インタビュー
Soft Tradingに聞く「日本におけるe-Sportsの可能性」
これらは,主にe-Sports市場向けの製品展開を行っている,Soft Tradingという企業のブランドだ。世界規模ではそれこそSaitekやRazerなどと同等か,地域によってはそれ以上の知名度を持っているが,残念ながら日本では大がかりなマーケティング活動が行われてこなかったこともあって,一部マニアだけがその存在を知る,というレベルに留まっている。
だが,どうやらそんな状況は,変わりつつあるようだ。今回は,Soft Tradingのアジア支社CEOであるVincent W.S.Tang(ビンセント・タン)氏来日のタイミングで,同社の日本戦略を中心に話を聞けた。果たしてe-Sports関連業界のメジャープレイヤーは,日本のゲーム市場,そしてゲーマーを,どう捉えているのだろうか。
■SteelSeriesとIcematを手がける企業が
■「Soft Trading」という名称である理由
4Gamer.net:
初めまして。本日はよろしくお願いします。
日本ではこれまで大がかりな広報あるいは販売活動が行われてこなかったこともあり,Soft Tradingという会社をまだ知らない人も多くいます。簡単に,会社のあらましを説明していただけますか?
こちらこそ初めまして。
Soft Tradingについて一言でまとめるのであれば,100%ゲーミングに特化した会社,ということになりますね。2001年にデンマークで設立され,現在はコペンハーゲンにある本社のほか,ロサンゼルスと台北に支社があり,Soft Tradingの下部組織として上海にSoft Trading Chinaもあります。私は台北にある「Soft Trading ApS. Taiwan Branch」の人間です。
4Gamer.net:
Soft TradingはSteelSeriesとIcematという,二つのブランドを展開する,れっきとしたPCデバイスメーカーですよね。なぜ,ソフトウェアの流通業者のような会社名なのでしょう?
ビンセント・タン氏:
面白いからです(笑)
4Gamer.net:
面白いから,ですか(笑)
ビンセント・タン氏:
ハードウェアメーカーなのにSoft Tradingだと面白いでしょう? 創業者のJacobという人間が起業時に「面白い名称にしよう」と考え,最終的に“ノリ”でSoft Tradingになったんですよ。
4Gamer.net:
それは知りませんでした。ただ,少なからず違和感のある会社名だからこそ,ブランド名がうまく一人歩きしたのかもしれませんね。
ところで,二つのブランドは,どういう棲み分けがなされているんでしょうか?
ビンセント・タン氏:
位置づけが異なります。SteelSeriesは,ゲーミングに特化したブランドです。一方Icematは,ゲーマー向けでありつつも,そうでない人達に対して,新しいPCライフスタイルを提案するような方向性になっています。
4Gamer.net:
日本ではSteelPadのイメージが強くて,ゲーマー向けマウスパッドのメーカーで,ヘッドセットやキーボードも手がけている,といった理解が進んでいますが,必ずしもそうではないと?
ですね。Soft Trading全体で最も売れているのは,ヘッドセットの「Icemat Siberia」ですよ。積極的に広報活動を行ってきた欧州や北米,中国では,大型のエンクロージャを採用した,高級ヘッドフォンのような外観をPC向けヘッドセットとして初めて採用したこともあったのでしょうが,ゲーマー以外の一般層にも幅広く受け入れてもらっています。
4Gamer.net:
それを踏まえて伺いたいのは,今回の来日の目的です。日本には代理店がすでに存在していますから,「日本進出」というわけではないと思いますが?
ビンセント・タン氏:
ええ。目的となると,一つは,日本のゲーム関連メディアを知ることです。もう一つは販売代理店――マスタードシードという企業ですが――に,Soft Trading製品が,一般向けのPC周辺機器ではないことを,もっと認識してもらうことですね。
4Gamer.net:
その「認識」についてですが,販売代理店への周知というか,情報共有を行って,今後,日本でSteelSeriesやIcematをどう展開していくお考えですか? コアゲーマー層にアピールしていきたいのか,はたまた世界市場におけるIcemat Siberiaよろしく,一般層もターゲットにしているのか。
ビンセント・タン氏:
最初は,明確にゲーマーをターゲットにするつもりです。日本の文化は非常に特殊で,一般ユーザーをにらんで本格展開を行うとなると,じっくりと市場を研究しなければならないでしょう。ただ,ゲーマーのニーズは,世界中どこでも同じです。この,共通したニーズを持つ層に,最初は取り組んでいきたいと考えています。
ただ,いくらゲーマーといっても,例えば店頭価格が1万円近いIcemat Siberiaを,ぽんと購入できる人達の数は限られています。実際――4Gamerで調査した限りですが――日本で一番売れているSoft Trading製品は,1000円強で購入できるマウスパッド「Steelpad QcK mini」でした。
必ずしも「ゲーマーだから高い製品を購入する」わけではないと思うのですが。
ビンセント・タン氏:
それは,参入した市場のどこでも最初に聞かれた質問です(笑)。
高い製品を求めるか,安価なものを選ぶかはユーザーの自由ですから,それに関して私達は何も言えません。ただ,これまでSoft Tradingがマーケティング活動に力を入れてきた地域では,その国のユーザーに合った製品が,最終的に売れるようになっています。
4Gamer.net:
どういった段階を経て,そうなるのでしょうか?
マーケティング活動に力を入れている地域では,単純に露出が増えますし,開発秘話などを公開する機会に恵まれたりもするからです。
例えば「Steelpad S&S」。「S&S」は,SteelPadとSK Gamingの頭文字を取ったものです。今は別のチームにいますが,当時SK Gamingにいた「Counter-Strike」界の名プレイヤー「HeatoN」と協力して開発したんですね。彼には,開発段階で,彼が好むプラスチックのスムーズなサーフィスを200種類,実際に試してもらって,その中から一つを選ぶ。悪夢のような作業でした(笑)。
サーフィスの選定が終わったら,今度はグリップ用の,最も動きにくいゴムを探す。3か月かかって,最終的には自動車産業で使われている素材にたどり着いたのです。
4Gamer.net:
そういった情報が,ごく一部のマニアの間だけではなく,マーケティング活動によって広くユーザーの間に知れ渡っているというわけですね。
ビンセント・タン氏:
ええ,Soft TradingとHeatoNが,どれだけの時間をかけてSteelpad S&Sを作ったのか。それをユーザーの方々に知っていただくのが,一番なんです。
■「日本にe-Sports市場がないはずがない」
■e-Sports市場の拡大を目指すSoft Trading
4Gamer.net:
そういった情報を日本のユーザーに知ってもらうため,どのような手段をとる予定ですか?
まず重要なのは,日本のe-Sportsマーケットに働きかけることだと思います。e-Sportsマーケットが広がらなければ,(そもそも「HeatoNって誰?」という状態を脱しないため)開発秘話うんぬんといった話は,何の意味もなさなくなる。「何もないところでe-Sportsなんて言っても」といった批判はあるかもしれませんが,それでも私達は,e-Sports用デバイスのリーディングカンパニーとして,日本でもそこから入っていくつもりです。
4Gamer.net:
ただ,日本のPCゲーム市場は大きな課題を抱えています。コアゲーマーとカジュアルゲーマーの間,ミドルレンジの人達が非常に少ないため,コアゲーマーをターゲットにしたマーケティング活動が,“その下”に広がっていかないのです。この点をどう認識していますか?
ビンセント・タン氏:
ご指摘のとおり,ミドルレンジの人達が増えなければ,e-Sportsは広がっていきません。Soft Tradingとしても,カジュアルゲーマーをミドルレンジに引き上げることが,最も重要だと考えています。
カジュアルゲーム(編注:ここでは日本でいうところの“オンラインゲーム”一般を含む)はお手軽ですが,e-Sportsは,それらとは一線を画した「コンピュータを利用したスポーツ」であることを,まず知ってもらわないといけない。同時に,その先に待っているものを見せる必要があるでしょう。
4Gamer.net:
大会やLANパーティなどを,ですか?
ビンセント・タン氏:
それもそうですが,それ以上に,「e-Sportsの何が面白いのか」ですね。欧州では,毎日2時間ジムに通って体力と精神力を鍛えたり,反射神経を鍛えたりしている人達がいたりします。そういった事実を知ってもらいたい。
4Gamer.net:
一般的な日本人の感覚からすると,それはなかなか強烈なエピソードですね。
ビンセント・タン氏:
ええ。そして同時に,「世界にはこんなにお金を稼いでいるプロゲーマーがいるんだよ」といった,分かりやすい事実を知らせていくことも,非常に重要ですね。
4年前には「ゲームで食べていく」ことができたのは全世界に2チームしかありませんでした。しかし,今や20チームある。日本の皆さんにもよく知られているIntelやAMD,NVIDIAといった大きなスポンサーも付き,高額の賞金が出たりもしているわけです。
4Gamer.net:
それに気がつくと,勝つためのデバイスを求めるようになる?
ビンセント・タン氏:
そういうことです。0.5秒の判断ミスや操作の遅れが,数十万円という賞金の差につながる世界なので,ハードウェアの重要性は非常に高くなります。ですから,先ほどの開発秘話のようなエピソードが,真剣に聞いてもらえたりするんですよ。
ちなみに,e-Sports市場の盛り上がりを間接的に証明するデータとしては,全デンマーク企業を対象とした過去4年間の成長率で,Soft Tradingが11位という数字があります。
4Gamer.net:
全デンマーク企業でですか。それはすごい。
ビンセント・タン氏:
このように,世界のすべての市場において,e-Sportsがこれだけ成長しているのを見ていると,日本だけが例外で,蚊帳の外であり続けるとは,到底思えません。そう断じる理由がない。日本にも間違いなくe-Sports市場があるはずなんです。
4Gamer.net:
仰ることは非常によく分かりますが,その割には,Soft Tradingの製品ラインナップが,コアゲーマーに寄りすぎている事実がハードルになるような気がします。
だからといって「SteelKeys 6G」の廉価版を出すわけにはいきません。とくにSteelSeriesですと,プロゲーマーのお墨付きでなければならないので,少しでも妥協したような製品は出せないですね。
ただ,エントリーレベルゲーマーのニーズがあることも理解しているので,投入できるジャンルでは出していきます。例えば,近々発売する「SteelSound 4H」「SteelSound 3H」は,まさにそういったユーザーのためのものになるでしょう。
また,アジアのユーザーから「『SteelPad QcK heavy』は大きすぎるし高すぎる」という声を多くいただいたので,若干小ぶりで,できる限り安価にした「SteelPad QcK mass」という製品を近々投入します。これはSoft Tradingとして初めて,日本語のリテールパッケージにもなります。プロゲーマーが求めるものを,できる限り安価にという努力は,怠っていないつもりです。
■2007年には新型ヘッドセットを投入予定
■公式情報を掲載する日本語サイトも
4Gamer.net:
そろそろ時間もなくなってきたので,製品ベースの話に移らせてください。直近,というか2007年ですが,どういった製品展開を図っていく予定ですか?
ビンセント・タン氏:
会社が大きくなって,人も増えてきましたので,もっと新製品投入スパンを短くできると思います。また,ゲーマーを満足させるという意味では,もっと限定版などを投入していく予定です。いわゆる“一見さん”ではなく,SteelSeriesやIcematのファンのための製品ですね。決定しているところでは,来年,ヘッドセットの新製品を投入予定ですよ。
それは先ほど名前の出た“4H”や“3H”のことではなく?
ビンセント・タン氏:
違います。来年に,「おお,こんなの待ってたんだよ」と言ってもらえるような製品を投入する予定です。
4Gamer.net:
だとすると,“2H”とか“6H”ですかね?
ビンセント・タン氏:
いまは4Hと3Hを投入するタイミングなので,これ以上は勘弁してください(笑)
4Gamer.net:
了解です(笑) では,少し話を変えて,個人的に気になることを聞かせてください。ズバリ,マウスをどうするのか。パッドもソールもあるのに,マウスはありませんよね。市場参入の予定はあるんでしょうか。
ビンセント・タン氏:
参入する気があるかないかといえば,あります。ただ,ユーザーがSoft Tradingに寄せてくれる期待が非常に大きいため,下手なものは作れないということもあって,慎重になっているのも確かですね。名前だけで売るような製品だけは作りたくないので。
4Gamer.net:
SteelSeriesに,「Bundle」というのがありますよね? MicrosoftやLogitechのマウスに,SteelPadなどをバンドルした製品ですが,あれが現時点での回答,といったところなのでしょうか。
ビンセント・タン氏:
そうですね。そういった事情もあって,マウスに関して現在は,既存のマウスメーカーとのコラボレートモデルを個数限定で投入する方向で動いています。例えばこれ(と言って取り出したの)は「Microsoft IntelliMouse Optical 1.1 SS」。SSはSteelSeriesの略です。世界に3000個しか流通してないんですよ。もうヨーロッパでは完売しています。
4Gamer.net:
これ,日本で販売する予定はあるんですか?
ビンセント・タン氏:
実は,日本用に200個確保してあります。そう遠くない将来,店頭に並ぶはずです。
4Gamer.net:
先ほどのミドルレンジという話とも関連してきますけれども,Steel Bundleで,著名なマウスメーカーと組んでいくのが,日本市場を切り開いていくうえで,一番じゃないかと考えているんですが,そのあたりはどう考えていますか?
ビンセント・タン氏:
仰るとおりです。エントリーユーザーにゲーム用デバイスを知ってもらって,ミドルレンジに引き上げるという意味では,それが一番だと思います。
ただ,それを実現するには,まず日本のマイクロソフトやロジクールに,マウスパッドやソールの重要性,e-Sportsの存在を知ってもらう必要があるんです。とにもかくにも,現地法人に分かってもらわないと,「なんでマウスパッドなんかと一緒に売らなきゃいけないんだ」と一蹴されてしまうんですよ。
4Gamer.net:
あ,言われてみると,それはそうかもしれませんね。
ビンセント・タン氏:
現在,Steel Bundleでは「IntelliMouse Explorer 3.0」の復刻版(以下IE3.0)にパッドやソールをバンドルした製品を展開していますが,実はIE3.0の発売前に,日本のマイクロソフトの方々――正確にはMicrosoft Asiaの方々ですが――とは,バンドルに向けた話合いを試みたことがあるんですよ。ただ,そのときマイクロソフトには,日本のゲーム用周辺機器マーケットを知っている人がいなかった(笑) それで,いったんあきらめた経緯があったりします。
4Gamer.net:
それはスゴい話ですね(笑)
ビンセント・タン氏:
もっとも,彼らの立場はよく分かります。日本で実績のないメーカー(=Soft Trading)と組んだ製品を,果たして量販店の棚に置けるのかという,極めて現実的な課題はありますしね。
今後も,IE3.0のSteel Bundleを,日本のユーザーに届けられるよう,マイクロソフトとは交渉を続けていきます。ただ,果たして本当に,マイクロソフトの流通網を使って,“日本語リテールボックス”として投入するのがベストなのかについては議論の余地もあると思います。
4Gamer.net:
どういう意味ですか?
ビンセント・タン氏:
例えば当社がSteelPadをマイクロソフトに出荷して,「あとはよろしく」というわけには行きませんよね? アフターサービスを彼らに押しつけるわけにはいかないんです。
4Gamer.net:
つまり,Soft Tradingでマウスを発注して,それをSoft Tradingの販売代理店サポートで売っていく可能性があるということですね。
アフターサービス,製品サポートの話が出たので続けると,日本でこれらを充実させる予定はあるのでしょうか? SteelSoundやIcemat Siberia,SteelKeysなどは,決して安くない買い物になりますが,エンドユーザーからしてみると,代理店版でも並行輸入版でも,どうサポートされるのか,誰がサポートしてくれるのかよく分からないという現実があります。
確かにその部分がうやむやになっているというのはあります。そのあたりを販売代理店との間でクリアにするというのも,今回の来日における目的の一つだったりするんですよ。現時点では,私達側に日本市場に関する知識が不足しているので,代理店としっかり情報交換を行って,できるだけ早い段階で,皆さんにお知らせしたいと思います。
そうですね,近々,日本語のサイトを公開する予定なので,そのときには「ここで保証が受けられるよ」という情報をお知らせできるでしょう。
4Gamer.net:
おお,日本語サイトが立ち上がる予定なんですね。
ビンセント・タン氏:
Soft Tradingの商標でもある「FRAG YOU!」という名称で,blogのようなサイトを立ち上げたいと考えています。オフィシャルサイトというわけではありませんが,流す情報はオフィシャルのものになります。
4Gamer.net:
いつごろの予定ですか?
ビンセント・タン氏:
もうページ自体は作ってありますので,あとはその翻訳作業をするだけ,という状態なんですね。いついつと約束はできませんけれども,2007年2月ごろを目標にしています。
4Gamer.net:
最後に,4Gamer.netの読者にコメントをいただけますか?
ビンセント・タン氏:
e-Sportsは,世界規模で育ってきています。日本ではまだe-Sportsが十分に育っていないことは理解していますが,日本人は集中力や真剣さに優れ,団結してのチームプレイに向いていて,強くなる可能性を大いに秘めていると,私は思います。PCゲーマーである皆さんがe-Sportsに注目して,参加すれば,ほかの国にない勢いで,日本のe-Sports業界は育っていくでしょう。Soft Tradingは,そんな皆さんをサポートしていきます。
……ビンセント氏の発言を「今度こそ期待できるかも」と受け取るか,「また同じことを言ってる」と見るかは人それぞれだろう。正直に述べれば,インタビューを終えたあとの筆者の感情はどちらかというと後者に近い。
だが,現時点でまだ日本市場についてのリサーチが足りていないと認識していること,本格展開の第一歩として日本語サイトを立ち上げようとしていることには,希望が持てそうなのも,また確かだ。欧米や中国では高いネームバリューを持つSteelSeriesやIcematが,“マニアだけの存在”から脱却して,“万人にe-Sportsを知らしめる存在”になれるかどうか。ビンセント氏の次の一手も含め,注意深く見守っていきたい。(佐々山薫郁,Photo by TeT)
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