連載
『機関銃の社会史』
著者:ジョン・エリス
訳者:越智道雄
版元:平凡社
発行:2008年2月(通常版は1993年4月)
価格:1470円(税込)
ISBN:978-4582766356
アクチュアル(現実)モチーフのゲームではよく,因果関係と目的意識が(意図的に)混同される。現実がたどった方向性を,基本的に汲み取る方向でデザインされる以上,これはある程度仕方のないことだ。現実でうまくいった方法を,なぜだか先回りして大がかりに実行することが,プレイヤーにまず要求されるクレバーなプレイなのだから。
だが,現実はむしろそんなに単線的な(=ムダのない)発展を遂げるものではない。その,想像より顕著な迂回/停滞の実例を,我々はジョン・エリスの『機関銃の社会史』で確認できる。
我々が今日(こんにち)第一次世界大戦の陸戦に関して想像する光景といえば,西部戦線の塹壕,突撃を繰り返す攻撃側をなぎ倒す重機関銃の掃射といったあたりが,メジャーなものだろう。では,そのおびただしい数の重機関銃を各国はいつ用意したのか。答えはおおむね開戦後であり,それは財政上の制約があったから等々ではない。単純に,各国とも機関銃の戦術的価値を十分に認識していなかったのだ。
後世よく「マシンガン・ウォー」と呼ばれた第一次世界大戦にして,真相はこんな調子なのである。100年とさかのぼらぬ事例から,歴史学における“合理的推定”の意義を,思うさまぐらつかせてくれる。
本書は「機械文明の国」アメリカが機関銃を生み出した必然性から説き起こし,それがいかにヨーロッパ各国の職業軍人達に無視され続けたかを丹念に追う。あるいは騎兵の役割を過大評価し,あるいは歩兵の一斉射撃と銃剣突撃こそ戦場の女王なりとする固定観念を抱いたヨーロッパの将校団は,自分達が担ってきた戦争の仕組みを,「機械」が根底から変える可能性について,うまく理解できなかったのだ。
南北戦争で,騎兵がライフル・マスケットの斉射の前に血だるまの潰走を繰り返し,日露戦争の旅順要塞攻略戦が,従前の時間当たり戦死傷率の常識を大きく逸脱していたことを知っても,彼らはそれを自分達のこととして捉えなかった。あくまで少数かつ辺境での例外であって,彼ら同士の戦争は,決してそんなことにはならないと,かなり本気で信じていたフシがあるのだ。
とはいえ,由緒正しい正規軍の参謀将校達(≒貴族)が機関銃に無視を決め込んでいる間に,植民地獲得のための戦争は機関銃を最大限に活かして進められていたし,アメリカでは労働争議への対策(!)とギャングによる需要が膨らんでいた。つまり,新技術は例によってマイナー分野から勃興したのである。機関銃ほど分かりやすそうな例であってもそうなのだ。これは技術的イノベーションに対する,旧来的専門家の立ち位置,専門家任せの危うさをまざまざと見せつける実例として,たいへん示唆に富む。というか,ある意味身につまされる。
本書に収められている,さらに太平楽な逸話にも触れておこう。機関銃開発者として歴史に名を留めるリチャード・ガトリングは,その威力を確信するがゆえに,ガトリングガンが戦争の抑止力たり得る,少なくとも大規模な兵力動員を無意味にできると信じていた。だが,もちろん現実はそれほどクレバーに運ばず,第一次世界大戦はフランスの人口構成に深刻な影を落とすほどの流血を引き起こした。
実をいえば,リチャード・ガトリングの考えは当時としてそれほどとっぴな発想ではない。主として19世紀に培われた文明信仰により,当時は実に多くの知識人が,戦争は文明の発達によって克服できる不幸だと考えていた。少なくとも,ヨーロッパの文明国同士が野蛮極まる全面戦争を行うことなど,もはやあり得まいと。第一次世界大戦はその意味で本当に,ヨーロッパ人を芯から絶望させた。その影響は文学や思想,大衆娯楽にいたるまで,随所に見いだせる。
そうした経緯と,さらに大きな世界大戦を経て我々の日常がある。相互確証破壊(MAD)による核抑止力理論の完成以後も,主要先進国は中距離核や巡航ミサイル,中性子爆弾といった形で“実用できる核兵器とその運用方法”の開発に余念がなかったことを思えば,人類はゲームのように未来を明確に見通せるほどクレバーではないが,存亡を賭けたチキンレースを前にして,思考停止に陥らない程度にはクレバーであるという,実に救いがたい結論に到る気がする。
そしてこの理屈の延長には,ご存じのように緩やかだが確実な核拡散と,いつか国家管理を離れた核兵器が生まれてしまうかもしれないという恐怖がある。後者に直面したとき,我々はどんな新思考を編み出したら,その事態を均衡させられるのだろうか?
話が少々脱線した。『機関銃の社会史』は,人間の論理 vs. 機械の論理という構図で,機関銃の開発と普及/活用を時代性の中に捉えた,なかなか教訓的な一冊である。1970〜80年代に歴史/思想分野でアナール学派がもてはやされて以来,それに便乗するかのごとく『〜の社会史』と称する,果てしない各論本が増えてしまったわけだが,少なくとも1976年に原著が上梓された本書は,名前に恥じない包括的なフレームを備えている。
個別のエピソードを知るのみならず,人間社会のありようを経緯から考えてみる,思索の機会ともなり得るだろう。
やっぱナメられていたということで。明治陸軍。
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The Entente:World War I Battlefields 完全日本語版
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