業界動向
Access Accepted第701回:EA SportsからFIFAブランドが消える日
EA Sportsのグループを統括するゼネラルマネージャーが,10月の初めに不可解なプレスリリースを発行した。これまで28年にわたり,27作の本編を中心に200億ドルとも言われる収益をもたらしてきた「FIFA」シリーズが,どうやら次回作から名称変更を行うかも知れないという。いったい,その背後で何が起こっているのか。今回は,そんなビッグタイトルの近況をお伝えしていこう。
累計販売数3億2500万本の人気シリーズに異変が
ゲーマーにとって“FIFA”と言えば,国際サッカー連盟(仏: Federation Internationale de Football Association)そのものではなく,Electronic ArtsのスポーツブランドであるEA Sportsのサッカーシミュレーションゲームを連想する人がほとんどだろう。
10月1日に最新作となる「FIFA 22」(PC / PS5 / Xbox Series X / PS4 / Xbox One)がリリースされたFIFAシリーズは,1993年から続く長寿シリーズで,ナンバリングだけでも現在までに27本がリリースされている。最新作は18言語に対応し,50か国以上で正規販売されており,紛うことなきEA主要タイトルの1つである。前作までの累計販売数は3億2500万本にも達しており,「最も売れているスポーツゲーム」としてギネスブックにも登録されているほどだ。これまでElectronic Artsにもたらした収益は200億ドルにも上る。
1990年代から2000年初頭あたりまでは,コナミの“PES”(ウィ二ングイレブン,今年から「eFootball」へブランド名称を変更)シリーズのほうがシミュレーション性は高いと認知されていて,FIFAシリーズはよりアーケードっぽさをウリにしていたような印象だった。
しかし,EA Sportsは「Madden NFL」や「NHL」シリーズなどのブランドとの相乗効果で開発力を高めていき,「FIFA 10」で累計1億本を達成するなど徐々に販売本数で優位に立つ。
シリーズのマイルストーンとなった「FIFA 12」では,細かいタッチのドリブリングやタクティカル・ディフェンディングシステムなどのゲームプレイに加え,プロシージャルなアニメーション技術や11対11での対戦マッチを可能にした最新型ゲームエンジン「Impact Engine」を搭載。また「FUT」(FIFA Ultimate Team)が初めて登場し,最新作にまで至る人気の根幹となるモードとなっている。
さらに,「FIFA 16」では女子プロリーグもフィーチャーし,ゲームエンジンも「バトルフィールド」シリーズなどで採用されている「Frostbite Engine」へと切り替えた。ストーリーモード“ジャーニー”を加えた「FIFA 17」では,遂にJリーグの公式ライセンスも獲得(国家代表は「FIFA 2002」よりサポート)しており,この頃からは日本のゲーマーたちの記憶にも強く残るシリーズになっているはずだ。
「FIFA 18」ではFUT ICONSが,「FIFA 20」では「FIFA Street」シリーズで描かれていたストリートサッカーのルーツに戻るVOLTAサッカーがサポートされるなど,常に進化を遂げてきた。
よりリアルなキャラクターアニメーションを実現した“HyperMotion”テクノロジーが採用された最新作「FIFA 22」では,10月1日からの販売1週間で910万人のプレイヤー数を獲得し,760万のUltimateチームが作られ,4億6000万回もの試合がプレイされたという。ライセンスパートナーは300を超え,世界中の30以上のリーグ,100か所に及ぶスタジアム,700以上のチームに所属する1万7000人を超えるアスリートをフィーチャーするに至っている。
そんな「FIFA」シリーズについて,Electronic Artsが異例とも言えるプレスリリースを発行したのは,アメリカ現地時間の10月7日のことだ。そのタイトルは,「Electronic ArtsがFIFA 22の記録的なローンチをアナウンスするとともに,サッカーの未来についてコメントを提供する」(Electronic Arts Announces Record-breaking FIFA 22 Launch and Provides Comments on the Future of Football)というもので,上記のような大ヒットぶりを紹介している。
このプレスリリースについては4Gamerでも詳しく紹介(関連記事)したとおりで,EA Sportsグループのゼネラルマネージャーであるキャム・ウェバー(Cam Weber)氏というトップによるメッセージ形式になっているのが興味深く,ファンに何かを訴えかける文面となっている。
特に,「将来を見据える上で,EA Sportsのサッカーゲームのブランドを見直しています。これは,FIFAとの合意による名称使用権を含めてのものです」というコメントが大きく注目されるところである。これまでElectronic ArtsとFIFAは28年にもわたって関係を築き上げてきたはずであり,名称利用権を更新したというプレスリリースを発行したことさえなかったのに,「名前を変えるかも知れない」という,なんともワケありな内容なのだ。
シリーズの新ブランドは「EA Sports FC」に?
EA Sportsのドル箱である看板タイトルの,看板そのものを取り外すというのは大きな決断だが,ニューヨークタイムズ誌オンライン版(外部リンク)がその裏事情を取り上げている。それは,「FIFA 22」のライフサイクル終盤にあたる2022年末(2022年カタールW杯直後)を以って10年間のライセンス契約が切れるのに伴い,Electronic Artsは過去2年にわたってFIFA側との交渉を続けてきたものの,それがどうやら破談してしまっているという話だ。
その最大の理由が契約金であり,Electronic ArtsはFIFAに対し,過去10年にわたって年間1億5000万ドルもの名称使用料を支払ってきた。ところがFIFAは現在,1年あたり10億ドルをワールドカップのサイクルに合わせて4年間契約で行っていくと主張しているという。さらに名称使用の独占権は認めないという。これがすべて事実であるならば,年内には契約をまとめる必要のあったElectronic Artsにとっては到底呑める内容ではなく,プレスリリースの内容からも既に「諦めた」と考えるのが妥当だろう。
事実,10月4日の段階で「EA Sports FC」という商標がイギリス知的財産庁に出願されていたことも明らかになっており,これが今後のEAサッカーゲームの名称になると多くのファンは推測している。
ウェバー氏が話しているように,Electronic Artsはサッカーゲームシリーズについては300以上もの正規ライセンスを獲得しており,それはUEFA Champions Leagueからプレミアリーグ,そしてブンデスリーガやラ・リーガ,Jリーグ,さらにはアディダスなどのアパレルメーカーにまで及ぶ。
また,グローバルな労働組合として,プロアスリートたちの肖像権を管理しているのはFIFPRO Holdingという団体であり,Electronic Artsはこことは契約延長を行ったばかりなので,例えFIFAとの交渉が決裂しても,選手の名前やアートワークが差し替えられるというわけではない。このあたりの権利がどの程度,何に,どのように絡まっているのかまでは筆者も詳しく知らないが,直接的にはゲームタイトルのほか,FUT(FIFA Ultimate Team)などの名称やロゴの使用権に加えて,「FIFA 18」などで無料アップデートという形でフィーチャーされたワールドカップについて,今後は干渉できなくなるといった感じになると思われる。
気になるのは,FIFA側はElectronic Artsとの契約を終了させた時点で,その知的財産権をどのようにするのかということだ。
COVID-19(新型コロナウイルス感染症)の影響で収益を落としていると言われるFIFAが,すでに他社から1年あたり10億ドルに相当するオファーを受けていても不思議ではないし,“独占条項”をなくして名称利用のパートナーを拡大させることもあり得る。数年後にはどこか違うメーカーから「FIFA」の名を冠したタイトルが出ているかもしれない。
この変化は,Electronic Artsにとっては大きな賭けであるはずだ。来年,名称を変えてFIFAシリーズの後継作品がリリースされても,人気を持続することができれば,これまでFIFAに支払ってきた年間1億5000万ドルがそのまま手元に残されることになる。
同社は,実際の試合をゲーム内で放映したり,データをリアルタイムで反映させたりするという,ライブコンテンツの拡充を図っているというウワサもある。莫大な権利料が浮くことになれば,開発資金にもそれなりの余剰が生まれるはずで,ゲームがさらに発展していく可能性はある。今後,ゲーム市場の流れにも大きな影響を及ぼしそうなだけに,EA Sportsのサッカーゲームシリーズの今後には注目しておきたいところだ。
「FIFA 22」公式サイト
著者紹介:奥谷海人
4Gamer海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,本連載「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年の開始以来,4Gamerで最も長く続く連載記事。欧米ゲーム業界に知り合いも多く,またゲームイベントの取材などを通じて,欧米ゲーム業界の“今”をウォッチし続けている。
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