連載
目指すは声優界の頂点! 「放課後ライトノベル」第108回は『ボイス坂』で夢への一歩を踏み出そう
ゲームハードの進化というと,グラフィックスが話の中心になりがちだが,サウンド面での進化も当然ある。とくに声。最近では携帯機のゲームにも当たり前のように声が付いているが,筆者が子供の頃はゲームに声なんてないのが当たり前だった。それが,いつの間にやらボイス付きのゲームが増え始め,今やそうでないもののほうが少ないのでは? という状況。いやー,時代の流れを感じますなあ。
そんなわけでふと,これまでプレイしてきた中で声優さんの演技が印象に残るゲームを思い出そうとしてみたのだが……購入に年齢制限のあるPCゲームしか思い浮かばなかった。一時期はコンシューマ機より萌えたり燃えたり,お世話になったりしたからなあ。
さて,今回の「放課後ライトノベル」で紹介するのは,そんな声優を目指して奮闘する少女の姿を描いた『ボイス坂』。主にスーパーダッシュ文庫作品のコミカライズを掲載している「スーパーダッシュ&ゴー!」で連載中のマンガを,著者自身がノベライズ(もちろんイラストも担当)したという,“ひとりメディアミックス”作品だ。
『ボイス坂 〜あたし、たぶん声優向いてない〜』 著者:高遠るい イラストレーター:高遠るい 出版社/レーベル:集英社/スーパーダッシュ文庫 価格:651円(税込) ISBN:978-4-08-630695-9 →この書籍をAmazon.co.jpで購入する |
●目指すは声優界の頂点! 伝説はここから始まる!?
東京は九段下,日本武道館。コンサートの殿堂と言われるこの場所で今,人気声優ユニット「COSMIQUE」のコンサートがクライマックスを迎えようとしていた。1万人の観客が熱狂する中,藤林沙絵(ふじばやしさえ)は光り輝くステージを見つめながら,ひとり,別の思いを抱いていた。
――行きたいなあ、“あっち側”に。
もしかすると,読者も一度は抱いたことがあるかもしれない,大それた願い。仮にそんな思いを抱いたとしても,99%の人間は一瞬の気の迷いとして忘れ去るだろう。だが,沙絵は違った。高校3年生の彼女は,その秋,大学進学の道を捨て,自らの夢を追いかけることを決めたのである。
その夢とは,声優になること。
きっかけは,動画サイトに上げた自分のコスプレパフォーマンス動画に付けられた「声優でもイケんじゃね?」のコメント。それまで考えもしなかったその選択肢は,彼女の中で日を追うごとに大きくなっていく。そして,ついに母の反対を押し切って,専門学校の声優科への進学を決めたのである。
春。大きな期待と自信を胸に,彼女は登り始める。恐らくは果てしなく遠いボイス坂を――。
●希望から転落へ。立ちはだかるは,あまりに高い壁
だが――その坂は,決して緩やかではなかった。入学早々,彼女は現実というものを嫌というほど思い知らされる。
彼女の同期には,高校時代から演劇部や放送部で下地を積んでいた生徒たちも少なくなかった。動画サイトという狭い世界の中でちょっとちやほやされていただけの沙絵とは,そもそもスタート地点が違っていたのだ。日に日に痛感させられる実力の差。一方,大学進学という平凡な道を選んだ親友は,慎ましくも充実した生活を謳歌している。うわべだけの笑顔で焦る心を押し隠す沙絵は,心の中で叫ぶ――こんなはずじゃなかったのに,と。そして,ついに始まる転落の日々……。
昨今,声優になるという一見すると華々しく,夢に満ちた進路が,実際はどれだけ困難な茨の道かを知っている読者も少なくないだろう。そうした読者にとっては,序盤の沙絵の言動の何もかもが身の程知らずに見え,読んでいて思わず「あいたたた」とつぶやいてしまうに違いない。
ままならない現実に誰よりも悔しい思いをしながら,「あんな奴らなんて」とくさして心の安定を保とうとする沙絵の姿は「あるある」を通り越して生々しさに満ちており,生半可な気持ちで読んだ声優(に限らず,クリエイティブな/アート的な職業)志望の読者の心を容赦なく折りに来る。そんな沙絵を,変わらず見守ってくれる親友や周囲の人々の優しさが,読者の立場からも身に染みてくる。
●焦がれる思いを胸に,それでも少女は夢を追う
今日,「夢を追う」という言葉は冷笑と共に語られがちだ。「そんなの無理に決まってる」とか「それってただの現実逃避じゃない?」とか。中には口先ばかりで,「ほんとに叶えたいと思ってるの?」と感じる人間がいるのも確かだ。けれど,大きな挫折を経験し,精神的にボロボロになってなお,心の底から湧き上がるものがあるのなら,それはやはりその人にとっての「夢」と呼べるのではないだろうか。
根拠のない自信を打ち砕かれ,現実の厳しさを目の当たりにし,それでも声優の道をあきらめられない沙絵は,生々しくカッコ悪い,現代の夢追い人の象徴だ。あとがきによると,本作は著者の過去の実体験がベースになっているという。今でこそ,マンガ家として精力的に作品を発表し続けている著者だが,そこに至るまでにさまざまな壁を乗り越えてきたであろうことは想像に難くない。エンターテイメントと「薄気味悪い自慰行為」との境界を行く表現の数々には,夢というものに真摯に向き合ってきた人間にしか書けない,と思わされるだけの重みがある。
一度はどん底にまで落ち込んだ沙絵は,ちょっとしたファンタジーの力を借りて,現実に“反撃”するきっかけを掴む。落ちるところまで落ちたら,あとはただ登るだけ。泥だらけの荷物を背負い,ボイス坂の頂点を目指して進んでいく紗絵の背を,我々読者は,坂の下からそっと見守っていこうではないか。
■声優志望じゃなくても分かる,高遠るい作品
本連載の第92回で紹介した『ノーゲーム・ノーライフ』と同じく,著者がイラストレーターも兼ねている『ボイス坂』だが,こちらの著者の本業はマンガ家。代表作は,香港マフィアに殺し屋として育てられた少女シンシア(あだ名は“はげ”)が,日本でできた友人と共にさまざまな強敵と渡り合う格闘群像劇『CYNTHIA_THE_MISSION』(一迅社/全9巻),ミカとるんなが“合大(合体&巨大化)”し,異星人と激闘を繰り広げる特撮風味の『ミカるんX(クロス)』(秋田書店/全8巻)など。SF,美少女,アニメ等,さまざまなジャンルのエッセンスを凝縮したアクの強い独自の作風が印象的な作家だ。
『CYNTHIA_THE_MISSION』(著者:高遠るい/ZERO-SUM COMICS)
→Amazon.co.jpで購入する
このたび小説家としてのデビューを果たした著者だが,本業のほうでも『鉄漫-TEKKEN COMIC-』(集英社),『ジェネラル・ルージュの凱旋』(宝島社),『週刊 マンガ日本史』(朝日新聞出版,5号「鑑真」を担当)など,原作の傾向がまるで異なる多数のコミカライズを手がける多芸ぶりを発揮。TRPGリプレイ『女子高生江戸日記 Replay:天下繚乱RPG』(ジャイブ)には,イラストレーターだけでなくプレイヤーとしても参加している。そのほかニコニコ動画に自作動画をアップしたり,2ちゃんねるに「漫画家やってるけど質問ある?」なるスレッドを立てるなどのお茶目な一面も。
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