テストレポート
Phenom徹底分析(後):動作クロックはなぜ上がらないのか
なおテスト環境は前編,中編と同じ。また,グラフや表の番号も,前&中編の続きとなっているのでご注意を。まだ前編と中編を読んでいないなら,できれば前編から読み進め,本稿に戻ってきてもらえれば幸いだ。
→前編:ネイティブクアッドコアに意味はないのか?
→中編:B2ステッピングのエラッタで何が起こるのか
動作倍率固定が解除された
Phenom 9600 Black Editionを使ってみる
今回4Gamerでは,日本AMDからPhenom 9600 BE(ロット:0748EPDW)を借用できたので,さっそく倍率変更を試みることにした。繰り返すが,テスト環境は前編で示した表のとおりだ。ただし入手したPhenom 9600 BEはCPU単体だったので,冷却能力に定評のあるThermalright製ファンレスCPUクーラー「SI-128SE」を用意した。組み合わせるファンは,XINRUILIAN製の120mm角モデル「RDL1225S(17SP)」(回転数1700rpm)だ。
なお,これはお約束の文言となるが,Phenom 9600 BEは倍率ロックフリーであるものの,規定倍率以上の動作を含むオーバークロック設定は保証外だ。以下にお伝えする内容は,あくまで筆者が行ったテスト結果に過ぎず,オーバークロック設定の結果何が起こっても,すべては自己責任となる。日本AMD,販売店,筆者,4Gamer編集部ともいっさいの責任を負わないので,くれぐれも注意してほしい。
Phenomの標準VIDは1.25Vだったが,試用したASUSTeK Computer製の「AMD 790FX」チップセット搭載マザーボード「M3A32-MVP Deluxe」のVCore設定は「Auto」になっていたこと,倍率変更で割とラクに2.6GHzを超えてきたこともあって,「AODとはそういうものなのか」と思い,あまり気にしていなかった。だが,それ以上はなかなか上がらない。
そこで,さらに上げようとBIOSから1.58Vに引き上げてみた。標準からすると尋常ではない上げ方だが,AODの表示からして大丈夫だろう,と高をくくっていたわけだ。
果たして,2.6GHzをやや上回るクロックで起動に成功。さらに,AODが持つ「そのオーバークロック状態で正常に動作できるのか」を検証する負荷テスト「Stability test」の実行を始めたが,そこで恐ろしいものを見てしまった。
「いったい何だったんだ?」とも思うが,どうもAODの表示(や設定)が正常に行われない場合があるようだ。サンプルが少ないので断言まではしないが,AODを使ったオーバークロックにおいては,読者も似たような現象に遭遇するかもしれないので,注意の意味も込め,少し長くなるのを覚悟で書いてみた次第だ。1.5V越え,180W超の消費電力はさすがに危険すぎであり,マザーボードが火を噴きかねない※。
さて,VIDは晴れて1.25Vとなったが,さすがにこの状態で2.6GHz越えは難しいようだ。そこで,BIOSからFSBクロックを196MHzに下げ(※前編,中編で繰り返し触れているとおり,今回のテスト環境ではFSBクロックが高めに出る)200MHzになるようにしたうえで,VCoreを上げながら倍率変更を試みた。
結果,やはり13倍(2.6GHz)までは上げられたが,そこからが難しい。FSBクロックを調節して上げようとしたが,1MHz上げるだけでハングアップしてしまう。VCoreをさらに上げると,FSBクロックを204MHzほどに上げられるものの,Stability testの実行で落ちてしまうため,安定した利用は無理のようだ。
結局,試行錯誤したものの,今回の個体で普通に使える(※ここでは「ベンチマークテストを正常に実行できる,という意味)のは2.6GHz止まりと結論した。もちろん,市場に存在するすべての個体を試したわけではないが,“「Phenom 9900/2.6GHz」相当”あたりが限界というのは,あり得そうな話である。
コア数を減らすとオーバークロック耐性は上がるのか?
3コアで動かしてみる
よく知られているように,オーバークロック設定時に障害となる大きな要因の一つが熱である。Phenomでは,コア内部の省電力技術である「CoolCore Technology」そしてコア単位でVCoreや動作クロックを制御する「Cool’n’Quiet 2.0」と,CPUの消費電力を下げる新技術が盛んにアピールされてきたが,蓋を開ければ意外に高い消費電力だった(※このあたりはPhenom 9600のレポートやPhenom 9900のプレビューに詳しい)。
実は,試用しているBIOS 0703のM3A32-MVP Deluxeには,コア数を減らす「Processor Downcore」という項目が追加されているのだ。
選択肢は「Disabled/1/2/3」で,Disabledが標準の4コア状態。例えば3に設定すると,3コアCPUとしてPhenomが機能してしまうのだ。ある意味,ネイティブクアッドコアCPUならではの機能といえるかもしれない。
CPUの負荷を上げるためには,先に紹介した(AODの)Stability testを利用した。このテストはCPUがほぼ全力疾走状態になるようなので,消費電力のテストには適しているだろう。結果はグラフ15のとおりで,1コアを削減することで1.6Aの違いが見られた。ATX 12Vは名前のとおり+12Vなので,電力にして19.2W。Stablity test実行時という条件付きだが,消費電力は81.6Wから62.4Wに低下した計算である。実際には測定値よりも余裕を見なければならないのを考えると,TDP換算なら70W程度というところだろうか。
また,2コアでは4.5A(電力換算54W),1コアでは3.2A(同38.4W)。参考までに同条件で計測したAthlon 64 X2 5000+/2.6GHz(※中編で説明しているように,倍率変更によって2.4GHzで動作させている)と比較すると,“2コアPhenom”のほうが消費電力は高いが,これはSRAMの集積で,大きな電力を消費するL3キャッシュの影響だろう。むしろ,容量2MBのL2キャッシュを搭載しつつ,同じ条件で比較したときにAthlon 64 X2並みに抑えられているわけで,健闘しているといえる。まあ,4コアを集積する以上,Athlon 64 X2よりも消費電力を抑えねばならないのは当然の話なのだが。
では,コア数を削減すると,パフォーマンスはどの程度下がるだろうか。1コア,2コア設定を使う人はさすがにいないだろうから,3コアと4コアの違いを「3DMark06 Build 1.1.0」と「Unreal Tournament 3」で比較した。テスト方法は基本的に4Gamerのベンチマークレギュレーション5.0準拠で,CPU性能を違いをはっきり見るため,解像度だけは(グラフィックス描画負荷の低い)640×480ドットに設定している。
その結果はグラフ16,17にまとめたとおり。3Dmark06のCPU Scoreはマルチスレッドに対応しているため素直にスコアが落ちるが,総合スコアはグラフィックスカードがスコアを左右するようで,あまりスコアが変わらない。一方Unreal Tournament 3では3フレームほどの低下が見られた。これはUnreal Tournament 3が軽度にマルチスレッド化されているためだろう。この性能の低下を大きいと見るか,省電力の引き替えとして割に合うと見るかは人それぞれだろうが,使い方のバリエーションとして3コアという選択肢が存在するのは面白い,とはいえそうだ。
……というわけで本題。3コア化で消費電力が下がることは期待どおりというか予想どおりの結果となったが,本来の目的であるオーバークロックマージンの増加にはつながっただろうか。結論からいうと,残念ながら,世の中そううまくはいかないようだ。
3コア状態では確かに,オーバークロックマージンが上がる気配はある。先の設定ではFSBクロックをを上げていくとすぐに動作不安定になったが,3コア状態で同じことをすると,少しの間は使えたりもする。だが,ほんの2,3分,せいぜいその程度の差でしかない。
結局,3コア化しても,何とか使えそうな限界は2.6GHz止まり。コアレベルでの限界が来ているような印象だ。2.6GHz設定時はベンチマークテストも完走するので,標準状態(※繰り返しで申し訳ないが,今回のテスト環境では約2.4GHz)との違いもまとめておきたい。テスト条件もグラフ16,17時と同じである。
結果はグラフ18,19のとおりで,3Dmark06は順当にスコアを上げたが,Unreal Tournament 3のフレームレートは,2.6GHzの設定で逆に下がってしまう現象を示した。
理由は推測だが,CPUとグラフィックスカードの負荷の分配が両アプリケーションで異なる可能性は指摘できそうだ。標準動作で高め(約209MHz)だったFSBを下げ,倍率を上げた結果,それに引きずられてHyperTransportの周波数が下がったことが影響しているのかもしれない。
ところで,このコア数設定の機能だが,M3A32-MVP Deluxe独自の機能というわけではないと思われる。コア単位で無効化できる機能をPhenomが持つことは確かなようなので,他社のマザーボードでも実装される可能性はある。すでにPhenom対応マザーボードを入手している人は,メーカーのサポートページなどを適宜チェックしておくのがよさそうだ。
Phenomのオーバークロックマージンが少ない理由
=Phenomのクロックが上がらない理由
海外のオーバークロック系サイトなどでは,大がかりな冷却機構を用いてPhenomを3GHz動作させた例もちらほら見かけるが,空冷でそこまで到達するのは,(少なくともB2リビジョンでは)難しいというのが,筆者の見解である。
実際,2.6GHz動作時の発熱は非常に厳しい。上で述べたとおり,冷却能力に定評のあるCPUクーラーを使った今回のテストにおいても,2.6GHz動作のPhenom 9600 BEはアイドリング時に60℃,フルロード時に70℃を軽く超えてきてしまう。
この傾向は3コア時でもまったく同じで,負荷を掛けると3コアが70度を悠々と超えてくる。コア数を減らしてもオーバークロックマージンがあまり上がらないのは,コアがピンポイントで熱くなるからだろう。
2.4GHz動作時には6A台に収まっていた電流が,わずか200MHzのクロック上昇で2.5Aも跳ね上がり,発熱が急増する。これが,Phenomのクロックを非常に上げづらくしているのだろうと思われる。
Athlon 64ファミリーにも「65nm SOIプロセスで製造される高クロック品がない」という事実とを勘案するに,この消費電流の急増は,AMDの65nm SOIプロセスに原因があるのではないかと考えるのが自然な流れだ。LSIの消費電流を急増させる理由はいくつかあるので,「根本原因が漏れ電流にある」と断定することはできないが,AMDが65nm SOIプロセスに苦戦していることはまず間違いない。
ちなみに今回の記事では,クロックが勝手に変わってスコアなど影響するのを避けるため,Cool'n'QuietはBIOSから無効化しているのだが,それでもこれほどアイドリング時とフルロード時の差が大きい理由は,CoolCore Technologyが利いているためだろう。アイドリング時に関していうと,そう悲観するような熱さではない印象を受けた。
高クロック化を果たすには
プロセスの改善が絶対条件か?
中編のまとめにおいて筆者は「Phenomには3GHz越えが必要」と述べた。だが,今回の結果を見る限り,現在の65nmプロセスを採用したまま動作クロックで3GHzを超えていくのは非常に難しいと思われる。AMDが65nmプロセスを改善するのが先か,45nmプロセスの製品を先に出すのか今の状況では何とも読めなくなってきているが,いずれにしてもPhenomの3GHz超えは当分先の話になりそうだ。
同時に,Phenomのダイサイズは非常に大きく,製造コストがかなりの負担になっているはずだ。コストをかけて生産しても安くしか売れないという悪循環に陥ってしまうわけで,AMDに取ってはまさに危機的状況だろう。
この危機から脱するには,(Phenom 9900のプレビュー時にも述べられているが)やはりプロセスの改善を進めてクロックを上げ,性能面で追いつくしかなさそうだ。前編で述べたように,Core 2 Quadにはない特性をPhenomは持っている。仮に,性能で肩を並べられなくても,ある程度まで追いつければ,その特性を武器に,競争していける力はあるはずなのだから。
※筆者による2007年12月28日追記
この部分についていくつかツッコミをいただいた。まず「15Aは危険ではない」というものだが,筆者が危険と判断した理由がいくつかある。
まず,このマザーボードのVRMの定格が分からない,ということが第一。Phenom 9900のTDPが140Wということを考えると,かなり余裕をもって設計されている可能性が大きいので問題ないかもしれないが(借り物だけに)万が一にも壊すわけにはいかない。
また,計測に使用したクランプメーターは,せいぜい1秒/1回の頻度でしか計測できない。したがって,15Aと表示されていても,ピークでは18Aや20Aといった大電流が流れていることも考えられる。また測定のロスがあり得ることも考慮して,危険な水準と判断したわけだ。
さらに個人的な話だが,筆者は電子工作を趣味としていて2桁を越える電流には本能的に恐怖を感じる,というのも理由の一つだ。オーバークロックに慣れている人なら何ともないのかもしれないが,電子工作的基準では2桁電流は実に危険な水準なのである。
ちなみに,クランプメーターの直流電流測定では,時間平均などの電流値が得られるわけではない。瞬時値だ。クランプメーターのピークホールド機能を使ってしばらく観測すれば瞬時最大の目安は付けられるだろう。したがって,そのまま放っておけば最大瞬間電流の目安が得られるのだが,放っておいてマザーボードなどを壊してしまったら目も当てられない。
なお,マザーボード上のVRMの変換効率は正確なデータはないが,多くのVRMは80%程度の効率を持つ。したがって,ATX12Vで測定した電流(から計算された電力)に対してCPUが消費する電力は8割程度になるが,一方で消費電力が上下動していることや,測定にもロスがあり得る。本稿ではVRMについてとくに触れていないが,VRMの存在については頭に入れておいてほしいと思う。
このほか,「4ピンATX12Vでは大電流が計れるのか? マザーボード側に8ピンコネクタがある以上,それを使うべきではないのか」という意見もいただいた。電線1本あたり8Aが最大なので12V×2本の4ピンATX12Vでは16Aが最大だろう,というご指摘である。
1本当たり8Aという数値の根拠は,電源ユニットに使用されている電線の最大定格から来ている。筆者が使用している電源ユニットに使用されている電線のサイズは20AWG(断面積0.5平方ミリ)で許容電流7.5Aである。
だが,電線は定格を超えると,そこで流れる電流が止まったり頭打ちになるようにはできていない。テストに用いた電源ユニットは12Vが34A定格なので,それを超えない限りは,過電流防止回路は働かないのだ。
電線の許容電流というのは絶縁被覆の許容温度などから安全に利用できる最大電流として算定されている数値で,それ以上の電流が流せないわけではないののである。実際に,電線が瞬間的に流せる電流は大きい。ビニール被覆の溶融が始まるのを気にしないのであれば,20AWGの電線が1秒間に耐えうる電流は80A,10秒間なら30A,1分間ならおよそ10Aの電流を流すことができる。ATX12Vでも15Aを越える電流の測定は十分に可能だ。
- 関連タイトル:
Phenom
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