業界動向
Access Accepted第752回:急速に発展を遂げる生成系AIとゲーム業界
昨今はテレビの一般ニュースでも取り上げられることの多い「ChatGPT」「Midjourney」などは,「生成系AI(Generative AI)」と呼ばれる学習型の人工知能だが,こうした最新テクノロジーへの適応が早いゲーム業界でも,すでにプロジェクトに採用され始めている。一方でアートの模倣や,純粋に「仕事が奪われるかもしれない」という脅威から,AIテクノロジーの利用には拒否反応を示す声も聞かれる。今回はそんな生成系AIについてのゲーム業界における現状をまとめておこう。
今年のGDCではホットトピックに。ゲーム業界にも大きな影響を与え始めた生成系AI
この時期,ゲームジャーナリスト稼業のの筆者が気になり始めるのがゲーム開発者会議(Game Developers Conference / GDC)の内容だ。ここ2年ほどはブロックチェーンやNFTなど,いわゆる“Web3”がホットトピックとなってきたゲーム業界だが,その熱気が少し冷めたかと思うと同時に話題になり始めたのが「生成系AI」である。テキストからアートを生成する「Midjourney」や「Stable Diffusion」,自然な会話文で情報収集や情報の作成を行ってくれる「ChatGPT」などが登場し,絵画や文章作成などクリエイティブな部分までもが遂にオートメーションの時代に突入したと社会的にも大きな話題になっており,その流れはゲーム業界にも押し寄せている。
ゲーム業界のトレンドをいち早く感じることができるGDC 2023においても,セッションやレクチャーの数を落としたWeb3に代わり,生成系AIを活用する話題が多くなっている。今のところ,ゲームデベロッパにとっては「煩雑な作業をAIに任せられる」というポジティブな期待と,「仕事が奪われてしまうかも知れない」という危機感が同居したような心持ちであるようで,今年のGDCではどのような意見が聞かれるのかに注目しておきたいところである。
「自動生成」(Procedural Generation)という仕組みの歴史は古く,ゲーム開発においては1980年代からすでにゲーム制作に生かされていた。たとえば「ボーダーランズ」シリーズに登場する無数の武器や「No Man’s Sky」で描かれた天体環境,そしてプレイヤーのレベルに合わせてモンスターの出現頻度などを調整してくれる“Director AI”を搭載した「Left 4 Dead」などはすぐに思い浮かべられるだろう。さらには「Spelunky」や「Minecraft Dungeons」,「Valheim」など数々の作品に採用されるマップ生成はもはやごく普通に採用される技術となっており,開発者が用意したアセットから自在に高いリプレイアビリティや偶然性を生み出している。
これとは別に,一昔前なら“思考ルーチン”などと呼ばれたゲームAIやキャラクターAIもゲーマーにとってはお馴染みのコンセプトで,プレイヤーの動きを先読みしたり,プレイスタイルに合わせた変化を取ってきたりと,アクションゲームからRPG,ストラテジーゲームに至るまで,多種多様なジャンルにおいて,そういうキャラをAIが作り出してきた。
しかし,「生成系AI」はこれらとは異なり,アセットそのものを作り出すことができる。ソニー・インタラクティブエンターテインメント傘下にあるカナダのHaven Studiosは,海外独立系メディアAxios(外部リンク)との2022年10月付けのインタビューにて,「生成系AIによりキャラクターのコンセプトアートを作り出し,ホンモノのアーティストが煮詰めていく」という作業について語っている。
筆者が初めて「生成系AI」を利用したタイトルを目の当たりにしたのは,Squanch Gamesが2022年12月にリリースした「High on Life」だった。Squanch Gamesの創業者であるジャスティン・ロイランド(Justin Roiland)氏は,TVアニメシリーズ「リック・アンド・モーティ」の作家としても知られる。High on Lifeでは少ない開発メンバーで効率良く開発を行っていくために,生成系AIによって幾つかのアートワークが作成された。ただし,あまり多くの人が目にしないような,部屋のポスターなどに限定した採用であったという。
すでに訴訟問題にも発展しつつあるグレイゾーン
このような動きに危機意識を持ったのが,テーブルトップRPGの制作メーカーであるPaizoだ。“世界最古のファンタジー・ロールプレイングゲーム”として知名度の高い「Pathfinder」や,そこから派生した「Starfinder」などで知られる同社だが,今月に入って公式ブログで公開したエントリー(外部リンク)にて,ここ数か月で大きな話題となり,日進月歩での品質改良も行われれている生成系AIについての見解を示し,「Paizoは,過去に数え切れないほどのアーティストやライターたちからの支援を受け,我々の今日に至る評判を築き上げてきた」として,彼らクリエイターたちの仕事に脅威となるような生成系AIを利用しないことを宣言している。
「生成系AIがどのようにしてアートやテキストを生成しているのか」という仕組みについては,平たく言えば基本的には検索エンジンのように入力されたキーワードからインターネット上にあるデータを自動的に抽出し,自然言語の処理に効果的であることが証明されている機械学習型アーキテクチャにより生成すると考えておくと良いだろう。例えばアートを生成するのに,シュルレアリスムとかキュービズムといったキーワードだけでなく,「ピカソ風」などという表現を使うことで,それっぽい絵が瞬時にできてしまう。
そうした,すでにあるものへの模倣や類似性などに対し,オリジナルのアートや写真を提供するアーティストやそのプラットフォームから,「Midjourney」や「Stable Diffusion」といったAIツールの制作者などに対して集団訴訟を起こし始めている。AIに生成されたアートが模倣かどうかという著作権に関するものだけでなく,善意によって無料公開されていたはずの無数の個人作品を無断利用し,AIが日々訓練されているというのも大きな問題の1つとして提起されているようだ。
それでもAIの進化とゲーム開発への適応は止まらない
ゲーム関連で言えばテキストやボイスアクティング,BGMの作曲などにも近いうちに利用が進み,さらにはバグ修正やレベルデザインなどにも採用されていくことになるだろう。筆者には大学生になる息子がいるが,彼が受ける授業の中には,「ChatGPTでちょっとした論文は書けてしまうから」という理由からエッセイ形式の課題を全て取りやめてしまった講師もいるという。これはもはやプロの教育者の目で見ても,実際の生徒が書いたものなのかどうか判別し難いレベルまで上がっているということを意味している。
“チャットボット”と呼ばれる「ChatGPT」のような生成系AIを搭載したゲームについても,ゲーム業界ではかなり以前から開発が進められており,GDC18の特集記事「“AIとの会話をゲームにする”ことの難しさとは。「EVENT[0]」の開発者が登壇した講演をレポート」(関連記事)にもあるとおり,過去に「Facade」(2005年)や「EVENT[0]」(2016年)のようなゲームで試されている。
最近では,さらに生成系AIを利用した,新たな作品が登場しようとしている。Inworldが開発中の「Origins」だ。
「Origins」は,人間とロボットが共存する未来世界の“メトロポリス”で爆発事件が発生し,プレイヤーはそこに乗り込んだ刑事として,関係者や目撃者に聞き込みを行うという探偵アドベンチャーゲームだ。プレイヤーは,事件現場でキャラクターを移動させながら複数のキャラクターと会話することになるが,テキストを手動で打ち込むのではなく,マイクをとおして自分の声と言葉を使って会話していく。
Inworldは「Origins」というAIツールを開発しており,ゲームも同じ名称となっている。ゲームの方はそのツールのテクノロジーデモとしての側面が強いという。
ここ数年のAIテクノロジーの進化により,ユーザーの能力に合わせてゲーム体験を調整したり,オリジナルのバーチャルワールドを生成したり,敵キャラクターの動きや会話を予測不可能なものにするといったゲームプレイの強化が進み,ゲームを新しい次元に引き上げつつある。これはプレイヤーだけのメリットだけでなく,これまで品質をコストや市場投入までの開発期間でトレードオフを余儀なくされてきたゲーム開発にとってもプラスになるはずで,AIの力を借りた作品は次々と出てくるだろう。
ビル・ゲイツ氏は,Forbesとのインタビュー(外部リンク)において,PC,グラフィカル・ユーザー・インターフェイス,そしてインターネットと合わせて,AIの台頭をデジタルテクノロジーにおける4つ目のマイルストーンとして挙げている。余りにも急速なAIの進化により,現時点では良い部分と悪い部分が混在としている印象だが,どのようにゲーム業界に取り入れられ,市場ではどのように受け入れられていくのかには今後も注目していきたいところだ。
著者紹介:奥谷海人
4Gamer海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,本連載「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年の開始以来,4Gamerで最も長く続く連載記事。欧米ゲーム業界に知り合いも多く,またゲームイベントの取材などを通じて,欧米ゲーム業界の“今”をウォッチし続けている。
※来週(3月13日)の週刊連載「奥谷海人のAccess Accepted」は,著者取材のため休載します。
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