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[SIGGRAPH]複合現実やプロシージャル,3Dスキャナなど,最先端技術を使った「製品」を紹介する,一般展示セクションレポート(2)
パッシブ型でフル解像度の3D立体視や“CG操り人形”システムに注目。一般展示セクションレポート(1)
複合現実が切り開く次世代エンターテインメントの形
〜キヤノンITソリューションズ
そしてもう一つ,近年,研究が盛んなのは複合現実(MR,Mixed Reality)である。「着想自体は拡張現実と同じだが,インタラクションの対象が,仮想現実と現実世界の双方になったもの」がMR。「仮想現実+拡張現実」あるいは「仮想現実×拡張現実」といったものが複合現実に相当する。
キヤノンITソリューションズ(以下,キヤノンITS)は,MRの本格的なビジネス化を目標に研究開発している企業であり,今回のSIGGRAPH 2010では二つのブーススペースを確保して気合の入った展示を行っていた。
さて,会場では被験者にキヤノンITS担当者よりヘッドマウントディスプレイ(以下,HMD)が手渡され,これを被ってブース内を覗くことで五つのMR体験ができるようになっていた。
写真を見てもらうと分かるのだが,ブース内には六角形を単位とした模様が記載されたマトリクスコードが多数貼り付けられており,これらは被験者のいる現実世界と仮想世界との対応を示す位置を指し示している。HMDに取り付けられたカメラでの,このマトリクスの写り具合から判断して,被験者がどこにいて,どの方向を見ているかを判別する仕組みである。ちなみに,この六角形マトリクスコードはキヤノンITSの特許技術だとのこと。
一つめは,地球と月の関係を3D CGで図解したバーチャル展示であった。
液晶画面上の映像を見るのとは違って,HMDを通して見た視界内では,目の前に立体的なミニチュアの地球と月が浮遊しているように見える。さらにしゃがんだり回り込んだりすれば,さまざまなな角度から眺められるようになっている。
先ほどの「地球と月」と異なるのは,この“コピー機”には触れるということ。実体物の箱型模型にCGが合成されているため,被験者がCGで再現されたコピー機に触ろうとすると,その手は実体としての箱に触ることになる。CGで再現されたコピー機のボタンまでもが高精度に実体物のボタンギミックと合成されているので,HMD越しだと,自然にコピー機に対してのボタン操作まで行える。
担当者によれば,これは「MRを用いたプロトタイプ評価体験」に相当するのだという。どういった操作感&使用感になるのか,実際にプロトタイプを製作する前にMRで確認できるので,何台もプロトタイプを試作するよりもコストは安くて済むというわけだ。
現に,今回のデモも,CGで再現されているコピー機のモデルデータは,試作デザインのCADデータをそのままMRに流用したものだという。
「CGに触れる」というMRのデモ |
被験者の視界。実際にボタンを触るとコピー機のカバーが開閉する。被験者の手とCGとの合成ラインはやや粗めか |
三つめは,現実世界に実物大の恐竜がやってきたら……という「もしも」体験できるデモ。
HMDを通して見ると,現実世界を映した視界内に巨大な恐竜が合成される。現実世界の対象物とCG恐竜との大きさの対比を実感できるため,あらためて恐竜の大きさを「実感」可能というわけである。こらちは,マトリクスコードではなく,磁気センサーを用いて,被験者が被っているHMDの向きや角度を検出していた。
被験者の視界には現実世界とCG合成された恐竜が見えている |
被験者の視界。SIGGRAPH 2010展示ホールの通路に恐竜がいるように見える。3D的な位置やスケール関係はマッチした状態での合成であり,さらに立体視となっているので,その臨場感はなかなか感動的 |
被験者の視界。実体化した恐竜は動き回る |
CGの恐竜が,現実世界に置いてある実体の障害物に隠れるさまが見られるようになっており,隠れている場所まで移動すれば,そのCG恐竜を見つけることもできる。内容はかなりゲーム的で,MRの面白さを堪能できるデモだといえるだろう。
ブースに展示された,実体物としての恐竜の骨格化石 |
これをHMDを通して見ると…… |
骨に肉が付いていくCG演出がなされ,恐竜は台から飛び降りる |
動き回る恐竜を追いかける被験者達 |
プレイヤーは両手に米Polhemus製の磁気センサーを取り付け,手のひらをこすり合わせるという,マンガやアニメでよく見かける“手裏剣投げ”のジェスチャーで小鬼を撃退することになるのだが,このときゲーム空間となるブース内には六角形マトリクスコードが配置されており,これでプレイヤーがどこを向いているかを判別。さらに,磁気センサーが手裏剣の発射(=ジェスチャー)を検出することになる。
HMDを通した視界では,ブース内を所狭しと小鬼が動き回っているように見え,ときどき,小鬼達は走ってこちらに体当たりをしてこようとする。ゲームでは,こうした攻撃型の小鬼を含めてすべての小鬼を殲滅できればクリアだ。
筆者も実際に体験させてもらったが,小鬼は背が低いため,やや屈み気味で小鬼に照準を合わせることになるうえ,さらには動き回る小鬼を追いかけるために首や身体を左右に動かす必要もあったりして,アクション性はけっこう高い。FPSをMRでやっているような感覚であり,実際かなり楽しかった。
手裏剣で迫り来る小鬼達を撃退していくMRゲーム「百鬼面」。手をこするジェスチャーで手裏剣発射! |
現実世界の視界を動き回る小鬼達が,プレイヤーには見える。これぞ本物の一人称シューティングだ |
キヤノンITSでは,こうしたMR研究を8年前から行っており,次世代のコンピューティングパワーの応用先として市場開拓に臨んでいるのだそうだ。恐竜がらみのMRデモは,2009年の千葉県・幕張メッセで開催された恐竜博「恐竜2009−砂漠の奇跡」で公開された実績もある。
なお,今回の一連の展示で用いられていたHMDには「VH-2007」という型番が与えられていたが,これはキヤノンITS自社開発のプロトタイプになる。VH-2007が持つ一眼あたりのマイクロディスプレイ解像度は1280×960ドット(アスペクト比4:3),水平視界範囲60°,垂直視界範囲47°で,1.5m先に100インチ画面があるような視界を再現できる。表示映像の大きさと距離感再現にはキヤノンが持つ光学技術の産物である特殊な非球面レンズが利用されているとのこと。
MRでは,被験者の視界をビデオカメラで撮影してCGと合成することになるが,このビデオカメラのイメージセンサーには,解像度33万画素,1/3インチのCCDを採用している。解像度自体はさほど高くない。
ビデオカメラで撮影した映像は,ホストPC側でキャプチャされ,現実世界の3D情報と仮想世界の3D情報とのマッチングを行い,CGを生成して合成する。ホストPCには「Xeon X5570/2.93GHz」を2基,DDR3 SDRAM計12GB,グラフィックスメモリ1.5GB版の「Quadro FX 4800」を搭載したHewlett-Packard製ワークステーション「Z600」が用いられていた。
キヤノンITS担当者いわく,「今年から始まった立体視対応テレビは,いずれこうしたMRに発展していくのではないか」。テレビ画面から飛び出す映像を見るだけではなく,飛び出した映像に囲まれる体験が“次世代の3D立体視”として来るのではないか,と予測しているわけだ。
MRが次世代のエンターテイメントとして台頭してくることに期待しよう。
プロシージャル技術による都市生成ミドルウェア
「CityEngine」〜3Dconnexionブース
プロシージャル技術とは,コンピュータで実装したアルゴリズムによって自然界に存在するものを再現したり,人間が興味を持てるほどの知的なコンテンツを自動生成したりする技術のこと。3Dゲームグラフィックスの分野では,数年前からプロシージャル技術によるテクスチャ生成などの手法が研究されており,これらはとくに「プロシージャルテクスチャ」と呼ばれている。
ちなみに,プロシージャルテクスチャ生成機能は,任天堂の3Dゲーム機「Nintendo 3DS」のGPUでもサポートされていて話題を呼んだので,記憶に新しい読者もいることだろう。
話を戻そう。CityEngineは,その名のとおり,適当な条件を設定するだけで街並みの3Dモデルを自動生成する機能を持ったミドルウェアだ。
CityEngineを使った街並みの生成にはさまざまな手法が用いられており,例えば,当該3Dシーンに対して土地の起伏を設定して,川や海,大通りを適当に描き,人口密度分布を設定し,国のタイプや時代区分といった「作りたい都市/街の趣向」を選択すれば一丁あがりとなる。
条件を指定すると,CityEngineは瞬く間に小さい道を自動生成し,自動的に区画を整理し,建物を建てていってくれる。まるで「SimCity」を見ているようだが,これはデタラメに生成しているのではなく,ここには「人間の住む街を自然に再現する独自のアルゴリズム」が用いられているのだ。
人口密度の高いところ同士は太い道で結ばれたり,細い道は,坂道を避けるため,なるべく等高線に沿ったように敷かれたりする。規則に従った道ができあがると,今度は道で区切られた土地の広さに応じて,妥当な高さの建物が建っていく。
CityEngineでは,建てる建物,一軒一軒のデザインについてもプロシージャル技術が適用される。建物の基本形状のボキャブラリーがあって,これらを組み合わせて建物を建造するイメージだ。
生成した都市シーンは,3Dモデルデータとして,「Autodesk 3DS」や「Autodesk FBX」「COLLADA」といった主要3Dデータ形式でエクスポート可能。
価格はライセンス形態によって495〜4950ドルまで幅があるが,ソースリストの提供を行うようなライセンスプログラムはない。現在のところ,CityEngineは都市や街並みの3Dモデリングツールとしてのみ提供され,CityEngineの都市生成ランタイムを自社ゲームに組み込めるようなライセンスプログラムは提供されていない。
箱モデルにテクスチャでディテールを付加することも,ジオメトリレベルでディテールを付加することもできる |
一眼デジタルカメラで実現する3Dモデル取り込み
「Pico Scanner」〜3DDynamicsブース
Pico Scannerがユニークなのは,イメージの取り込みにキヤノンの一眼レフデジタルカメラ「EOS 1000D/Rebel XS」(日本名:EOS Kiss F,以下 EOS Kiss)を使用し,メッシュ投影にLED光源のピコプロジェクタを使用するという点だ。
ピコプロジェクタとは,ビジネスプレゼンテーション向けに開発されたポケットサイズの小型プロジェクタのことで,Pico Scannerでは,汎用製品であるピコプロジェクタを,EOS Kissに用意された外部ストロボの取り付け位置に装着して使用する。
ピコプロジェクタからはメッシュパターン(網目模様)などを投射してこれをEOS Kissで撮影し,その画像の歪み具合などを認識して3Dモデルの頂点データ(3D形状データ)を生成する。
頂点データのほか,カラーテクスチャマップ,法線マップ,デプスマップなどのテクスチャデータも得られ,さらに,ターンテーブルを利用して複数回のキャプチャを行えば,片面だけでなく,閉じた3Dモデルを得ることも可能だ。
レンズはキヤノン純正の18-55mmのズームレンズを採用し,最短キャプチャ距離は150mm,再遠キャプチャ距離は800mmとなっている。キャプチャ範囲は800mmの距離で400×500mmまで。最短キャプチャ距離はレンズ性能から来る制約,再遠キャプチャ距離はピコプロジェクタの性能からくる制約のようだ。ちなみに,Pico Scannerに同梱されるピコプロジェクタは,解像度800×600ドット,40ルーメンの投射性能となっている。
製品はEOS Kiss F本体と18-55mmレンズ,ピコプロジェクタ,三脚込みで提供され,北米市場での価格は1999ドル。SIGGRAPH 2010期間中に販売が始まっているが,日本での発売は未定で,現在は代理店を探しているところだとか。この価格帯ならば,パーソナルな3Dスキャナとしても人気を集めるかも?
テクスチャも同時に取得可能 |
法線マップも得られる |
組み込み機器向けの新グラフィックスIPコア 〜Vivante
例えば,英Imagination Technologiesの「PowerVR」は,2001年にセガのドリームキャストが終焉して以降は組み込み機器向けGPUコアの開発に注力し,結果,IntelのAtomプラットフォーム(の一部)やAppleのiPadやiPhoneなどに採用されるに至っている。先だってNintendo 3DSへ採用されると発表され注目を集めた日本のディジタルメディアプロフェッショナルも,創立は2002年だ。
そして,SIGGRAPH 2010に小さなブースを構えていたVivanteも,2004年創業と,まだ若いグラフィックスIPコア開発メーカーである。本拠地は米カリフォルニア州サニーベール市だ。
VivanteのグラフィックスIPコアは「GC」シリーズと名付けられており,消費電力あたりのパフォーマンスの高さを第一に開発を行っている。効率重視の設計を採用しながら,プログラマブルシェーダアーキテクチャを採用しており,OpenGL ES 1.1&2.0に対応している点が最大の訴求ポイントになるだろう。担当者によれば,パフォーマンスはともかく,将来的にはデスクトップPC向けAPIであるDirectX 11やOpenGL 3.0にも対応予定だというから驚きだ。
Vivante GCシリーズのロードマップ |
Vivante GCシリーズの基本スペック |
Vivante GCシリーズのアーキテクチャブロックダイアグラム |
GCシリーズで,シェーダコアは最大16基搭載可能で,最小構成のGC400とGC800が1基,GC1000が2基,GC2000が4基。2010年第4四半期に投入予定のGC4000が8基,2011年予定のGC8000が16基搭載する。
Vivanteが持つもう一つの特徴は,近代的な「統合型シェーダアーキテクチャ」を採用しているという点。各シェーダユニットは,4要素ベクトル対応の浮動小数点SIMD演算器であり,その時点におけるレンダリングエンジンの負荷率に応じ,頂点シェーダとして起用されたり,ピクセルシェーダとして起用されたりする。さらに,OpenCL(Embedded Profile)ドライバーを利用することで,各汎用シェーダユニットはGPGPU用途にも流用できるのだ。
守秘義務の関係で採用製品の詳細は明かせないそうだが,今年後半以降,続々登場してくるという。今後,Vivanteのロゴを目にする機会が増えてくるかもしれない。楽しみだ。
Vivante GC400によるレンダリングサンプルより |
法線マップベースのさざ波付きの水面表現。しかも鏡像表現とフレネル反射あり |
モーションブラーは,画面外周に行くにしたがってブレ量を大きくした疑似効果とカメラブラーの二段構え |
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