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[CEDEC 2011]ちょっとした工夫でグッとリアルに。「CGと人体解剖学が創る新しい世界 知っておきたい人体製作のツボ」をレポート
また桜木氏は,ルネサンス期には,それらを一つの学問として扱う流れができかけたものの,その後,再び分かれてしまったと説明。また,1960年代から1970年代にかけて,サイエンスの行き詰まりを感じた人々が,アートと組み合わせて取り組もうとしたものの,うまくはいかなかったとのことだ。
桜木氏によれば,サイエンスとアートを一括りにして取り組むのが難しいのは,扱おうとするときに,設定するテーマが広くなりすぎるからだという。
解剖学を専門とする桜木氏は,医学や生物学の立場から考えた結果,「形を作る」というテーマに絞り込み,サイエンスとアートの融合を試みたそうだ。つまり,この場合は,解剖学と造形の組み合わせである。
実際,「美術解剖学」という分野があり,桜木氏も普段,この学問についての講義を行っているのだが,「サイエンスとアートには共通の言語がなかったため,これまでは重箱の隅をつつくような研究しか行われてこなかった」(桜木氏)そうだ。桜木氏は,この分野の研究を推し進めるために,さらにアートの力を借りたいと考えていると述べた。
主に,骨の三次元形態の研究を行っているという桜木氏は,ここで,とある彫刻家と骨について語り合ったときのエピソードを紹介した。同じ骨の形状を説明するとき,桜木氏は数値や数式を用いるのに対し,その彫刻家は,見た目の印象を感覚的に表現しようとしていたそうだ。これは,桜木氏のいう,「サイエンスとアートの共通言語」がなかったことを示す一例といえるだろう。
しかしその後,CG(コンピュータ・グラフィックス)が登場し,それをサイエンスとアートの共通言語として用いることが可能となった。「サイエンスとアートが手をつなげるチャンス」(桜木氏)が来たわけだ。
桜木氏はここから,講演の本題である「人体製作のツボ」の説明に入った。「人体はひとつながりである」「人体は常に動いている」といったトピックについて説明が行われたので,それぞれ紹介していこう。
桜木氏は,会場に置かれている椅子を指し,金属や木材,布といった異なる素材で構成されていると述べた。それに対して人間は,「細胞とタンパク質+αのみ」(桜木氏)でできているという。
例えば,骨はタンパク質と細胞,リン酸カルシウムで構成されており,皮膚は,タンパク質の繊維がびっしりとシート状に並んだものだ。また,繊維の向きが揃うと腱になるという。
桜木氏は,「『工業製品と人間はまったく異なる』と意識することで,かなり良い人体モデルを作れるはずです」と述べていた。
桜木氏によると,「体温を維持しなければいけないという,哺乳類の宿命があるため」,人体は常に動き続けているそうだ。哺乳類は,体温を上げる必要があるときは肝臓と骨格筋を働かせ,下げる必要があるときは発汗したり,呼吸を増やしたりする。中でも骨格筋は重要で,これが動かないと熱を発することができないという。だからこそ,体が常に動いているのは自然な現象なのだそうだ。
ここで桜木氏は,「セサミストリート」を引き合いに出し,会話に加わっていないキャラがじっとしているのではなく,ちょっとした動きを続けているのを見て,そのリアルさに感激したと述べた。
続いて桜木氏は,「ここを外しちゃダメだろう CGによる人体ダメなものランキング」を紹介。これは,人体のCGをよりリアルなものにするうえで注意したいポイントを,ランキング形式で説明していくというものだ。
第4位として紹介されたのは,「皮膚の素材感」。皮膚は二重構造になっており,透明の膜と半透明の膜で構成されているのだそうだ。
第3位は「表情筋」。CGアニメにはキャラクターの表情が怖いものが多く,表情がうまく表現できている作品は少ないという。桜木氏によれば,これは,表情筋の働きを理解できていないことが原因とのこと。
表情筋は,必ずしも「表情をつけるための筋肉」ではなく,「顔の窓」(眼,口,鼻,耳)を開け閉めするための筋肉なのだそうだ。表情筋の形状は放射状または輪状になっており,複数の表情筋の動きにより,表情が作られているという。
次に第2位として,「肘から手の動き」が紹介された。普段,ほかの人と会話をするとき,手や肘の動きは常に視界に入る。見慣れている分,これらの動きが雑に作られていると,大きな違和感を覚えてしまうそうだ。
そして第1位は,「肩の動き」。桜木氏は,人の動きを表現するうえで肩は非常に重要な部位であり,しっかり作り込まれていないと人体全体の動きがおかしくなってしまうと説明していた。
前腕部(肘から手首まで)には,母指(親指)側の骨である「橈骨」(とうこつ)と,小指側の骨である「尺骨」(しゃっこつ)がある。これら2本の骨は,平行にしたり,交差させたりといったことが可能で,これによって腕でさまざまな動作が行える。
桜木氏によれば,人体をCGで表現する場合,手首の小指側にある突起を描くことが重要とのこと。こうするだけでも人間らしさが増すそうだ。
このほか,腕を下ろしたとき,外に向かう角度は,男性より女性のほうが大きくなるそうだ。
とはいえ桜木氏によれば,ヒトは60%以上の時間,一本足で立っており,その動きに適応してきたのだそうだ。桜木氏は,二本足で立ったまま,足を摺るようにして歩くような人がいないことが,その証拠といえると指摘した。
ところで,両手両足を地面に着けている猿が中腰で立つようになり,やがて直立していく様子を描いたイラストを,教科書などで見たという人は多いだろう。
しかし桜木氏は,実際,人類の祖先が中腰で歩いていた時期はなかったと述べる。実際にはそれに当たる時期,人類は樹上生活を送っていたのだそうだ。
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