連載
奥深きシューティングゲームの世界。「放課後ライトノベル」第134回は『連射王』で本気の勝負をしよう
かつてゲーセンに入り浸っていたアラサー男子の心を掴んで離さないマンガ『ハイスコアガール』。10代の若者にも当時のゲーセン情勢を分かりやすく伝えられる作品で,これを読ませさえすれば「ネオジオって,ソフトの価格が4万円もしたんだぜ……」みたいな昔話をしても,もうウザがられることはないだろう。
ただ,『ハイスコアガール』で中心として扱われているのは格闘ゲーム。当時の格闘ゲーム人気を考えれば当然ではあるのだが,ハイスコアと言えばやっぱりシューティングゲームだ。そんな思いを噛みしめつつ,今回の「放課後ライトノベル」では1990年代のシューティングゲームの世界を垣間見られる,川上稔の『連射王』をご紹介。一見さんにはハードルが高いと思われがちなシューティングの世界だが,そこにはとてつもなく魅力的な世界が広がっているのだ!
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●本気になれない少年が見つけた本気の勝負
野球部に所属する高校生,高村昂(たかむらこう)。部活ではレギュラーだが,頭のどこかで野球に真剣になれない自分がいることにも気づいていた。野球は好きだが,明確な意志を持って臨んでいるわけでもなく,もう3年生になるが進路もまったくの白紙。
「……俺、本気になれる人間なのかな」
そんな疑問を抱きながら立ち寄った駅前のゲームセンターで,昂は思いがけない光景を見る。一人のプレイヤーが店長に頼み,縦STG「大連射」の難度を最高ランクに設定していたのだ。通常の難度でも数分でゲームオーバーになってしまうシューティングゲーム。その難度を最大に上げるなど,金をドブに捨てるにも等しい。それにも関わらず,眼鏡をかけたそのプレイヤーは店長に向かって,「ダメだったら、復帰をやめて赤坂に行きますよ。本気ですよ」と告げる。
本気。それはゲームという遊びにはそぐわない言葉だろう。そして自身が今,一番悩んでいる言葉を耳にし,昂は彼の挑戦から目が離せなくなる。繰り広げられる30分の勝負。画面上には常に弾丸が飛び交い,一時たりとも気を抜けない。そして,そのプレイヤーは見事エンディングまでたどり着いた。
それから数日,昂はその光景を何度も思い返す。もしあれが“本気の勝負”ならば,ゲームを知ることで自分もその片鱗を感じられるかもしれない。かすかな期待を抱き,昂はシューティングの世界に足を踏み入れる。
●純粋に研ぎ澄まされたシューティングの世界
以前紹介した『僕と彼女のゲーム戦争』のように,近頃はゲームを題材にした作品も数多い。だが,シューティングゲームだけを扱った作品はなかなか見られない。歴史もあり,ジャンルとしてはよく知られたシューティングゲームだが,ほかのゲームと比べプレイヤーが少ない印象がある。そんなシューティングゲームをメインテーマに据えた小説を,普段それらをあまり遊ばない人が読んでも楽しめるのだろうか? 結論から言うと,本作に関してその心配は無用だ。
シューティング初心者が主人公ということもあり,本作では誰もがつまずく状況とそれを打開する過程が段階的に描写されていくのに加え,「敵弾視認と視覚理論」「切り返し・三日月避け」「連射法」といったシューティングの基本となる技術を,イラストや写真を用いて丁寧に説明してくれる。
また,昂の目の前で本気の勝負を演じたプレイヤー・竹さんは,このように語る。
「シューティングゲームとは、淀みなく勝ち続けることを強制されるゲームなんですよ」
格闘ゲームやレースゲームなら,キャラクターを動かすだけで面白く,対人戦で勝ったり負けたりを楽しむこともできる。どちらも,ゲームをクリアすることとは別の遊び方を見出せるのだ。だが,シューティングゲームはそうではない。ステージが進めば進むほど難度は上がっていき,道中どんなに華麗なプレイを演じても,最終面のボスを倒せなければ,プレイヤーの負けなのである。
だからこそ,竹さんは「ゲームの本質はシューティングゲームにあります」と断言し,さらにはその先の「シューティングゲームのプレイヤーは、いつか来る己の決着のために、ずっとずっと本気で戦い続けねばならない」という,ある種の哲学のような境地まで見据えるのだ。
その彼が目標とするのは,「ファーストプレイ・ワンコインクリア」。「死んで憶えろ」という言葉まであるシューティングゲームの世界で,初めてプレイしたゲームを一発でクリアするなど,ほぼ不可能なはず。彼のこの挑戦がどのような決着を迎えるのかも,本作の大きな読みどころの一つだ。
●本気のゲームの果てに残るものとは?
本作は超高濃度のゲーマー小説であると同時に,至ってまっとうな青春小説でもある。昂の幼なじみ・岩田蓮(いわたれん)はゲームに対する理解がない。そのため,昂は彼女にゲームセンターに通ってることを打ち明けられず,それが原因ですれ違いが生まれてしまう。
二人の関係がどのように進展するのかも気になるところだが,それに加え,周りの友人が将来を見据えて動き出しているのに,自分は何も見つけられていないという不安や焦燥感も描かれる。こうした感覚は,たとえシューティングゲームに興味がない人でも共感できるはずだ。
そして,昂は中途半端な自分に悩みながらも,本気になれるものを求めてゲームにのめり込む。周囲からは,そうした態度は単なる逃避にしか見えないかもしれない。だが,そうではないのだ。作中の言葉を借りれば「挑戦を自ら見つけて行い、結果と向き合う自由」。それがゲームにはある。
アーケードゲームをプレイすることで形に残るような物はほとんどない。それを時間や金の浪費と考える人もいるだろう。だが,ゲームをプレイすることで得られるものもあるはずだ。本作の舞台は,プレイステーションやセガサターンが次世代ハードとして登場し始めた1990年代半ば。今より15年近く昔の話である。それでもレバーを握り画面に向かいあった時の熱は,今も昔も変わらず存在している。そう確信させてくれる作品だ。
■連射王じゃなくても分かる,川上稔作品
川上稔は,1996年に第3回電撃ゲーム小説大賞で,『パンツァーポリス1935』で金賞を受賞しデビュー。その後も共通の世界観を持つ,さまざまな都市を舞台にした「都市シリーズ」で人気を博し,『終わりのクロニクル』や,アニメ化もされた『境界線上のホライゾン』など,ヒット作を連続で発表している。
『GENESISシリーズ 境界線上のホライゾンI〈上〉』(著者:川上稔,イラスト:さとやす(TENTY)/電撃文庫)
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そんな川上稔作品の特徴といえば,有無を言わさぬ物理的な厚さ。もともとページ数が多いほうではあったが,『終わりのクロニクル』ではシリーズが進むにつれページ数が増大していき,気がつけば最終巻で1000ページ越えという,電撃文庫史上最厚の境地に到達。これは空前絶後だろうなと思いきや,その後『境界線上のホライゾン』であっさり記録が更新された……。
もちろん,ただむやみに厚いだけではない。その背景にあるのは膨大な量の独自設定と,個性豊かな多数の登場人物たち。普段はただの変態のように見えて,キメるところではきっちりキメるキャラクターが繰り広げる,怒涛のバトルや独自用語が飛び交う交渉が持ち味だ。
ちなみに,これらの作品はすべて「都市世界」と呼ばれる同一世界の別時代を描いたもので,今回紹介した『連射王』もFORTHシリーズとあるように,都市世界の一部である。今のところほかのシリーズとのつながりは見当たらないが,今後の作品では何らかの関係性が描かれるかもしれない。
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