連載
たぶん,泳いだら負け。「放課後ライトノベル」第64回は水着の女子がプールでダラダラするだけの『泳ぎません。』を紹介しません……やっぱり,します
以前,海パン一丁で飲み屋の接客をやったことがある。今振り返ると,なんでそんなことになったのかまったくもって意味不明なのだが,やってしまったのだから仕方ない。泳ぐ以外の理由で海パン一丁になったのなんて,後にも先にもそのただ一度きりである。
海パンとは本来,泳ぐためのもの。よく考えれば(よく考えなくても)泳ぎもしないのに海パンになるというのがそもそも間違っていた。海パンを履くなら,颯爽と海やプールに繰り出すべきなのだ。隣に水着のおねーちゃんがいたりすれば言うことなしである。まあ水着のおねーちゃんどころか泳ぎに行ったこと自体ここ何年もないけどね!
ちくしょう,せめて二次元の中だけでも水着でキャッキャウフフしてやる……と書店に行ってみたはいいものの,そこで筆者が見つけたのは『泳ぎません。』なるタイトルの本。しかも帯には「だがスク水。」の一文。泳がないのにスク水……だと……!? な,なんという水着への冒涜! これは「放課後ライトノベル」でけちょんけちょんにけなさねばなるまいなフハハ!(さっそくページをめくる)
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…………あれ,なんかこれ……………………よくね?
『泳ぎません。』 著者:比嘉智康 イラストレーター:はましま薫夫 出版社/レーベル:メディアファクトリー/MF文庫J 価格:609円(税込) ISBN:978-4-8401-4243-4 →この書籍をAmazon.co.jpで購入する |
●水泳部,だが舞台となるのは休憩時間! 前代未聞の部活もの
綾崎八重(あやさきやえ)。可愛い物好きで男が嫌いな,イマドキの女子高生。
茂依子(しげよりこ)。エセ関西弁を操る,元気ハツラツ,体育会系少女。
榛名日唯(はるなにい)。おっとりお嬢様系,ちょっと天然が入った,読書好きの少女。
この3人が所属するのが,永遠高校(通称とわこー)の水泳部だ。ここでタイトルを思い出して「水泳部とか言って,全然練習しないんだろ」と思った人,ちょっと気が早い。顧問の野々宮麻美(ののみやあさみ。通称「野々美っ!」)はなかなかの熱血教師とのことで,練習自体はそれなりにハードらしいのだ。“らしい”というのは,その練習風景が作中では一切描写されないから。
野々美っ!はほかの部と顧問を掛け持ちしているので,彼女がそちらに顔を出している1時間ほど,水泳部は休憩時間となる。普通の部活ものなら,ばっさり描写をカットされる時間帯だ。だが『泳ぎません。』は,むしろそこがメイン。というか,そこしか描かれないのである。
部活ものなのに,全国大会を目指したりしない。練習もやっているのに,描かれるのは休憩時間の出来事――『泳ぎません。』はそんな,いまだかつてない斬新な部活ものなのである。
●3人寄ればかしましい,JK3人のプールサイド・ガールズトーク
休憩時間だけあって,3人の少女たちの行動は自由気まま。ダベることはもちろん,プールに浮かべたビニールボートに乗ってくつろいだり,お茶を飲んだり,水面を爆走(!)したり。部活動の休憩中というのを忘れてしまいそうなほどフリーダムにいろいろなことをやってのける(泳ぐこと以外は)。
その中でも多いのは,やはり3人でダベること。もっともその内容は「男ってバカだよねー」とか,「野球部の掛け声ってなんで『ぱいおっぱいおっ』なんだろ」とか,はたから見てると「どうでもええやんけ」と思わず方言で突っ込んでしまいたくなるものばかり。依子に至っては,会話の流れでいきなり自分のあだ名を作ってしまう(しかもその後,実際にその名前で呼ばれ続けることになる)。ときどき3人でゲームをしたりすることもあるが,それすらも「プールから見えるモノ限定しりとり」「部活動名古今東西」といった脱力系なもの。
だがそんなゆるさが,放課後のけだるい時間帯,ぽかぽかと暖かな陽気,生ぬるいプール,そして休憩時間というシチュエーションに妙に合っていて,現実の部活にもこんな時間があるのかも……と思わされてしまう。実際に女子だけの水泳部を覗き見しているようで思わずドキドキしてしまうのは果たして筆者だけだろうか。
そんなふうにまったりゆるーく過ごしていた水泳部3人組だが,そこにとある男子生徒が関わるようになってきたことで,彼女たちの心情に少しずつ変化が起き始める。今はまだ,恋愛とは到底呼べない段階だが,それも徐々に変わっていきそうで,今後に目が離せない雰囲気となっている。
●凡百の日常ものにはない『泳ぎません。』唯一無二の特徴とは!
さて,ここまで『泳ぎません。』という作品の特徴をあれこれと書いてきたが,一点だけ,あえて伏せていたことがある。実のところ,ゆる系部活ものと言えば,ライトノベルにも『僕は友達が少ない』『生徒会の一存』といった先達がいる。マンガやアニメを含めれば,『けいおん!』『ゆるゆり』などを筆頭に,両手に余るほどの同系統作品が見つかることだろう。しかし『泳ぎません。』には,そうした先行作品にはなかった,革命的ともいえるある重要な新要素が持ち込まれているのである。
それは「登場人物が常に水着である」ということだ。考えてもみてほしい。ただダベるだけなら,何も場所を教室に限定することはない。服装だって,制服である必要はまったくない。ならば場所をプールに,服装を水着にしたほうが,人類普遍の心理として嬉しいのは当然のことである。このことに気づいたとき,筆者はあまりの盲点っぷりに愕然とすると共に,著者の慧眼に感動の涙を流したものだ。アルキメデスが読んだなら,間違いなく「エウレカー!」と叫んでプールにルパンダイブを決めていたことだろう。
そんな設定を,イラストもきっちりサポートしてくれている。本文挿絵のうち,ドボン絵(読めば分かります)を除いて水着が登場する割合は実に80%。残りも「水着から制服に着替え中」「海女さんの格好(ある意味水着)」という感じなので,これはもう,水着率100%と言ってもまったく問題ないだろう。Aカップ(八重),Dカップ(依子),Eカップ(日唯)をしっかり描き分けるという心憎さも嬉しい。
水着好きは迷わずマストバイと言える本作,今後も水着少女たちのゆるーい会話劇をのんびりと楽しんでいきたいものだ。ちなみに本連載の第41回で紹介した著者の前作『神明解ろーどぐらす』では,日常ものと思わせておいて後半ではとんでもない急展開が待ち受けていたが,今回はそんなこと起きない……ですよね?
■泳がなくても分かる,ライトノベルの部活もの
ここ最近のライトノベルを見ていると,『泳ぎません。』のような部活ものがじわじわと増えてきているのを感じる。今回のコラムではそんな,部活もののライトノベルをいくつかご紹介。
『ほうそうぶ2』(著者:宮沢周,イラスト:山×2/スーパーダッシュ文庫)
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まずはタイトルそのまま直球の『ほうそうぶ2』(「ほうそうぶのじじょう」と読む)。もっともストーリーは,学園で起きた事件を解決するため,名探偵を志す主人公が潜入捜査を行うという,一種のサスペンス。主人公の潜入先が放送部で,ヒロインたちはそこの部員なのだが,実はその放送部自体にも秘密があり……となかなかにアンチ部活もの。
帰宅部ならぬ「帰宅しない部」が登場するのが『この部室は帰宅しない部が占拠しました。』(著:おかざき登/MF文庫J)。事情があって学校に住み着いているヒロインたちのために,主人公が「帰宅しない部」設立を目指して奮闘する。「帰宅しない部」という逆転の発想もさることながら,必然的に描かれる夜の学校生活が実に楽しそうなのが魅力だ。
現在TVアニメが放映中の『僕は友達が少ない』や『ベン・トー』も,一種の部活ものと言える。『僕は友達が少ない』の舞台は,友達作りを目的として残念な連中が集まった「隣人部」。『ベン・トー』で主人公たちが半額弁当を狙うのは「ハーフプライサー同好会」の活動の一環である。
こうしてみると,そもそも現実にありえそうもない部活だったり,一見まともなようで中身は全然まともじゃない,というケースが多いライトノベルの部活。それらと比較すると,水泳部というごく普通の部活で(設定上は)ちゃんと練習もしている『泳ぎません。』がすごくまともに見えてくるから不思議なものである。
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