連載
悪逆非道のモンスタープレイを紹介する,「指輪(リング)にかけろ! リターンズ」。第2幕からは,幼い頃に両親を亡くしたウルクの若者グワシが,己の野心のためにサウロン軍に入隊し,自分一人で磨き上げた弓の腕前だけを頼りにその中で頭角を現そうとする様を描いていく。
本連載はモンスターが主人公ということで,裏切りや嘘に満ちた物語となることは間違いない。だが,普段はただ倒す相手でしかないモンスターにも,それぞれの生き様やストーリーがあるのだ。そして今回,身寄りも後ろ盾もないグワシはオークの守備隊長ガクソールに取り入り,トル・アスカルネンの砦における初陣に出るのである。
エテンの中天にかかる太陽の光を受けて,一人のウルクの若者が歩いていた。背負った袋に何が入っているのかは分からないが,はちきれんばかりに膨れて,いかにも重そうだ。
やがてダール・ガザグの砦に着くと,見張りの兵士の一人が声をかけてきた。
「よう,グワシ。また,隊長の好物を持ってきてゴマすりか? ご苦労なこったなあ!」
グワシと呼ばれたウルクは,チラリと兵士の方を見て地面につばを吐き,侮蔑の言葉への返答とした。足を踏み入れた砦の中は,殺気立った喧騒に包まれており,出陣が近いことを教えていた。
つい先日,自由の民側の大攻勢によって,ホアデールにあるトル・アスカルネンの砦が陥落した。この砦は,エテン高地のほぼ中央に位置していることから,サウロンの軍勢にとっても自由の民の軍勢にとっても戦略上の要衝となっている。
トル・アスカルネンを失うことは,エテン高地でのサウロン軍の本拠地グラムズフット要塞が直接の脅威にさらされることを意味する。サウロン軍にとっては,なんとしても奪回しておかねばならない砦だった。
グワシは,ウルク族の弓使いだ。幼い頃に両親を戦いで亡くしてからは,この戦乱の世界をたった一人で生き抜いてきた。小柄で力もあまり強くなかったが,生来の敏捷さは弓の才能を開花させた。独学で弓を修行し,ついにまばたきする間に3本の矢を射るという必殺の弓術を編み出したのだ。
グワシは砦の上層に上り,そこで忙しそうに指示を出しているオークに近づくと声をかけた。
「ガクソール隊長。相変わらず,お忙しそうですねえ」
この砦で西方の守備を任されているのは,オークの中でもとくに秀でたものに与えられるエリートマスターの称号を持つガクソール隊長だ。
「なんだ,グワシか。何の用だ,こっちは目が回るくらい忙しいんだ。うだうだやってると,叩き殺して大蜘蛛のエサにしちまうぞ!」
「おっと,そいつはご勘弁を。あの大蜘蛛の糸に巻かれて,生きたまま血を吸われるなんてのはゴメンですよ」
グワシは,背負っていた重そうな袋をどさりとガクソール隊長の前に投げ出した。
「おい,こいつはもしかしてナメクジの肉か?」
「ええ,しかも今日のは若メスの肉ばかりですよ。北の沼地まで足を伸ばしたらナメクジの大群を見つけたんで,こいつは隊長に持っていかなきゃいけないな,と。まあ,そういうわけで急いで来たんですよ」
ガクソールはよだれを流しながら袋の中を覗き込むと,早速一掴みの肉にかぶりつきだした。
「おお,こいつはいける! うむ,うむう。うまい,うまいぞ」
「隊長,俺も軍隊に入れてもらえませんか。俺の弓の腕は,隊長も知ってのとおりだ。そろそろ出陣でしょう? 兵士は一人でも多いほうがいいでしょうに。お願いしますよ,隊長」
両親もなく,有力な後ろ盾もないグワシが,たった一人でのし上がっていくには軍隊が一番手っ取り早かった。サウロン軍に入れれば,鍛えた弓の腕で戦功を稼ぐ自信はあったが,まだ年齢が足りないということで徴兵検査を受けさせてもらえなかったのだ。
そこで,彼はたまたま知り合ったダール・ガザグ砦の守備隊長の一人であるガクソールに取り入ることで,何とか軍隊に潜り込もうとしていた。
「俺が軍隊に入って,いつも隊長のそばにいれば,いつでもナメクジの肉くらい取ってきてあげられますよ。ねえ,悪い話ではないでしょう」
「う〜む……,一人でも兵士が欲しいのは事実だ。今晩にも,トル・アスカルネンへ夜襲をかける作戦だからな。お前の弓の腕なら,そこらの間抜けの3人分くらいは働きそうだが。……まあ,いいだろう。今回だけ,特別に俺の部隊へ入れてやることにするか」
ついにグワシの願いはかない,ガクソール隊の一兵士として特別に入隊が許可された。彼の野望への第一歩が踏み出されたのだ。その野望の行き着く先が,果たして栄光か挫折かは誰にも分からない。
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クエスト「鍋の中身」は,モンスタープレイヤーにとって最も簡単なクエストの一つだろう。モンスタープレイのスタート地点にいる,NPCのグラウス兵士から受けられるもので,ナメクジのモンスターを狩って,その肉をガクソール隊長のもとへ持っていくという内容だ。
ナメクジは,スタート地点のグラムズフットの門を出てすぐ目の前の沼地にいる。たいして強くはないので狩るのは簡単だが,調子に乗って戦っているうちに2〜3匹に囲まれてしまったりすると面倒なので注意したい。
ガクソール隊長のいるダール・ガザグの砦は,スタート地点であるグラムズフットの南にある。道沿いに進んでいけば,やがて見えてくるので分かるだろう。隊長は,砦の最上層部の焚き火のそばに佇んでいる。
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血にまみれたガクソール隊長の大きな手が,グワシの肩を力強く叩いて吼えるように叫んだ。
「よくやった,グワシ! 初陣にしては見事だ,さすがに俺が見込んだだけのことはあるわい!」
「隊長のおかげで助かりました。隊長の助けがなければ,俺はとっくに死んでましたよ (ふん,何が“ワシが見込んだ”だ。俺が獲るナメクジの肉が欲しいだけだったくせに)」
グワシの初陣となった,トル・アスカルネン砦の奪回作戦は大成功だった。夜の明ける数時間前という,人間達の眠りが最も深いとされる時間帯に,姿を消したストーカーの一群がこっそりと砦に侵入し内部から火を放ったのだ。自由の民軍は,ろくに防衛体制を整えるひまもなく,炎が上がると同時に突撃してきたサウロン軍の前に各個撃破されていった。
グワシは,戦いが始まっても冷静な自分に驚いていた。初めての戦は,何がなんだか分からないうちに始まって終わるものだと聞かされていたのだが,グワシは違った。
砦の内部では,自慢の弓の腕を存分に発揮できないと考えたグワシは,乱戦となった戦いの前半を逃げることに費やした。もちろん仲間の兵士や,上官達の目に留まらないように細心の注意を払ってだ。戦いが大詰めを過ぎた頃,逃げる敵を砦の最上層から射ることで得点を稼ぐことにしたのだ。もし味方の敗勢が濃厚になったら……,そのときはそのまま逃げ出せばいい。
だがサウロン軍の奇襲は成功し,自由の民の軍勢は何もできないまま次々と討たれ,壊走を始めた。グワシは目論見どおりに,逃げていく敵兵士を一人また一人と射殺していった。しかもなるべく仲間の目に付くように動き回って,大声を上げては弓を射ていったのだ。
「初陣で,これほどの手柄を立てられるとは末恐ろしい奴だな。今に俺様より出世するかもしれんぞ!」
ガクソールは得意満面だった。今回の奇襲作戦で,彼の部隊が最も多くの敵兵士を射殺したというので一躍面目を施したからだ。
「隊長の的確な指示があったおかげです。今でも怖くて,何がどうなったのか覚えてないくらいですよ (トロルもおだてりゃ木に登るってか,アホウめが)」
「ガッハッハ,そうかそうか。まあ,とにかく今日は休め,明日も早いからな。ご苦労だったな,うむ。グワッハッハ!」
ガクソールの気分次第では,晩酌にまで付き合わねばならないと考えていたグワシだったが,開放されてさすがにほっとした心持ちだった。やはり初陣は,心も体もへとへとに疲れさせていたのだ。
一般兵士達の眠る大部屋へと,薄暗い砦の通路を歩きだしたそのとき,ふいにうしろからぽんと肩を叩かれ,グワシは飛び上がるほど驚き振り向いた。
通路に掲げられた松明の明かりの,ちょうど陰になるところに,ひっそりと一人の小柄なオークが立っていた。体格は通常のオークより一回りは細く,背も低い。角が何本も生えたかのような特製の兜を見るまでもなく,ガクソール隊長の腹心として知られるワームのフィムと知れた。
「こ,これは気がつきませんで。挨拶もせず,申し訳ありません」
「グワシ,今日は見事だったねェ。お前の鮮やかな逃げっぷりは,なかなかどうして堂に入ったものだったよゥ,イヒヒヒ」
グワシは心の動揺を悟られまいと,必死の努力で何気ない風を装った。
「は? あ,いや何のことか,よく分からないのですが」
「ヒッヒッヒ,安心しなさい。誰にも話してないから。それにしても,あんたの弓の腕前は噂どおりだったねェ。いつか,その弓の腕を借りることがあるかも知れないよ。では,今宵はゆっくりとお休みなさいな」
腰をかがめた独特の格好で通路を去っていくフィムの後ろ姿を,グワシは食い入るように見つめていた。表情は何気ないが,わきの下は汗でびっしょりだった。
「ワームのフィム。ガクソールの腹心で,ずる賢さではグラムズフットで一番という噂は本当のようだ。この男はいつか始末したほうがいいかもしれん……」
ほんの短いフィムとの会話であったが,順風満帆に見えた己の野望達成に,わずかな暗雲が垂れ込めたことをグワシは感じていた。
エテン高地の中央にあるトル・アスカルネンの砦は,モンスタープレイヤーと自由の民のプレイヤーが,最も頻繁に激突する場所といってよいだろう。
ここの東側,すぐそばにエルフのキャンプがあり,常時エルフやドワーフといったNPCの兵士が詰めている。自由の民側プレイヤーは,このエルフのキャンプを足がかりにトル・アスカルネン攻略を仕掛けてくるのだ。
サウロン軍に入隊し,早くも戦功を稼いだグワシ。だが順調に見えた野望の第一歩も,ワームのフィムによって見透かされているかのようだ。
次回,グワシの野望とフィムの智謀が激突し火花を散らす「指輪(リング)にかけろ! リターンズ」,第3幕をお楽しみに!
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