケーションを取り入れていると言われました。確かに言われてみれば「能動的な参加」も「称賛を演出」も「即時フィードバック」も「独自性の歓迎」も「到達可能な目標達成」もすべてやっている。
 ただそれは,子どもが高いモチベーションで「そろタッチ」に取り組んでくれるような仕掛けを検討した結果だったんです。ゲーム開発に携わっていた方からそう言ってもらえたのは,スタッフ一同,すごく励みになりましたね。

岸本氏:
 子供たちがゲームにハマる理由は,ゲームデザイナーが,プレイヤーが継続したくなる仕掛けを入れているからです。ゲーム以外でも,もっと対象者が継続したくなる仕掛けを入れてあげたらなと思うことがあります。
 しかし気をつけなくてはいけないのは,単にゲーミフィケーションデザインの6要素を入れればいいわけではないということです。「楽しいと思っているか?」「やりたいと思っているか?」という対象者の反応を観察しながら,ブラッシュアップを繰り返すことが大事なのです。そろタッチは,ブラッシュアップを繰り返しているから,子供たちに刺さり続けているのだと思います。

 実際に子どもたちが「そろタッチ」を使って学んでいる教室の見学もできた。一般的な塾やそろばん教室の授業というと,静かな室内で先生や講師が前に立って子どもに何かを教えたり指導したり……といった光景を思い浮かべるかもしれない。
 しかし「そろタッチ」の教室は,「問題が解けた!」「全問正解だった!」という子どもたちの歓声が飛び交い,それに対して「すごいねー!」「よくできました!」と講師が称賛の言葉を投げかけるといったように結構にぎやかだ。

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 また授業の内容も,子どもたちが各自のステージに合わせて用意された個人別の問題をただ解くだけでなく,チームを組んで正解数とタイムを競ったり,前方のディスプレイに表示された数字を次々に計算して正解を狙ったりとまるでゲーム大会のようで,講師もその司会を担っているような感じである。

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 実際,チーム分けは子どもたちそれぞれのステージなどのデータによって,実力がイーブンになるよう自動的に行われるのだが,子どもたちの意見によって入れ替えたり,完全にシャッフルしたりもできる。そのように「そろタッチ」の教室は,講師の裁量で臨機応変に進行を決められるそうだ。

橋本氏:
 食べ物は,美味しくないと売れないですよね。「そろタッチ」において,その美味しさにあたる部分には,子どもたちに「楽しかった」と思ってもらえることだと思っています。美味しいと思ってもらうためには,金太郎飴のような授業ではなく,講師の裁量に任せて判断してもらっている部分がかなりあります。

岸本氏:
 私も生徒に向けて授業をやっていますが,同じ学年の同じコースであっても,AクラスとBクラスではそれぞれ刺さるやり方に変えて授業を行うこともあります。ゲーミフィケーションはそれが一番大事で,どうやったら対象者が前のめりになるかは1人ひとり違うし,クラスによっても変わるんです。

 授業でもっとも興味深かったのは,子どもたちが1つの端末の前に1列に並び,順番に暗算で問題を解いていき,その正解数と合計タイムを教室間で競うリレーだ。
 問題は子ども1人ひとりに最適化されており,基本的に正解できる難度になっているので,子どもたちにとって極めて緊張するものになっているという。

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橋本氏:
 ベトナムでは「『そろタッチ』のリレーゲームのおかげで子どもたちが1列に並べるようになった」とありがたがられたのは大きな気づきでした。
 日本の子どものように言われて1列に並ぶのは結構特殊な技能らしく,ベトナムでは1列に並ばせること自体が難しいんだそうです。前提が国によって違うことを,海外展開してから学びましたね。

 「そろタッチ」は日本語と英語を含めた7言語で展開しているが,国や地域によるカスタマイズは施していない。将来的に何かしら違いを出していくかもしれないが,当面は現状のままだという。また有意な統計が取れるほどの母数ではないそうだが,とくにマレーシアの教室は熱心で,暗算名人の輩出にもかなり貢献しているとのこと。

橋本氏:
 少子化で子どもが減っていく日本の中だけで教育ビジネスに携わっている人たちとは,また違った発想になりますよね。ベトナムもマレーシアも,「そろタッチ」で学ぶ子どもたちが増えていて,それがどう広がっていくのか考えるのはとてもワクワクします。

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「計算力の,その先を」見据えた「そろタッチ」の現状と今後の展望


 現在の「そろタッチ」の開発・運営には,10代から60代まで幅広い年齢層のスタッフが関わっている。橋本氏のように1980年代から1990年代後半くらいまでの,比較的古めのゲームまでしか体験していない人もいれば,最近のゲームをプレイしている人もいて,それがうまく機能しているそうだ。

橋本氏:
 エッセンスとして「あのゲームのこれっぽいものを入れてみよう」と言っても,分からない人もいる。そうなったら分かるように伝えようと言語化して,合意形成を図ることになるので,議論が深まるんです。「そろタッチ」は,そうした年齢層の幅広さを含めて皆で熱量と解像度を上げていった結果として出来上がっています。

 そろタッチは社会課題にも取り組んでおり,2023年には「そろタッチ」が一部の認知機能向上に有効な可能性を示唆する,中高年齢者向けの特定臨床研究結果論文を発表している。

橋本氏:
 「そろタッチ」は子どもに向けたプロジェクトですが,認知症のリハビリテーション専門医である昭和大学医学部の橋本圭司先生が「そろタッチ」に着目してくださって,一緒に特定臨床研究をすることになりました。
 ランダム化比較試験を行ったところ,「そろタッチ」をやっている人たちはワーキングメモリーなど一部の認知機能が向上したことが確認されたんです。「そろタッチ」を介して子ども世代,親世代,そして祖父母世代がつながれるようになることは素晴らしいですよね。

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 そうした子ども世代と,祖父母世代が「そろタッチ」でつながれるように「家族キラキラ」という機能も用意されている。
 この機能は,登録した家族全員が1週間毎日「そろタッチ」を使うとミッション達成となり,カレンダーがキラキラと光るというもの。保護者が一緒に「そろタッチ」をやることで,子どもの学習量が10%向上するというデータに基づいて開発されたそうだ。

橋本氏:
 リハビリ専門医によると,高齢者は自分が気持ちいいことしかやらないので,面白くないと思ったらやらないそうなんです。だから何かを継続させることが本当に難しい。
 でも,孫に「おじいちゃんがやらないとキラキラしないからやって」と頼まれるとやってくださるんですよ。孫パワーは絶大ですね(笑)。

岸本氏:
 今ゲーミフィケーションの活用で,健康の分野が注目されています。これは「ポケモンGO」で歩く歩数が増えることが注目されたのが皮切りでした。ただ,ゲーミフィケーションは若い人に比べると高齢者には刺さりづらいのも確かなので,孫や家族と一緒にやることで,高齢者のヘルスケアに貢献できるのではないかと考えられています。

 「そろタッチ」の今後の展望は,「計算力のその先を,つくり,ひろげ,つなぐ」ことだ。具体的には,「そろタッチ」のS12ステージをクリアできる暗算名人の数を増やすことである。

 また2016年から8年間,多数の子どもたちが「そろタッチ」で暗算を学んできたわけだが,残念ながらその後を追えているケースは少ない。もっとも初期の卒業生が,ここ1〜2年で大学に進学したという報告がチラホラ寄せられるようになったそうなので,「『そろタッチ』で学んだことを生かして何かを成し遂げた」という人が出てくることに期待しているそうだ。

橋本氏:
 学習習慣ややり抜く力,グロースマインドセットなど時代に左右されない本質的な力が育まれるところをもっとアピールしたいですね。それらの力を持っていれば,より多様な選択肢が生まれますから。

 さらに国内47都道府県すべてに「そろタッチ」の教室を展開することや,より多くの国や地域での展開も視野に入れているという。それによりコミュニティが活性化して,当初考えていなかったようなことが講師たちのあいだで生まれることに期待しているそうだ。

 11月24日には,世界中の子どもたちがオンラインで暗算対決するイベント「SoroFes 2024」も開催された。有料イベントなのだが,660人を超える参加があったという。こうした世界を楽しさと感動でつなぐイベントも継続的に行っていきたいと橋本氏は語っていた。

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岸本氏:
 デジタルのアプリでもほめてもらえて,さらにアナログで先生や保護者がほめてくれると,子どもたちのモチベーションはもっと上がるんです。デジタルを使える人はデジタル,使えない人はアナログといったように,どちらかに偏ってしまいがちなんですが,「そろタッチ」は,それを両方使っているのがすごいですね。

 岸本氏の指摘するデジタルとアナログの併用について,橋本氏は経営学者・野中郁次郎氏の唱える「二項動態」を挙げる。これは2つの項目を対立させる(二項対立)のではなく,物事や問題を「あれもこれも」の二項動態で判断し行動するという考え方である。

橋本氏:
 対立と協調を繰り返す中で,それらを両立しようとするところに共創が生まれる。だから共創に手抜きは許されない。そういう空間を作るのは極めて大変なんですが,やはり暗算力を身に付ける子どもたちをもっとたくさん輩出したい。彼らを世界に広げたい,つなげたいんです。その未来を見据えて取り組んでいけば,そろばんという巨人の肩に乗っている現状のさらにその先が見えてくると思っています。

岸本氏:
 数年前にそろタッチのクラスを見学させてもらったときに,「暗算教室の授業がこんなに楽しいものなのか」とビックリしたものでした。しかも刹那的な楽しさではなく,子供たちの成長を後押ししてくれる楽しさでした。
 「そろタッチ」はデジタルの技術と子どもを細かく観察するアナログの要素がハイブリッドになっている。「楽しい」要素をとりあえず入れているのではなく,ある時は苦しい自己実現への過程が,「楽しい」で後押しされているのが,「そろタッチ」なのです。これからも,楽しくて効果的な日本発の教材として”楽しい×学び”のすばらしさを世界に広めてくれることに期待しています。

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「そろタッチ」公式サイト

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