インタビュー
ゲーム専用機は無くならない――SCEの吉田修平氏に聞く“PlayStation Vita”のコンセプト
ゲームが最もエキサイティングな分野であることに変わりはない
4Gamer:
ところで,吉田さんは初代PlayStationの時代からずっとゲームビジネスに携わってきたと思うんですが,ゲームビジネスの変化,あるいはゲームという娯楽のありようについてはどうお考えですか?
私は,ゲームビジネス,あるいはゲーム産業が依然として“最もエキサイティングな分野”であるという部分は,ずっと変わっていないと思っています。コンピュータ,そしてデジタルをベースに,あらゆる技術を貪欲に取り込んでいけるメディア,それがゲームというものだと思うんですよね。
4Gamer:
なるほど。
吉田氏:
コンピュータの処理能力が上がれば,それはゲームに反映されるし,インターネットの技術が発達すれば,PSNやXbox Liveのようなサービスが可能になったり,オンラインゲームやソーシャルゲームといった分野が発展する。あと,最近で言うと,センサー関連の技術が凄い勢いで進化しているので,モーションコントローラーやタッチスクリーン,そういうものがどんどん取り込まれて,ゲームに活用されていくわけです。
だから,今はゲーム機ビジネスについていろいろと言われたりはしていますけど,少なくともゲーム産業というものを全世界規模,俯瞰的な視点で見てみれば,それ自体はずっと右肩上がりに拡大を続けている分野だと思うんですね。スタジオの閉鎖だとか,業界再編みたいな動きがありながらも,ゲームを作る人,ゲームビジネスに携わる人の数は増えていると思うんです。
4Gamer:
歴史的な視点で言うと,任天堂が「ファミリーコンピュータ」を世に出してから,もう四半世紀が経過しているわけですよね。そのなかで,ゲームはその時代その時代で,いろんな産業を巻き込みながら,規模を拡大してきたと思うんです。日本のゲーム産業史を振り返ってみても,玩具産業やアミューズメント産業からスタートして,NECや松下,そしてソニーなどといったエレクトロニクス産業が参入してきて,北米では,PC業界の覇者であるマイクロソフトが,そして近年では,GoogleやApple,さらにはZyngaやFacebookなどといった,IT関連の企業の台頭が目立ってきたという流れがあります。
吉田氏:
んー,それについて言うと,例えばAppleにしてもGoogleにしても,あるいはFacebookにしても,別にゲームをやりたくて,ああいうプラットフォームを作ったわけじゃないと思うんですよね。作ったプラットフォームの上でゲームがどんどんはやっていって,それがビジネスになって,たくさんのユーザーさんがそれについてきて,だったら大事にしようみたいな流れだと思うんですよ。
だから,なんて言えばいいのか分からないですけど,ゲームの側の方が,ゲームを遊ぶお客さん達の方が,ゲームという遊びに対しては,ずっと貪欲なんじゃないかなって思えるんです。
4Gamer:
では,ゲーム業界がIT業界など,より規模の大きい産業に“飲み込まれてしまう”といった見方についてはどうですか? かつての映画産業とテレビ産業の関係だとか,映画産業が放送や出版などといった産業と融合してメガ・コングロマリット化していった,みたいな話にちょっと近い議論なのかなとも思うんですけども。
そういう見方をすると,マイクロソフトにとっても,ソニーにとっても同じことなんじゃないですか? さっきエレクトロニクス産業からの参入という話があったように,PlayStationを立ち上げる時,「ソニーがゲームをやってもうまくいくはずがない」と,業界やアナリストの方は言っていたわけで。けれど,結果として成功することができたから,それが逆にソニーの主力ビジネスの一つになっていったわけですよね。
だから,狭い意味で「ゲーム業界」とくくってしまうのはちょっと違うと言うか。我々自身が元々は外部から来た“よそ者”だったと思うのですが,それが多くの人にPlayStationを遊んでいただいた結果,育てていただいた結果として,「ゲームの業界の一員」と見ていただけるようになったと。そういうことなんじゃないかなと思います。
4Gamer:
では,改めてお聞きしたいのですが,「ゲームの価値」「ゲーム機の価値」ってなんだと思いますか。
吉田氏:
そこは繰り返しになりますけど,「素晴らしい体験が得られること」「凄いゲームが遊べること」に尽きると思います。コンテンツを作って売る商売すべてに言えることだと思うんですけど,自分たちの考えているアイデアとか,持ってる資産を組み合わせて,うまく時代に合ったものができれば大ヒットするし,そこを間違えちゃうと,いい物ができなくて売れなかったりする。とくにゲームビジネスは変化が速いので,先を見通すことが難しいんですけど。
4Gamer:
またソーシャルゲームの話に戻ってしまうんですけど,結局,ゲームというコンテンツになんでお金払うの? という話に尽きると思うんですよ。
吉田氏:
ええ,ええ。
4Gamer:
それで得られる体験が,ほかの何かで代替の効くものでしかないなら,専用機もいらないだろうし,ほかの新しい何か(遊び)に移り変わっていくだけなんだろうと。逆に,それでしか味わえない新しい体験がそこにあるのなら,ゲームというコンテンツは,とても強いモチベーションを喚起できるエンタテインメントだと思うんですよね。
吉田氏:
そこはおっしゃるとおりだと思います。私はゲームそのものが大好きなので,「Angry Birds」も遊べば,アンチャーテッドみたいなゲームも遊びたいと思う。それが自然だと思うんですよ。
4Gamer:
テレビがあっても映画館に行くのと,まったく同じ事ですよね。
吉田氏:
そうです。だから,何千円というお金を払っていただけるだけの作品,それを買って,遊んでいただいて,満足してもらえるような作品を作っていくことがとにかく大切だと思っています。そして,一貫して言えるのは,やっぱり良いコンテンツを作れるところ/作れる人は強いなというところなんですよね。それはプラットフォームがどう変わろうが,普遍的な部分だと思います。
だからゲームのクリエイターは,もっと自信を持って制作に取り組むべきで。今,流行がこうだからこうしなきゃみたいなところもあるにはあると思うんですけど,自分達が作るコンテンツは何がすごいんだっていうところにこそ,やっぱり集中すべきだと思います。ユーザーさんだって,そういう部分は敏感に嗅ぎ分けていると思うんですよね。
4Gamer:
あと,これは時期的にお聞きしないわけにはいかないんですけれど,ニンテンドー3DSの値下げについてはどう思いましたか?
吉田氏:
本音を言うと,とてもびっくりしました。これは思い切った手を打ってきたな,というのが正直なところです。
4Gamer:
任天堂が3DSの立ち上げで苦戦していることに対してはどうですか。
吉田氏:
まぁ,3DSがめちゃくちゃ売れて,PS Vitaが入り込む隙がまったくないというのももちろん困りますが,やっぱり「もう専用機はいらないよね」みたいなことを言われるのも,それはどうなんだろうと思うわけです。ですから,どちらかというと,お互いが頑張って,ゲーム産業自体が盛り上がっていけるような関係がいいんじゃないか,と私個人は考えています。任天堂さんとは,やっぱり方向性が違うな,という感覚もありますし。
4Gamer:
ただ一方で,「3DSがスマートフォンやソーシャルゲームの影響で売れていない」という意見……意見というか「風潮」があることは事実で,売れてないというのも事実なんです。そうなると,パブリッシャさんやデベロッパさんは不安になるし,投資家も二の足を踏む。その結果として,なし崩し的にそちらの方向に傾いてしまう危険性はありますよね。
まぁ,3DSについていうと,本当にそれがスマートフォンのせいなのかっていうのは,実はまだちょっとわからないと思うんですけどね。少なくとも,僕はちゃんとした納得の行く調査結果というのは見たことがない。
吉田氏:
ええ。ただ,そこの危機感というか,問題意識は変わらないと思いますよ。プラットフォームが普及して,そこでゲームが売れて,また次のゲームに繋がっていく……そういうサイクルに持っていくことができて,初めてゲームのプラットフォームビジネスは成功と言えるわけですから。普及台数が多くても,そのサイクルが止まってしまうと,ハードの勢いがなくなってしまいます。逆もまたしかりで。
ですので,我々がやるべきことや,取り組むべきこと自体は変わらないと思います。任天堂さんも同じじゃないですかね。
4Gamer:
SCE側がやるべきことという意味では,ファーストパーティとしてのタイトル開発はどうなっていますか。
吉田氏:
想定される普及曲線に沿って,このタイミングでこういうゲームを投入しようというポートフォリオの作成,投資とリソースの配分などは当然行っています。徐々に,いろんなタイトルが発表されていくと思いますよ。
4Gamer:
これが最後の質問になりますかね。現状,PS Vitaはゲーマーからの期待値がとても高い状態だと思いますが,その期待感の理由はなんだと思いますか。
吉田氏:
一つには,やっぱり価格のインパクトがあったのかなと思います。この価格設定(3万円を切る価格)が本当に良かったのかどうかは,実際に発売してみないと分からないんですけど,この価格帯は,開発当初からずっと目指してきたものの一つではありました。それに……。
4Gamer:
それに?
PS Vitaに関しては,これは良いものを作れたな,という手応えを感じているんですよね。E3で触っていただいた方なら分かってもらえると思いますが,E3や内覧会での皆さんの反応を見て,よりその思いを強くしているところです。
4Gamer:
PS Vitaが年内に発売されるということも,つい先日発表されましたが。
吉田氏:
はい。今,発売に向けて全力で取り組んでいるところです。9月に開催される東京ゲームショウでは,より詳細な情報を――タイトルの発表なども含めて――お伝えできると思います。試遊台も相当な台数を用意させていただくつもりですので,多くのユーザーさんに実際に手にとっていただき,PS Vitaの魅力を体感してもらえればと思っております。ぜひ,ご期待ください。
4Gamer:
分かりました。一ゲーマーとしても,PS Vitaが大きな成功を収めることを期待しています。本日はありがとうございました。
吉田氏:
ありがとうございました。
「Playstation Vita」にまつわるいろいろな話を聞きながら,現在のゲーム市場ついて考えを巡らせてみたインタビューとなった。ビジネス方面やクリエイティブのあり方など,さまざまな視点が拾えたのではないかと思うが,いかがだっただろうか。
インタビュー中でも話題に上がったように,汎用機が専用機を飲み込む例というのは多いわけだが,一方で,汎用機が高性能化していきながらも,専用機が価値を守り続けている例も少なくない。カメラ市場はまさにその好例だし,専用機うんぬんという話とはちょっと違うが,テレビの台頭で斜陽が叫ばれた往年の映画産業は,より緩い,よりマスに向けたテレビ産業に対して,敵対するのではなく,相互補完の戦略を取ることで,その地位と価値を守り抜いている。
そして,なによりもゲーム産業こそは,これまで幾度となく汎用機が台頭しながら,そのたびにシンプルな専用機が勝利を収めてきた分野である。WindowsがゲームOSとしての名乗りを挙げた時も,携帯電話が爆発的な普及と高機能化を見せ始めた時も,やはり似たような議論が繰り広げられていたわけだが,であるならば,ゲームにおいて「専用機がなくなるか否かの境目」というのは一体どこにあるのだろうか。今が,本当になくなるかどうかの分水嶺なのだろうか。一部のアナリストが指摘するように,本当にゲーム機ビジネスは立ち行かなってしまうのだろうか。
正直なところ,それについてはまだ分からない。
ただ,劇的な変化を遂げつつある昨今のゲーム産業にあって,ゲームそのものの存在意義,価値が改めて問われているのは確かだし,ゲーム業界が,その命題について真摯に取り組まなければいけない時期に差し掛かっているのは違いない。
しかし,筆者がそうであるように,ゲームというものに「単なる暇つぶし以上の価値と魅力」を感じている人も少なからずいるはずで,そうである以上は,一夜にしてゲーム機ビジネスが瓦解してしまうようなこともないのではないか,という気はしている。
これは吉田氏も言っていたことであるが,PlayStation Vitaがユーザーに受け入れられるかどうかにしても,結局はPS Vitaならではの面白さ,PS Vitaでしか味わえない体験を提示できるかどうかにかかっている。有機ELや感触の良いアナログスティックなど,PS Vitaが魅力的なハードウェアに仕上がっているのは確かなので,後は,それらの機能をフルに活かした面白いゲームで,我々を魅了してほしいと願うばかりである。
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